ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
乙女ヶ崎の夏祭りを終えた翌朝。
レンたちは再び次の町を目指して歩き始めていた。
昨日までの賑やかな祭囃子はもう聞こえず、海沿いの道には穏やかな潮風が吹いている。
「結局、あのゴースって何だったんだろうな」
歩きながらサトシが呟いた。
「ピカ?」
「ゴースはゴースでしょ」
カスミが答える。
「でも喋ったぞ! 変なものいっぱい出したし!」
「普通のゴースじゃなかったんじゃない?」
「それに本物の幽霊までいたかもしれないんだぞ!」
「だからって朝からその話しないでよ!」
「カスミ、怖いのか?」
「怖くないわよ!」
「絶対怖いだろ!」
「何ですって!?」
また始まった。
レンは苦笑しながら、その少し後ろを歩くリザードとリオルを見る。
「元気だね」
「リザ」
「リオ」
二匹も慣れたものだった。
昨日はほとんど修行をしていない。
祭りを楽しみ、食べて、遊び、身体を休めた、だから今日は朝から二匹とも身体を動かしたそうにしている。
特にリオルは。
「リオ!」
歩きながら拳を握る。
港で人々を助けた時、自分一匹では動かせなかった瓦礫あの時からリオルは以前よりも強さを求めるようになっている。
ただ力任せに鍛えるつもりはない、強くしたいからといって無茶をさせるのは育成ではない。
「今日、休憩した時に少しやろうか」
「リオ!」
「リザ!」
リザードも即座に反応する。
「もちろんリザードも」
「リザ!」
そんなやり取りをしていた時だった。
「……ん?」
レンが足を止める。
空に何かが飛んでいる、一匹や二匹ではない。
「何だあれ?」
サトシも気づいた全員が空を見上げる。
「バタフリー?」
「フリー!」
何十匹いやもっといる。
色とりどりのバタフリーが青い空を舞い、海の上へ集まっていた。
「すげえ!」
サトシの目が輝く。
「こんなにたくさんのバタフリー、初めて見た!」
「ピカ!」
レンも空を見上げる、そして思い出した。
(……この日か)
キャタピー。
トランセル。
そしてバタフリー。
サトシが初めて自分で捕まえたポケモン。
そのバタフリーにとって大きな分岐点となる日。
レンは隣を歩くサトシを見る。
当然サトシはまだ何も知らない。
「この時期になると、バタフリーたちは相手を探すために集まるんだ」
タケシが空を見ながら説明する。
「相手?」
サトシが首を傾げる。
「恋の季節ってことよ」
カスミが笑う。
「恋!?」
「そういうこと」
サトシは空を飛ぶバタフリーたちを見る。
そして。
腰のモンスターボールへ手を伸ばした。
「だったら……」
ボールを投げる。
「バタフリー!」
白い光。
「フリー!」
サトシのバタフリーが空へ舞い上がった。
「バタフリー、お前も行ってみるか?」
「フリー?」
バタフリーが群れを見る。
たくさんの仲間。
「フリー!」
そして、嬉しそうに飛び出した。
「頑張れよー!」
サトシが大きく手を振る。
「ピカピカー!」
レンはその背中を見つめた。
何も言わない今はそれでいい。
◇
バタフリーたちは、それぞれ気になる相手へ自分をアピールしていた。
高く飛ぶもの。
綺麗に旋回するもの。
力強く羽ばたくもの。
「へえ……」
サトシが感心する。
「バトルとは全然違うんだな」
「当たり前でしょ」
カスミが言う。
「勝てばいいってものじゃないんだから」
「分かってるよ!」
「本当に?」
「分かってるって!」
そんな二人の横で。
「リオ?」
リオルが一方向を指した。
「どうした?」
レンが視線を向ける。
一匹のバタフリー。
他とは違う鮮やかなピンク色の身体。
「珍しい色だね」
「リザ」
そのピンク色のバタフリーをサトシのバタフリーも見つけていた。
「フリー……」
羽ばたきが止まる。
「ん?」
サトシも気づく。
「どうした、バタフリー?」
「フリー!」
次の瞬間、勢いよく飛んでいく。
「あ!」
向かった先はピンク色のバタフリー。
「もしかして……」
カスミが笑う。
「気に入ったみたいね」
「本当か!?」
サトシの目が輝く。
「よーし!」
突然拳を握る。
「頑張れ、バタフリー!」
「何であんたがそんなに気合い入ってるのよ」
