1 スベテニユワレシモノ
。。。。
ここは大いなる場〝ユヴェヲン〟
『すべてがあそびによりゆわれる』
。。。。
レベランス王国と呼ばれるかつて栄華を極めた国がある
この得も言われぬ場所に、幼年の子供たちが集められた施設があった
そこに在る一人の少年
名をユヲ=ラン・リールグレイスと云う
。。。。
「…………」
「ここにいたのですね。ユヲン君、お兄様が探していましたよ」
声がした。
「…………」
「それにしてもユヲン君。お兄様と何か話されたのですか?」
「ユヲン君」ここでそう呼びかけてくる声への心当たりは一人。
その声にこたえようと声の方向を振り返ると、声の主はメレクシアだった。
この施設に集められた同い年の子の一人で、銀灰色の長い髪と、灰紫色の瞳を持つ不思議な雰囲気を持つ子。
────そして今日も、あの首飾りを。
「すぐにいくよ」
。。。。
メレクシアからの使いを受け、待ち人に会うべくこの施設を歩いていた。
ここに来て何年かにはなるらしいけれど、ここにはつかみどころのない独特な空気が充満している。
ここには多くの子供たちが集っているが、ここに集められてくる子供たちの年齢は皆が六歳を下回っており、その中で皆がここに連れてこられる時期には多少の誤差があった。
連れてこられた時の年齢を考えればそれは仕方のないことなのだろうが、連れてこられた時は皆が皆、自分がここに在る理由付けには心当たりがない様子だったらしい。
使いを受け今から会いに行く待ち人も、例にもれずまた同い年の少年。
彼はそろそろ六歳になり、『
メレクシアを使いに出させた理由もそこを機縁としているはずだ。
通常、ここにいる子供たちは例外なく六歳でここを出られる。六歳になると『結遊の儀』と呼ばれる儀式を経られるからだ。
ここはその儀式を迎えるまでの預かりの場所らしい。
目的の場所が目に入って来た。
そこには待ち人────メアロ・ヒースベインがいるはず。
先ほど使いに来た妹のメレクシアも違わず、二人の帯びる空気は五歳にしてあまりに異質で、今から会う相手──メアロは特にその存在が余韻の尾を引く相手だった。
彼の姿が目に入ってくる。
いつも通りまず
「ユヲラン」
こちらが声をかけるより先に、彼はこちらに気付き、声をかえしてきた。
自然と向き合う形となり、姿の全容を視界に捉える。
長めの髪は不安定に──そして白く。瞳は澄んでいるようでありながら濁っているような色を孕み、灰色のローブを纏っている。
そして無機質な光を放ち、彼の頭上にたたずむ
────光輪。
幼年の稚児らしからぬ得も言われぬ魔力をかもして、彼はこちらの応えを待っている。
「……メレクシアからの使いが来たよ」
「ああ」
「そろそろなんだってね。結遊の儀」
「うん。お前はまだだからさ、だから君を呼んだ」
淡々と続くやり取りの間も、頭上にたたずむ光輪は今尚揺らぎ続けている。
不可思議な緊張の予感がその場にはあった。
本題が切り出される。
「ユヲラン……」
「うん」
レヴェランス学院。レベランス王国内唯一の正規の学院。
学院の門は常に開いており、七歳になった者なら誰もが学院の院試を経ることでいつでも籍を置ける。
「……あーなんて言うべきかな……そっちでも『結遊の儀』を経たならさ、七歳の時にそこでまた会おう」
この施設に与る子は、儀式を経てここから帰るのに際して、施設側からのサポートを受けることもできる。
身請けのいない者、身寄りのなくなった者などはここからの進路を助けてもらえるのだ。
三人とも先の出方は各々固めていたため、施設のサポートに肖らずにここを出ることとなっていた。
メアロ、メレクシアと併せて、結遊の儀は三人の中ではメアロが最初、メレクシアは最後だった。それはそのままここを出る順にもなる。
そうなるとここを出る時期の違いから、この兄弟は一時別れることとなる。
だから────。
「メレクシアの方も、かな」
「ああ。じゃあメレアにはそっちで言っておいてくれ」
「…………」
予感。予感がある。
自分以外の誰にも覚えられていない────だが確かに応えを経ているなんらかのゆらぎが。
幽かな波が。
────今尚。
場を呑んでいく。
赦さんとしていく。
「ユヲラン」
斯くして────その兆しは果たして本当にそれを機縁としていたのか。
「ユヲラン」
相対された光輪の反射から今の自分の姿が見えた。
肩の上、首のあたりでそろった真っ黒な髪。同じ色の瞳。
室内での活動の多さ故か、肌は色白く、そして白いローブを纏っている。
齢の幼さ故の造形が相まって、どこか中性的な姿がそこには映っている。
────。
────?
