ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
アオプルコで束の間の休日を過ごした翌日。
レンたちは次の町へ向かうため、船が出る港へと足を運んでいた。
潮風が吹き抜ける港には何隻もの船が停泊し、水ポケモンを連れたトレーナーや大きな荷物を抱えた旅行客が行き交っている。
「急げー!」
先頭を走るサトシが叫ぶ。
「船が出ちゃうぞ!」
「だから朝もう少し早く起きなさいって言ったでしょ!」
「俺だけのせいじゃないだろ!」
「誰が最後まで寝てたのよ!」
「ピカ……」
サトシの肩でピカチュウが呆れたように鳴く。
その少し後ろを歩きながら、レンはリザードとリオルを見る。
「俺たちは走らなくていいよ」
「リザ」
「リオ」
タケシも隣で苦笑する。
「まあ、間に合えばいいんだが……」
直後。
港から汽笛が響いた。
全員の動きが止まる。
目の前で船がゆっくりと岸を離れていく。
「待ってくれぇぇぇぇ!」
サトシが全力で走る。
しかし、当然ながら船は戻ってこない。
「……行っちゃった」
「だから言ったでしょ!」
「次の船は!?」
タケシが時刻表を見る。
少しの沈黙。
「しばらくないな」
「えええええっ!?」
サトシの声が港へ響いた。
レンは小さく息を吐く。
(確か、この辺りだったな)
前世の記憶が浮かぶ。
メノクラゲやドククラゲそして、一匹のタッツー。
「レン?」
「何でもない」
今の段階では、まだ何も起きていない。
記憶だけで先走る必要はない。
「次の船まで時間あるんでしょ?」
カスミが海を見る。
「だったら少し港を見て回らない?」
「賛成!」
さっきまで落ち込んでいたサトシがすぐに復活する。
「切り替え早いわね……」
一行は荷物を持ち直し、港を歩き始めた。
◇
穏やかな海面。
その上をキャモメたちが飛んでいる。
カスミは楽しそうに海を覗き込みながら歩いていた。
「やっぱり海っていいわよね」
「カスミは水ポケモンが好きだもんな」
「当たり前でしょ!」
サトシの言葉に胸を張る。
「水ポケモンは綺麗で可愛くて、それに――」
「リオ?」
リオルが海へ顔を向けた。
レンも立ち止まる。
「どうした?」
「リオ」
リオルが海面を指す。
何かが浮かんでいる。
「ポケモン?」
レンが目を凝らした。
青い身体。
丸まった尻尾。
「……タッツー」
「え!?」
カスミが真っ先に反応した。
次の瞬間には荷物を放り出している。
「ちょっとカスミ!」
「タッツー!」
海へ飛び込む。
「本当に速いな……」
レンが呟く。
「水ポケモンのことになると一直線だからな」
タケシが苦笑する。
カスミは泳いでタッツーへ近づく。
「大丈夫!?」
「タツ……」
弱々しい声。
身体には傷がある。
カスミは慎重に抱き上げ、岸へ戻ってきた。
「怪我してる」
タケシが状態を見る。
「かなり疲れてるみたいだな」
「どうしてこんな……」
カスミが心配そうにタッツーを抱く。
その時。
「タツ……!」
タッツーが身体を起こした。
海面へ向けて墨を吐く。
「わっ!」
空中へ広がった墨が海へ落ちる。
「何してるんだ?」
サトシが首を傾げる。
「何か描こうとしてない?」
レンが言った。
「描く?」
「うん」
タッツーはもう一度墨を吐く。
「タツ!」
先ほどとは違う形。
「……何だろう」
カスミが見つめる。
タッツーは必死だ。
ただ墨を吐いて遊んでいるようには見えない。
「何か伝えたいんじゃないかな」
レンは海を見る。
「それも、かなり急いで」
「タツ!」
タッツーが強く反応する。
「やっぱり」
何を伝えようとしているのか。
そこまでは分からない。
だが前世の記憶を抜きにしても、タッツーが何かを警告していることだけは感じ取れる。
その直後だった。
――ドォォォン!
