ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
メノクラゲと巨大ドククラゲによる騒動を乗り越えた翌日。
今度こそ船に乗り遅れることなく港を離れたレンたちは、穏やかな海の上を進んでいた。
甲板には潮風が吹き抜け、遠くでは海鳥ポケモンたちが青い空を飛んでいる。
「やっぱり船っていいよな!」
サトシが船縁から身を乗り出す。
「ピカピカ!」
「少し前に船が沈んだばっかりなのに、よくそんなこと言えるわね……」
カスミが呆れる。
「それとこれとは別だろ!」
「何が別なのよ」
また始まった二人の言い争いを聞きながら、レンは甲板の端でリオルと向き合っていた。
「もう一回」
「リオ!」
リオルが腰を落とす。
レンが軽く手を伸ばすと、リオルはそれを受け流して半歩横へ動いた。
攻撃するためではない、身体の状態を確認する程度の軽い動き。
だが昨日までとは少し違う、一つ一つの動作へ 以前より力が入っている。
「リオ!」
「力みすぎ」
「リオ?」
「強く動こうとしなくていいよ。今は身体の使い方を確認してるだけだから」
「リオ……」
少し不満そうだ。
レンには理由が分かっていた。
昨日瓦礫を一匹では動かせなかったこと、助けられないかもしれないと感じた瞬間。
あれがまだリオルの中に残っている。
「焦らなくていいよ」
レンが言う。
「リオ」
「強くなるのは一日じゃ無理だからね」
「リオ……」
「でも、一日ずつなら強くなれる」
リオルが顔を上げる。
レンは拳を出す。
「今日も一歩」
「リオ!」
小さな拳が触れた、その横で。
「リザ!」
リザードも自分を忘れるなと言わんばかりに腕を組んでいる。
「分かってるって」
「リザ」
「今日は港に着いてからね」
「リザ!」
満足そうに頷く。
「本当に似てるわね」
いつの間にか近くにいたカスミが呟いた。
「何が?」
「レンと二匹」
「またそれ?」
「強くなる話になると全員同じ顔してるもの」
レンはリザードとリオルを見る。
二匹もレンを見る。
「……そんなに?」
「リザ?」
「リオ?」
三人同時に首を傾げる。
「ほら!」
カスミが笑った。
◇
やがて船の向こうに陸地が見えてきた。
港町そして、その先には高台が伸びている。
「見えてきたぞ!」
サトシが指を差す、船はゆっくりと港へ入り。
レンたちは久しぶりに揺れない地面へ降り立った。
「着いたー!」
サトシが大きく伸びをする。
「ピカー!」
港は多くの観光客で賑わっていた。
あちらこちらに提灯が飾られ、店先では祭りの準備が進んでいる。
「何かあるのか?」
「夏祭りじゃない?」
カスミが周囲を見る。
「へえ!」
サトシの目が輝く。
「行こうぜ!」
「まだ宿も決めてないだろ」
タケシが止める。
「祭りは夜なんだから先に――」
言葉が止まった。
「タケシ?」
レンが振り返る。
タケシは港の少し離れた場所を見ていた。
「…………」
「どうしたの?」
カスミも視線を追う。
そこには一人の女性が立っていた。
紫色の長い髪。
白い着物。
潮風に髪を揺らしながら海を見つめている。
「き……」
タケシの身体が震える。
「綺麗な人だぁぁぁぁ!」
「やっぱり」
カスミが額を押さえた。
「タケシ!」
タケシが駆け出す。
「待ってください!」
だが女性は振り返らない。
「お姉さーん!」
あと少し。
その時、一瞬人の波がタケシの前を横切った。
「すみません!」
タケシが避ける。
そしてもう一度前を見る。
「……え?」
いない女性は跡形もなく消えていた。
「どこへ……?」
タケシが周囲を見回す。
レンはその場所を見つめる。
(始まったか)
記憶が浮かぶ。
乙女ヶ崎。
美女。
老婆。
そして。
ゴース。
だがレンは何も言わなかった。
まだ自分で確認したものは女性が突然消えたそれだけだ。
「リオ?」
リオルがレンを見上げる。
「何でもないよ」
レンは視線を戻した。
知っていることより自分で確かめたことを大切にする。
それはこの旅で何度も学んできたことだった。
◇
その頃、港の別の場所。
「何だかんだと色々あったけど……」
ムサシが大きく伸びる。
「今日は何もしなくてもいいんじゃないか?」
コジロウが言う。
「たまには祭りを楽しみたいニャ」
ニャースも頷く。
「そうねぇ」
ムサシが祭りの飾りを見る。
「ジャリボーイたちの邪魔は明日でもできるし」
「賛成!」