「……ン…………ラン……!…………ユヲラン!!」
メアロの声だ。
落ちかけていた自分を覚えなおす。
「あ」
「……そういうわけだから」
「…………」
「──頼むよ」
。。。。
ユヲラン。メアロ。メレクシア。開けた場所に三人でいた。
三人で、輪になって話を────。
「ユヲラン」
「ユヲン君」
ああ。
「お疲れですか? またあの場所に一人でご執心ってわけでしょうか」
「ユヲラン。話を……するんじゃなかったのかい?」
また。
「お兄様。ユヲン君は今も疲れているのですよ。眠らせておいてあげましょう?」
「ここのところずっとだよ。これじゃ話もできないんだ」
眠っていたのか。
「まあまあ。話ならいつでもできますよ。起きた時にでも、三人で話しましょう」
「…………まったく。お前は本当に」
「たまには私と二人でもお話ししましょう」
「ああ」
「お兄様はいつもユヲン君のことばかりですからね。妹は置いてきぼりですか?」
「そんなことはないよ。ただ、話すことがないだけだ」
「ふふ」
「…………」
「ではお兄様の事についてのお話をしましょう? お兄様はユヲン君の事ばかり気にかけていますけど、お兄様自身の問題も同じくらい根は深いんですよ」
「それはボクだけじゃないからね。言ってしまえばキミもじゃないか」
「私の事は良いんですよ。今はお兄様の事でお話をするはずだったでしょう?」
「────オレも、お前も……ユヲランも、この場に在ってなにも抱えてないなんてことには誰もなれねんだ」
視線を感じる。
「…………」
「…………」
一つ。二つ。────。
「ユヲン君は────今どこにいるのでしょうか」
「さあね。分かれば苦労しない」
「一体何を取り出してしまったんでしょうね」
「ユヲランの在り様を誰かのせいとするのなら────それはメアロ・ヒースベインをおいて他にはいない……ユヲランは本当に、私らしく在りたいのかな」
「…………」
「…………」
命が落ちそうだ。
「────もう帰られるのですか」
「……ああ……もう行かなきゃ」
手の感覚がかえってくる。
「まったく。キミは本当に」
「ここで泣かないでください」
「はははは。泣いてない」
取り零して落ちていく。
「…………」
「ユヲン君と話すとき、いつもお兄様は複雑そうです。でも、お兄様がうれしそうな顔をするときも、ユヲン君といる時だけなんですよ」
────。
「ユヲン君。在りたい様に在ってもいいんですからね」
────こんなものか。
。。。。
メアロ・ヒースベインが結遊の儀を控えたある日の事。
その日、この場では、少し奇妙な話が起こる。
この施設のある一画に、ユヲ=ラン・リールグレイスは一人立っていた。
そこは暗がりで、本や紙、頁、文字と記号が乱雑にあてがわれ、色や形が無作為に散らばっている。
『図書室』とそう呼ばれていたりもする。
静けさの下、一人よくここに来ているのだ。
そんな無為とも呼べる道を経ているさなか、彼はそこで、形容しがたい兆しに見舞われていた。
「…………」
いったいどれほどの時をそうしていただろう。
気付けばここへ来た時の静けさはどこへやら。
このままここにいては見つけられてしまう。
あの兄妹に追いつかれてしまう。
今日は────メアロ・ヒースベインの結遊の儀がある。
私は
私……は……
私は応えられるのだろうか
ここからの由縁の全てに
私は────
。。。。
「きっとあそこです」
メレクシアが呟く。
メアロは応えない。
今、メアロとメレクシアの二人は例の図書室のような所に向かっていた。
二人が目的地を目指して歩みを進める半ば、道中ほかの子供たちも二人を視界に捉えている。
