ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
長い旅路を越え、レンたちはついにクチバシティへ到着した。
巨大な港には何隻もの船が停泊し、倉庫から荷物を運び出す人々や、トレーナーの傍らを歩くポケモンたちが忙しなく行き交っている。海から吹き込む潮風には森や山では感じられなかった匂いが混ざっており、久しぶりの大きな街を前にしたサトシは、疲れなど忘れたように駆け出した。
「クチバシティだー!」
「ピッカ!」
サトシの肩から飛び降りたピカチュウも、嬉しそうに両前足を上げる。
「やっと着いたわね……」
カスミが心底疲れたように息を吐く横で、タケシは地図を畳んだ。
「まずはポケモンセンターだな。ジムへ行くにしても、その前にみんなの状態を診てもらった方がいい」
「賛成」
レンが答えると、その両脇を歩いていたリザードとリオルも頷いた。
「リザ」
「リオ」
もっとも、レンの意識はすでにクチバジムへ向いていた。
クチバシティのジムリーダー、マチス。
そして、その相棒であるライチュウ。
当然、覚えている。
前世で見たアニメの中でも、サトシとピカチュウにとって印象深い戦いの一つだった。
マチスは捕まえたピカチュウを早い段階でライチュウへ進化させた。その結果、ライチュウは圧倒的な電撃の出力と体格を得た一方、ピカチュウのころに磨くはずだった高速戦闘の経験が不足している。
その弱点を突き、サトシとピカチュウは再戦で勝つ。
そこまでレンは知っている。
だからといって、今日これから戦うライチュウが記憶の中と寸分違わないなどと決めつけるつもりはなかった。
マサキの灯台で見た巨大なカイリューもそうだった。
知っている世界であっても、すべてが自分の知識だけで説明できるわけではない。
前世の知識は使う。
使えるものを使わない理由などない。
ただし――最後に信じるのは、自分の目で確かめた情報だ。
「レン!」
「ん?」
「何ぼーっとしてるんだよ! 早く行こうぜ!」
先へ行っていたサトシが振り返っている。
レンは小さく笑った。
「今行くよ」
三つ目のジム戦。
相手が強いことも、その弱点も知っている。
だからこそ、それ以上のものを実戦で見つける。
レンはリザード、リオルと共にポケモンセンターへ向かった。
◇
ポケモンセンターへ入った瞬間、先ほどまで騒いでいたサトシが足を止めた。
「……え?」
センター内には、傷ついたポケモンたちが何匹も運び込まれていた。
ラッタ、サンド、ポッポ、ナゾノクサ。
トレーナーたちも一様に沈んだ表情を浮かべており、治療室ではジョーイとラッキーが忙しく動き回っている。
「どうしたの、このポケモンたち?」
カスミが尋ねると、受付へ戻ってきたジョーイが困ったように微笑んだ。
「みんなクチバジムに挑戦したポケモンたちなんです」
「ジムで!?」
サトシが目を見開く。
「はい。ジムリーダーのマチスさんと、相棒のライチュウはとても強いんですよ」
「ライチュウ……」
サトシがピカチュウを見る。
「ピカ……」
レンは治療を受けているポケモンたちを順番に見た。
もちろん、これだけで正確な戦い方までは分からない。
それでも、一撃一撃が相当に重いことだけは想像できる。
前世で知っている通りなら、マチスのライチュウは電撃だけではなく、体格を生かした近接戦闘も強力だ。
「怖くなった?」
カスミが横目でサトシを見る。
「なるわけないだろ!」
サトシはすぐに反応した。
「強いなら勝つ! それだけだ!」
「ピカ!」
ピカチュウも勢いよく頷く。
レンの横では、リオルが拳を握った。
「リオ」
リザードも牙を覗かせる。
「リザ」
「二匹ともやる気だね」
レンが笑う。
「でも、焦らなくていい。強い相手ほど、よく見るんだ。何が強いのか、どうして強いのか。それが分かれば、崩す方法も見えてくる」
「リオ!」
「リザ!」
サトシも拳を握る。
「よーし! 行くぞ、クチバジム!」
「ピカチュウ!」
◇
クチバジム。
扉を開けて中へ入ると、そこには何人もの屈強なジムトレーナーが待ち構えていた。
そして、その中央。
周囲の人間よりさらに大柄な男が立っている。
「HAHAHA! またチャレンジャーか!」
金髪。
軍人を思わせる服装。
豪快な笑い声。
クチバジム・ジムリーダー。
マチス。
「オレはマサラタウンのサトシ! ジム戦をしに来た!」
「マサラタウン?」
マチスはサトシを見ると、すぐに笑みを深めた。
「何だ、ずいぶん小さなベイビーじゃないか!」
「誰がベイビーだ!」
