ポケットモンスター ―頂への軌跡―   作:あああああ

31 / 41
第31話 ゼニガメぐんだんとうじょう!

リザードとリオルの特訓を終えた翌朝、レンたちはクチバシティを目指して再び歩き始めていた。

 

昨日は一日かけて進化したばかりのリザードの身体を確かめ、その過程で『ほのおのうず』と『ほのおのキバ』を習得した。リオルも負けじと『しんくうは』と『みきり』を身につけたものの、覚えたばかりの技を何度も繰り返させるつもりはレンにはない。

 

そのため今日は特訓ではなく、普通に旅を続けながら身体を休ませる日にしていた。

 

「リザ!」

 

「リオ!」

 

もっとも、二匹には休むつもりなどほとんどないらしい。

 

特にリザードは進化して歩幅が大きくなったことが嬉しいのか、ときどき先まで走ってはレンのところへ戻ってくる。それを見たリオルまで競うように走り出そうとするため、レンは何度目か分からない注意を飛ばした。

 

「今日は休ませながら進むって言っただろ?」

 

「リザ……」

 

「リオ……」

 

二匹揃って不満そうな顔をする。

 

「そんな顔しても駄目」

 

「相変わらず元気ねえ」

 

カスミが呆れ半分に笑うと、隣を歩いていたサトシが胸を張った。

 

「オレのポケモンたちだって負けてないぞ!」

 

「ピカ!」

 

肩に乗ったピカチュウも元気よく鳴く。

 

サトシは最近仲間になったポケモンたちのモンスターボールを嬉しそうに見た。フシギダネに続き、昨日はヒトカゲも仲間になったばかりだ。旅を始めたころと比べれば、ずいぶん賑やかになっている。

 

「次はどんなポケモンと会えるかな!」

 

「その前にクチバシティに着けるかどうかじゃない?」

 

「着けるって!」

 

「昨日まで散々迷ってたでしょ」

 

また始まった二人の言い合いを聞きながら、タケシは地図と周囲の地形を見比べる。

 

「方向は合っている。このまま行けば――」

 

言い終わるより先に、足元から嫌な音が響いた。

 

レンが視線を落としたときには、すでに地面が大きく崩れ始めている。

 

「え?」

 

「うわあああああっ!」

 

レンたちはまとめて穴の中へ落下した。

 

◇

 

「いったぁ……」

 

カスミが腰を押さえながら身体を起こす。

 

「またロケット団か!?」

 

サトシは真っ先に穴の上を見上げた。

 

レンも服についた土を払いながら立ち上がり、すぐにリザードとリオルの状態を確認する。二匹は落下の途中で壁を蹴って衝撃を殺したらしく、怪我をした様子はない。

 

「リザ」

 

「リオ」

 

「二匹とも大丈夫そうだね」

 

安心したレンが上を見上げると、穴の縁からいくつもの青い頭が覗いていた。

 

「ゼニ、ゼニ!」

 

「ガメ!」

 

「ゼニゼニ!」

 

「……ゼニガメ?」

 

サトシが目を丸くする。

 

そこにはサングラスをかけたゼニガメたちが並んでいた。その中央にいる一匹だけは、他とは違う尖った形のサングラスをかけており、立ち位置や周囲の反応を見る限りリーダーらしい。

 

サトシがポケモン図鑑を向けると、ゼニガメについての説明が流れる。

 

「へえ! ゼニガメか!」

 

「感心してる場合じゃないでしょ!」

 

カスミが怒鳴る。

 

当のゼニガメたちは穴の上から楽しそうに笑っており、タケシもその様子を見て苦笑した。

 

「完全に笑われてるな」

 

レンはそんなゼニガメたちを黙って観察する。

 

落とし穴を掘ったこと自体は褒められないが、今のところ積極的に攻撃してくる様子はない。本気で怪我をさせるというより、人間が困る姿を見て楽しんでいるように見えた。

 

前世の記憶にも、このゼニガメたちには覚えがある。

 

人間に捨てられたゼニガメたちが集まってできたゼニガメ団。近くの町で悪戯を繰り返していたはずだ。

 

もっとも、それを今ここで話す理由はない。

 

「とりあえず穴から出よう」

 

「どうやって?」

 

カスミが周囲を見回す。

 

穴は絶望的な深さではないものの、人間がそのまま登るには少し厳しい。レンは壁を確認すると、リザードへ視線を向けた。

 

