ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
隠れ里でフシギダネを仲間に加えた翌日、レンたちは再びクチバシティを目指して歩いていた。
しかし、旅は思うようには進んでいない。
「……また同じところ歩いてないか?」
サトシが不安そうに周囲を見回した。
「気のせいじゃない?」
カスミが答えるものの、その声にも自信はない。
タケシは地図と周囲の地形を何度も見比べ、レンも太陽の位置や道の傾斜を確認していた。昨日のポケモンゼミで散々「知識だけでは足りない」と話したばかりなのに、地図という知識を持っていても道に迷っているのだから皮肉なものだった。
「クチバシシティって、こんなに遠かったっけ……」
「道に迷ってる時間が長いのよ!」
「オレだけのせいじゃないだろ!」
「最初に変な道へ入ったのはサトシでしょ!」
「またその話かよ!」
二人の言い合いを聞きながら、レンは苦笑する。
その両脇ではヒトカゲとリオルが歩いていた。
「カゲ!」
「リオ」
二匹は元気だ。
特にヒトカゲは、ここ数日ますます身体の動きが良くなっている。
アキラのサンドとの戦いで反復の重要性を学び、ポケモンゼミでは知識と実戦の違いを目にし、隠れ里では自分とは異なる方法で仲間を守るフシギダネと出会った。
一つ一つの経験を、ヒトカゲは確実に自分のものへ変えようとしている。
身体だけではない。
戦うときの目も変わってきた。
以前より強く相手を見るようになり、レンから指示が飛ぶ前に自分で動く場面も増えている。
(もうすぐなのかもしれないな)
レンはそう思ったが、口にはしなかった。
進化するかどうか。
いつ進化するか。
最後に決めるのはヒトカゲ自身だ。
そのときだった。
「カゲ?」
ヒトカゲが足を止めた。
リオルもすぐに前方へ視線を向ける。
「リオ」
「何かいる?」
レンが尋ねると、二匹は同じ方向を見た。
道の先。
大きな岩の上に、小さな影が座っている。
「ポケモンだ!」
サトシが真っ先に走り出した。
「サトシ、待って!」
今度はレンもすぐに追う。
近づくにつれて、その姿がはっきりした。
橙色の身体。
尻尾の先で燃える炎。
「ヒトカゲ……?」
レンの隣にいるヒトカゲも、目を見開いた。
「カゲ……」
同族。
けれど、様子がおかしい。
岩の上にいるヒトカゲは明らかに弱っていた。身体には疲労が滲み、尻尾の炎もレンのヒトカゲと比べると弱々しい。
サトシがポケモン図鑑を向ける。
図鑑からヒトカゲについての説明が流れたあと、サトシは目を輝かせた。
「ヒトカゲか……! オレ、最初にオーキド博士からもらおうと思ってたんだ!」
「だからって、すぐ捕まえようとしない方がいい」
レンが横から言う。
「え?」
「見て。かなり弱ってる」
サトシも改めてヒトカゲを見る。
確かに、戦える状態には見えない。
タケシはさらに近くまで行こうとしたが、野生なのか誰かのポケモンなのか分からないため、一定の距離で止まった。
「怪我もしているみたいだな」
「カゲ……」
レンのヒトカゲが心配そうに一歩近づく。
すると岩の上のヒトカゲが顔を上げた。
「カゲ!」
弱っていても、目には強い警戒心がある。
レンのヒトカゲが足を止める。
「カゲ……カゲ」
何かを話しかけるように鳴いた。
相手のヒトカゲも返す。
「カゲ」
二匹のやり取りを見ていたピカチュウも岩へ近づき、しばらく話すように鳴き合った。
やがてピカチュウがサトシのところへ戻ってくる。
「ピカ、ピカチュウ」
「何だ? 誰かを待ってるのか?」
「ピカ!」
タケシの表情が曇った。
「トレーナーを待っているのかもしれないな」
「でも、こんなに弱ってるのに……」
カスミが心配そうに言う。
サトシはヒトカゲの前へしゃがんだ。
「なあ。ポケモンセンターに行こうぜ。トレーナーを待つなら、元気になってからでも――」
「カゲ!」
ヒトカゲは拒絶した。
その目は道の先を見ている。
ここから動かない。
そう決めているのだ。
レンのヒトカゲが隣へ立つ。
「カゲ……」