沖から爆発音が響いた。
「何!?」
全員が振り返る。
海上、一隻の船から黒煙が上がっている。
「船が!」
「助けないと!」
カスミが立ち上がる。
「タッツーをお願い!」
レンへタッツーを預けようとするが。
「タツ!」
タッツーはカスミから離れようとしなかった。
レンはそれを見る。
「連れていってあげて」
「でも!」
「俺たちは岸から手伝う。海の中はカスミの方が得意でしょ?」
一瞬。
カスミがレンを見る。
すぐに頷いた。
「任せて!」
モンスターボールを取り出す。
「ヒトデマン! スターミー!」
光が海へ飛ぶ。
「ヘアッ!」
「ヘアッ!」
「救助するわよ!」
カスミが水ポケモンたちと海へ向かう。
「俺たちも行こう!」
タケシが走り出す。
「サトシ!」
「分かってる!」
「リザード、リオル!」
「リザ!」
「リオ!」
レンたちも。
すぐに救助へ向かった。
◇
事故に遭った船が岸へ運ばれる。
救助された人たちは次々と港へ引き上げられていた。
「こっち!」
レンが一人の男性へ手を伸ばす。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
「リオル!」
「リオ!」
リオルが男性の身体を支える。
サトシとピカチュウも別の乗客を助けていた。
「ゆっくりでいいから!」
「ピカ!」
リザードは濡れた場所から少し離れ、運ばれてきた人たちのために毛布や荷物を運んでいる。
「リザード、それをこっちへ!」
「リザ!」
レンは海を見る。
カスミ。
ヒトデマン。
スターミー。
海上を動き続けている。
自分が海へ飛び込むより。
任せる。
その方が多くの人を助けられる。
やがて。
最後の乗客が救助された。
「これで全員だ!」
タケシの声。
レンはようやく息を吐く。
「よかった……」
「リオ……」
リオルも額の汗を拭った。
「タツ!」
海から戻ってきたタッツーが声を上げる。
カスミはその身体を抱きしめた。
「あなた、これを知らせようとしてたの?」
「タツ……」
まだそれだけではない。
レンにはそんなふうに聞こえた。
◇
事故について話を聞いていると。
港が突然騒がしくなった。
「何だ?」
巨大なスクリーン。
そして派手な格好をした女性。
レンはその顔を見て僅かに目を細めた。
「……似てる」
「何が?」
サトシが尋ねる。
「いや」
アオプルコで会ったあのオババに驚くほど似ている。
女性は大勢の人々へ向けて声を張り上げる。
海上に建設中の巨大リゾートホテル。
しかし工事が進まない、原因は。
「メノクラゲ?」
サトシが海を見る。
大量のメノクラゲが建設予定地の周囲へ集まっているらしい。
そして女性は宣言する。
メノクラゲを追い払った者には高額の賞金。
「賞金!?」
サトシの目が輝く。
「それだけあったら旅が楽になるぞ!」
「確かに……」
タケシも少し考える。
直後。
「何言ってるのよ!」
カスミの怒声。
「メノクラゲだってポケモンなのよ!」
「でも追い払うだけだろ?」
「何で集まってるのかも分からないじゃない!」
サトシが黙る。
レンは建設中のホテルを見る。
その下、海や珊瑚礁。
そして、腕の中のタッツー。
「俺もやめた方がいいと思う」
「レン?」
「メノクラゲが何の理由もなく工事を邪魔してるとは思えない」
レンはしゃがみ。
タッツーを見る。
「君が伝えようとしてるのも、そのこと?」
「タツ!」
強く鳴いた。
「やっぱり」
カスミもタッツーを見る。
「何かあるのね」
理由を調べる前にポケモンだけを悪者にする、それは違うとレンはそう思った。
◇
一方。
「賞金よ!」
ムサシの目が輝いていた。
「大金だ!」
コジロウも興奮する。
「これだけあれば新しいメカも買えるニャ!」
「それだけじゃないわ!」
ムサシが笑う。
「大量のメノクラゲもまとめて捕まえれば!」
「賞金とポケモン!」
「一石二鳥ニャ!」
三人の笑い声が港の隅で響いた。
◇
夕方、タッツーは再び墨を吐いた。
「タツ!」
今度は何度も必死に形を作る。
「これ……」
カスミが目を凝らす。
レンも隣で見る。
海、何か大きなものそして迫ってくる影。
「襲ってくる……?」
サトシが呟く。
「タツ!」
タッツーが強く頷く。
「何が?」
その答えはすぐに現れた。
海面が黒く染まる。
「何……あれ……」
カスミの顔色が変わる。
一匹。
十匹。
百匹。
数え切れない。
「メノクラゲ……!」