「昨日と同じだ。『げんしのちから』で足場を作れる?」

 

「リザ!」

 

リザードが集中すると、周囲の岩が浮かび上がり、穴の壁際へ階段状に並んでいく。

 

「よし、これなら登れる!」

 

サトシが真っ先に登り始める。

 

ところが、あと少しで地上へ出られるところまで来た瞬間、リーダーのゼニガメが前へ出た。

 

「ゼニ!」

 

放たれた『みずでっぽう』がサトシを直撃する。

 

「うわっ!」

 

そのまま押し戻され、サトシは穴の底へ落ちてきた。

 

「サトシ!」

 

「ゼニゼニ!」

 

ゼニガメたちが一斉に笑う。

 

「こいつらぁ!」

 

サトシが立ち上がり、ピカチュウも前へ出ようとする。

 

「ピカ!」

 

「待って」

 

レンが止めた。

 

「何でだよ!」

 

「向こうは今のところ遊んでるだけだ。腹は立つけど、こっちから本気で攻撃する必要はないよ」

 

「でも水かけられたぞ!」

 

「それは確かに腹立つけど」

 

「だろ!?」

 

サトシが叫んだ直後、再びリーダーのゼニガメが口を開いた。

 

「ゼニ!」

 

今度の『みずでっぽう』はレンへ向かってくる。

 

その前に、リオルが静かに一歩踏み出した。

 

「リオ」

 

ゼニガメの首や口元の動きを見ていたリオルは、水が放たれる直前にはすでに身体を横へずらしていた。

 

『みずでっぽう』が何もない場所を通り抜ける。

 

「おっ」

 

レンの表情が明るくなる。

 

「今の『みきり』だ」

 

「リオ!」

 

昨日は柔らかい布を使った練習だったが、今日は初めて実際の技を相手に成功させた。

 

リーダーのゼニガメも驚いたように目を瞬かせる。

 

「ゼニ?」

 

「リオ」

 

リオルが得意そうに胸を張ると、今度はリザードまで前へ出ようとした。

 

「リザ!」

 

「張り合わなくていいから」

 

レンが止めている間に、ゼニガメたちは互いに顔を見合わせる。

 

次の瞬間、リーダーが合図を出した。

 

「ゼニ!」

 

一斉に逃げ出す。

 

「あっ、待て!」

 

サトシが叫んだものの、当然待つはずもなく、ゼニガメ団はあっという間に森の中へ消えていった。

 

◇

 

どうにか穴から抜け出したレンたちは、しばらく歩いたところで小さな町へ辿り着いた。

 

ところが町へ入ってみると、どこか様子がおかしい。

 

道には壊れた看板が転がり、店先には大量の水をかけられた跡が残っている。住民たちも慣れてしまったのか、怒っているというより困り果てた様子だった。

 

「これって……」

 

カスミが周囲を見回す。

 

「さっきのゼニガメたちか?」

 

サトシの言葉に、近くにいた警察官が反応した。

 

「あら、あなたたちもゼニガメ団に会ったの?」

 

「はい。落とし穴に落とされました」

 

タケシが答える。

 

話を聞けば、やはりゼニガメ団は町で何度も悪戯を繰り返しているらしい。人を驚かせたり、店の商品を動かしたり、『みずでっぽう』で水浸しにしたりと、住民たちはかなり困っているという。

 

レンは話を聞きながら、一つ気になったことを尋ねた。

 

「大怪我をさせたことはあるんですか?」

 

「今のところはないわ。もちろん悪戯そのものは困るけれどね」

 

その答えを聞いて、レンは考える。

 

やはり、ただ人間を傷つけるために暴れているわけではなさそうだ。

 

「どうしたの?」

 

カスミに尋ねられ、レンは少し言葉を選んだ。

 

「悪戯してるのは間違いないし、止める必要はあると思う。でも、何でああなったのかは見た方がいいと思って」

 

「理由?」

 

「うん。本気で人間を傷つけたいようには見えなかったから」

 

昨日の出来事が頭をよぎる。

 

ダイスケに捨てられ、それでもトレーナーを信じて待ち続けたヒトカゲ。

 

そして今度は、人間に捨てられた経験を持つゼニガメたち。

 

旅に出ればさまざまなトレーナーがいることくらい、レンは前世から知っていた。

 

けれど、知識として知っていることと、自分の目の前で見ることはまるで違う。

 

レンは無意識に隣のリザードへ視線を向けた。

 