「仲間なんだから当然だろ!」
サトシのバタフリーはピンク色のバタフリーの前で飛び回る。
羽を広げ。
旋回し。
懸命に自分を見せる。
だが。
「フリー」
ぷいっ。
「え?」
ピンク色のバタフリーは顔を背けた。
「フ、フリー……」
サトシのバタフリーが固まる。
「…………」
サトシも固まる。
「駄目だったみたいね」
「まだ一回目だろ!」
すぐに立ち直った。
「もう一回だ、バタフリー!」
「フリー!」
再挑戦、しかしまた。
「フリー」
ぷいっ。
「フリー……」
「バタフリー……!」
今度はサトシまで肩を落とした。
「何でお前まで落ち込むのよ」
「だって!」
レンはそんな二人を見ながら笑う。
「似てるね」
「誰と誰が!?」
「サトシとバタフリー」
「どこがだよ!」
「すぐ熱くなるところ」
カスミが答えた。
「そうそう」
「レンまで!」
「ピカピカ」
ピカチュウまで頷いた。
◇
それからサトシの奮闘が始まった。
「これならどうだ!」
用意したのは黄色いリボン。
バタフリーへつける。
「おお!」
サトシが目を輝かせる。
「似合ってるぞ!」
「ピカ!」
「フリー!」
バタフリーも少し自信を取り戻した。
再びピンク色のバタフリーへ。
「フリー!」
懸命にアピールする。
だが結果は。
「フリー」
また振り向いてもらえなかった。
「何でだよー!」
サトシが地面へ膝をつく。
「だから恋愛に正解なんてないのよ」
カスミが呆れる。
「でもバタフリー、あんなに頑張ってるんだぞ!」
少し離れた場所でサトシのバタフリーが俯いている。
「フリー……」
レンはその姿を見てからサトシへ声をかけた。
「サトシ」
「何だよ……」
「無理に変わらなくてもいいんじゃない?」
「え?」
サトシが顔を上げる。
「リボンが悪いって意味じゃないよ。でも、その子に気に入ってもらうために、今までと全然違うバタフリーになる必要はないと思う」
「…………」
「サトシのバタフリーには、サトシのバタフリーが今までやってきたことがあるでしょ」
サトシがバタフリーを見る。
小さなキャタピーだった。
最初は弱かった。
それでも頑張った。
トランセルへ進化して。
さらにバタフリーになった。
一緒に戦って一緒に旅をしてきた。
「……そうだな」
サトシが立ち上がりバタフリーへ近づく。
「バタフリー!」
「フリー?」
「お前はお前でいい!」
「フリー……」
「俺が保証する!」
胸を張る。
「お前は最高のバタフリーだ!」
「フリー!」
バタフリーの表情が明るくなった。
レンはそれを見て微笑んだ。
答えはこれでいい。
後はバタフリー自身が決めることだ。
◇
その時空から聞き慣れた声が響いた。
「なんだかんだと聞かれたら!」
「答えてあげるが世の情け!」
「……来た」
レンが空を見る。
「ロケット団!」
サトシが叫ぶ。
気球。
ムサシ。
コジロウ。
ニャース。
そしてその下には巨大な網。
「こんなにたくさんのバタフリー!」
「まとめて捕まえる絶好のチャンス!」
「全部いただきニャ!」
網が一気に広がった。
「危ない!」
大量のバタフリーたちが逃げる。
だが間に合わない、次々と網へ捕まっていく。
「バタフリー!」
サトシが叫ぶ。
サトシのバタフリーは辛うじて網を避けた。
だが。
「フリー!?」
ピンク色のバタフリーが捕まっている。
「フリー!」
迷わなかった。
サトシのバタフリーが網へ向かって飛ぶ。
「バタフリー!」
サトシも走る。
「追うよ!」
レンが言った。
「リザ!」
「リオ!」
二匹も駆け出す。
◇
ロケット団の気球を追い一行は岩場へ入った。
「待てー!」
サトシが走る。
「返せ、ロケット団!」
「誰が返すか!」
ムサシの声が響く。
気球の下大量のバタフリーが捕獲装置の中へ押し込められている。
「フリー!」
サトシのバタフリーが何度も装置へ向かう。
「危ない!」
機械から捕獲用のアームが飛び出した。
「バタフリー!」
サトシが叫ぶ。
「リオル!」
レンが前を見る。
「『でんこうせっか』!」
「リオ!」
地面を蹴る。
一直線。
アームがバタフリーへ届く直前リオルが横から飛び込んだ。
「『メタルクロー』!」
「リオッ!」
鋼の光を纏った爪がアームへ叩き込まれる。
ガンッ!
