基本的にまどマギの設定をそのまま使っていますが、記憶違いなどで設定ミスがある可能性はあります。まどマギ本編、及びマギレコや外伝などの原作キャラは登場しません。
また、舞台は2016年ですが、まどマギ本編についてはそれより結構先の近未来として扱います。円環の理回避という訳です。
灯李せいらは大切なものを喪った。
母が死んだ。父が死んだ。
身寄りはまだ若い姉だけだった。──ほかに居ても、その人たちだって自分らのことで精一杯。助けがあっても最低限。
年が離れているというだけで姉に親代わりをさせて負担をかけていることを、幼いながらに知っていた。でも、だから気丈に振舞うなんてことは出来なかった。
誰かを恨むことが出来たなら。
そう思っても、出来ない。
せいらから両親を奪ったのは悪意ではなく、ただの自然現象だったから。
想いも何も無く、ただ、そこで起こるだけだった。──無力だったのだ、何もかもが、その現象の前では。
だからせいらは諦めた。
奇跡を信じず、魔法も信じない。希望を捨てた。だから絶望することもない。──ひびの入った心を砕かないためには、そうなるしかなかった。
狭い仮住まいの中、日の光を浴びることは無い。姉はバイトとせいらの世話に必死になっていた。申し訳ないなんて、思っていたけれど何もしない。出来ない。笑わない。泣くことさえない。
ある日曜日だ。
起きても誰も家に居ない。姉はバイトだ。
作り置きの朝食を自分で温めようと居間に入る。
──消し忘れられたテレビ。
きっと慌てていたのだろう。せいらは机の上のリモコンにてを伸ばす。
けれど────
それから、日曜日の朝はテレビの前に座るようになっていた。
その変化を知った姉は、その時間にはバイトを入れず、せいらの横に腰を下ろすようにする。……その変化が、久しぶりの光に思えたから。
段々と、そうして過ごす時間が増える。姉が過去のお話のビデオを借りてきてくれたから。
時間は限られていた。
けれどその時間が楽しかった。そう、楽しい。楽しめていた。気が付けば笑っていた。お話に悲しくなって泣くこともあった。たまに、怖くて見たくなくなりそうになる時もあった。
一番泣いたのはその物語が終わった時だった。もう会えなくなる、そう思うと悲しくてたまらない。次の日曜日には新たな物語が始まったけれど、見ることはない。
拗ねていたのだ。この時のせいらは。
姉は心配していた。あと少しでまた家の外で遊べるくらいになるかと期待していたのに、これじゃあ……と……。でも、杞憂であった。
せいらがある日、映画を見たいと言ったのだ。
思わずどうしてと聞いてしまう。せいらは張り切って、ワクワクが止まらない様子で叫ぶ。
「だって、オーズが帰ってくるんだもん!」
────
二〇一六年、夏。
「それでは皆さん。夏休みは有意義に過ごすように」
そんな教師の言葉を受けて、生徒たちは一切に立ち上がる。駆け出す者も居れば、伸びをしてしばらく天井を見つてる者、意味を込めずに駄弁る者たち……それから、これから遊びに行こうとする者たち。
わたし——灯李セイラは立ち上がり、さっさと二年二組の教室を立ち去ろうとした。けれど、引き止める声に振り返る。
「ね、わたしたち今からモール行ったりなんなりするんだけど、セイラちゃんも来ない?」
数名のグループだった。
わたしは彼女達のことを深くは知らず、彼女達もわたしのことを深くは知らないだろう。けれども間違いなく友人ではあった。
「あー、ごめん。これからお手伝いがあって……駅前のイベントのビラ配りでさ」
「そっか」——残念そうに言いながら、背丈の高いひとりが思い付いたように手を打つ。
「それじゃあ明後日、二十三日はどう? みんな——あぁ、ミカは居ないんだけど、日帰りで東京の方のイベント行く予定でね」
その提案に対して、わたしは少し苦笑い。そしてそんな表情を浮かべてのはわたしだけでなく、先の発言の中で名を出されたミカもである。
ミカはその顔のまま、申し訳なさそうに言う。