コジロウが顔を上げた。
その時。
「…………」
視線、港の端にいる紫色の髪をした美しい女性。
「…………」
コジロウの頬が赤くなる。
「なんて……綺麗な人なんだ……」
「は?」
ムサシの目が鋭くなる。
「ちょっとコジロウ?」
だがすでに聞いていない。
「待ってくださーい!」
走り出す。
「コジロウ!」
「どうしたニャ!?」
女性の姿がふっと消えた。
◇
「綺麗な女には気をつけな」
「え?」
突然の声、レンたちが振り返る。
そこに腰の曲がった老婆が立っていた。
「何だ、ばあさん?」
サトシが首を傾げる。
「この辺りにはな……出るんじゃよ」
「出る?」
「幽霊が」
「ゆ、幽霊!?」
サトシが一歩下がる。
「ピカ?」
ピカチュウは逆に興味深そうだ。
「幽霊なんているわけないでしょ」
カスミが言う。
「さて、どうかのう」
老婆が笑う。
レンはその顔を見る。
(この人も……)
知っている記憶ではだが今は。
「…………」
老婆の足元。
影、話し方や動きを観察する。
特におかしいところは見つからない。
「リオ?」
リオルも普通に老婆を見ている。
老婆はにやりと笑った。
「今夜は気をつけるんじゃな」
そう言い残し、人混みの中へ消えていく。
「何なんだよ……」
サトシが呟く。
タケシだけはまだ先ほどの女性を探していた。
◇
町の高台そこには海を見下ろすように一体の石像が立っていた。
女性がどこか悲しそうな表情で海を見つめている。
「これが乙女ヶ崎の乙女像か」
タケシが説明書きを読む。
近くでは古い絵巻が公開されていた。
二千年前、戦へ向かった恋人その帰りを一人の女性が待ち続けた。
一年。
十年。
百年。
恋人は戻らなかった。
それでも女性は海を見つめ待ち続け、やがて岩になった。
「二千年前……」
サトシが像を見上げる。
「そんなに待ってたのか」
「悲しい話ね……」
カスミが小さく呟く。
レンも石像を見る。
前世で知っていた話だがこうして実際の場所で聞くとまるで違う。
「……待ってくれ」
タケシの声が震えた。
「どうした?」
タケシが絵巻を指差す、そこに描かれている女性は紫色の髪、白い着物。
「この人だ……」
「え?」
「俺が港で見た人だ!」
「何!?」
サトシが絵巻とタケシを交互に見る。
「でもこれ二千年前の人だぞ!?」
「間違いない!」
タケシは真剣だった。
カスミの顔からも少しずつ笑みが消える。
レンは絵巻を見る、そして昼間港に立っていた女性を思い出す。
同じだ少なくとも姿は。
「…………」
「レン?」
サトシが見る。
「どう思う?」
「分からない」
「分からない?」
「同じ姿だった。でも、それだけじゃ本当に幽霊なのかは分からない」
「でも二千年前だぞ!」
「だからこそ」
レンは絵巻を見る。
「決めつけない方がいい」
◇
夜、町は祭りの明かりに包まれていた。
提灯。
屋台。
音楽。
大勢の人々。
「うまい!」
サトシが焼き物を頬張る。
「ピカピカ!」
「食べすぎないの!」
カスミが呆れる。
「リオ?」
リオルは屋台に並んだ食べ物を興味深そうに見ていた。
「食べてみる?」
「リオ!」
レンが串を買って渡す。
一口。
「リオ!」
目が輝く。
「気に入った?」
「リオ!」
「リザ?」
隣から強い視線。
「リザードも?」
「リザ!」
「分かったって」
もう一本買いリザードに渡す。
リザードが食べる。
「リザ!」
気に入ったらしい。
その後リザードの足が止まった。
「リザ?」
射的。
的が並んでいる、リザードの目が明らかに変わった。
「……やりたいの?」
「リザ!」
「やっぱり」
レンは笑った。
少し離れた場所ではサトシも。
「絶対当てる!」
射的銃を構えていた。
楽しい時間だが。
「そういえば」
カスミが周囲を見る。
「タケシは?」
全員が止まった。
「……いない」
「いつから?」
「さっきまでいたぞ!」
レンの表情が変わる。
「探そう」
◇
「タケシー!」
「どこだー!」
夜の町、祭り会場から離れるほど人影は減っていく。
「こっち!」
カスミが声を上げた。
高台へ続く道その先に人影。
「タケシ!」
いた。
だが様子がおかしい。
「…………」
ぼんやりと海を見ている。
「タケシ?」
サトシが肩を掴む。
「おい!」
「……あの人が」
「え?」
「待ってるんだ……」
タケシの視線は海へその向こうには誰もいない。
「タケシ!」
レンも近づく。
「聞こえる?」