しかし相手は首を横に振った。
「カゲ」
「……行かないって言ってるみたいだな」
レンが呟く。
サトシは納得できない様子だったが、無理やり連れていくこともできない。
「本当に迎えに来るんだろうな……」
誰に向けたわけでもなく、そう呟く。
レンは岩の上のヒトカゲを見つめた。
知っている。
誰を待っているのか。
そして、そのトレーナーが迎えに来ないことも。
前世で見た記憶が、嫌でも蘇る。
けれど今ここで「そいつは来ない」と言っても、このヒトカゲがレンを信じる理由はない。
今のヒトカゲにとって、待っている相手はまだ大切なトレーナーなのだ。
「……先にポケモンセンターを探そう」
レンが言った。
「でも!」
サトシが振り返る。
「今すぐ無理やり連れていったら、余計に警戒する。センターが近くにあるなら、場所だけでも確認しておこう」
タケシも頷いた。
「そうだな。何かあったらすぐ戻れるようにした方がいい」
サトシは悔しそうに岩の上を見る。
「……絶対また来るからな」
「カゲ」
ヒトカゲは、それでも道の先を見つめ続けていた。
◇
幸い、ポケモンセンターはそれほど遠くなかった。
一行が中へ入るころには、空がかなり暗くなっている。
「雨になりそうね」
カスミが窓の外を見る。
レンも空を確認した。
厚い雲。
風も強くなっている。
嫌な天気だった。
タケシはセンターへ着いてからも落ち着かず、何度も外を気にしている。
サトシも同じだ。
そんななか、休憩スペースの一角から大きな笑い声が聞こえてきた。
「だから言ったんだよ! 弱いポケモンなんか持ってたってしょうがないって!」
レンの足が止まる。
数人のトレーナーが集まっている。
その中心にいる少年が、自慢げに話していた。
「俺にはもっと強いポケモンがいるからな。使えないやつは置いてきたんだ」
タケシの表情が変わる。
「置いてきた?」
少年――ダイスケが笑う。
「ああ、ヒトカゲだよ。弱くてさ。どこまでもついてくるから、『そこで待ってろ、あとで迎えに来る』って言って置いてきた」
サトシが立ち上がった。
「お前……!」
レンも拳を握る。
隣にいたヒトカゲが低く鳴いた。
「カゲ……!」
いつもの明るい声ではない。
怒っている。
自分と同じヒトカゲが、トレーナーを信じて今も岩の上で待っている。
その相手が。
目の前で笑っている。
タケシがダイスケへ詰め寄った。
「迎えに行く気はあるんだろうな?」
「は?」
「ヒトカゲだ!」
「行くわけないだろ。捨てたんだから」
「ふざけるな!」
タケシが胸ぐらを掴む。
「タケシ!」
カスミが驚く。
普段は穏やかなタケシが、本気で怒っていた。
「お前を信じて待ってるんだぞ!」
「だから何だよ。弱いポケモンを捨てて何が悪い?」
「ポケモンは道具じゃない!」
サトシも叫ぶ。
レンはダイスケを真っ直ぐ見た。
「弱いから捨てた?」
「ああ」
「じゃあ、強くする努力はしたの?」
「は?」
「どういう身体の使い方が得意なのか見た? どんな技が向いてるのか考えた? 疲れてるときと元気なときの違いを見た?」
ダイスケが眉をひそめる。
「何だよ、お前」
「何も見ないで弱いって決めたなら、それはヒトカゲの限界じゃない」
レンの声は静かだった。
けれど、目だけは笑っていない。
「トレーナーが見るのをやめただけだ」
「……偉そうに」
ダイスケが鼻で笑う。
その瞬間。
窓を雨粒が叩いた。
一滴。
二滴。
直後。
一気に豪雨へ変わった。
レンたち全員が窓を見る。
「ヒトカゲ!」
サトシが叫んだ。
レンも同時に動いていた。
「行こう!」
「カゲ!」
「リオ!」
タケシもダイスケから手を離す。
「急ぐぞ!」
「ちょっと、外は嵐よ!」
そう言いながらも、カスミも後を追った。
◇
雨は容赦なく降り続けていた。
足元は泥に変わり、視界も悪い。
それでもレンたちは走る。
「ヒトカゲ!」
サトシが何度も叫ぶ。
「カゲ!」
レンのヒトカゲも必死に前を見る。
やがて岩が見えた。
その上に。
まだいた。
「いた!」
ヒトカゲは身体を丸めていた。