「HAHAHA!」
マチスの視線がサトシの足元へ移る。
そこにはピカチュウがいる。
「しかもポケモンまでベイビーか!」
「ピカ!?」
ピカチュウの頬から火花が散った。
「ピカチュウを馬鹿にするな!」
「だったら見せてやるよ。進化ってやつが、どれだけポケモンを強くするのか!」
マチスがモンスターボールを投げる。
白い光がフィールドへ落ち、大きな身体を形作った。
オレンジ色の体毛。
長い耳。
太く伸びた尻尾。
「ラーイチュウ!」
マチスのライチュウ。
サトシが図鑑を向ける横で、レンは黙ってその姿を観察していた。
(大きい)
アニメで見ていた以上に、実物の圧力は強い。
ピカチュウより遥かに重い身体。
発達した四肢。
頬袋から時折漏れる電気も強い。
一方で、立ち位置を見る限り細かな足運びは多くない。
どっしりと構え、相手を正面から叩き潰すタイプ。
(今のところは記憶通り)
だが、まだ戦っていない。
判断はこれからだ。
「オレはポケモンを捕まえたら、できるだけ早く進化させる! 進化すれば強い技も使えるようになるからな!」
「進化すれば強いって決まってるわけじゃない!」
サトシが言い返す。
「ピカチュウにはピカチュウの強さがある!」
「なら証明してみな、ベイビー!」
「やってやる! ピカチュウ!」
「ピカ!」
ピカチュウがフィールドへ飛び出した。
サトシとマチス。
ピカチュウとライチュウ。
最初の戦いが始まった。
◇
「先手必勝だ! ピカチュウ、『でんきショック』!」
「ピカァ!」
ピカチュウの頬から電撃が放たれる。
マチスは避ける指示すら出さなかった。
「ライチュウ! 『でんきショック』!」
「ラーイ!」
ライチュウの身体から迸った電撃が正面からぶつかる。
一瞬、二つの電撃が拮抗した。
しかし。
「ピカッ!?」
押し負けた。
ライチュウの電撃がピカチュウを飲み込み、小さな身体を後方へ吹き飛ばす。
「ピカチュウ!」
ピカチュウは空中で身体を捻って着地したものの、足元が僅かに揺れていた。
「威力が全然違う……」
カスミが息を呑む。
レンも同じものを見ていた。
(電撃の出力は明確にライチュウが上)
ピカチュウが弱いわけではない。
ニビジム以降、『10まんボルト』も含めて電撃そのものはかなり強くなっている。
だが、ライチュウの純粋な出力はさらに上だった。
「ピカチュウ、今度は『10まんボルト』!」
「ピカァァァ――チュウッ!」
先ほどより遥かに強い電撃が走る。
ライチュウへ直撃。
「ライッ!」
身体が僅かに後ろへ押される。
効いている。
「よし!」
サトシが拳を握った。
しかしマチスは笑った。
「その程度か! ライチュウ、『メガトンパンチ』!」
「ライ!」
ライチュウが地面を蹴った。
レンの目が細くなる。
速くはない。
ピカチュウなら避けられる。
「ピカチュウ、避けろ!」
サトシも同じ判断をした。
ピカチュウが横へ飛ぶ。
拳が頬の横を通過する。
避けた。
――はずだった。
「続けて『メガトンキック』!」
「ラーイ!」
ライチュウが踏み込んだ勢いを殺さず、そのまま身体を回転させる。
「ピカ!?」
着地したばかりのピカチュウへ、太い脚が迫った。
「跳べ!」
間に合わない。
蹴りが直撃した。
「ピカァッ!」
小さな身体がフィールドを転がる。
「ピカチュウ!」
「まだまだ! 『のしかかり』!」
ライチュウが跳び上がる。
大きな影がピカチュウを覆った。
「横へ!」
ピカチュウが転がる。
直後、ライチュウが床へ落ち、ジム全体が揺れるほどの音が響いた。
ピカチュウは辛うじて避けた。
レンは一連の動きを見逃さない。
(やっぱり細かい切り返しは遅い)
最初の『メガトンパンチ』。
サトシの指示に反応したピカチュウは問題なく避けられた。
だが、ライチュウは一撃の威力が高いだけではない。
マチスは大きな技を連続させることで、回避した直後を狙っている。
(マチスも力押しだけじゃない)
当然だ。
ジムリーダーなのだから。
弱点があることと、弱いことはまったく違う。
「ピカチュウ! 距離を取って『10まんボルト』!」
「ピカァァァ!」
電撃が走る。
「突っ込め! 『とっしん』!」
「ラーイ!」
ライチュウは電撃を浴びながら前へ出た。
「えっ!?」
サトシが目を見開く。
そのままライチュウの巨体がピカチュウへ激突する。
「ピカァ!」
再び吹き飛ばされた。
「ピカチュウ!」
タケシの表情が険しくなる。
「まずい。攻撃を受けるたびに体格差がそのままダメージになってる」
レンも頷いた。