「…………」
反応が鈍い。
しばらくしてタケシは糸が切れたように倒れた。
「タケシ!」
◇
翌朝。
「うーん……」
タケシが目を覚ました。
「ここは……」
「宿」
カスミが腕を組む。
「何があったの?」
「俺は……」
タケシが頭を押さえる。
覚えていない。
いや。
僅かに。
「声が……」
「声?」
「呼ばれた気がする」
レンは黙って聞く。
その時。
「だから言ったじゃろ」
聞き覚えのある声。
「うわっ!」
窓の外に昨日の老婆。
「ばあさん!」
「幽霊に取り憑かれたんじゃ」
「取り憑かれた!?」
サトシが叫ぶ。
老婆は何枚もの札を取り出した。
「これを貼っておけば大丈夫じゃ」
「本当に?」
「もちろんじゃ」
レンは札を見るそして老婆を見る。
(……怪しい)
あまりにも都合がいい。
だが証拠はない結局タケシの部屋には大量の札が貼られることになった。
壁。
扉。
窓。
天井。
「貼りすぎじゃない?」
カスミが言う。
「これなら幽霊も入れないだろ!」
サトシは自信満々だ。
「そうかな……」
レンはまったく安心できなかった。
◇
その夜風が吹き窓が揺れる。
タケシは布団の中、周囲には大量の札。
レン。
サトシ。
カスミ。
リザード。
リオル。
ピカチュウ。
全員が部屋の中で待っていた。
「来るかな」
サトシが小声で言う。
「来ない方がいいでしょ」
「でも気になるだろ」
「ピカ」
「静かに」
レンが言う。
その時、風が止まった。
「…………」
部屋の空気が変わる。
窓の外白い影。
「来た……」
カスミが呟く。
紫色の髪に白い着物、あの女性だ。
「…………」
タケシが立ち上がる。
「待ってた……」
「タケシ!」
サトシが止める。
だがタケシは窓へ向かう。
「リオ!」
リオルが前へ出る。
「待って」
レンが止める。
「リオ?」
「まだ攻撃しない」
相手が何なのか分かっていない。
女性が微笑む。
次の瞬間札が一斉に剥がれ落ちた。
「えええええっ!?」
サトシが叫ぶ。
「全然効いてないじゃない!」
カスミも驚く。
女性の姿がふっと揺れる。
「ピカチュウ!」
サトシが図鑑を取り出す。
「調べてみよう!」
図鑑を向ける。
反応。
電子音。
『ゴース。ガスじょうポケモン――』
「ゴース!?」
女性の姿が崩れる。
紫色のガス、そして大きな目と口。
「ゴース!」
正体を現した。
「やっぱり……」
レンが呟く。
サトシが振り返る。
「知ってたのか!?」
「可能性は考えてた。でも、確認するまでは分からなかった」
「じゃあ、あのばあさんも!?」
「ホッホッホ」
後ろから声。
全員が振り返る。
老婆その身体が煙のように消える。
「ゴース!」
「同じ奴だったのかよ!」
「完全に騙された!」
カスミが怒る。
ゴースは楽しそうに笑っていた。
「ホッホッホ!」
しかも。
「わしじゃよ」
「喋ったぁぁぁぁ!?」
サトシが飛び上がる。
レンも思わず目を見開く。
「ゴースって普通に喋れたっけ……」
「レンでも分からないの!?」
「こんなの普通じゃないよ!」
「ゴース!」
ゴースが笑う。
「なら勝負だ!」
サトシが前へ出る。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
ピカチュウが構える。
ゴースがにやりと笑う。
次の瞬間ぽんと目の前に巨大なネズミ捕り。
「ピカ!?」
ピカチュウが固まる。
「何だそれ!?」
サトシが叫ぶ。
「ピカピカ!」
ピカチュウが慌てて後ろへ下がる。
「そんなのあり!?」
カスミまで叫ぶ。
「…………」
レンは言葉が出なかった。
そこへ。
「待ちなさい!」
ムサシ。
コジロウ。
ニャース。
「ロケット団!?」
「その幽霊には私たちも用があるのよ!」
「コジロウが昨日からおかしくなった原因ニャ!」
「僕はおかしくなんかなってない!」
「十分おかしかったわよ!」
ムサシがモンスターボールを投げる。
「アーボ!」
「ドガース!」
二匹が現れる。
ゴースが見る。
笑う。
ぽん。
現れたのはアーボたちが本能的に恐れるような姿。
「アーボ!?」
「ドガァ!?」
二匹が一目散に逃げた。
「戻ってきなさーい!」
「ゴース!」
楽しそうだ。
「だったらヒトカゲ!」
サトシがボールを投げる。
「カゲ!」
「『かえんほうしゃ』!」
炎。
だがゴースが何かを取り出す。
消火器。
「…………」
白い煙。
プシューッ!