大きな葉を尻尾の上へかざし、炎だけは雨から守ろうとしている。
しかし、炎は小さい。
あまりにも弱々しい。
さらに周囲では、何匹ものオニスズメが飛び回っていた。弱ったヒトカゲへ襲いかかろうとしている。
「ヒトカゲ!」
レンのヒトカゲが駆け出す。
「『えんまく』!」
「カゲ!」
黒い煙が雨の中へ広がり、オニスズメたちの視界を遮る。
「リオル、追い払って!」
「リオ!」
リオルが『でんこうせっか』で飛び出し、低空を飛ぶオニスズメたちの進路へ割り込む。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
サトシとピカチュウも加わり、オニスズメたちを追い払っていく。
その間にタケシが岩へ駆け寄った。
「ひどい……!」
ヒトカゲはもう立つことすらできない。
「カゲ……」
レンのヒトカゲがそばへ膝をつく。
弱ったヒトカゲが、僅かに目を開いた。
「……カゲ」
「カゲ!」
レンは二匹のそばへしゃがみ込む。
「センターへ運ぼう」
「でも、尻尾の炎が!」
サトシが叫ぶ。
「雨に当てないようにする!」
タケシがヒトカゲを抱き上げる。
サトシが上着を広げ、尻尾の炎を雨から守る。
レンも反対側から覆った。
「走ろう!」
全員が再びポケモンセンターへ向かった。
レンのヒトカゲは、そのすぐ後ろを走っていた。
いつもなら先へ出たがる。
けれど今は。
運ばれていく同族から、一度も目を離さなかった。
◇
「もう少し遅かったら危険でした」
ジョーイの言葉に、全員が息を呑んだ。
治療室の向こう。
ヒトカゲは眠っている。
尻尾の炎も、少しずつ元の強さを取り戻していた。
「よかった……」
サトシが椅子へ深く座り込む。
タケシは黙ったまま治療室を見つめている。
カスミも安堵したように胸へ手を当てた。
レンは壁際に座り、その隣にヒトカゲとリオルがいる。
「カゲ……」
ヒトカゲはずっと治療室を見ていた。
レンはその頭へ手を置く。
「心配?」
「カゲ」
「そうだよな」
少し間を置いて。
ヒトカゲがレンを見る。
「カゲ……カゲ」
レンには言葉そのものは分からない。
けれど。
何を感じているのかは、少し分かった。
「俺は、置いていかないよ」
ヒトカゲの目が僅かに大きくなる。
「強くても弱くても関係ない。そもそも俺は、お前が弱いと思ったことないし」
「カゲ……」
「一緒に強くなるって決めたから」
ヒトカゲはしばらくレンを見つめていた。
やがて。
「カゲ!」
力強く頷く。
その横でリオルも短く鳴いた。
「リオ」
レンは二匹の頭を順番に撫でた。
「もちろんリオルもね」
「リオ!」
やがて夜が明ける。
そして。
翌朝。
治療室を確認したサトシたちは驚いた。
「いない!?」
ヒトカゲの姿が消えていた。
ジョーイによれば、回復したあと自分からセンターを出ていったという。
サトシはすぐに理解した。
「まさか……」
タケシも顔を曇らせる。
「まだ待つつもりなのか」
レンは窓の外を見る。
晴れている。
それでも。
胸の中に重いものが残った。
「行こう」
サトシが言った。
「もう一回、あいつのところへ」
◇
しかし、峠へ戻る途中。
地面が突然崩れた。
「うわぁぁぁっ!?」
レンたちはまとめて巨大な穴へ落ちた。
「痛てて……」
「またロケット団!?」
カスミの叫びに応えるように、穴の上から笑い声が聞こえる。
ムサシ。
コジロウ。
ニャース。
今度の三人は、全身を分厚いゴム製の装備で覆っていた。
「これならピカチュウの電撃も怖くない!」
「完璧な対策だぜ!」
「昨日までのニャーたちとは違うニャ!」
「昨日も十分変だったけどな!」
サトシが言い返す。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
電撃。
しかし、ロケット団の装備は電気を通さない。
「効かない!?」
さらに粘着性の高い弾が飛び、ピカチュウの身体を包んだ。
「ピカ!」
「ピカチュウ!」
サトシが手を伸ばす。
そのままピカチュウが引き上げられていく。