軌道が逸れ岩へ突き刺さった。
「今!」
サトシのバタフリーが再び装置へ向かう。
「邪魔するな!」
ムサシが叫ぶ。
別のアームが二本、三本。
「リオル、右!」
「リオ!」
一歩踏み込む。
肩。
付け根。
伸びる方向。
攻撃が始まる瞬間を読む。
「『みきり』!」
リオルが身体を沈めた。
一本目が頭上を通過する。
二本目。
身体を横へ滑らせる。
三本目。
後ろへ逃げない。
逆に。
前へ。
「『でんこうせっか』!」
アームの内側へ潜り込む。
「そこから『はっけい』!」
「リオッ!」
掌。
衝撃、機械の根元が大きく歪んだ。
「何するのよ!」
「リザード!」
「リザ!」
レンは捕獲装置を見る。
中にはバタフリーがいるから炎は使わない。
「右側の固定部! 『きりさく』!」
「リザ!」
リザードが駆ける。
爪。
一閃。
金属の留め具へ、火花が散る。
「もう一回!」
「リザァ!」
同じ場所へ二撃目。
バキッ!
固定部が外れ、装置が傾く。
「よし!」
「まだよ!」
ムサシが操作する。
今度は巨大な網がレンたちへ飛んだ。
「散って!」
サトシたちが左右へ逃げる。
レンは網の広がりを見る。
避けるだけでは後ろにいるカスミたちへ届く。
「リザード、『かえんほうしゃ』! 上だけ焼き切って!」
「リザ!」
口を開く。
炎。
だが広げない、細く狙った場所だけへ。
料理の手伝いで練習した。
必要な量だけ必要な場所へ。
炎が網の上部を走る。
「リザァァ!」
焼き切れる。
支えを失った網が途中で崩れ落ちた。
「できた!」
サトシが声を上げる。
レンも目を細めた。
「うん」
リザード自身も自分の炎を見る。
「リザ……!」
今までならもっと大きくもっと強くそう考えていた。
だが小さく正確に、それも強さだ。
「いい制御だったよ!」
「リザ!」
その間にもサトシのバタフリーは捕獲装置へ向かっていた。
「フリー!」
「しつこいわね!」
ムサシがレバーを倒す。
装置から攻撃が放たれる。
「避けろ!」
バタフリーが旋回する。
一発。
二発。
かわす、だが三発目。
「バタフリー!」
掠めた。
「フリーッ!」
体勢を崩すそれでも落ちない。
「フリー……!」
目の前で捕らわれているピンク色のバタフリーを見る。
「フリー!」
もう一度羽ばたく。
「行け、バタフリー!」
サトシが叫ぶ。
「お前ならできる!」
「フリー!」
加速。
攻撃を潜り抜ける。
装置へ体当たり。
一度。
「フリー!」
二度。
亀裂。
三度目。
「バタフリー!」
サトシの声に応えるように全力でぶつかる。
バキンッ!
装置が壊れた。
「フリー!」
「フリー!」
捕らわれていたバタフリーたちが一斉に飛び出す。
「やった!」
「ピカピカ!」
その中からピンク色のバタフリーが飛び出した。
サトシのバタフリーへ近づく。
「フリー……」
「フリー」
二匹が見つめ合う。
「バタフリー……」
サトシが笑う。
ピンク色のバタフリーが今度は顔を背けなかった。
「よかったな!」
だが。
「まだ終わってないわよ!」
ムサシが怒鳴る。
「よくも私たちの作戦を!」
「こうなったらまとめて吹っ飛ばしてやる!」
「やるニャ!」
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
サトシが前へ出る。
レンも隣へ。
「リオル!」
「リオ!」
「リザード!」
「リザ!」
「『10まんボルト』!」
「『しんくうは』!」
「リザードは『かえんほうしゃ』!」
三つの攻撃がロケット団の機械へ。
「ちょっと待ちなさ――」
爆発。
「やな感じー!」
空の彼方へ飛んでいった。
◇
夕方、海が橙色に染まっていた。
たくさんのバタフリーが二匹ずつ寄り添うように飛んでいる。
その中にサトシのバタフリーとピンク色のバタフリー。
「フリー」
「フリー」
二匹は楽しそうに飛んでいた。
「やったな、バタフリー!」
サトシが笑う。
「ちゃんと振り向いてもらえたじゃないか!」
「ピカピカ!」
ピカチュウも嬉しそうだ。
「よかったわね」
カスミが微笑む。
「フリー!」
サトシのバタフリーも嬉しそうに鳴いた。
やがて群れが海の向こうへ動き始める。
「あれ?」
サトシが空を見る。
「どこ行くんだ?」
「旅立つんだ」
タケシが言った。
「え?」
「新しい相手と一緒に」
「…………」
サトシの表情が。
止まった。
空。
ピンク色のバタフリーそして自分のバタフリー。
「……バタフリーも?」
誰もすぐには答えなかった。
バタフリーがサトシの前へ降りる。
「フリー……」
「…………」
サトシはバタフリーを見る。
「行きたいのか?」