「リザ?」

 

「……何でもない」

 

レンが笑うと、リザードは不思議そうに首を傾げた。

 

◇

 

町を離れてしばらく進んだところで、レンたちの前に再びゼニガメ団が現れた。

 

「またお前たちか!」

 

サトシが指を差す。

 

「ゼニ!」

 

リーダーのゼニガメが不敵に笑う。

 

その直後、後方から聞き慣れた声が響いた。

 

「何だかんだと聞かれたら!」

 

その声を聞いた瞬間、レンたち全員の表情が変わる。

 

「またか……」

 

「もう驚かなくなってきたわね」

 

現れたのは、やはりムサシ、コジロウ、ニャースの三人だった。

 

しかも今回は、なぜかゼニガメ団と行動を共にしている。

 

「どういうことだよ!」

 

サトシが叫ぶ。

 

「ゼニガメ団は今日からあたしたちの味方なのよ!」

 

ムサシが胸を張る。

 

「仲良く悪さをするのだ!」

 

コジロウも続く。

 

「そしてピカチュウをいただくニャ!」

 

「ピカ……」

 

ピカチュウが呆れたような声を漏らす。

 

レンはロケット団ではなく、リーダーのゼニガメを見ていた。

 

「本当に仲間なのかな」

 

「え?」

 

サトシが振り返る。

 

「ゼニガメたち、ロケット団を信用してるようには見えない」

 

実際、リーダーのゼニガメはムサシたちを見ながら、どこか疑うような表情を浮かべている。

 

それでもロケット団は構わず作戦を始めた。

 

騒ぎの中で爆発が起こり、吹き飛ばされたピカチュウが地面へ倒れる。

 

「ピカチュウ!」

 

サトシが真っ先に駆け寄った。

 

「ピカ……」

 

レンとタケシもすぐに状態を確認する。意識はあるものの、このまま放置していい状態ではない。

 

「治療が必要だ」

 

「町へ戻れば薬がある!」

 

タケシが言った。

 

しかし、その場を離れようとしたレンたちをゼニガメ団が取り囲む。

 

「ゼニ!」

 

リーダーがサトシの前へ進み出た。

 

「何だよ!」

 

「ゼニ、ゼニ!」

 

しばらくゼニガメとやり取りをしたあと、サトシがその意図を理解した。

 

「……オレ一人で薬を取りに行けっていうのか?」

 

「ゼニ!」

 

「その間、みんなには手を出さないんだな?」

 

リーダーのゼニガメが頷く。

 

サトシは少しも迷わなかった。

 

「分かった。行ってくる!」

 

走り出そうとしたサトシへ、レンが声をかける。

 

「サトシ」

 

「何だ?」

 

レンなら一緒に行くこともできる。

 

リザードとリオルがいれば、道中の危険にも対応できるだろう。

 

けれど、リーダーのゼニガメが見ているのはサトシだった。

 

この人間は約束を守るのか。

 

それを確かめようとしている。

 

レンはそこへ割り込むべきではないと判断した。

 

「……気をつけて」

 

「ああ!」

 

サトシは力強く頷くと、町へ向かって走り出した。

 

◇

 

サトシを待っている間、レンたちはゼニガメ団に囲まれたまま動かなかった。

 

ピカチュウにはタケシが応急処置を施している。

 

レンのそばではリザードとリオルがいつでも動けるようにしていたが、レンは二匹に戦闘の指示を出さなかった。サトシとゼニガメの間で交わされた約束を、こちらから壊すつもりはない。

 

しばらくすると、リーダーのゼニガメがレンの前まで歩いてきた。

 

「ゼニ」

 

「何?」

 

ゼニガメはまずリザードを見て、次にリオルを見る。それからレンへ視線を戻した。

 

「……戦わせないのかって?」

 

正しく理解できているかは分からない。

 

それでも、リーダーは小さく鳴いた。

 

「ゼニ」

 

レンは二匹へ一度視線を向けてから答える。

 

「サトシが約束したからね。それに、俺は君たちと戦いたいわけじゃない」

 

「ゼニ?」

 

「もちろん、悪戯はやめた方がいいと思うけど」

 

「ゼニ!」

 

少し怒ったように声を上げる。

 

レンはそれを否定せず、続けた。

 

「でも、人間が嫌いなら嫌いで、そうなった理由はちゃんと知りたい」

 

その言葉に、リーダーの表情が僅かに変わった。

 

