ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
――ズシン。
重い音とともに、足元の地面が微かに震えた。
森の奥を横切った巨大な影を前に、サトシたちは言葉を失っていた。
木々よりも遥かに高い。
遠目だったため輪郭までははっきりしなかったが、普通のポケモンでは到底あり得ない大きさだった。
「な、何だよ……今の……」
サトシが呟く。
カスミも青ざめている。
「ポケモン……なの?」
「分からない」
タケシが目を凝らす。
「姿がほとんど見えなかった」
レンは何も言わず、影が消えた方向を見つめていた。
前世の記憶なら答えを知っている。
ここには巨大なポケモンを模した機械が存在する。
そして、この場所の正体も。
だが。
(決めつけない)
サントアンヌ号で学んだばかりだ。
知っている未来と目の前にある現実は、必ずしも完全に同じではない。
それに今は、巨大な影の正体よりも優先すべきことがある。
「サトシ」
「ああ!」
サトシはすぐに森へ顔を向けた。
「ピカチュウたちを探さないと!」
ピカチュウ。
フシギダネ。
ヒトカゲ。
ゼニガメ。
『りゅうのいかり』に巻き込まれ、サトシとはぐれてしまった四匹。
無事なのか。
この島に流れ着いているのか。
何も分からない。
「ピカチュウー!」
サトシの声が森へ響く。
返事はなかった。
「フシギダネー! ヒトカゲー! ゼニガメー!」
やはり。
返事はない。
サトシの顔に焦りが浮かぶ。
「行こう!」
「ああ。ただし、できるだけ固まって動こう」
レンが言う。
「ここで俺たちまで離れたら探す人数が増えるだけだからね」
「分かってる!」
「リザード、リオル」
「リザ!」
「リオ!」
「二匹も周りを見てて。何か見つけたらすぐ教えて」
二匹が頷く。
一行は、巨大な影が消えた森へ足を踏み入れた。
◇
「ピカ……」
島の別の場所。
ピカチュウが草むらから顔を出し、辺りを見回していた。
知らない森、聞いたことのない音。
サトシの姿はどこにもない。
「ピカピ……」
その後ろには。
「ダネ」
フシギダネ。
「カゲ」
ヒトカゲ。
「ゼニ」
ゼニガメ。
四匹とも無事だった。
しかし。
トレーナーはいない。
ピカチュウが森の中へ向かって鳴く。
「ピカピ!」
返事はない。
「ダネ……」
フシギダネが周囲を見る。
その表情には警戒心があった。
サトシは、本当に自分たちを探しているのか。
それとも自分たちは置いていかれたのか。
そんな疑念が僅かに浮かぶ。
「ダネ、ダネダネ」
ピカチュウが勢いよく振り返った。
「ピカ!」
そんなわけがない。
強く否定する。
フシギダネはまだ納得していない。
「ダネ」
すると。
「カゲ!」
ヒトカゲが一歩前へ出た。
その声は。
普段より強かった。
「カゲ、カゲカゲ」
自分は、本当に捨てられたことがある。
雨の中ずっと迎えに来ると信じて待っていた。
だからこそ分かる。
ダイスケとサトシは違う。
「カゲ!」
サトシは来る、自分たちを探す絶対に。
「ピカ!」
ピカチュウも大きく頷いた。
「ゼニ!」
ゼニガメも腕を組みながら同意する。
フシギダネは三匹を見る。
少しの沈黙。
そして。
「……ダネ」
表情から疑いが消えた。
「ピカ!」
ピカチュウが森の奥を指す。
待つのではなく、こちらから探そう。
四匹は歩き出した。
サトシを仲間たちを見つけるために。
◇
「ムサシぃ……」
「何よ……」
「お腹空いた……」
「私だって空いてるわよ!」
島のさらに別の場所。
ムサシ、コジロウ、ニャース
二人と1匹もどうにか島へ流れ着いていた。
「サントアンヌ号は沈むし、ギャラドスには吹っ飛ばされるし……」
ムサシが腹を押さえる。
「最低の船旅だったわ!」
「そもそも誰の作戦だったニャ?」
「何よ!」
「ニャんでもないニャ!」
その時。
――ズシン。
「ん?」
三人が止まる。
――ズシン。
木々が揺れる。
「何か来るぞ」
コジロウが顔を上げた。
巨大な影。
「まさか……」
森を割るように現れたものを見て。
三人の目が輝いた。
「巨大ポケモン!?」
「すごい!」
「こんなの捕まえてボスに献上したら!」
三人が顔を見合わせる。