「カゲ!?」
ヒトカゲの炎が消される。
「そんなのありかよ!」
サトシの絶叫。
レンは額を押さえた。
「……俺の知ってるゴースって、こんなことできたっけ」
「さっきも言ってたわよそれ!」
「だっておかしいでしょ!」
「ゴース!」
ゴースは腹を抱えて笑っている。
「だったら!」
サトシが二つのボールを構える。
「フシギダネ! ゼニガメ!」
「ダネ!」
「ゼニ!」
二匹が並ぶ。
ゴースが。
二匹を見る。
次の瞬間。
巨大なフシギバナ。
巨大なカメックス。
「は!?」
さらに。
二つが。
合体した。
「…………」
沈黙。
サトシ。
カスミ。
タケシ。
ムサシ。
コジロウ。
ニャース。
レン。
全員が同じ顔をした。
「何だあれぇぇぇぇぇ!?」
夜の乙女ヶ崎に叫び声が響いた。
「リザ……」
リザードが前へ出る。
目が完全に勝負する気だ。
「待って」
「リザ?」
「普通のバトルじゃない」
「リザ!」
自分ならいける。
そう言いたげだ。
だがレンは首を振る。
「実体がどこまであるのかも分からない。何をしてくるのかも分からない」
「リザ……」
「勝負するなら、まず相手を知らないと」
リザードはゴースを見る。
悔しそうではあるが、一歩下がった。
リオルもゴースの動きを観察する。
『みきり』を使わせるつもりはない。
そもそも何が攻撃なのかすら分からない。
ゴースはそんなレンたちを見て少しだけ面白そうに笑った。
◇
やがて東の空が白み始める。
「もう朝か」
ゴースが言う。
「え?」
「今年も楽しかったぞ」
「今年も?」
サトシが首を傾げる。
ゴースの身体が少しずつ薄くなる。
「待て!」
「また来年じゃ」
「ゴース!」
笑い声を残し姿が消えた。
「……行っちゃった」
カスミが呟く。
「何だったんだ……」
サトシも座り込む。
タケシは乙女像を見る。
「でも……」
その表情はどこか寂しそうだった。
レンも海を見る。
ゴース。
そこまでは分かっただがあの伝説の全てがゴースの悪戯なのか。
「…………」
まだ何か引っかかる。
◇
その日の夜。
祭りは最後の時を迎えていた。
海には無数の灯籠が流される。
柔らかな光が波の上を進んでいく。
サトシとカスミは祭りの輪へ入っていた。
「ほらサトシ!」
「分かってるって!」
「全然合ってない!」
「難しいんだよ!」
「ピカピカ!」
ピカチュウも楽しそうに踊る。
タケシは少し離れた場所で乙女像を見上げていた。
レンはリザードとリオルと一緒に海沿いを歩く。
「綺麗だね」
「リオ……」
「リザ」
灯籠の光。
波の音。
祭りの音楽。
昨日までの騒ぎが嘘のように穏やかだった。
その時風が吹く。
レンは足を止めた。
「……?」
乙女像の近く。
白い着物。
紫色の髪。
一人の女性が海を見ていた。
昼間ゴースが化けていた女性。
だが違う、何となくそう思った。
「…………」
女性の隣に一瞬だけゴースの姿が見えた。
「ありがとう」
そんな声が聞こえた気がした。
ゴースが笑う。
女性は海を見続ける。
待っている二千年経った今も。
「リオ?」
リオルの声。
瞬きをする。
もう誰もいなかった。
「…………」
レンはしばらく動かなかった。
前世ではアニメの中の話だった。
ポケモンがいる進化がある技がある伝説のポケモンがいるそれを知っていたつもりだった。
でも巨大なカイリューを見た時もそうだった この世界には自分が知っていることだけでは説明できないものがある。
「知らないことばっかりだな」
「リオ?」
「リザ?」
レンは少し笑った。
「だから面白いのかも」
「リオ!」
「リザ!」
二匹と一緒に祭りへ戻る。
「レンー!」
サトシが手を振る。
「何してんだよ! 早く来い!」
「今行く!」
「リオ!」
リオルが走り出す。
「リザ!」
リザードも続く。
レンも二匹の後を追った。
後ろでは灯籠の光がゆっくりと海の彼方へ流れていく。
その海を誰かが今も見つめているのかもしれない。
答えは分からないそれでもレンは振り返らなかった。
知らないものがあるならこれから自分の目で見ていけばいい。
夏祭りの賑やかな音に包まれながらレンたちの夜は静かに更けていった。