ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
朝日が森の向こうから差し込み、野営地を柔らかな光で照らしていた。
昨夜まで燃えていた焚き火はすでに消え、タケシは朝食の後片づけを始めている。カスミが荷物をまとめる傍らでは、サトシがピカチュウや新しく仲間になったヒトカゲたちと過ごしており、いつも通りの賑やかな朝が始まっていた。
そんな野営地から少し離れた草地で、レンはリザードとリオルに向き合っていた。
「昨日も言ったけど、今日は新しい身体の確認から始めるよ」
「リザ!」
進化したばかりのリザードは、今すぐにでも走り出しそうなほどやる気に満ちている。その姿を見れば気持ちは十分伝わってくるが、だからこそレンは先に釘を刺した。
「いきなり全力は禁止」
「リザ……」
途端に不満そうな顔をするリザードを見て、隣のリオルが呆れたように肩をすくめる。
「リオ」
「リザ!」
「朝から張り合わなくていいって」
レンは苦笑しながら二匹の間に入った。
もっとも、本気で喧嘩しているわけではない。ヒトカゲだったころから何度も競い合ってきた二匹にとって、この程度のやり取りは日常のようなものだった。
ただ、昨日までとは決定的に違うことがある。
レンは改めてリザードの身体を見る。
ヒトカゲだったころより背が高くなり、腕と脚も伸びている。鋭さを増した爪だけでなく、立っているだけでも以前より力強さを感じるほど筋力も増していた。
進化によって身体能力そのものは間違いなく上がっている。
だからこそ、以前とまったく同じ感覚で動けば、身体の方が想定以上に動いてしまう。
昨日のロケット団との戦いでも、それはすでに起きていた。
「まずは走ってみよう。最初はゆっくりでいいよ」
「リザ!」
リザードが走り出し、レンが指定した二本の木の間を往復する。最初は軽く身体を動かす程度だったが、レンの合図に合わせて少しずつ速度を上げていく。
「もう少し速く」
「リザ!」
地面を蹴る力が強まり、一気に加速する。
ヒトカゲだったころより明らかに速い。
しかし、その速度のまま折り返し地点へ到達した瞬間だった。
「リザッ!?」
止まろうとした身体が想像以上に前へ流れる。
リザードは慌てて足を踏ん張り、どうにか木への衝突は避けたものの、危うく転びそうになった。
「ほら、昨日も同じことがあっただろ?」
「リザ……」
「力が強くなった分、止めるのにも前より力が必要になる。それに歩幅も腕の長さも違う。技を増やす前に、まずは今の身体がどこまで動くのか覚えよう」
レンの言葉に、今度はリザードも真剣な表情で頷いた。
そこでレンは、草地に小さな石をいくつも置いていく。一直線ではなく、左右へ不規則に配置した簡単なコースだ。
「次は、この石の間を通ってみよう。速さより正確さを優先して」
「リザ!」
リザードが走り出す。
一回目は曲がるときに大きく膨らみ、二回目はそれより少し小さくなった。三回目になると、リザード自身が速度を調整しながら足を置く場所を考え始める。
レンは余計な指示を出さず、その変化を見守った。
そして何度目かの挑戦で、リザードは最後の石まで綺麗に抜け切った。
「リザ!」
「うん。今のはよかった」
褒められたリザードが嬉しそうに胸を張る。
すると、その一連の動きを黙って見ていたリオルが一歩前へ出た。
「リオ」
「リオルもやりたい?」
「リオ!」
返事は即答だった。
「じゃあ、同じのをやってみようか」
リオルがスタート位置へ移動すると、リザードも興味深そうにその姿を見つめる。
「始め!」
「リオ!」
地面を蹴ったリオルが石の間へ飛び込んだ。
身体の大きさが変わっていないうえ、シバのもとで足運びを繰り返し鍛えられてきたリオルは、細かな方向転換を得意としている。
一つ、二つと石の間を抜け、ほとんど速度を落とさないまま最後まで走り切った。
「リオ!」
「やっぱり今の段階だと、足運びはリオルの方が上だな」
「リオ!」
褒められたリオルが胸を張る一方で、リザードの尻尾の炎が僅かに大きくなる。
「リザ……」
「競うのはいいけど、無茶は禁止だからね」
「リザ!」
返事だけは素直だった。
それでも、その目には「次は負けない」とはっきり書いてある。
レンはそんな二匹を見て、小さく笑った。
◇
基礎的な動きを一通り確認すると、次は技そのものを新しい身体へ合わせることにした。
レンは一本の倒木を選び、その前にリザードを立たせる。
「次は『きりさく』。まずは今まで通りにやってみよう」
「リザ!」
リザードが地面を蹴る。
勢いよく踏み込み、鋭くなった爪を振り抜いた。
ザシュッ!