ピカチュウの速さなら避けられる攻撃はある。
だが今のサトシは、ライチュウの攻撃を見てから単発で回避させているだけだ。
それでは追撃まで避け切れない。
「ピカチュウ、まだいけるか!?」
「ピカ……!」
ピカチュウが立ち上がる。
「無理するな!」
サトシが叫ぶ。
一瞬、ピカチュウが振り返る。
その目は。
まだ戦うと言っていた。
「……分かった!」
サトシも前を見る。
「行くぞ!」
「無駄だ! ライチュウ、『メガトンパンチ』!」
「ピカチュウ、避けて『10まんボルト』!」
拳。
回避。
ピカチュウが振り返る。
その瞬間。
「そこだ! 『メガトンキック』!」
また。
同じ追撃。
今度はピカチュウも警戒していた。
後方へ跳ぶ。
だが、ライチュウの脚先が腹部を掠めた。
「ピカッ!」
体勢が崩れる。
マチスは逃さない。
「終わりだ! 『10まんボルト』!」
「ラーイチュウウウウ!」
ライチュウの全身から猛烈な電撃が放たれた。
「ピカチュウ!」
黄色い身体が電撃に包まれる。
やがて。
煙の中からピカチュウが倒れた。
「ピカ……」
「ピカチュウ!」
サトシが駆け寄る。
勝負は。
マチスとライチュウの勝利だった。
◇
ポケモンセンターへ戻ったサトシは、治療室の前からしばらく動かなかった。
レンたちも一緒に待つ。
やがて治療が終わり、ベッドで休むピカチュウの姿を見て、サトシはようやく大きく息を吐いた。
「よかった……」
「ピカ……」
「ごめんな、ピカチュウ。オレがもっと上手く戦えてれば……」
「ピカ」
ピカチュウは首を横へ振った。
負けたことを悔しがってはいる。
だが、サトシだけの責任だとは思っていない。
そこへジョーイが近づいてきた。
手には、一つの石がある。
「サトシくん」
「何ですか?」
「これは『かみなりのいし』です」
サトシの表情が変わった。
「これを使えば……」
「ピカチュウはライチュウへ進化できます」
部屋が静かになる。
サトシは石を見る。
次に。
ピカチュウを見る。
「ライチュウになれば……もっと強い電気が使えるのか?」
「可能性はあります。でも、一度進化したポケモンを元の姿へ戻すことはできません」
サトシの手が止まる。
レンは黙って見ていた。
この場面も知っている。
ピカチュウが何を選ぶのかも。
それでも、レンから先に口を挟むことはしなかった。
やがてサトシが顔を上げる。
「レン」
「うん?」
「お前ならどうする?」
レンは少しだけリザードを見る。
ヒトカゲだったころから一緒に歩き、戦い、自分の意思で進化した相棒。
「俺なら、本人に聞くよ」
「本人に?」
「リザードは自分で進化を選んだ」
「リザ」
「だから俺は、その選択を一番強い形にしてあげたい。でも、ピカチュウが同じ道を選ぶとは限らない」
レンはピカチュウを見る。
「サトシが強くしたいから進化させるんじゃなくて、ピカチュウがどうしたいか聞けばいい」
サトシはしばらく黙っていた。
そして。
『かみなりのいし』をピカチュウの前へ差し出す。
「ピカチュウ」
「ピカ?」
「お前はどうしたい?」
ピカチュウが石を見る。
じっと。
見つめる。
次の瞬間。
「ピカ!」
尻尾が振られた。
『かみなりのいし』が弾き飛ばされ、ベッドの上を転がる。
「ピカ、ピカチュウ!」
サトシの顔が明るくなる。
「そうか」
ピカチュウを抱き上げる。
「ピカチュウのまま、ライチュウに勝ちたいんだな!」
「ピカ!」
「よし! だったらオレも一緒に勝つ!」
「ピカチュウ!」
そのやり取りを、リザードは静かに見ていた。
「リザ……」
レンはリザードの頭へ手を置く。
「リザードは進化して強くなる道を選んだ。ピカチュウは今の姿のまま強くなる道を選んだ」
「リザ」
「違う道だけど、どっちも自分で選んだ道だよ」
リザードが頷いた。
隣のリオルも静かにピカチュウを見つめている。
やがてサトシが口を開いた。
「でも……どうすれば勝てる?」
タケシが考えるように腕を組む。
レンは答えを知っている。
それでも、全部を教える必要はない。
「一戦目を思い出してみたら?」
「一戦目?」
「電撃の威力はライチュウが上だった。身体も大きくて、近距離の攻撃も強かった」
「……うん」
「でも、全部負けてた?」
サトシが黙る。
一戦目を思い返しているのだろう。
「最初の『メガトンパンチ』……」
小さく呟く。
「あれは普通に避けられた」
レンは頷いた。
「うん」
「ライチュウは攻撃はすごく強い。でも……」
サトシの目が大きくなる。
「速さだ!」
「ピカ!」
タケシも笑った。