「ゼニ……」

 

ちょうどそのとき、遠くからサトシの声が聞こえてきた。

 

「みんなー!」

 

振り返れば、泥だらけになったサトシが薬を握って走ってくる。

 

途中で何度も転んだのだろう。

 

それでも、戻ってきた。

 

「持ってきたぞ!」

 

リーダーのゼニガメが目を見開く。

 

「ゼニ……」

 

サトシは息を切らしながらも休もうとはせず、真っ先にピカチュウへ駆け寄った。

 

「ピカチュウ!」

 

タケシと協力しながら治療を始めるサトシを、リーダーのゼニガメは何も言わずに見つめ続けていた。

 

◇

 

ピカチュウの状態が落ち着き、ようやく一安心できる。

 

そう思った直後だった。

 

「今よ!」

 

ムサシの声が響く。

 

「ニャハハハ!」

 

再び姿を現したロケット団を見て、サトシが勢いよく立ち上がった。

 

「やっぱりゼニガメたちを利用してただけか!」

 

ロケット団が持ち出した機械から攻撃が放たれ、周囲で爆発が起こる。

 

乾いた草へ炎が燃え移り、風に煽られて一気に広がっていった。

 

「まずい!」

 

タケシが叫ぶ。

 

レンは炎の広がる方向とゼニガメたちの位置を見比べ、すぐに指示を飛ばした。

 

「ゼニガメたちを逃がす! リオル、『しんくうは』!」

 

「リオ!」

 

リオルが拳を振り抜く。

 

放たれた空気の刃が離れた位置にあるロケット団の機械へ命中し、金属板が大きく揺れた。

 

「離れたところから攻撃してきた!?」

 

「昨日までそんな技使ってなかったニャ!」

 

「昨日覚えたんだよ!」

 

レンが答えた直後、機械の砲口がリオルへ向けられる。

 

しかし、リオルは発射されるまで待たなかった。砲口の向きと機械の動きを見て攻撃の瞬間を読み、弾が飛んできたときにはすでに身体をずらしている。

 

「リオ!」

 

『みきり』で攻撃をかわすと、そのまま『でんこうせっか』で一気に距離を詰めた。

 

「そのまま『はっけい』!」

 

「リオ!」

 

掌底が機械へ叩き込まれ、金属の外装が大きくへこむ。

 

一方、別方向では逃げようとするゼニガメたちの前へ別の機械が回り込もうとしていた。

 

「リザード!」

 

「リザ!」

 

レンは周囲を確認する。

 

昨日考えたばかりの使い方を、試すなら今だった。

 

ただ相手を焼くためではなく、動ける場所を減らして仲間のために道を作る炎。

 

「『ほのおのうず』! 機械の前を塞いで!」

 

「リザァ!」

 

リザードが放った炎は一直線には飛ばず、渦を巻きながら地面を走った。

 

ロケット団の機械が進もうとしていた場所を炎が囲み、その動きを止める。

 

「熱っ!」

 

「進めないニャ!」

 

「ゼニガメたち、今!」

 

「ゼニ!」

 

何匹ものゼニガメが開いた道を駆け抜ける。

 

昨日の練習では、ただ石を囲っただけだった。

 

それが今日は、誰かを逃がすための技になっている。

 

「成功したね、リザード!」

 

「リザ!」

 

嬉しそうに振り返ったリザードだったが、別方向から機械のアームが迫ってくるのを見てすぐに表情を切り替えた。

 

「前!」

 

「リザ!」

 

リザードが地面を蹴る。

 

進化した直後のように、ヒトカゲ時代の感覚で必要以上に踏み込むことはない。大きくなった歩幅を利用して一気に懐へ潜り込み、振り下ろされたアームをかわした。

 

「『ほのおのキバ』!」

 

「リザァ!」

 

牙の周囲へ炎が集まり、そのまま機械のアームへ噛みつく。

 

金属が熱で赤くなり、リザードが力強く首を振ると、歪んだアームが根元から外れた。

 

「すげえ!」

 

サトシが目を輝かせる。

 

レンも嬉しさを感じながら、それ以上にリザードの動きを注意深く見ていた。

 

新しい身体にも少しずつ慣れてきている。

 

新しい技も、ただ覚えただけではなく実戦の中で使えている。

 

「いいよ、リザード!」

 

「リザ!」

 

リザードの返事にも、自信が滲んでいた。

 