海を埋め尽くすほどの群れに港の人々が悲鳴を上げる。
「こんなに!?」
サトシも息を呑む。
レンは海を見る。
(来た)
知っていた、だが実際に目の前で見る光景は記憶より遥かに圧倒的だった。
その時海上に見覚えのある気球が現れた。
「ロケット団!」
「ジャリボーイたち!」
ムサシが笑う。
「今日はあんたたちに用はないわ!」
「僕たちの狙いは!」
「賞金ニャ!」
用意された薬品を大量のメノクラゲへばら撒こうとする。
「やめろ!」
レンが叫ぶ。
「それが何なのか分かって使ってるの!?」
「うるさいわね!」
「まとめて追い払えばこっちの勝ちよ!」
薬品が落ちていく、メノクラゲたちへ。
「まずい!」
だがもう遅い一匹のメノクラゲが薬品を浴びた。
「クラ……!」
光?いや違う、身体が膨れ上がっていく。
「な……」
サトシが見上げる。
どんどん大きくなっていく。
海から現れたのはビルを超えるほどの巨大なドククラゲ。
「ドククラゲェェェェ!」
咆哮で海面が大きく揺れた。
「でかすぎるだろ……」
サトシが呆然とする。
「リザ……」
リザードも見上げる。
あの島で見た巨大ポケモンあれは機械だった。
だが今回は違う。
呼吸。
視線。
怒り。
全てが生きている。
「……今度は本物だ」
レンの声にリオルが身構える。
「リオ……!」
次の瞬間、巨大ドククラゲが触手を振るった。
海が爆発した。
◇
海水が港へ流れ込む。
「逃げろー!」
「きゃあああ!」
街が一瞬で混乱に包まれる。
「サトシ!」
「分かってる!」
サトシがピカチュウたちと走る。
レンは巨大ドククラゲではなく街を見る。
逃げ遅れた人、倒れた建物や水に押し流される荷物。
「リザード!」
「リザ!」
「人を助ける!」
「リザ!」
「リオル、俺と来て!」
「リオ!」
レンたちは逃げる人々とは逆方向へ走った。
「助けて!」
声。
倒れた木材のその下に人がいる。
「リザード!」
「リザ!」
「『きりさく』!」
鋭い爪が木材へ走る。
一撃。
二撃。
太い木材が切れる。
「リオル!」
「リオ!」
リオルが切断された木材へ手をかける。
レンも一緒に押す。
「せーの!」
持ち上がる。
「今です!」
閉じ込められていた人が這い出す。
「ありがとう!」
「早く高いところへ!」
次。
子供の泣き声。
「お母さん!」
「リオル!」
「リオ!」
リオルが走る、倒れかけた看板。
「危ない!」
リオルが子供へ飛び込む、抱えて転がる。
直後、看板が地面へ落ちた。
「リオ!」
「大丈夫!?」
「う、うん……」
レンが駆け寄る。
リオルも立ち上がる。
怪我はない。
「よかった」
母親が走ってくる。
「ありがとうございます!」
リオルは何も言わずに次を見る。
まだ助けを求める声がある。
「リオ!」
走ろうとする。
「リオル!」
レンも追う。
◇
街の至るところで救助が続く、リオルは走った。
何度も。
何度も。
瓦礫を動かす。
人を支える。
危険な場所から連れ出す。
だが。
「くっ……!」
大きな柱。
「リオ!」
リオルが押すが動かない。
その向こうから声がする。
「誰か!」
「リオ!」
もう一度全力で押すが動かない。
「リザード!」
「リザ!」
リザードも加わる。
三人で。
押す。
少しずつ。
柱が動く。
「今!」
閉じ込められていた人たちが。
抜け出す。
「リオ……」
リオルが膝へ手をついた、息が荒い。
レンも肩で息をする。
「大丈夫?」
「リオ……!」
頷く、だがその目は動かした柱を見ていた。
自分一匹では動かせなかった。
もっと力があればもっと早ければ。
「リオ……」
拳を握る。
レンはその表情に気づいた。
「リオル」
「リオ?」
「一匹で全部やる必要はないよ」
「……リオ」
「俺がいる。リザードもいる」
「リザ!」
「それでも」
レンは、まだ避難を続ける人々を見る。
「もっと強くなりたいなら、俺も付き合う」
リオルの目がレンを見る。
「リオ」
静かに鳴き、強く頷いた。
今はまだそれでいい。
「行こう。まだ終わってない」
「リオ!」
◇
巨大ドククラゲは街を破壊し続けていた。
大量のメノクラゲもその周囲を進む。
そして。
「ニャァァァ!?」
ニャースが。
巨大な触手に捕まった。
「ニャース!」
ムサシたちが叫ぶ。
巨大ドククラゲの目が光る、次の瞬間。
ニャースの口が勝手に動いた。
「人間ども……!」
「ニャ?」
ニャース自身が驚く。
「ニャーが喋ってるけどニャーじゃないニャ!」