それでも、誰も声などかけはしない。ユヲ=ラン・リールグレイスくらいなのだ。この二人と疎通を取れるものなど。
メアロ、そしてメレクシアの二人。兄妹。この二人が並ぶと、それだけでその場はそこと外とが切断される。そう覚えてしまうまでに、この二人だけ、帯びた温度感が違っている。
「いよいよですね。結遊の儀」
メレクシアの投げかけに、メアロは応えない。
今この投げかけをした当人にさえ、そうなることはわかっていた。
こちらの話題に応えを得られないことにバツが悪くなったわけでもなく、メレクシアはただ折角だからと、目的地に着くまでの少しばかりの会話を結わえることに決める。
自ずと話題は現在二人の探し人『ユヲ=ラン・リールグレイス』その人に移ろう。
「お兄様はユヲン君とはしばしのお別れですね。学院で会う約束をしたようですし、次に会えるのは一年後ですか」
「……そうなるかな」
「──に帰られるのですね」
「……メレア」
「はい」
「メレア……いや、違う……もういい」
「ユヲン君なら院試自体は問題ありませんね」
はたからはこの様がどう見えているのだろう。何とか兄との場を持たせようと振舞う健気な妹がそこにはいるのだろうか。
隣に立たねばわからない。
今メアロに向けられている物が、通常兄に向けるような代物ではないことに。
到底五年で宿るようになる冷たさではないことに。
今もつけているそれ。
今もつけているその首飾り。
趣味が悪いなんて話ではないのだ。
首には────目玉が飾られている。
もうみんな、間違えすぎている。
そろそろ目的地に着く。
ユヲランがいるだろうその場所に。
。。。。
あの兄妹の読んだ通り、『図書室』にはあれから何かを覚えてなお、一人、ユヲ=ラン・リールグレイスはその場に在り続けていた。
「…………」
迫っている。
なにもかわらぬまま。
なにもかえらぬまま。
ここに────いつからか。
「…………」
────まだなにもわからないよ。
「……ぁ」
「やっぱりここにいました……ユヲン君?」
「…………」
立ち位置は同じではない。
立ち位置は初めから、同じではなかった。
この二人だから。
彼らだから打たれた。
いつもどこか壊れた空気を帯びているメレクシアが思わずと言葉が詰まる程に。
この兄妹だから。
彼らにだから引かされた。
普段から余裕落ちることのないメアロの、今強く閉ざされたこぶしから血滴がこぼれる程に。
「…………」
そこに在ったのは何か。
はたから見れば特別珍しくもおかしくもないもの。
誰かが死んでいたわけでも────誰かが死のうとしていたわけでもない。
────いつか思い返すのなら、ここで死なれていた方がよかったとすら。
この時この場所で。
ユヲ=ラン・リールグレイスは泣いていた。
嗚咽があったわけでも、見るものすべての心をえぐる酷い形相があったわけでもなく、泣いていた。ただ泣いていた跡が残っていた。幾筋かの涙が伝っていた。
ゆってしまえばそれだけのこと。
そこに在ったのはそれだけの今で────。
それでも確かにこの物語は今を以て結われ始めた。
。。。。
見たい景色がある。
行きたい場所がある。
そう至り────そう在りたい今がある。
私がいる。
私は一体何を経て、今この場所まで歩いてきたのか。
私は一体誰に覚えられ────この場に渉ってこられたのだろう。
。。。。
メアロ・ヒースベインの結遊の儀から程なく。
ユヲ=ラン・リールグレイスは六歳の日を迎え、『結遊の儀』その日を控えていた。
そして今日。結遊のときを迎える。
「ユヲン君! いよいよですね」
いつにもまして今日のメレクシアは饒舌だった。
あれからメアロは『結遊の儀』を経て、大それた会話もなくここを出ていった。