「させない!」
レンが叫ぶ。
「リオル、『でんこうせっか』!」
「リオ!」
リオルが穴の壁を蹴りながら駆け上がる。
しかしロケット団も警戒していた。
別の粘着弾。
「リオ!」
リオルが身体を捻ってかわすが、その分だけ勢いを失って地面へ戻る。
「ヒトカゲ!」
「カゲ!」
レンのヒトカゲが前へ出る。
「『げんしのちから』で足場を作る!」
「カゲ!」
複数の岩が浮き上がり、穴の壁際へ積み重なる。
「登るぞ!」
タケシが叫ぶ。
全員が岩を足場に駆け上がろうとした。
そのとき。
「カゲェェェ!」
炎が走った。
レンは一瞬、自分のヒトカゲが撃ったのかと思った。
違う。
穴の上。
昨日助けたヒトカゲが立っていた。
「ヒトカゲ!」
サトシの顔が明るくなる。
「カゲ!」
ヒトカゲが再び炎を放ち、ロケット団の粘着装置を焼く。
「何よこいつ!」
「昨日の弱っちいヒトカゲじゃないか!」
その言葉に。
レンの隣のヒトカゲが反応した。
「……カゲ」
静かな声。
レンが見る。
怒っている。
だが、それだけではない。
穴の上では、昨日まで立つこともできなかったヒトカゲが、サトシたちを助けるために戦っている。
レンのヒトカゲは。
その姿をじっと見ていた。
「行こう」
レンが言う。
「俺たちも助ける」
「カゲ!」
『げんしのちから』で作った足場を使い、一行は穴から脱出した。
ロケット団はすぐに新たな機械を取り出す。
「こうなったらまとめて捕まえてやる!」
網が発射される。
サトシのヒトカゲが前へ出る。
「危ない!」
網が迫る。
その前へ。
レンのヒトカゲが飛び込んだ。
「カゲ!」
『きりさく』。
網が裂ける。
「カゲ?」
助けられたヒトカゲが驚いたように見る。
「カゲ!」
レンのヒトカゲが振り返り、短く鳴いた。
今度は二匹が並ぶ。
同じヒトカゲ。
一匹は、捨てられてもなおトレーナーを信じ続けた。
そして今。
自分を助けてくれた者たちのために戦おうとしている。
もう一匹は。
ずっとレンと一緒に歩いてきた。
卵から生まれ。
何度も戦い。
何度も負けそうになり。
そのたびに強くなった。
「まとめて吹っ飛ばしなさい!」
ムサシが叫ぶ。
機械の砲口が二匹へ向く。
「ヒトカゲ!」
レンが声を上げる。
「カゲ!」
避けられる。
そう指示しようとした。
けれど。
ヒトカゲは下がらなかった。
隣にいるもう一匹のヒトカゲ。
後ろにはサトシたち。
さらにその後ろにはピカチュウ。
ヒトカゲが一歩前へ出る。
「カゲ……!」
「ヒトカゲ?」
レンは気づく。
逃げたくないのだ。
無茶をしたいわけではない。
勝手に命令へ逆らっているわけでもない。
ただ。
守りたい。
そして。
もっと強くなりたい。
アキラのサンドを見たときも。
フシギダネと戦ったときも。
ジムで強敵を倒したときも。
ずっと積み重なってきたものが。
今。
ヒトカゲ自身の中で、一つの意思になっている。
「……まだいける?」
レンが尋ねた。
ヒトカゲが振り返る。
迷いはなかった。
「カゲ!」
レンは頷いた。
「分かった」
一歩。
ヒトカゲの隣へ出る。
「一緒に行こう!」
「カゲェ!」
ヒトカゲが大きく息を吸う。
炎が口元へ集まる。
「『かえんほうしゃ』!」
「カゲェェェ――!」
炎が放たれる。
その瞬間。
ヒトカゲの身体が白い光に包まれた。
「えっ!?」
サトシが目を見開く。
「進化!?」
カスミが叫ぶ。
炎は止まらない。
光の中で。
身体が伸びる。
腕が太くなる。
爪が鋭くなり。
頭部の形が変わっていく。
尻尾の炎が、さらに強く燃え上がった。
そして。
白い光が弾ける。
「リザァァァ――!」
そこに立っていたのは。
もうヒトカゲではなかった。
赤みを帯びた身体。
鋭い爪。
以前より一回り以上大きくなった姿。
「リザード……!」
レンの声が漏れる。
知っていた。
いつか進化する可能性は。
当然知っていた。
それでも。
実際に目の前で起きると。
胸の奥から込み上げるものがあった。
リザードが振り返る。
「リザ!」
目が合う。
反抗も。