倒木に深い傷が刻まれる。
ヒトカゲだったころより、純粋な威力は明らかに上がっていた。
それでもレンは傷跡を確認しながら、少し考える。
「威力は上がってる。でも、爪の先端に当たりすぎてるな」
「リザ?」
「腕が長くなったのに、踏み込む距離がヒトカゲのころと同じなんだ。半歩遠くからやってみよう」
リザードは一度自分の腕を見てから、少し後ろへ下がった。
再び踏み込む。
『きりさく』。
今度は先ほどより鋭い音が響き、倒木へさらに深い傷が入った。
「そう。今の距離」
「リザ!」
そこからレンは、ただ回数を重ねさせるのではなく、一回ごとにリザードの足、腰、肩、腕の動きを確認していった。
地面を蹴った力を腰へ伝え、そこから肩、腕、最後に爪へ乗せる。
幼いころにシバから教わった身体の使い方と、父から学んだ身体の状態を見る知識。さらにアキラとサンドから学んだ反復の考え方を組み合わせながら、今のリザードに合う形を探していく。
十回目。
リザードが一歩踏み込み、爪を振り抜いた。
「リザ!」
倒木へ深い傷が走る。
今度は威力だけではなく、動きそのものにも無駄が少ない。
「今の感覚、覚えておいて」
「リザ!」
「じゃあ、一回休憩」
レンが水を渡すと、今度はリザードも不満を見せずに受け取った。
少し離れた場所から様子を見ていたタケシが、感心したように口を開く。
「進化したんだから、すぐ強い技を試すのかと思ってた」
「それもやりたいけどね」
レンは水を飲むリザードを見ながら答える。
「身体をちゃんと使えないまま技だけ強くしても、もったいないから。せっかく進化したんだから、今までできたことも含めて全部見直したい」
「なるほどな」
タケシは頷き、それから少し笑った。
「やっぱりレンは、まずポケモンを見るんだな」
「……それは、ずっと変えたくないかな」
レンもそう答えて、リザードへ視線を戻した。
◇
十分に休憩を取ったあとは、炎の確認へ移った。
周囲に燃え移りそうなものがない場所まで移動し、安全を確かめてからレンが指示を出す。
「まず『ひのこ』」
「リザ!」
複数の小さな炎が放たれる。
問題はない。
「次は『かえんほうしゃ』」
リザードが大きく息を吸った。
「リザァァァ!」
放たれた炎が一直線に伸びる。
ヒトカゲだったころより太く、勢いも増している。それでいて、進化前から何度も練習してきた呼吸の使い方が失われているわけではないため、炎そのものは安定していた。
「やっぱり出力は上がってるな」
「リザ!」
リザードも手応えを感じたのか、嬉しそうにもう一度構える。
だが、レンは手を上げて止めた。
「待って。同じ『かえんほうしゃ』を繰り返すだけなら、今日はもう十分」
「リザ?」
「せっかくだから、違う使い方を考えてみよう」
レンは少し考えてから、地面に円を描き、その中央へ石を置いた。
「例えば、ここに相手がいるとする」
「リザ」
「『かえんほうしゃ』なら、相手そのものを狙うよな。でも、相手じゃなくて周りを狙ったらどうなる?」
リザードが石を見る。
しばらく考えたあと、周囲を見回した。
「リザ……」
「逃げられる場所が減る」
「リザ!」
レンが頷く。
「倒すために当てる炎じゃなくて、相手が動ける場所を減らすための炎。できるか試してみよう」
リザードが構えた。
最初の一回は、普通の『かえんほうしゃ』とほとんど変わらなかった。
二回目は炎が左右へ広がったものの、すぐに消えてしまう。
三回目も思うような形にならず、リザードが悔しそうに首を振った。
「焦らなくていいよ」
レンは地面に残った焦げ跡を見る。
「今は『かえんほうしゃ』を途中から広げようとしてる。そうじゃなくて、最初から違う炎を出すつもりでやってみよう」
「リザ?」
「威力を一点に集めなくていい。炎そのものを回す感じ」
リザードは目を閉じ、呼吸を整えた。
再び息を吸う。
「リザァ!」
放たれた炎は、今度は一直線には飛ばなかった。
渦を巻くように地面を走り、中央に置かれた石を取り囲む。
「……できた」
レンが思わず呟く。
リザード自身も目を丸くしていた。
「リザ?」
「もう一回やってみよう!」
「リザ!」
二度目は途中で形が崩れた。
三度目は円になる。
そして四度目。
炎がはっきりと渦を巻き、石の周囲を囲んだ。