「俺もそう思う。特に連続して方向を変える動きなら、ピカチュウの方が上だ」
「だったら!」
サトシが立ち上がる。
「ピカチュウの速さで、ライチュウを振り回せばいい!」
「ピカ!」
レンは小さく笑った。
記憶通り。
けれど。
今のサトシは、レンから答えを与えられたのではない。
自分で戦いを振り返り、辿り着いた。
それでいい。
◇
十分な治療と休息を終えたあと。
サトシとピカチュウは再びクチバジムへ立った。
「HAHAHA! 懲りずに来たか、ベイビー!」
「もうベイビーなんて言わせない!」
「ピカ!」
マチスの前には。
再びライチュウ。
「ラーイ!」
一対一。
ピカチュウ対ライチュウ。
再戦が始まった。
「ライチュウ、『メガトンパンチ』!」
「ラーイ!」
「ピカチュウ、走れ!」
先ほどとは違った。
ピカチュウは攻撃が来てから避けるのではない。
ライチュウが踏み込むより先に走り始める。
拳が振り抜かれたころには、そこにピカチュウはいない。
「何!?」
「止まるな!」
「ピカ!」
フィールドを駆け回る。
「だったら『のしかかり』!」
ライチュウが跳ぶ。
大きな身体が落ちてくる。
「右だ!」
ピカチュウが鋭く方向を変えた。
轟音。
ライチュウが床へ落ちる。
しかし、ピカチュウはもう反対側にいる。
「今だ! もっと速く!」
サトシの声に応えるように。
ピカチュウの動きが変わった。
一歩。
二歩。
さらに加速。
黄色い残像が何本にも増えていく。
「ピカピカピカピカ!」
マチスが目を見開く。
「何だ、その動きは!?」
レンは分かっていた。
『こうそくいどう』。
この戦いの中で。
ピカチュウが新たな速さを掴んだ。
「ライ!?」
ライチュウが右を見る。
もういない。
左。
いない。
後ろ。
また消える。
「ライチュウ! 『のしかかり』だ!」
一度。
外れる。
「もう一度!」
二度。
また外れる。
ライチュウが着地するたび、身体を反転させるまでの一瞬が生まれる。
ピカチュウはそこを走り抜ける。
「すごい……!」
カスミが目を見開く。
レンはライチュウを見る。
(これだ)
知っていた弱点。
実際に見ても同じだった。
速さそのものより。
高速で切り返す相手への対応経験が足りない。
「チョロチョロするな!」
マチスが苛立つ。
「ライチュウ! まとめて吹き飛ばせ! 『10まんボルト』!」
「ラーイチュウウウウウッ!」
強烈な電撃が広がった。
狙うのではない。
フィールドそのものを電撃で覆う。
「サトシ!」
カスミが叫ぶ。
逃げ場がない。
それでも。
「ピカチュウ!」
サトシは相棒を見る。
ピカチュウも。
地面を見る。
そして。
尻尾を地面へ突き立てた。
「ピッ――カァァァッ!」
猛烈な電撃がフィールドを覆う。
窓が割れる。
煙が立ち込める。
「HAHAHA!」
マチスが笑う。
「これで終わりだ!」
しかし。
煙が晴れる。
「何!?」
ピカチュウは。
立っていた。
尻尾を地面につけたまま。
「ピカ!」
電気を地面へ逃がした。
「やった!」
サトシが叫ぶ。
一方。
ライチュウは荒い息を吐いていた。
「ライ……」
頬から。
電気が出ない。
レンが気づく。
(使い切った)
マチスも気づいた。
「ライチュウ! もう一発だ!」
「ライ……!」
出ない。
「今だ、ピカチュウ!」
サトシが腕を振る。
「一気に行け!」
「ピカ!」
ピカチュウが駆け出す。
先ほどまでとは違う。
一直線。
一瞬で最高速へ。
「『とっしん』で迎え撃て!」
「ラーイ!」
ライチュウも走る。
正面衝突。
――その直前。
ピカチュウがさらに加速した。
『でんこうせっか』。
「ピカァッ!」
先に。
ピカチュウがライチュウの腹部へ突き刺さる。
「ライッ!」
巨体が浮いた。
ピカチュウは止まらない。
身体を捻り。
電気を纏った尻尾を振り抜く。
「ピッカァァ!」
一撃。
ライチュウが床へ叩きつけられた。
「ライ……」
動かない。
静寂。
そして。
「ライチュウ、戦闘不能! 勝者、サトシ!」
「やったあああああ!」
サトシがフィールドへ飛び込む。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
抱き合う。
マチスは倒れたライチュウを見る。
やがて。
笑った。
「HAHAHA……やられたぜ」
ライチュウも身体を起こし、ピカチュウを見る。
先ほどまでの見下すような表情はない。
「ライ」
「ピカ」
互いに笑う。
マチスは一つのバッジを取り出した。
オレンジバッジ。