「「「大出世!」」」
巨大なポケモンがこちらを向いた。
「さあ!」
ムサシが指を突きつける。
「大人しくロケット団に――」
巨大な足が上がる。
「……あれ?」
振り下ろされる。
「「「ぎゃあああああああ!」」」
三人は全速力で逃げ出した。
◇
森の中。
サトシは何度目か分からないほど名前を呼んでいた。
「ピカチュウー!」
返事はない。
「くそ……」
「サトシ」
「分かってる」
レンに言われる前に、サトシは一度呼吸を整えた。
それでも歩く速度は速い。
レンは止めなかった。
今のサトシにゆっくりしろと言っても無理だ。
だから自分が周囲を見る。
「リオ」
リオルが突然止まった。
「どうした?」
リオルは耳を澄ませる。
レンも足を止めた。
音。
規則的な重い音。
――ズン。
――ズン。
木々が揺れる。
「まただ!」
サトシが身構える。
「来るわ!」
カスミが後退する。
木々の向こうから巨大な影が姿を現した。
橙色の身体、長い首、大きな翼、そして燃えるような尻尾。
「リ……」
レンの隣でリザードが固まった。
「リザ……?」
巨大なリザードン、その姿を見たサトシが叫ぶ。
「でっかいリザードン!?」
「大きいなんてもんじゃないわよ!」
カスミが見上げる。
リザードは動かなかった。
巨大リザードンをただ見上げている。
「リザ……」
レンは、リザードを見る。
恐怖だけではない。
驚き、興味、そしてどこか憧れるような目。
(そっか)
リザードン。
リザードがさらに成長した先にある姿。
レンにとっては知っているものでも。
リザード自身にとっては。
初めて強く意識する自分の未来。
「気になる?」
「リザ……」
リザードは巨大な姿から目を離さず頷いた。
「あれが本物かどうかは分からないけど」
レンは隣へ並ぶ。
「君が進化すれば、リザードンになる」
「リザ……!」
リザードの瞳が輝いた。
翼、巨大な身体、圧倒的な存在感。
「リザ!」
一歩前へ出る。
戦いたい。
そんな意思が伝わってくる。
だが。
「待って」
レンが腕を出した。
「リザ?」
「まず見る」
巨大リザードンが歩く。
――ズン
――ズン
一定。
あまりにも一定すぎる。
レンは目を細めた。
「タケシ」
「どうした?」
「あれの歩き方、どう思う?」
タケシも観察する。
「……妙だな」
「でしょ」
巨大リザードンが首を動かす。
カクン。
僅かに不自然な動き、さらに。
「リオ」
リオルも何かに気づいた。
「分かった?」
「リオ」
「俺も」
レンは巨大リザードンを見る。
生き物の動きには。
必ず微妙な揺らぎがある。
呼吸。
視線。
重心。
足場に合わせた調整。
だが。
目の前のリザードンは。
決められた動きを繰り返しているように見える。
(やっぱり)
記憶と現実、一致している可能性が高い。
その時巨大リザードンが口を開いた。
「危ない!」
リオルに向かって何かが飛んでくる。
「リオル、『みきり』!」
「リオ!」
リオルが相手の首。
口。
身体の向き。
攻撃へ移る動作を読む。
発射。
その直前。
「リオ!」
横へ跳ぶ。
直後。
先ほどまでいた場所へ攻撃が直撃した。
「今のうちに離れる!」
「戦わないのか!?」
サトシが叫ぶ。
「まだピカチュウたちを見つけてない!」
レンが返す。
「正体の分からない相手と戦って時間を使う方が危ない!」
「……そうだな!」
目的は勝つことではない。
仲間を探すこと。
「リザード!」
「リザ!」
リザードは一度だけ巨大リザードンを振り返り。
レンと共に走った。
◇
「ピカ?」
ピカチュウが足を止めた。
「ダネ?」
「カゲ?」
「ゼニ?」
遠くから聞こえた。
「――チュウー!」
小さな声。
ピカチュウの耳が立つ。
「ピカ!」
「――ピカチュウー!」
今度は、はっきりとサトシの声が。
「ピカピ!」
ピカチュウが走り出した。
「ダネ!」
「カゲ!」
「ゼニ!」
三匹も追う、草を抜ける、木々の間を走る。
声が近づく。
「ピカチュウー!」
「ピカピィィィ!」
◇
「……今!」
サトシが止まった。
「聞こえた!」
「何が?」
カスミが尋ねる。
「ピカチュウだ!」
「本当に?」
「間違いない!」
サトシが走り出す。