近くで見ていたタケシも気づいた。
「『ほのおのうず』か」
「うん」
「リザ……!」
リザードは自分が作った炎を見つめ、遅れて新しい技を覚えたことを理解したらしい。
「リザァ!」
嬉しそうに両腕を上げる。
「成功したね」
「リザ!」
「でも、今日は『ほのおのうず』はここまで」
「リザ!?」
「覚えたばかりなんだから、続きは明日」
「リザ……」
あからさまに残念そうな顔をするリザードに、レンは苦笑した。
◇
昼食を終え、十分に身体を休ませたころだった。
リザードが自分からレンのもとへやってきた。
「リザ」
「どうした?」
リザードは自分の口を指差したあと、今度は炎を吐くような仕草をする。
レンはしばらく考えてから、その意図に気づいた。
「口の近くで炎を使いたい?」
「リザ!」
どうやら、午前中の特訓で新しい身体を確認しているうちに、自分でも何か試したくなったらしい。
レンはリザードの牙を見る。
進化したことで顎も強くなっている。
「やってみようか。ただし、いきなり炎は使わないよ」
「リザ!」
まずは硬すぎない木を使い、噛みつく動作そのものを確認する。
リザードが噛みつくと、木からミシッという音が響いた。
「かなり力が上がってるな」
そこから何度か顎の動きを確認し、今度は噛みつく直前に口元へ炎を集めてみる。
一回目は、牙の周囲に生まれた小さな炎がすぐに消えた。
二回目は少し長く残る。
そして三回目。
炎が牙を包み込む。
「そのまま!」
「リザァ!」
リザードが木へ噛みついた。
炎を纏った牙が食い込み、焦げた匂いが周囲へ広がる。
レンは木に残った跡を確認すると、嬉しそうに笑った。
「『ほのおのキバ』だ」
「リザ!」
リザードも確かな手応えを感じたらしく、すぐにもう一度試そうとする。
「今日はあと二回」
「リザ」
今度は素直に頷いた。
ただ回数を増やすのではなく、一回ごとの感覚を大切にする。
アキラのサンドとの出会いで学んだことは、少しずつリザード自身の中にも根づき始めていた。
◇
そんなリザードの特訓を、リオルは朝からずっと見ていた。
進化しただけではなく、新しい身体に合わせて動きを作り直し、『ほのおのうず』と『ほのおのキバ』まで覚えた。
「リオ……」
リオルは自分の拳を見つめる。
やがて立ち上がると、少し離れた場所へ移動して構えた。
「どうした?」
レンが尋ねる。
リオルは返事の代わりに拳を振った。
当然、何も起こらない。
それでももう一度、今度は先ほどより強く振る。
「リオ!」
拳が空気を切った。
その様子を見たレンは、何をしようとしているのか少しずつ理解した。
「遠くへ攻撃したい?」
「リオ!」
現在のリオルは近距離戦を得意としている。
『はっけい』や『メタルクロー』、『カウンター』に加え、シバから教わった足払い、受け流し、フェイント、体捌きがある。『でんこうせっか』を使えば相手との距離を一気に詰めることもできる。
ただし、離れた相手をその場から攻撃する手段はない。
「リザードに負けたくない?」
「リオ!」
迷うことなく返ってきた答えに、リザードも楽しそうに鳴いた。
「リザ!」
レンは笑った。
「じゃあ、やってみよう。でも、リザードと同じことをする必要はないからね」
「リオ?」
「リオルにはリオルの強さがある。それを伸ばそう」
レンはリオルの構えを確認する。
シバから教わった身体の使い方は、リオルの中にすでに染み込んでいる。
足で地面を捉え、その力を腰へ伝え、肩、腕、拳へ繋ぐ。
「拳だけを振るんじゃなくて、身体全部を使うんだ」
「リオ」
リオルが構える。
踏み込み。
腰が回り、肩が動き、最後に拳が振り抜かれる。
「リオ!」
空気が鋭く鳴った。
「今の感じ」
もう一度。
先ほどより強い風が生まれる。
それでも、まだ攻撃と呼べるほどではない。
「リオル。拳を当てることを考えなくていい」
「リオ?」
レンは少し離れた木を指差した。
「そこまで拳は届かない。でも、拳を振った力をその先まで飛ばすことはできるかもしれない」
リオルは木を見る。
自分の拳を見る。
そして、もう一度構えた。
呼吸を整え、足から生まれた力を身体全体へ繋げていく。
「リオ……!」
踏み込んだ。
「リオッ!」
拳が振り抜かれた瞬間、空気の刃のような衝撃が前方へ飛んだ。
パァン!