「お前たちの勝ちだ」
サトシが受け取る。
「ありがとう!」
高く掲げる。
「オレンジバッジ、ゲットだぜ!」
「ピッピカチュウ!」
レンも拍手した。
「おめでとう、サトシ」
「レン!」
サトシが満面の笑みで振り返る。
「今度はちゃんと勝ったぞ!」
「うん」
レンも笑った。
「文句なしの勝利だよ」
サトシが嬉しそうにバッジを見る。
ニビとも。
ハナダとも違う。
最後まで戦い抜き。
一度負け。
自分たちで考え。
再戦で勝った。
サトシにとって。
大きな一勝だった。
だが。
レンにとってのジム戦は。
まだ始まっていない。
◇
ライチュウの回復を待った。
その間にレンもリオルと話し合う。
「リオル」
「リオ」
「俺はライチュウの弱点を知ってる」
リオルが頷く。
「でも、サトシとの再戦を見たマチスさんも、もう同じ弱点を分かってる」
「リオ」
「同じ戦い方は通じないと思った方がいい」
リオルは拳を握る。
「リオ!」
レンは笑う。
「うん。だから面白い」
やがて。
治療を終えたライチュウがフィールドへ戻ってきた。
「ラーイ!」
疲労も十分に抜けている。
レンは立ち上がった。
「行こう」
「リオ!」
リザードが腕を組みながら二匹を見送る。
「リザ!」
「次はリザードにも出てもらうから」
「リザ!」
機嫌を直した。
レンはフィールドへ向かう。
マチスもすでに待っていた。
「待たせたな」
「大丈夫です」
「今度はお前か」
「はい。マサラタウンのレン。正式なジム戦をお願いします」
「いいぜ!」
マチスの後ろへライチュウが立つ。
「オレが使うのはこいつだ!」
「ラーイチュウ!」
レンも前を見る。
「俺はリオルで行きます」
「リオ!」
一対一。
ライチュウ対リオル。
マチスが笑う。
「さっきのバトルを見てたんだ。ライチュウの弱点は分かってるんだろ?」
「はい」
レンは迷わず答えた。
本当は。
もっと前から知っている。
「速い相手への対応が苦手。それは分かってます」
「HAHAHA! 正直だな!」
「使える弱点を使わない理由はありませんから」
マチスの笑みが深くなる。
「だがな」
空気が変わった。
「一回やられた弱点を、そのままにして戦うほどオレも甘くないぜ!」
「そうでしょうね」
レンも笑った。
だから。
この戦いには意味がある。
知っている弱点を突くだけなら。
答え合わせでしかない。
相手も考える。
こちらも考える。
その先で勝つ。
「リオル」
「リオ」
「行こう」
試合開始。
◇
「リオル、『でんこうせっか』!」
「リオ!」
開始と同時にリオルが走る。
まずは。
試す。
サトシと同じ高速戦術。
当然マチスも理解した。
「来ると思ったぜ! ライチュウ、『のしかかり』!」
「ラーイ!」
ライチュウが跳ぶ。
リオルへ直接ではない。
その進行方向へ。
「止まって!」
「リオ!」
リオルが足を滑らせるように急停止する。
直前へライチュウが落下。
轟音。
床が揺れる。
「後ろ!」
リオルが回り込もうとする。
しかし。
「させるか! 『メガトンキック』!」
ライチュウは振り返らない。
着地した姿勢のまま、長い尻尾で身体を支え。
後方へ脚を振り抜いた。
「リオ!」
「『みきり』!」
肩。
腰。
脚。
動き出す直前の僅かな予兆。
リオルが読む。
上体を沈める。
頭上を太い脚が通過した。
風圧で耳が揺れる。
「そのまま懐へ!」
「リオ!」
踏み込む。
「『はっけい』!」
掌底がライチュウの腹部へ叩き込まれた。
「ライッ!」
一歩。
ライチュウが下がる。
だが。
レンの表情は変わらない。
浅い。
ライチュウはピカチュウより遥かに大きい。
真正面から一発入れただけでは崩れない。
「捕まえろ!」
マチスの声。
ライチュウの腕が伸びる。
「離れて!」
リオルが後ろへ跳ぶ。
僅かに遅い。
ライチュウの指がリオルの腕を掠めた。
「リオッ!」
体勢が崩れる。
「『メガトンパンチ』!」
拳が迫る。
「受けない! 流して!」
リオルは腕を交差しなかった。
拳へ自分の前腕を添え。
身体を横へ回す。
シバとの旅で覚えた。
受け流し。
完全には流せない。
ライチュウの力が強すぎる。
「リオッ……!」
衝撃でリオルが数歩滑る。
それでも。
直撃は避けた。
「へえ!」
マチスが目を細める。
「面白い動きするじゃねえか!」
レンはリオルを見る。
「腕は?」
「リオ!」
大丈夫。
「なら続けよう!」
「リオ!」
「『しんくうは』!」
リオルが拳を振る。
空気の刃が飛ぶ。
「ライチュウ、横だ!」
ライチュウが動く。