今は妹のメレクシアが一人、ここには残されている。
メレクシア当人が結遊の儀を迎えるのはまだ先な為、このメレクシアが一人残される期間、ここで何をするのかは依然として気がかりと言える。
兄であるメアロもここを発った今、一人残された妹は一体何を思うのだろう。
その瞳にはどんな色を宿しているのだろう。
今日も────あの首飾りをしている。
「……ユヲン君はここを出たらなにかしたい事とかありますか?」
思いがけずメレクシアはそんなことを言う。
「したい事? うーん。特には……ここを出るっていうのも、あんまり実感がわかないかな」
「そうですか」
何か失言をしてしまったのだろうか。
そう思わせるような表情のメレクシアが目の前にはいた。
こちらから言葉を投げる。
「結遊の儀がどんなものなのかもまだ分からないんだ。今日のはずなんだけどね」
「…………」
「結遊の儀については、まだ、
「……うーん、そうですね……お兄様からは特に何も」
「そっか。何かわかればと思ったんだけど」
「お兄様も人が悪いですね。あれから何も言わずに行ってしまったのですから」
────あそびを結わえるってどういう意味なのだろう。
メレクシアはさっき児戯的な意味合いと遊間としての意味合いの二つを例として挙げていたけど。
それに、『見る』ってのは首についてる目玉のことかな。
「…………」
「…………」
人が集まってくる。
今日はいつにもましてここは騒がしい。
そう感じてしまうのは、ただ自分が今日『結遊の儀』を迎える当人だからというだけだろうか。
当日だというのに、これからの手筈もまだ来ていない。
いつ伝えるつもりなのだろう。
「お兄様のこと、ちゃんと覚えていますか?」
「え? メアロの事? うん覚えているよ」
いったいどうしたというのだろう。
「…………」
「……あそびを結わえる」
「──?」
メレクシアが言葉を続ける。
「”あそび”とは児戯的な意味合いのものなのでしょうか。それとも遊間に近しい類のものなのでしょうか」
「…………」
「ユヲン君はどう思いますか」
「儀式を迎えるその時まで
「……まあそんなところになりますよね……あ」
再び会話が止まる。
足音がしたのだ。
ここにいる他の施設の子が幾人か集まって来た様子。
話したいことがあるのだろう。
六歳になり、結遊の儀を経てこの施設を出る。通常、儀を迎えた子はその後すぐにここを出ることになるため、その日を迎えてから実際に儀を迎えるまでの間が、その当人と話せる最後の時間だった。
視線を感じてメレクシアの方を見る。
「どうしたの?」
今尚無防備な足音は近づいてくる。
「…………」
メレクシアは何かを逡巡したように見えた後、自身の立ち位置を酌んだのか、ドタドタと向かってくる足音を耳にしたのだろうその後、今いた場所から少し下がった。
かと思うと、すぐにもう一度足を出し、距離を縮めてくる。
「ユヲン君。───気を付けて」
目玉がギョロギョロと蠢いていた。
そんなこんなで折を待っていると、同じくこの場で過ごしてきた他の子たちが集まってきた。
「あ。ユヲラン君! ────いてっ」
そのうちの一人がこちらに駆け寄って来たかと思うと、足元を見ていなかったのだろう。つまずいたのか途端に転んでしまう。
その子も例にもれずこの施設にいる五歳の子供。よく見ると今にも泣きそうだった。
近くに歩み寄り手を貸してあげると、次第に笑顔が戻る。
痛みも落ち着き、心の整理ができたのだろうその子は、言いたかったのだろう言葉を発し始めた。
「が……頑張ってね……!!」
その子が場の堰を切ったのだろう。
すぐに一人、また一人とこちらに駆け寄り言葉をかえし始めた。