離れた木の幹へ、小さな傷が刻まれる。
リオルが目を見開いた。
「できたね」
「リオ……!」
レンも笑う。
「『しんくうは』だ」
「リオ!」
リオルが嬉しそうに拳を握る。
するとリザードが歩み寄り、その肩を軽く叩いた。
「リザ!」
「リオ!」
互いに笑う二匹を見ながら、レンは次の課題を考えていた。
遠距離への攻撃手段が増えた。
ならば次は、リオルがもともと得意としている「見る力」を、さらに伸ばしてみたい。
◇
『しんくうは』の感覚を数回確認してから十分に休憩を取り、レンはリオルと向かい合った。
手にしているのは、小さく丸めた柔らかい布だ。
「次は俺がこれを投げるから、避けてみて」
「リオ」
最初は一つ。
レンが投げる。
リオルは簡単にかわした。
右。
左。
上。
速度を少しずつ上げても、正面から一つだけなら問題なく反応できる。
そこでレンは布を二つ持った。
「次は二つ」
一つ目を避けた直後、二つ目が肩へ当たる。
「リオ」
「もう一回」
何度か繰り返したあと、レンは手を止めた。
「リオル、飛んできた布だけを見なくていいよ」
「リオ?」
「俺を見るんだ」
攻撃そのものが飛んできてから反応するだけでは、速い相手には間に合わない。
肩。
腰。
足。
視線。
相手が攻撃を始める前には、必ず何らかの動きがある。
それはシバから教わった武術にも通じる考え方だった。
「俺がどこへ投げるか、手から離れる前に見てみよう」
「リオ……」
リオルが静かに構える。
レンが右腕を僅かに引いた。
その瞬間、リオルの目が動く。
布が投げられたときには、すでに身体が横へ動き始めていた。
「今のいいよ」
「リオ!」
次はフェイントを混ぜる。
右から投げるように見せかけ、左手から投げる。
だが、リオルは最初の動きには反応しなかった。
本当に布が手から離れた瞬間だけ身体を沈め、頭上を通過させる。
レンの表情が明るくなる。
「見えてきたね」
「リオ!」
そこからタケシにも協力してもらい、二方向から投げる。
さらにカスミも加わる。
「ちょっと、本当に投げていいの?」
「柔らかいから大丈夫」
「そういう問題?」
「リオ!」
当のリオルは完全にやる気だった。
タケシ、レン、カスミの三方向から時間差で布が飛ぶ。
一つ目を避け、二つ目には身体を捻る。
そして三つ目。
リオルは飛んでくる布そのものだけではなく、カスミの肩と腕の動きを見ていた。
僅かに身体をずらす。
布が頬のすぐ横を通過した。
「今の……」
レンは何かを感じ、サトシにも声をかけた。
「サトシも手伝って」
「オレも?」
「変なところに投げないでよ」
「分かってるって!」
今度は四方向。
レンが合図する。
次々に布が飛んだ。
リオルはすべてを目で追おうとはしない。
相手を見る。
動きを見る。
必要な瞬間だけ動く。
最初の布を半歩でかわし、二つ目には身体を沈め、三つ目は僅かに首を傾けるだけで避けた。
最後は背後に近い角度から飛んでくる。
完全には見えていない。
それでも、それを投げる直前のサトシの足音と、直前まで視界に入っていた身体の向きから判断したのか、リオルはほんの少しだけ身体をずらした。
布が横を通り抜ける。
「リオ」
静かに構えを解くリオルを見て、タケシが感心したように息を吐いた。
「今のは……」
「うん」
レンも頷く。
ただ避けただけではない。
相手の動きを読み、攻撃の瞬間を捉えた。
「『みきり』だ」
「リオ!」
リオルが嬉しそうに笑う。
その瞬間だった。
「リザ!」
横からリザードが軽く飛び込み、『ひっかく』を繰り出す。
「リオ!」
リオルは反射的に半歩だけ下がり、爪を空振りさせた。
二匹が顔を見合わせる。
「リザ!」
「リオ!」
どうやらリザードは、覚えたばかりの『みきり』を試したかったらしい。
「いきなり試さない」
「リザ……」
レンに注意され、リザードが気まずそうに視線を逸らす。
その様子を見ていたカスミが吹き出した。
「進化して身体は大きくなったのに、そういうところは変わらないのね」
「まあ、それもリザードらしいんじゃないか?」
タケシも笑う。