完全には避け切れない。
『しんくうは』が肩を掠める。
「ライ!」
(やっぱり遠距離への細かな回避は得意じゃない)
レンは確認する。
だが。
マチスは笑った。
「遠くからなら安全だと思ったか!」
「来るよ!」
レンが叫ぶ。
「『10まんボルト』!」
「ラーイチュウウウウ!」
電撃が走る。
速い。
「右!」
リオルが跳ぶ。
電撃が床を焼く。
「追え!」
ライチュウが首を振る。
電撃の軌道がリオルを追う。
「走って!」
「リオ!」
着地と同時に『でんこうせっか』。
電撃から逃げる。
右。
左。
しかし。
ライチュウはピカチュウを追っていたときのように、自分から動こうとしない。
中央から。
電撃だけで追う。
(変えてきた)
レンの目が鋭くなる。
高速戦闘が苦手なら。
自分が追わなければいい。
広範囲の電撃で。
相手の動ける場所を減らす。
「リオ!」
電撃がリオルの足元へ迫る。
「跳んで!」
リオルが跳ぶ。
マチスが待っていた。
「そこだ! 『とっしん』!」
「ラーイ!」
「――!」
空中。
方向転換できない。
ライチュウが突っ込む。
「リオル、『しんくうは』! 下!」
「リオ!」
攻撃ではない。
リオルが真下へ『しんくうは』を放つ。
反動。
僅かに身体が浮き。
軌道が変わる。
「何!?」
ライチュウの頭上を。
ぎりぎりで越えた。
リオルが着地する。
「いい判断!」
「リオ!」
だがマチスも止まらない。
「振り返れ! 『メガトンパンチ』!」
ライチュウが強引に身体を回す。
拳。
「『みきり』!」
リオルが見る。
肩が動く。
拳の軌道。
内側。
「潜って!」
「リオ!」
拳の内側へ潜る。
「足!」
リオルは攻撃技を使わない。
低く身体を沈め。
ライチュウの踏み込んだ足へ自分の脚を掛ける。
足払い。
「ライ!?」
ライチュウの重心が崩れる。
「今!」
「リオ!」
掌が突き出される。
「『はっけい』!」
腹部へ。
今度は。
体勢を崩したところへ。
完全に入る。
「ライチュウッ!」
巨体が後ろへ飛ばされた。
床を転がる。
「よし!」
サトシが観戦席から叫ぶ。
「すげえぞ、リオル!」
「ピカ!」
しかしレンは喜びすぎない。
「まだ!」
ライチュウの尻尾が床を叩く。
勢いを利用し。
起き上がる。
「ラーイ!」
効いている。
それでも。
戦える。
マチスも笑っていた。
「やるじゃねえか!」
「まだ終わってません」
「ああ! だから面白え!」
ライチュウの頬から電気が弾ける。
「今度はこっちから行くぜ! 『でんきショック』!」
「ラーイ!」
電撃。
先ほどの『10まんボルト』より範囲は狭い。
その分。
発生が速い。
「左!」
リオルが避ける。
二発目。
「リオ!」
さらに避ける。
三発目。
レンが気づく。
狙っているのはリオルではない。
「リオル、止まって!」
「リオ!?」
急停止。
直前の床へ電撃が当たる。
リオルの周囲。
右。
左。
後ろ。
焦げ跡。
逃げられる方向が減っている。
(誘導されてた)
マチスは。
ライチュウ自身を高速で動かす必要などない。
電撃で相手の位置を動かし。
最後に。
「そこだ!」
来る。
「『メガトンキック』!」
ライチュウが一気に踏み込む。
逃げ道は限定されている。
「前へ!」
「リオ!」
後ろではない。
ライチュウへ向かう。
マチスが目を見開く。
蹴りが来る。
「『みきり』!」
見る。
軸足。
腰。
膝。
蹴りが振り抜かれる直前。
リオルがさらに低く沈む。
脚の下を。
潜り抜ける。
「なにっ!?」
「振り返らせない!」
レンが叫ぶ。
「連続で行く! 『メタルクロー』!」
「リオ!」
鋼の力を纏った爪がライチュウの背へ入る。
「ライッ!」
ライチュウが振り返ろうとする。
「もう一回!」
二撃目。
「ライ!」
それでもライチュウは強引に身体を回した。
「捕まえろ!」
「ライ!」
今度は。
リオルの腕を掴んだ。
「リオ!?」
「捕まえたぜ!」
マチスが笑う。
「そのまま『メガトンパンチ』!」
逃げられない。
拳が引かれる。
レンは。
ライチュウの手を見る。
片腕でリオルを掴んでいる。
だから。
「リオル! 掴んでる腕に『はっけい』!」
「リオ!」
「何!?」
リオルの空いた掌が。
自分を掴むライチュウの前腕へ叩き込まれる。
「ライッ!」
握力が緩む。
「抜けて!」
リオルが腕を引き抜く。
直後。
『メガトンパンチ』。
頬を掠める。
完全には避けられない。
「リオッ!」
リオルが回転しながら吹き飛ぶ。
「リオル!」
レンが叫ぶ。
床へ落ちる。
一度転がり。