戸惑いもない。
そこにいるのは。
ずっと一緒に育ってきた相棒だった。
少し姿が変わっただけだ。
レンは笑った。
「……進化したな、リザード」
「リザ!」
リザードも嬉しそうに鳴く。
だが。
まだ終わっていない。
「感動のところ悪いけど!」
ムサシが叫ぶ。
「まとめて捕まえなさい!」
機械が動く。
レンとリザードの視線が同時に戻った。
「いける?」
「リザ!」
「じゃあ――新しい身体、最初の実戦だ!」
リザードが地面を蹴った。
速い。
ヒトカゲだったころより歩幅が大きい。
だが。
「リザ!?」
身体が想像以上に前へ出た。
「少し大きくなった分、感覚が違う!」
レンがすぐに気づく。
リザードも地面へ爪を立てて姿勢を立て直す。
進化したからといって。
すぐ完璧に扱えるわけではない。
「無理に今までと同じ動きをするな! 今の身体を感じて!」
「リザ!」
砲口が向く。
リザードが見る。
一歩。
二歩。
今度は自分で歩幅を調整した。
「右!」
レンの指示。
同時に。
リザード自身も右へ踏み込んでいた。
「そのまま『きりさく』!」
「リザァ!」
鋭い爪が機械の砲口を切り裂く。
「何ぃ!?」
「離れて!」
リザードが跳ぶ。
着地。
まだ少し重心がずれる。
けれど。
すぐ直した。
レンは笑う。
「そう。それでいい!」
完璧じゃなくていい。
今から。
また二人で覚えればいい。
「リザード!」
「リザ!」
「『かえんほうしゃ』!」
大きく息を吸う。
先ほどより。
明らかに強い炎。
「リザァァァ――!」
火炎が機械を正面から包み込んだ。
「熱い熱い熱い!」
「こんなの聞いてないぞ!」
「進化なんて反則ニャー!」
その隣。
サトシも叫ぶ。
「ヒトカゲ、いけ!」
「カゲ!」
もう一匹のヒトカゲも『かえんほうしゃ』を放つ。
二本の炎。
リザードとヒトカゲ。
同時に機械へ叩き込まれる。
爆発。
粘着物から解放されたピカチュウが飛び出す。
「ピカ!」
サトシが受け止める。
「ピカチュウ!」
「ピカピ!」
そして。
「仕上げだ!」
「ピッカァァァ――チュウ!」
『10まんボルト』。
大爆発。
「やっぱりこうなるのねー!」
「ヒトカゲ二匹はずるいぞー!」
「片方進化したニャー!」
ロケット団が空へ飛んでいった。
静けさが戻る。
レンはリザードを見る。
「リザ」
少し息が上がっている。
進化直後。
新しい身体で戦った。
当然だ。
レンはすぐに近づく。
「今日はもう戦わないよ」
「リザ」
今度は素直に頷いた。
その返事を聞いて。
レンは改めて実感する。
本当に。
何も変わっていない。
「おめでとう」
レンが頭へ手を伸ばす。
以前より位置が高い。
それだけで。
少し可笑しくなった。
「これからまた、新しい身体の使い方を覚えていこう」
「リザ!」
力強い返事だった。
◇
「おい!」
その声で。
全員が振り返る。
ダイスケだった。
「やっぱり強いじゃん、そいつ!」
レンの表情が冷える。
タケシも。
サトシも。
何より。
サトシを助けたヒトカゲ自身が、ダイスケを見る。
「カゲ……」
ダイスケは平然と手を伸ばした。
「戻ってこいよ。これだけ強いなら使ってやる」
サトシが一歩前へ出ようとする。
しかし。
レンが腕を出して止めた。
「レン?」
「決めるのは、俺たちじゃない」
サトシも気づく。
ヒトカゲを見る。
ダイスケは苛立ったように言う。
「俺のポケモンだぞ!」
ヒトカゲは。
ゆっくり前へ出た。
ダイスケが笑う。
「ほらな!」
しかし。
ヒトカゲはダイスケの前で止まる。
昨日。
ずっと待っていた。
雨の中でも。
オニスズメに襲われても。
尻尾の炎が消えそうになっても。
信じていた。
その相手を。
ヒトカゲはじっと見る。
「カゲ」
短い声。
そして。
背を向けた。
「は?」
ダイスケの顔が固まる。
ヒトカゲが向かった先は。
サトシだった。
「ヒトカゲ……」
サトシが目を見開く。
「カゲ」
ヒトカゲはサトシの前で止まった。
「オレと……来るのか?」
「カゲ!」
今度は。
迷いのない声だった。
