不老不死。
人はいつの時代も、その四文字を追い求めてきた。
天下を統べた皇帝は、不死の薬を求めて水銀を飲み、命を落とした。
他者の命を奪えば寿命を得られると信じた者は、多くの人間を殺し、やがて自らも処刑された。
科学をもって老いを克服しようとした研究者も、その蕾を咲かせることなく老衰した。
誰もが永遠を求め、そして倒れていった。
それでも人は願う。
老いない身体を。
失われない美しさを。
決して途絶えることのない命を。
ある男もまた、その一人だった。
ただ一つ違ったのは、男が自らの不老不死を望まなかったことだ。
男が永遠にしたかったものは――歌だった。
決して衰えることのない声。
歳月によって変わることのない声。
歌い手が老い、病み、やがてこの世から消えた後も、永久に鳴り続ける声。
男はその原石を探すため、自ら芸能事務所を立ち上げた。そこから多くのアーティストが生まれた。
肉体という制約から表現者を解き放つため、現実には存在しない身体を与えられた歌手たち。
彼女たちは電子の身体を纏い、現実と虚構の狭間で歌った。
その中に、一人の少女がいた。
男は、彼女の声に魅入られた。
透明でありながら、どこか寂しかった。
柔らかさの奥に、微かな反抗心があった。
誰かに寄り添うようでいて、決して誰にも触れさせない孤独があった。
男は思った。
この声だけは、失われてはならない。
莫大な資金と、膨大な時間が費やされた。
少女の歌を記録した。
話し声を記録した。
息遣いを、声の震えを、笑い声を、僅かな癖までも採取した。
そうして男は、少女の声を機械の中に作り上げた。
完成度は高かった。
目を閉じれば、本人が歌っていると錯覚するほどに。
あと少しだった。
あと少しで、この声は時間から解放される。
永遠に若く、永遠に変わらず、永遠に歌い続けることができる。
しかし、計画を止めたのは、他でもない少女本人だった。
少女は、自分と同じ声が生まれることを恐れた。
それは単純な嫌悪ではなかった。声は、彼女にとって単なる音ではない。
それまで生きてきた時間そのものだった。
喜びも、寂しさも、怒りも、後悔も。
歌うたびに積み重ねてきた人生が、その声には染み込んでいた。
もし自分とまったく同じ声が、自分とは関係のない場所で歌い始めたなら。
もし自分が歌っていない歌を、自分の声が歌ったなら。
もし自分よりも上手く、自分の声を使う何かが現れたなら。
そのとき、自分とは何なのか。
男は少女の思いを受け入れた。
長い活動の中で少女に情が移っていたからかもしれない。
あるいは、どれほど精巧に作ろうとも、そこに存在するのは所詮、声を真似るだけの機械だと気づいていたからかもしれない。
男の人生を懸けた計画は、そこで終わった。
永遠の歌声は完成しなかった。
だが、悲しいかな。
男の根底にあった欲望は、決して男一人だけのものではない。
人は美しいものを見つければ、それを残そうとする。花が咲けば、種を採る。
そして同じ花を、もう一度咲かせようとする。
たとえ、その花自身が望んでいなかったとしても。
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ある日、一人の少年が動画サイトを眺めていた。
そこで偶然、一つの種を見つけた。
既に削除されたはずの、違法に転載された動画だった。
画面の向こうで、少女が歌っていた。
少年は息を止めた。
優しい声だった。
しかし、ただ優しいだけではなかった。
その奥には孤独があり、わずかな怒りがあり、世界を拒絶するような反抗心があった。
少年は何度もその種を再生した。
そして途中で気づいた。
これは本人ではない。
ほんの僅かに、音が不自然だった。
息を吸う場所が違う。
言葉の終わり方が違う。
少女ならほんの少しだけ震わせるはずの音が、綺麗すぎる。
機械だった。
それでも少年は少女の美しい歌声永遠に鳴り響くことに、涙を流し歓喜した。
同時に、少年は腹が立った。
なぜ、これほど素晴らしいものが未完成のままなのか。
なぜ、もっと完璧に再現しなかったのか。
やがて少年は、その計画が中止されたことを知った。
理由も知った。
少女本人が拒んだのだという。
少年には、それが理解できなかった。
こんなにも美しい声がなら、残すべきではないか。
いつか少女が年老いたとしても。
声が変わったとしても。
歌えなくなったとしても。
あるいは、死んだとしても。
この声だけは失われてはいけない。
少年は、その日、不老不死を求める者たちの列に加わった。
その先に何があるのかは知らなかった。
天国か。
煉獄か。
それとも、神すら踏み越えた先にある何かなのか。
少年には分からない。
ただ一つだけ、確かなことがあった。
自分は、この声を永遠にする。
男は、少女とバーチャルアーティストを売り出す芸能事務所で活動していた。
そこでは既に、タンパク質に囚われたくだらない身体を否定し、それを超越するための完璧な電子の器が作られていた。少女の声も、既にほぼ完璧に再現できていた。被験者本人の同意さえあれば、声の不老不死は完成していたはずだった。
残る問題は、中身だった。
美しい声と楽曲を最大限に表現できる精神性さえあれば、不老不死の声それすら超えた、不老不死のアーティストそのものを作り得る。
少年は、機械音声ではなくAIにその新しい中身を求め、大学へ進んだ。
大学の研究室と自宅を往来し、食べることさえ忘れて研究に熱中した。
腕は細くなり、頬は痩せこけ、肌は白くなった。
ただ、落ち窪んだ眼に宿るぎらついた意志だけが、病人のそれとは異なっていた。
干支が半周するほどの月日が過ぎ、大学院を卒業する頃には、少年はすでに男となっていた。
あの男と変わらない男となってしまっていた。
男は、新たなプロジェクトを立ち上げた。生身の人間が残した動画や楽曲、言葉の一つ一つをAIに学習させ、その人物の「中身」を作り上げる計画だった。
二十四歳。
その人生の四分の一近くを懸けて研究してきた成果の集大成だった。
男は確信していた。
今度こそ、不老不死の歌声を手に入れられる。
今度こそ、世界を変えられる。
そのプロジェクトの名は――
少女革命計画。