「こっちだ!」
レンたちも追う。
草むらを抜け木々の間から、黄色い影が飛び出した。
「ピカピィ!」
「ピカチュウ!」
サトシが両腕を広げる。
ピカチュウがその胸へ飛び込んだ。
「ピカ!」
「ピカチュウ!」
サトシが強く抱きしめる。
「よかった……本当によかった!」
「ピカ……!」
続いて。
「ダネ!」
「カゲ!」
「ゼニ!」
「みんな!」
フシギダネ。
ヒトカゲ。
ゼニガメ。
三匹も姿を現す。
サトシが笑った。
「無事だったんだな!」
「ダネ!」
「カゲ!」
「ゼニ!」
サトシは四匹をまとめて抱きしめる。
「ごめんな。絶対に見つけるつもりだったんだ」
「ピカ!」
ヒトカゲも嬉しそうに鳴く。
フシギダネはサトシをじっと見る。
「ダネ……」
そして小さく笑ったように。
「ダネ」
サトシの足元へ寄った。
レンは少し離れた場所からその光景を見ていた。
「リオ」
隣でリオルが見上げる。
「うん」
レンは微笑む。
「よかった」
リザードも、サトシのヒトカゲを見る。
「リザ」
「カゲ!」
二匹も再会を喜ぶように鳴き合った。
離れていても互いに探す。
戻りたいと思う。
それも。
トレーナーとポケモンの絆なのだろう。
「……よかったね、サトシ」
「ああ!」
サトシが満面の笑顔で頷いた。
その直後。
――ズシン。
「また!?」
全員が振り返る。
今度は一匹ではなかった。
巨大な影。
その向こうにもさらに別の巨大なポケモン。
「逃げるよ!」
レンが叫ぶ。
「また逃げるのか!?」
「みんな見つかったんだから、今度は正体を確かめてもいい!」
「どっちだよ!」
「でも、踏まれてからじゃ遅い!」
「それはそうだ!」
全員が走り出した。
◇
逃げた先でサトシが叫ぶ。
「何だこれ!?」
線路、そして一台のトロッコ。
「乗るしかない!」
タケシが言う。
「みんな早く!」
レンたちが次々と乗り込む。
リザード、リオル、ピカチュウたちも。
最後にサトシが飛び乗った。
「よし!」
直後、トロッコが動き始める。
「え?」
ガタン。
「ちょっと待って」
ガタン、ガタン。
速度が上がる。
「誰が動かしたの!?」
カスミが叫ぶ。
「誰も動かしてない!」
「じゃあ止めて!」
「どうやって!?」
「知らないわよ!」
「うわああああ!」
トロッコは森の中を猛スピードで走り始めた。
「前!」
レンが叫ぶ。
線路の向こうに巨大なポケモン。
「伏せて!」
全員が頭を下げる。
巨大な腕が頭上を通過した。
「リオ!」
リオルが振り返る。
再び攻撃動作。
「『みきり』!」
リオルは相手の腕が振られる動きを見切り。
トロッコの縁から身体を低くする。
巨大な腕が空を切った。
「みんな、頭を下げて!」
レンの声に。
全員が伏せる。
二撃目。
ギリギリで通過。
「リザード!」
「リザ!」
「前の枝を『きりさく』!」
太い枝が線路上へ垂れ下がっている。
リザードが身を乗り出す。
「リザァ!」
鋭い爪。
枝が切断される。
トロッコが突破。
「いいよ!」
「リザ!」
さらに進む。
そして。
「な、何だあれ!?」
サトシが叫んだ。
巨大なフシギバナ。
巨大なカメックス。
さらに先ほどの巨大リザードン。
次々と現れる。
「リザ……!」
リザードが再び巨大リザードンを見る。
だが今度は、ただ憧れるだけではない。
観察している。
足。
翼。
身体。
動き。
「気になる?」
「リザ」
レンは笑う。
「あとでゆっくり見よう。今は落ちないで!」
「リザ!」
トロッコが急カーブ。
「うわああああ!」
全員の身体が傾く、その先。
「何かいる!」
タケシが叫ぶ。
「「「どいてぇぇぇぇぇ!」」」
聞き覚えのある声。
「え?」
線路上にムサシ、コジロウ、ニャース。
「ロケット団!?」
「ジャリボーイ!?」
次の瞬間、三人も巻き込まれた。
「ぎゃあああああ!」
さらに混乱。
トロッコは止まらない。
巨大ポケモンたちも迫る。
「このままじゃぶつかる!」
レンが前を見る。
「全員、衝撃に備えて!」
「何とかならないの!?」
「この速度じゃ無理!」
巨大リザードンが迫る。
トロッコ、巨大ポケモン、そして別の巨大ポケモン。
一気に交差する。
激突。
――ドガァァァァン!