「ユヲランでも緊張とかするの?」
「もー遊べないんだね……」
「あの時は助けてくれてありがと」
「またね」
こちらの応えもお構いなしに言葉が飛び交っていく。
それらを取りこぼさないように、一つ一つのその言葉にこちらも言葉をかえしていく。
「…………」
そのさなかでも。
やはり次第に。
予兆は膨張していった。
ここに来るまで一緒だったメレクシアの方を見た。
一人喧噪の外に立ち、声などかけてくる気配はない。
メレクシアは────ただこちらを見て笑っている。
薄く。静かに。
そろそろ────『結遊の儀』を迎える。
多くのものが言葉を発しきり、そして満足したのだろう。
場を取り巻いた喧噪も次第に収まっていく。
すると最初に言葉をくれた子が一人、前に出た。
一番言いたかったのだろう言葉を漏らす。
────あ。
「……ね……外でも会える……?」
そして。
それにこたえようとした。
こたえようとして────。
でもそこで、過った意識は一度途切れた。
。。。。
そんなこんなで折を待っていると、同じくこの場で過ごしてきた他の子たちが集まってきた。
「────」
そのうちの一人がこちらに駆け寄って来たかと思うと、足元を見ていなかったのだろう。つまずいたのか途端に転んでしまう。
その子も例にもれずこの施設にいる五歳の子供。よく見ると今にも泣きそうだった。
近くに歩み寄り手を貸してあげると、次第に笑顔が戻る。
痛みも落ち着き、心の整理ができたのだろうその子は、言いたかったのだろう言葉を発し始めた。
「────」
その子が場の堰を切ったのだろう。
すぐに一人、また一人とこちらに駆け寄り言葉をかえし始めた。
「────」
「────」
「────」
「────」
こちらの応えもお構いなしに言葉が飛び交っていく。
それらを取りこぼさないように、一つ一つのその言葉にこちらも言葉をかえしていく。
ここに来るまで一緒だったメレクシアの方を見た。
一人喧噪の外に立ち、声などかけてくる気配はない。
メレクシアはただこちらを見て笑っている。
そろそろ『結遊の儀』を迎える。
多くのものが言葉を発しきり、そして満足したのだろう。
場を取り巻いた喧噪も次第に収まっていく。
すると最初に言葉をくれた子が一人、前に出た。
一番言いたかったのだろう言葉を漏らす。
────あ。
「……ね……外でも会える……?」
そして。
それにこたえようとした。
こたえようとして────。
でもそこで、過った意識は一旦途切れた。
。。。。
そんなこんなで折を待っていると、同じくこの場で過ごしてきた他の子たちが集まってきた。
そのうちの一人がこちらに駆け寄って来たかと思うと、足元を見ていなかったのだろう。つまずいたのか途端に転んでしまう。
その子も例にもれずこの施設にいる五歳の子供。よく見ると今にも泣きそうだった。
近くに歩み寄り手を貸してあげると、途端に笑顔が戻る。
痛みも落ち着き、心の整理ができたのだろうその子は、言いたかったのだろう言葉を発し始めた。
「────」
その子が場の堰を切ったのだろう。
すぐに一人、また一人とこちらに駆け寄り言葉をかえし始めた。
「悪魔め」
「お前さえいなければ!!」
「どうしてそんな真似ができる……?」
「すべてがお前のせいだ」
死んじゃえ。死んじゃえ。
ふふふふ。
お前は。
『おねがい』
いったい何人殺したんだ?
『たすけて』
どれほどの血を流してきましたか。
『いたいよ』
どれほどの罪を犯してきたの……?
『どうして』
どれだけの死を願わせた?
『じごくにおちろ』
本当の意味で君をゆるしているものなどいたのか?
『にせもの!』
お前ひとりに一体どれだけ障られたんだ?