「フリー……」
少しの間、そして頷いた。
「そっか……」
サトシが笑おうとする、でも上手く笑えない。
「そっか」
もう一度言う。
レンは何も言わなかった。
これはサトシが決めることだ。
「お前……」
サトシの声が少し震える。
「最初はキャタピーだったよな」
「フリー」
「カスミに嫌がられて」
「ちょっと!」
カスミが反応する。
だがすぐに黙った。
「それからトランセルになって……バタフリーになって」
サトシが拳を握る。
「いっぱい戦ったよな」
「フリー……」
「俺……」
離れたくない、そう言いたい。
顔を見れば分かるでもサトシはピンク色のバタフリーを見る。
そして自分のバタフリーを見る。
「…………」
レンはサトシの横顔を見る。
この先を知っている、前世で見た。
それでも今は何も言わない。
サトシが自分で選ばなければならないから。
長い沈黙の後サトシは顔を上げた。
「行ってこい、バタフリー!」
「フリー……!」
「せっかく相手が見つかったんだ!」
声が震えている。
「俺たちのことなんか心配するな!」
「フリー!」
「幸せになれよ!」
バタフリーがサトシへ飛びついた。
「うっ……」
サトシが抱きしめる。
「バタフリー……!」
「フリー……」
ピカチュウも近づく。
「ピカ……」
バタフリーがピカチュウへ触れる。
「ピカチュウ……」
カスミは目元を拭う。
タケシも静かに見守っている。
レンの隣ではリザードとリオルも。
何も言わないやがてバタフリーがサトシから離れた、羽ばたく一度、二度そして空へ。
ピンク色のバタフリーが隣へ並ぶ。
二匹で飛んでいく。
「バタフリー!」
サトシが追いかける。
「元気でなー!」
「フリー!」
振り返る。
「絶対幸せになれよー!」
「フリー!」
遠く。
さらに遠くへ、小さくなっていく。
「バタフリー!」
最後までサトシは手を振っていた。
そして二匹の姿が夕焼けの向こうへ消えた。
「…………」
サトシの手がゆっくり下がる。
「行っちゃったな」
「ピカ……」
「……うん」
目には涙それでもサトシは笑った。
「よかったんだよな、これで」
カスミが頷く。
「うん」
タケシも。
「バタフリーが選んだ道だからな」
「そっか」
サトシはもう一度海を見る。
「……頑張れよ、バタフリー」
◇
その夜一行は海辺で野宿することになった。
焚き火の前サトシはいつもより静かだった。
ピカチュウが隣にいる。
レンは少し離れた波打ち際に座っていた。
左右にはリザードとリオル。
「…………」
昼間の光景が頭に残っている。
サトシとバタフリー。
旅をする、育てる、一緒に強くなる。
その先にあるのは、ずっと一緒にいる未来だけではない。
ポケモン自身が別の道を選ぶこともある。
「一緒にいることだけが、大切にするってことじゃないのか……」
レンが小さく呟く。
「リザ?」
リザードが見る。
「リオ?」
リオルも。
「もし」
レンは二匹を見る。
「いつか二匹が俺とは違う道を行きたいって思ったら、俺もサトシみたいに送り出せるのかな」
「…………」
リザードがじっとレンを見る。
そして。
「リザ!」
レンの肩を軽く叩いた。
「痛っ」
「リザ」
何を馬鹿なことを言っている。
そんな顔だ。
リオルもレンの反対側へ座る。
「リオ」
「……そっか」
レンは笑う。
「今考えても仕方ないね」
「リザ!」
「リオ!」
二匹が頷く。
「俺たちは、まだまだ一緒だもんね」
「リザ!」
「リオ!」
レンは二匹の頭へ手を置く、目指す場所はまだ 遥か先、世界最強そこへ辿り着くまでどれだけの出会いがあるのか、どれだけ強くなれるのか、そしてどんな選択をすることになるのか。
まだ何も分からないでも今はこの二匹と進む。
それだけは迷わない。
◇
翌朝。
「よーし!」
サトシが大きく伸びをした。
昨日より少しだけ目が赤いそれでもいつもの声だった。
「出発だ!」
「ピカ!」
「もう大丈夫?」
カスミが聞く。
「何が?」
「……別に」
カスミが笑う。
タケシも荷物を背負う。
レンはリザードとリオルを見る。
「行こうか」
「リザ!」
「リオ!」
歩き始めるその途中サトシが一度だけ振り返った。
昨日バタフリーが飛んでいった方向。
「…………」
そして笑う。
「元気でな、バタフリー!」
返事は聞こえない。
それでもサトシは前を向いた。
レンもその隣を歩く。
出会いがあればいつか別れもある、けれど一緒に過ごした時間までなくなるわけではない。
サトシが初めて捕まえたポケモン。
キャタピーから始まったバタフリーとの旅はここで一つの終わりを迎えた。
そしてそれぞれの旅はまた新しい道へ続いていく。