手をつく。
「リオ……!」
立つ。
「大丈夫?」
「リオ!」
頬に傷。
呼吸も荒い。
ライチュウも同じだった。
「ライ……!」
両者。
消耗している。
レンは一度深く息を吸う。
マチスは。
サトシ戦で弱点を見せたあと。
もう対策を始めている。
電撃による進路制限。
空中へ追い込んでからの突進。
逃げ道を作ったうえでの近接攻撃。
強い。
だからこそ。
(楽しい)
口元が自然と上がった。
「リオル」
「リオ?」
「次で崩そう」
「リオ!」
レンはライチュウを見る。
疲れている。
それでも。
最大の武器は変わらない。
強烈な攻撃力。
そして。
マチスも分かっている。
リオルの『みきり』は。
相手の動きを見て読む。
なら。
読めても逃げられない攻撃を使えばいい。
「ライチュウ!」
マチスが腕を上げる。
「全部吹き飛ばせ! 『10まんボルト』!」
来た。
「ラーイチュウウウウウッ!」
広範囲。
逃げる場所を消す電撃。
サトシ戦と同じ。
ただし。
レンはピカチュウと同じ方法を取らない。
「リオル!」
「リオ!」
「前へ走れ!」
「何!?」
マチスが目を見開く。
リオルが。
電撃へ向かって走る。
「レン!?」
カスミが叫ぶ。
電撃が迫る。
「まだ!」
一歩。
二歩。
「まだ!」
ライチュウの電撃が最大まで広がる。
その直前。
「『でんこうせっか』!」
「リオ!」
加速。
「斜め前!」
真正面ではない。
電撃の広がる外周へ向かい。
最短距離で駆ける。
完全には避けられない。
電撃がリオルの身体を掠める。
「リオォッ!」
痛い。
それでも。
止まらない。
「行け!」
「リオ!」
電撃を抜けた。
ライチュウの目の前。
「ライ!?」
『10まんボルト』を放った直後。
一瞬。
次の行動へ移るまでの隙。
「『しんくうは』!」
「リオ!」
至近距離。
空気の刃がライチュウの胸へ直撃する。
「ライッ!」
身体が仰け反る。
「まだ!」
リオルが踏み込む。
ライチュウが拳を振り上げる。
「『メガトンパンチ』!」
「『みきり』!」
リオルの目が。
拳を捉える。
右。
「外!」
身体を半歩ずらす。
拳が肩の横を通る。
「懐へ!」
「リオ!」
入った。
だが。
レンは『はっけい』を指示しない。
マチスは。
待っている。
先ほど何度も使った。
懐へ入る。
『はっけい』。
なら。
「ライチュウ! 腕を固めろ!」
やはり。
防御。
腹部を守る。
レンは笑った。
「リオル」
「リオ!」
分かっている。
攻撃しない。
さらに。
一歩。
ライチュウの横を抜ける。
「何!?」
「後ろだ!」
ライチュウが振り返る。
それこそ。
レンが待っていた動き。
重い身体。
遅い切り返し。
サトシが突いた弱点。
でも。
ただ速さで翻弄するのではない。
振り返らせる瞬間を、自分たちで作る。
「足払い!」
「リオ!」
軸足へ。
一撃。
「ライ!?」
重心が崩れる。
巨体が傾く。
「『つるぎのまい』!」
「リオ!」
一瞬。
力を高める。
マチスが叫ぶ。
「耐えろ、ライチュウ!」
「これで決める!」
リオルが踏み込む。
腰。
肩。
腕。
全身の力を。
掌へ繋ぐ。
「『はっけい』!!」
「リオォォォッ!」
掌底が。
体勢を崩したライチュウの腹部へ。
深く。
叩き込まれた。
「ラーイチュウウウッ!」
巨体が浮く。
後方へ飛び。
床へ落ちる。
一度。
起き上がろうとする。
「ライ……!」
腕をつく。
しかし。
力が入らない。
「ライ……チュ……」
倒れた。
静寂。
審判が確認する。
そして。
腕を上げた。
「ライチュウ、戦闘不能!」
一拍。
「勝者、挑戦者レン!」
「リオ……!」
リオルが拳を上げる。
「リオォ!」
「よし!」
レンも拳を握った。
リザードが真っ先に飛び出してくる。
「リザ!」
「リオ!」
二匹が拳を合わせる。
サトシも駆け寄ってきた。
「すっげえバトルだった!」
「ピカピカ!」
レンは笑いながら。
リオルの前へしゃがむ。
「よくやったね」
「リオ!」
「最後、俺が言う前に分かってたでしょ」
「リオ」
得意げに頷く。
レンが笑った。
「やっぱり」
マチスもライチュウの状態を確認したあと、こちらへ歩いてきた。
「HAHAHA……参ったぜ」
その手には。
オレンジバッジ。
「最初からライチュウの弱点を分かってやがった。それだけでも厄介なのに、オレが対策したら、その対策まで利用しやがる」
「マチスさんが同じ戦い方をするとは思ってませんでしたから」
「当然だ!」
マチスが豪快に笑う。