『どうして……おまえだけが……!!』
ああ。
でも。
ついに。
ついに取り零すぞ。
今に及べなくなる。
ついにお前が都合をつける。
いつまでも逃げられやしない。
お前が障ってきたものすべて。
ようやくお前は均される。
ついに正されるぞ。
ついに。
ついに。
ついに。
ついに。
ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。ついに。
悪魔の歩みもついに果てるぞ
。。。。由縁
ここは
。。。。
血の匂いがして目を覚ます。
「────?」
ここはどこだろう。
今、どこにいるのだろう。
────あれからどうなった?
結遊の儀は為されたのか?
多くを汲もうと辺りを────。
場所は────意識が落ちる前にいた所と同じだ。
違うのは────周りに何もないこと。
あの時の予感も噓の様に、ここは怖いくらいに静かだった。
「どうしよう」
そんな言葉を思わずと、口からこぼした。
『灰色の膜だけを覚えていた』
じゃあ。
『すべてが不定に移ろうその場に在って』
いつものところにいこう。
『唯一取り出せたかえりを経た』
あの図書室にいこう。
『去ね』
例の場まで歩こうと、その方向へと踵を返した。
────それに気づいた。
たぶん、そこには最初からいて────今に現れたわけじゃなかったのだろう。
なじみの深いだろう
先日一足先にここを出ていったはずの相手。
目の前には。
────メアロ・ヒースベイン。
変わらず例の光輪を佇ませては、時折体から覗く灰色の何かと共に、今この場にて対峙していた。
「…………」
「…………」
今の今まで、一度でもここを出てからここに戻ってきた者はいない。
いや、及ぶべき事柄は多かれど、今見るべきはそこではなく。
いまだ声を発さぬ目の前の相手。その者が今、呈する様相には違和感があった。
背丈は伸び、幾年かの時を経てきたかのように見え、ローブから時折覗かせる灰色のものは肌などではなく、────包帯だろうか。
瞬く度に、今尚姿かたちを変えているさなかであるとさえ錯覚してしまう程に、決まった形で彼を覚えていることができない。髪も、前よりくすみを帯びている気がする。
目の前の相手がそれほどの様相を呈していても、例の光輪は変わらず存在感を放ち頭上にたたずんでいる。
「…………」
目の前の相手はこちらの応えを待っている気がする。
「…………」
なにもかえさないでいると、とうとう目の前の相手は何かを堪えた様子で、より目の前に降り立った。
「…………」
メアロの瞳に自分が映っている。
「…………」
くすんだ光輪がゆらいでいる。
目の前の相手が口を動かすのがわかった。
そしてそれから────確か、目の前の相手は何か言っていた。
でも────それを汲む余裕もないくらいに間断なく。
世界から独りごちるその声を以て、この場も完全に閉ざされた。
【均せ────ユグシエラ】
そうして私は不定の由に落ちていった。
。。。。
灰色の膜だけを覚えていた。
全てが不定に移ろうその場に在って。
唯一取り出せたかえりを経た。
去ね。
ここは大いなる場〝ユヴェヲン〟
すべてがあそびによりゆわれる
『ユヲ=ラン・リールグレイス』
音がする。
『この場』
『今を以て』
『結遊の儀を経ん』
声だったかもしれない。
『これより行われるは』
『あそびを結わえ』
『今を覚える』
『儀』
何を言っている。
『際して』
『
鍵?
『不定に在るさなか』
『都度立ちかえる先』
『それが何かをゆるす助けに』
いったい何を言っている。
何を言われている。
そんなことよりも、今私はどこにいるのだろう。
帰らなければいけないのに。
私は覚えられているのに。
────どこに帰るんだっけ。
私に応えられているのに。
私は。
何か大事なことを忘れている気がする。
大切な何かを。
忘れるはずがないことを。
【去ね】
あ。
そうだ。
かえれなくなるんだ。
『…………』
ぼくはどこからきたんだっけ。
『君は』
『ここにいる』
『今』
『ここにいるのが』
『君だ』
ここにいるのがぼく。
ここにいないのが、わたし。
『ここは大いなる場────ユヴェヲン』
ユヴェヲン。
『すべてがあそびによりゆわれる』
あそび。
──?