◇

 

戦いが続く一方で、周囲へ燃え移った炎はさらに勢いを増していた。

 

「このままだと危ない!」

 

カスミが叫ぶ。

 

ゼニガメ団はすでに安全な場所まで逃げられる位置にいる。

 

そのまま離れてしまえばいい。

 

ところが、リーダーのゼニガメが足を止めた。

 

「ゼニ……!」

 

振り返った先には、サトシたちと燃え広がる炎がある。

 

しばらく迷うように見つめていたリーダーは、やがて大きく声を上げた。

 

「ゼニ!」

 

逃げるのをやめ、戻ってくる。

 

「お前……!」

 

サトシが驚いている間に、リーダーは炎へ向かって『みずでっぽう』を放った。

 

その姿を見た仲間のゼニガメたちも次々に戻ってくる。

 

「ゼニ!」

 

「ガメ!」

 

何本もの『みずでっぽう』が炎へ浴びせられる。

 

「オレたちもやるぞ!」

 

サトシが叫び、レンもすぐに頷いた。

 

「リザード、火が広がってるから炎技は禁止。周りを見て動いて!」

 

「リザ!」

 

「リオルは倒れたものをどかして、逃げ道を作って!」

 

「リオ!」

 

リオルが『でんこうせっか』で駆け回り、道を塞いでいる枝や瓦礫を移動させていく。

 

タケシとカスミも消火に加わり、全員で炎の広がりを抑えていった。

 

その最中、燃えていた木の一部が大きく傾く。

 

ちょうどその下にいたのは、リーダーのゼニガメだった。

 

「危ない!」

 

サトシが真っ先に走った。

 

「サトシ!」

 

レンが叫ぶが、サトシは止まらない。

 

ゼニガメを抱きかかえた直後、焼けた木材が落ちてくる。

 

その瞬間、レンが指示を出すより早くリザードが動いた。

 

「リザ!」

 

地面を蹴り、『きりさく』で落下してくる細い枝を切り飛ばす。

 

同時にリオルも飛び込み、『メタルクロー』で大きな木材を横から叩いて軌道をずらした。

 

その隙に、サトシがゼニガメを抱えたまま地面を転がるようにして危険な場所から脱出する。

 

「大丈夫!?」

 

レンが駆け寄った。

 

「オレは平気! ゼニガメは!?」

 

サトシは自分の身体より先に、腕の中のゼニガメを確認する。

 

「ゼニ……」

 

怪我はない。

 

それを見たサトシは心の底から安心したように笑った。

 

「よかった……」

 

リーダーのゼニガメは何も言わず、しばらくサトシの顔を見つめていた。

 

やがて、その表情がほんの少しだけ柔らかくなる。

 

「ゼニ……」

 

◇

 

全員で協力した結果、ようやく火は消えた。

 

そしてロケット団も、回復したピカチュウの『10まんボルト』を受けて空の彼方へ飛んでいく。

 

「やな感じー!」

 

騒ぎが収まると、煙の向こうにゼニガメ団が並んでいた。

 

そこへ町からやってきた警察官たちが歩み寄る。

 

「ゼニガメたち。今まで悪戯ばかりしていたけれど、今日みたいに誰かを助けるために力を使えるなら、その力を町のために使ってみない?」

 

「ゼニ?」

 

「消防団としてね」

 

ゼニガメたちは顔を見合わせた。

 

自分たちの『みずでっぽう』なら、火事が起きたときに誰かを助けられる。

 

先ほど自分たちが実際に炎を消したこともあってか、仲間たちは次々に嬉しそうな声を上げた。

 

「ゼニ!」

 

「ゼニ!」

 

これからは町を困らせるためではなく、町を守るために力を使う。

 

ゼニガメ団に、新しい居場所ができた。

 

ただ一匹、リーダーだけは仲間たちの輪から離れ、サトシを見つめていた。

 

「ん?」

 

サトシが首を傾げる。

 

リーダーのゼニガメはゆっくり近づくと、サトシの足を軽く叩いた。

 

「ゼニ」

 

「どうした?」

 

「ゼニ!」

 

そのままサトシを見上げる。

 

サトシも、ようやくその意思に気づいた。

 

「……オレと来たいのか?」

 

「ゼニ!」

 

迷いのない返事だった。

 

サトシの顔が一気に明るくなる。

 

「本当にいいんだな?」

 

「ゼニ!」

 