巨大ドククラゲの意思。
人間たちが自分たちの住処である珊瑚礁を壊した。
海を、自分たちの場所を勝手に奪おうとした。
だから人間の街を壊す。
「そんな……」
サトシが言葉を失う。
レンは建設中のホテルを見る。
やはり原因は人間側にもあった。
「倒して終わりじゃない……」
「レン?」
タケシが見る。
「ここでドククラゲを追い払っても、珊瑚礁を壊し続けたら同じことが起きる」
「……ああ」
「だったら」
その時カスミの声。
「待って!」
「カスミ!?」
カスミが前へ出る腕の中にはタッツー。
「もうやめて!」
巨大ドククラゲがカスミを見る。
「あなたたちが怒ってる理由は分かった!」
「タツ!」
「人間があなたたちの場所を壊した。だから怒ってるんでしょ!」
巨大ドククラゲが動きを止める。
「でも!」
カスミは退かない。
「だからって、街のみんなを傷つけたら駄目!」
「カスミ……」
サトシが見つめる。
「あなたたちの海をこれ以上壊させない! だから、もうやめて!」
「タツ!」
タッツーも必死に訴える。
巨大ドククラゲの触手が動き、サトシが身構える。
「カスミ!」
レンとリザードやリオルも、いつでも動けるように構える。
だが攻撃は来なかった。
長い沈黙、巨大ドククラゲがカスミを見る。
タッツーを見る。
そして街を見る。
「ドククラゲ……」
低い声。
ニャースを通して最後の警告を残す、再び海を壊せば次は許さない。
その意思を人間たちへ伝える。
そして巨大ドククラゲは海へ向きを変えた。
「メノ……」
「メノ……」
大量のメノクラゲも続きゆっくりと海へ帰っていく。
レンはその姿を見送った。
勝ったわけではない倒したわけでもない。
でも、終わった。
「……こういう終わり方もあるんだ」
「リオ」
「リザ」
二匹も海を見ていた。
◇
騒動が収まり、夕方。
傷だらけになった港へ穏やかな波の音が戻っていた。
「タツ!」
「もう大丈夫?」
「タツ!」
元気そうだ。
「よかった」
カスミが笑う、そのままタッツーは離れない。
「……タッツー?」
カスミが歩けばついてくる。
止まればタッツーも止まる。
サトシが笑った。
「カスミのこと気に入ったんじゃないか?」
「え?」
レンも頷く。
「一緒にいたいんじゃない?」
「タツ!」
タッツーが嬉しそうに鳴きカスミの顔が明るくなる。
「本当に?」
「タツ!」
カスミはモンスターボールを取り出した。
「じゃあ……」
タッツーへ向ける。
「これから一緒に行く?」
「タツ!」
タッツーが自分からボールへ触れた。
赤い光。
収まる。
ボールが揺れ、止まった。
カスミがボールを掲げる。
「タッツー、ゲットよ!」
「やったな!」
「ピカピカ!」
「おめでとう」
レンも笑う。
「いいなー!」
サトシが羨ましそうに見る。
「カスミばっかり新しいポケモン!」
「何よ! あんただっていっぱい捕まえてるでしょ!」
「それとこれとは別だ!」
「何が別なのよ!」
いつもの言い争い。
タケシが苦笑しレンも笑った。
「リオ」
隣でリオルが自分の手を見る。
一匹では動かせなかった柱だが仲間と一緒なら助けられた。
それでももっと強くなりたい。
その目には今までとは少し違う静かな意志が宿っていた。
レンは何も言わずリオルの頭へ手を置く。
「リオ?」
「今日、頑張ったね」
「リオ」
「リザ!」
リザードも当然だと言うように胸を張る。
「リザードもね」
「リザ!」
レンは二匹を見る、強さは相手を倒すためだけにあるものではない。
誰かを守る、誰かを助ける、そのためにも力は大切だ。
「もっと強くなろう」
「リオ!」
「リザ!」
「こういう時に、一人でも多く守れるように」
二匹が力強く頷く。
レンも拳を握った。
◇
翌朝、ようやく次の船が港へ入ってきた。
「今度こそ乗り遅れないぞ!」
サトシが真っ先に走る。
「だから荷物を忘れないで!」
「分かってる!」
「ピカ!」
カスミの腰には新しいモンスターボール、その中にはタッツー。
レンの隣にはリザードやリオル。
リオルは船へ向かいながら自分の拳を見つめた。
昨日より強く、もっと強くその横顔を見てレンは僅かに笑う。
急ぐ必要はない、一歩ずつでいい。
リザードも。
リオルも。
そして自分自身も。
「レンー! 置いてくぞ!」
「今行く!」
レンは走り出す。
「リザ!」
「リオ!」
二匹も続く、海を巡る大騒動を越えて。
レンたちの旅はまた一歩先へ進んでいった。