サトシの顔が一気に明るくなる。
「よし!」
モンスターボールを取り出す。
「ヒトカゲ! オレと一緒に来い!」
「カゲ!」
ボールが触れる。
赤い光。
ヒトカゲが中へ入る。
ボールが地面へ落ち。
揺れる。
一回。
二回。
三回。
止まった。
「……」
次の瞬間。
「やったぁぁぁ!」
サトシがボールを掲げた。
「ヒトカゲ、ゲットだぜ!」
「ピッピカチュウ!」
レンは笑った。
「おめでとう、サトシ」
「へへっ! ありがとな!」
「リザ!」
リザードも嬉しそうに鳴く。
サトシはすぐにヒトカゲを外へ出した。
「ヒトカゲ!」
「カゲ!」
現れたヒトカゲへ、リザードが歩み寄る。
昨日まで。
同じ姿だった二匹。
今は少し違う。
ヒトカゲがリザードを見上げる。
「カゲ……!」
「リザ!」
リザードが胸を張る。
「何か先輩面してない?」
レンが笑う。
「リザ!」
「昨日までヒトカゲだったのに」
「リザァ!」
抗議するように鳴くリザードを見て、サトシたちが笑った。
ただ一人。
ダイスケだけが納得していない。
「おい! 勝手に――」
ヒトカゲが振り返る。
「カゲ!」
口元に炎。
ダイスケが止まる。
「……!」
さらに。
リザードも横へ並んだ。
「リザ」
二匹から睨まれ。
ダイスケが後退する。
「わ、分かったよ!」
そのまま逃げていった。
タケシは何も言わず、その背中を見送った。
もう。
追う必要はない。
ヒトカゲ自身が。
選んだからだ。
◇
その日の夕方。
一行は少し早めに野営へ入った。
レンは真っ先にリザードの状態を確認している。
「腕、動かしてみて」
「リザ」
右。
左。
問題ない。
「少し歩いて」
「リザ」
歩く。
まだ本人も身体の大きさに慣れていないらしく、ときどき以前と同じ感覚で動いて歩幅が大きくなりすぎる。
レンはそれを見てノートへ書き込んだ。
「しばらく基礎から確認し直そう」
「リザ?」
「悪い意味じゃないよ」
レンは笑う。
「身体が変わったんだから、今までと同じ動かし方だけじゃもったいない」
リザードが自分の腕を見る。
鋭くなった爪。
伸びた身体。
強くなった脚。
そして。
尻尾の炎。
「今まで覚えたことがなくなったわけじゃない。『ひっかく』も『ひのこ』も『げんしのちから』も『えんまく』も『きりさく』も『かえんほうしゃ』も、全部使える」
「リザ」
「ただ、今の身体ならもっと違う使い方もできるかもしれない」
リザードの目が輝く。
「リザ!」
「だからって今から特訓はしないよ」
「リザ……」
「進化したばっかりなんだから」
分かりやすく肩を落とした。
レンが笑う。
隣ではリオルが呆れたような顔をしている。
「リオ……」
「リザ!」
二匹が何やら言い合い始める。
少し離れた場所では。
サトシも新しく仲間になったヒトカゲと話していた。
「これからよろしくな!」
「カゲ!」
ピカチュウ。
フシギダネ。
バタフリー。
ピジョン。
そして。
ヒトカゲ。
サトシの仲間も増えている。
レンはその様子を見たあと。
自分の隣へ視線を戻した。
リオル。
そして。
リザード。
旅立ったときから。
手持ちの数は変わっていない。
けれど。
二匹は確実に変わっている。
「リザード」
「リザ?」
「強くなったね」
リザードは一瞬きょとんとしたあと。
嬉しそうに笑った。
「リザ!」
レンも笑う。
ただ。
それで終わりではない。
進化は。
ゴールではない。
新しい身体。
新しい可能性。
これから覚えることは、むしろ増えた。
レンはノートを開いた。
今日の出来事を思い返しながら、一行だけ書く。
強くなることは、誰かに認めてもらうためじゃない。自分が守りたいものを守れる自分になるため。
少し離れたところで。
リザードが新しい腕を何度か動かしている。
まだ慣れていない。
それでも。
楽しそうだった。
レンはノートを閉じる。
「明日からまた、一緒にやろう」
「リザ!」
「リオ!」
二匹の声が重なる。
ヒトカゲから。
リザードへ。
世界の頂を目指すレンと相棒は。
また一つ新しい段階へ踏み出した。