サトシはモンスターボールを取り出す。

 

「よし! これからよろしくな、ゼニガメ!」

 

「ゼニ!」

 

ゼニガメが自分からボールへ触れる。

 

身体が赤い光へ変わり、モンスターボールの中へ吸い込まれた。

 

地面へ落ちたボールが一度、二度、三度と揺れ、やがて静かになる。

 

サトシはすぐに拾い上げ、高く掲げた。

 

「やった! ゼニガメ、ゲットだぜ!」

 

「ピッピカチュウ!」

 

歓声が上がる。

 

レンも笑ってサトシへ声をかけた。

 

「おめでとう、サトシ」

 

「ありがとな、レン!」

 

サトシはすぐにゼニガメをボールから出した。

 

「ゼニ!」

 

元気よく現れたゼニガメのもとへ、これまで一緒にいた仲間たちが集まってくる。

 

「ゼニ!」

 

「ガメ!」

 

別れではある。

 

それでも、ただ寂しいだけの別れではない。

 

仲間たちは町を守る消防団として新しい道を歩き始め、リーダーはサトシと共に外の世界へ旅立つ。

 

それぞれが、自分自身で次に進む道を選んだのだ。

 

◇

 

夕方。

 

町を離れたレンたちは、クチバシティへ続く道を再び歩いていた。

 

サトシの周囲は、以前にも増して賑やかになっている。

 

「フシギダネ!」

 

「ダネ!」

 

「ヒトカゲ!」

 

「カゲ!」

 

「ゼニガメ!」

 

「ゼニ!」

 

最近仲間になった三匹を見ながら、レンはそれぞれがサトシと出会ったときのことを思い返していた。

 

フシギダネは、長い間守ってきた場所を離れ、自分の意思でサトシと進むことを選んだ。

 

ヒトカゲは、自分を捨てたトレーナーとの関係に自ら決着をつけたうえで、助けてくれたサトシを新しいトレーナーとして選んだ。

 

そしてゼニガメは、人間を信用できずにいたところから、約束を守り、自分を危険から守ってくれたサトシを信じて一緒に旅することを決めた。

 

同じ「仲間になる」という結果でも、そこへ辿り着くまでの理由は一匹ずつ違っている。

 

レンの横では、リザードとリオルが並んで歩いていた。

 

リザードとは卵のころから一緒に過ごしてきた。

 

リオルはシバとの旅を経て、自分自身の意思でレンについていくことを選んだ。

 

この二匹にも、それぞれ違う出会いと理由があって今がある。

 

レンは歩きながら、改めて思う。

 

どれだけポケモンの知識を持っていても、どれだけ育成が上手くても、そしてどれだけバトルに勝てても、それだけでポケモンが自分についてきてくれるわけではない。

 

最後に選ぶのはポケモン自身だ。

 

だからこそ、自分はその選択に応えられるトレーナーでありたい。

 

「レン?」

 

少し先まで歩いていたサトシが振り返った。

 

「何ぼーっとしてんだよ!」

 

「ちょっと考え事」

 

「早く行こうぜ! 次はクチバシティだ!」

 

「まだ着かないと思うけど」

 

「分かってるよ!」

 

そう言いながらサトシは走り出し、ピカチュウとゼニガメもその後を追っていく。

 

「待ちなさいよ! また道を間違えたらどうするの!」

 

カスミまで慌てて走り出し、タケシはその後ろ姿を見ながら苦笑した。

 

「まったく、元気だな」

 

「俺たちも行こうか」

 

レンが声をかけると、リザードとリオルが同時に頷いた。

 

「リザ!」

 

「リオ!」

 

二匹が駆け出し、レンもその後を追う。

 

旅を始めてから、まだそれほど長い時間が経ったわけではない。

 

それでも、出会ったポケモンやトレーナー、目にしてきた育て方、戦った相手、そしてさまざまな形の信頼関係が、少しずつレンの中へ積み重なっていた。

 

前世の知識で知っていたはずの世界にも、自分の目で見て、自分の足で歩かなければ分からないことがいくらでもある。

 

ならば、それを一つずつ確かめていけばいい。

 

知識だけを答えにせず、実際に経験したことを二匹の相棒と共に自分たちの強さへ変えていく。

 

クチバシティへ続く道を走りながら、レンは前を見た。

 

世界の頂はまだ遥か遠い。

 

それでも、その頂へ続く道を、レンたちは今日も確かに歩き続けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。