「うわああああ!」
レンはリザードとリオルを掴む。
サトシもピカチュウを抱える。
全員が投げ出され。
地面へ転がった。
「いてて……」
レンが身体を起こす。
「みんな!」
「大丈夫!」
「こっちも!」
周囲には、壊れた巨大ポケモン。
「……え?」
サトシが固まった。
巨大な身体の裂け目。
そこから見えている。
金属。
配線。
歯車。
「機械……?」
カスミが呟く。
「ロボットだったの!?」
サトシが叫ぶ。
レンは立ち上がり。
壊れた巨大リザードンへ近づく。
「やっぱり……」
「レン、気づいてたのか?」
「途中からね」
レンは巨大リザードンを見る。
「歩き方が一定すぎた。身体の動きも、生きてるポケモンとは少し違ったから」
タケシが頷く。
「確かに、よく見れば分かったかもしれないな」
レンは内部の機械を見る。
前世の記憶、そして自分で確認した現実。
一致した。
だから。
今度は迷わない。
「本物の巨大ポケモンじゃない」
「じゃあ、ここって何なの?」
カスミの疑問には別の声が答えた。
「私たちのポケモンランドがぁぁぁ!」
全員が振り返る。
島の管理者たちが壊れた巨大ポケモンを見て。
頭を抱えていた。
「ポケモンランド?」
サトシが首を傾げる。
話を聞けば、ここは観光客向けの施設。
巨大なポケモンロボットたちはアトラクション だったらしい。
「なーんだ」
サトシが肩を落とす。
「本物じゃなかったのか」
「本物だったら大変でしょ!」
カスミが突っ込む。
レンは苦笑する。
その横でリザードだけは壊れた巨大リザードンをまだ見ていた。
◇
騒動が落ち着いたあと。
リザードは巨大リザードンの前に立っていた。
機械だと分かっている。
それでも。
翼。
長い首。
大きな身体。
今の自分にはないもの。
「リザ」
レンが隣へ立つ。
「まだ見てたんだ」
「リザ」
「リザードンが気になる?」
「リザ」
頷く。
レンは巨大な機械を見上げる。
「あれは本物じゃない」
「リザ」
「でも、リザードンっていうポケモンは本当にいる」
リザードがレンを見る。
「君が進化した先だよ」
「リザ……」
「翼が生える。今より身体も大きくなる。使える戦い方も増える」
リザードは自分の爪を見る。
次に尻尾を見る。
最後に巨大リザードンの翼を見る。
「リザ」
「なりたい?」
レンが尋ねる。
少しだけ間があったがリザードは力強く頷いた。
「リザ!」
迷いのない声。
レンは笑った。
「そっか」
頭へ手を置く。
「じゃあ、焦らず行こう」
「リザ?」
「進化することだけを目標にするんじゃない」
レンはリザードを見る。
「今の身体でできることを全部伸ばして、その先で君が進化したいと思った時に進化する」
「リザ……」
「その時は」
レンが拳を差し出す。
「今よりずっと強くなろう」
「リザ!」
リザードが拳を合わせる。
「リオ!」
横から、リオルも拳を突き出した。
「もちろん、リオルもね」
「リオ!」
三つの拳のその向こうを夕日が海を赤く染めている。
サトシも戻ってきたピカチュウたちと楽しそうに話していた。
離れても探す、戻ってくると信じる。
そしてまた一緒に歩き始める。
レンは二匹を見る。
まだ旅は始まったばかりだ。
リザードがリザードンになる日も。
リオルがさらに強くなる日も。
まだまだ先にある。
だからこそ一日ずつ、積み重ねていけばいい。
「行こうか」
「リザ!」
「リオ!」
レンは仲間たちのところへ歩き出す。
サントアンヌ号から始まった長い漂流は。
ようやく終わりを迎えようとしていた。
そして彼らの旅は次の町へと続いていく。