「リザ!」
リザードは納得がいかないようだったが、攻撃を避けたリオル本人は楽しそうだった。
「リオ!」
また一つ、二匹の間に新しい競争が生まれたらしい。
◇
夕方になると特訓を切り上げ、一行はそのまま同じ場所で野営することにした。
今日だけでかなり身体を動かしている。レンはリザードとリオルの呼吸や歩き方、食欲まで確認したうえで、これ以上の練習はさせなかった。
食事を終えるころ、サトシのヒトカゲが何度もリザードを見ていることに気づく。
「カゲ……」
「リザ?」
ヒトカゲが何かを話しかけると、リザードも返す。
「カゲ!」
「リザ!」
何を話しているのかまでは分からないが、ヒトカゲの目が輝いていることだけは分かった。
昨日まで自分と同じ姿だったポケモンが、目の前で進化した。
そして今日、その新しい身体でさらに強くなろうとしていた。
その姿を見て、何かを感じているのかもしれない。
「ヒトカゲも進化したいのかな?」
サトシが呟く。
「それは本人次第じゃない?」
レンは二匹を見ながら答えた。
「俺のリザードも、俺が進化させたわけじゃない。自分で強くなりたいと思って、その結果として進化したんだと思う」
「そっか」
サトシは自分のヒトカゲを見る。
「じゃあ、進化したくなったら教えてくれよ!」
「カゲ!」
ヒトカゲが元気よく返事をする。
そのやり取りを聞きながら、レンは小さく笑った。
◇
夜が深まり、みんなが眠り始めたころ。
レンは焚き火の近くで、いつものノートを開いていた。
今日リザードが覚えたのは『ほのおのうず』と『ほのおのキバ』。
リオルは『しんくうは』と『みきり』。
技だけを見れば、一日で大きく成長したと言っていい。
ただ、レンが今日一番大切だと感じたのは、新しく覚えた技の数ではなかった。
少し考えてから、ノートへ書き込む。
進化は、今までの成長を捨てることじゃない。身体が変われば、同じ技でも使い方が変わる。だから一度立ち止まって、自分を知り直す。
書き終えたレンは、眠っている二匹へ目を向けた。
『ほのおのうず』は、まだ毎回同じ形を作れるわけではない。
『ほのおのキバ』も、炎を牙へ集めるまでに少し時間がかかる。
リオルの『しんくうは』も、威力や射程はこれから伸ばしていく必要があるし、『みきり』もどんな攻撃でも避けられる万能の技ではない。
覚えたから完成ではない。
これから実戦や特訓を重ねながら、それぞれの技を二匹自身の戦い方へ組み込んでいく。
それこそが育成だと、レンは思っている。
ノートを閉じようとしたところで、小さな声が聞こえた。
「リザ」
見ると、リザードが片目を開けていた。
「起きてたの?」
「リザ」
その隣ではリオルまで身体を起こしている。
「リオ」
二匹とも、まだ何かやりたそうな顔をしていた。
レンは思わず笑う。
「明日は普通に旅するからね。特訓をやるとしても軽め」
「リザ……」
「リオ……」
揃って残念そうな顔をする。
「そんな顔しても駄目。今日は十分やっただろ?」
リオルが仕方なさそうに横になると、リザードも渋々それに続いた。
「リオ」
「リザ!」
何か言われたのか、リザードがすぐに反応する。
「静かに。みんな寝てるから」
「リザ……」
「リオ……」
今度は声まで揃えて小さくなる二匹を見て、レンは笑いを堪えながらノートをしまった。
ヒトカゲからリザードへ進化したことで、確かに一つの段階を越えた。
けれど、進化したから完成したわけではない。
リオルも同じだ。
二匹には、まだ伸ばせるところがいくらでもある。
だからこそ、焦る必要もない。
戦い、考え、鍛え、そのたびに自分たちなりの強さを見つけていけばいい。
「これからも強くなろう」
レンが小さく声をかける。
リザードが笑うように目を細めた。
「リザ」
リオルも横になったまま拳を握る。
「リオ」
世界最強という目標までは、まだ遠い。
それでも今日、新しい身体を知り、新しい技を覚えた二匹と共に、レンは確かに昨日より一歩先へ進んだ。
そして明日からも、その積み重ねを続けていく。
自分たちだけの強さを作りながら、世界の頂へ辿り着くために。