「オレだってジムリーダーだ。一回負けた理由くらい考える!」
レンも笑った。
「だから楽しかったです」
一瞬。
マチスが目を丸くする。
そして。
さらに大きく笑った。
「HAHAHA! 気に入ったぜ!」
オレンジバッジを差し出す。
「持っていけ! お前の勝ちだ!」
レンは受け取った。
「ありがとうございます」
三つ目。
グレーバッジ。
ブルーバッジ。
そして。
オレンジバッジ。
隣には。
傷だらけになりながらも胸を張るリオル。
その後ろには。
自分も戦いたかったと言わんばかりのリザード。
「次のジムではリザードも頼むよ」
「リザ!」
一気に機嫌が直った。
レンは思わず笑った。
◇
その夜。
ポケモンセンター。
治療を終えたピカチュウとリオルは、同じテーブルの近くで休んでいた。
「ピカ!」
「リオ!」
二匹とも勝ったことが嬉しいらしい。
サトシは何度目か分からないほどオレンジバッジを眺めている。
「へへへ……」
「まだ見てるの?」
カスミが呆れる。
「いいだろ! 今度は最後まで戦って勝ったんだから!」
「ピカ!」
ピカチュウまで胸を張った。
レンも自分のバッジケースを開く。
三つ。
順調。
だが。
今日得たものは。
バッジだけではない。
レンはノートを開いた。
まず。
ピカチュウを見る。
進化しない道を選んだ。
次に。
リザード。
進化する道を選んだ。
そして。
今日戦ったライチュウ。
早く進化し。
圧倒的な力を手に入れた。
その選択自体が間違っていたわけではない。
実際。
ライチュウは強かった。
レンの知識で弱点を知っていて。
サトシとの二戦を観察して。
それでもリオルは。
簡単には勝てなかった。
問題なのは。
進化するか。
しないか。
それだけではない。
進化したあと。
進化しなかったあと。
どう育て。
どう強くなるか。
レンはペンを走らせる。
「進化することと、強くなることは同じじゃない。」
続ける。
「進化する道も、進化しない道もある。大切なのは、そのポケモンが選んだ道を、一番強い形へ育てること。」
書き終える。
横を見る。
「リザ?」
リザードが覗き込んでいた。
「今日、出番なかったの気にしてる?」
「リザ!」
気にしているらしい。
「ごめんって」
「リザ……」
「でも、次のジムでは絶対とは言えないよ。相手との相性や状態も見て決めるから」
「リザ!?」
さらに不満そうな顔。
レンは笑った。
「だから、出たくなるくらい強くなろう」
「……リザ」
一瞬。
リザードが黙る。
やがて。
牙を見せて笑った。
「リザ!」
その横で。
リオルも立ち上がる。
「リオ!」
「今日はもう休むよ」
「リオ……」
「リザ……」
二匹揃って肩を落とす。
サトシが笑った。
「相変わらずだな!」
「サトシにだけは言われたくないよ」
「何でだよ!」
賑やかな声が。
ポケモンセンターに響いた。
◇
翌朝。
レンたちはクチバシティの港を歩いていた。
昨日の戦いを終え。
今日は次の旅について考える。
そんな中。
サトシが突然立ち止まった。
「うわぁ……!」
「どうしたの?」
カスミが追いつく。
その視線の先。
港に。
巨大な豪華客船が停泊していた。
白い船体。
何層にも重なる客室。
次々と乗り込んでいく乗客たち。
「でっけえ船!」
「ピカ!」
サトシとピカチュウが目を輝かせる。
レンは。
その船を見た瞬間。
表情を変えた。
知っている。
船の名前も。
この先に起こることも。
(……サントアンヌ号)
楽しい船旅。
それだけでは終わらない。
ロケット団。
船内での大規模な騒動。
そして。
沈没。
レンは目を細めた。
昨日。
前世の知識を使って。
マチスのライチュウと戦った。
知識だけでは勝てなかった。
けれど。
知っていたからこそ。
準備できたことも。
間違いなくあった。
なら。
今度も同じだ。
「レン?」
サトシが振り返る。
「どうした?」
「……何でもない」
レンはそう答えながらも。
船から目を離さない。
未来を知っているからといって。
すべてを思い通りにできるわけではない。
それでも。
危険が来ると知っているなら。
備えない理由はない。
「リザード、リオル」
「リザ?」
「リオ?」
二匹が見上げる。
レンはサントアンヌ号を見たまま告げた。
「少し警戒しておこう」
二匹の表情が変わる。
理由は分からなくても。
レンが何かを警戒していることは伝わったらしい。
「リザ」
「リオ」
レンは静かに息を吐いた。
クチバジムで得た三つ目のバッジ。
その喜びに浸る時間は、どうやらそれほど長くはなさそうだった。