あそび?
遊び?
『今は』
『あそびを結わえる』
『結遊の最中』
『あなたは』
『無量の愛に与っているのです』
愛?
『この儀は』
『どうしてもここを経なければならない』
『ここは不定の狭間』
『あらゆるものが侵される』
『不確かなすべて』
『存在を見失う』
「…………」
『鍵を立てて』
鍵──。
『立ちかえって』
『自分を覚えなおして』
『今を』
『確かなものに』
「…………」
『いつかの今を忘れないで』
「私は……私らしく……在らされて────」
『確かにいた』
『応えたことがあった』
『いつかの自分を覚えなおして』
「…………」
『ユヲ=ラン・リールグレイス』
『為したいことはありませんか』
私の────為したいこと。
『あなたは何に結われていますか』
『…………』
私は。
私は……。
…………。
。。。。
生きたい場所がある
全てにまじない、何かを確かに覚えんとする
全ての流れが果てまで至り、今を確かに結わえた何かも、泡のように死んでいく
そこではどんな場に在ろうと、何に及んでいようと、全てを問わず閉ざしていく
どんな由縁を経ようと、どんな物語に与ろうと、最後は必ず訪れる
ここは大いなる場〝ユヴェヲン〟
『すべてがあそびによりゆわれる』
あの日
一度すべてが死んだ日
その時に───
───その前から
確かに私は、いつかの私が確かに立てたその最果てに
私の元には全ての他には何も無かった
私が為したいこと、成したかったこと?
『…………』
全てを覚えたい
全てに応えたい
全てを経てみたい
在り得る限りの全てを以て
在り得ん限りの全てを取り出して
全知全能へと至らんとする
誰より先に全てに及んで、誰より先に全ての由縁を経てみたい
全ての由で移ろって、全ての縁で引き合いたい
全ての形を忘れることなく、全ての色を振るいたい
私を使ってこの地に線を引いてみたい
私を以て線を引いて、私を以てそれを読みたい
『ああ────また忘れたのかい』
取るに足らない、いつかの覚え
取るに足らない、いつかの私
それでも確かにそこを経てきた
それに応えてきた
何を経ようと、何を覚えようと、応えようと
ひとたびそこを跨いでしまえば
もうそこへは立ちかえろうとも何も残ってはいない
それでも私が私に在る限り
私の有した全ての位置に
今以上の今などなかった
ゆるされずとも使っていこう、使われて経ていこう
この世はゆるされた方へしか進まない
進めたのなら、それはゆるされたことになる
独りよがりに全てを抱えて、零すことなく先を求める
神の赦しを立てずとも、天の寵愛を立てずとも、私には私がいて
それだけで、取るに足らないいつかと化して、いつかの覚えとなり下がる今日も、今を確かに結わえている
今以上の今など在り得ず
いつかの覚えを、いつかの応えを、今に立てよう
いつかの私を今に立てよう
いつかの今に、私を立てよう
『鍵を立てて』
独りよがりに全てを開けて
閉じられていたあそびを今に、此度前に出すは全知全能への既往の歩み
その再開への、愚にもつかない第一歩
全知全能へ立てた今すら、いつかの私にかえしにいこう
かえさせにいこう
今日は私がここに立つ
私は全てに結われている
だからこの不定の狭間でひとたび────いつかの私で息を継ごう
『お前は赦されていない!』
それでも私は経るだろう
『償え』
終わってみればわかります
『くたばれ』
どちらが均される側だったのか
『お前のせいで』
その清算は後回しといこう
『死んじゃえ』
さあお前たちの清算の時間だ
『なんでそんな真似ができる』
私は全てを経てきた今をも使い捨てよう
『悪魔の歩みもついに果てるぞ』
もうそこでも立ち止まってみましたよ
『ついに』
その問答は、もう経てきている
「気持ちわるい!」
『フフフフ』
結いの鍵は立てた
『結遊の儀はなされた』
じゃあ。行こうか。
全てを障ることになろうとも────私の方がうまくやれる。