「その日はちょっと、ウチの喫茶のお手伝いを頼んじゃってるから……」
「そういうわけで、その日も無理。ごめんね」
そこまで言って時計に目をやる。——時間までギリギリだ。
「そしてもう時間が無いから……じゃあね!」
慌ててカバンを持ち上げ、走り出す。
——誰も私を捕まえることはできません、という訳だった。
————
短い赤髪が太陽の光を反射して、まるで自らが太陽だと誇示するように光り輝いている。制服は拘束通りの黒基調——けれど黄色のハンカチを胸ポケットに入れ、タイツ緑の紋様が施されている。校則というこの世のルールに対するせめてもの叛逆、概念コーデというやつだ。
そんなコーデを纏ってわたしは街を駆ける。
わたしが産まれ育った故郷。五年前の災害の傷跡を残しながらも、確かに立ち直り続ける——鏡戸市。
予定ではビラを配るはずで、実際少し前まではそうしていた。けれど——
「あの人、絶対に何かあったんだ……!」
ビラ配りの途中ですれ違った女性の様子が明らかに変だったので、町内会の知り合いにビラを集めて追いかけているのだ。どう見ても憔悴し、足元も覚束無い。だから預けてからでも追いつけると思っていたのだが——すぐに見失った。だから走る。
街の知り合いやクラスメイトたちから、メールでリアルタイムに集めた目撃情報をもとに、何度も目的地を変えながらも確実にあの人の元へ近付いていく。
線路の下を通るトンネルを抜け、コンビニの横の小道を通り、住宅街へと踏み入った。変わり映えしない、それこそ慣れなきゃ迷路に成りかねない道を行き、最後は廃ビルへと辿り着く。
そこには確かにあの人の姿。
その服装は市内の高校の制服だ。
茂みは放置され、葉と葉との隙間からは曲がった鉄骨が飛び出しているのも見える。——災害の跡。市民の生活圏から少し距離があるので後回しにされていた場所である。
「ここ、立ち入り禁止ですよ!」
声を張り上げる。けれど聞こえちゃいないらしい。……仕方ない。
溜息をつき、規制線を跨ぐ。
残骸の数々に足を切らないように用心している内にあの人は建物の中に入っていた。わたしも遅れて入り、そして追いかけようとひび割れた階段を登る。
微かに舞う粉がこの廃ビルの危険性を誇示する。でよ、登るしかない。
だから登る。
登り、登って、登り続けて——
「……あれ」
太ももが強ばる。呼吸のリズムが崩れる。
もう、どれだけ登ったか分からない。
無我夢中で駆け上がっていたはずなのにいつまでも階段は終わらない。振り向けばそこには無限に続く下り階段。
上を向けば、やはり階段は無限に続く。
それどころか見渡す限り白い空間が続いている。階段以外、何も見えない。
「なに、なんなの……これ」
動揺して思わず座り込むと、すぐにセイラの背に何者かが倒れかかる。それはあの女だった。
すぐに抱き留め、胸に手を当て鼓動を確かめる。
「……良かった、まだ生きてる」
安堵したのも束の間、セイラは理解不能の恐怖を覚えた。
——異常なナニカが現れた。
無機質なただの傘が群れを成して蠢いている。
青い生地が揺らめき、その様相はまるで氾濫した川のようだった。上からも下からも、わたしたちを挟み込むように集まってくる。
何か凶器がある訳じゃない。けれど明らかにおかしい。まるで分からない——生物でなく、けれどただの物でもない。
近付く度にそのカタチが変わって見える。まるで、絵本をいくつも切り裂いて傘の形にまとめあげたように見える。
「逃げ道、どこか——!」
力の抜けた身体を持ち上げ、背負い、そして階段の下を覗き込む。——奈落。
どうしては分からない。けれどわたしたちはいつの間にか、この高い階段のみがある空間に迷い込んでいたらしち。
真っ白い何も無い虚空の中に、一本の階段がただただ高くそびえ立っていた。足場は、今立つその僅かな幅だけだった。
「考えろ、考えろ……!」
飛び降りる? ——無事に済む保証は無い。
傘の上を走る? ——足を滑らせて落ちる。
こいつらは別に悪いやつじゃないかもしれない。——それで逃げず、結局悪いやつだったとしたら、わたしじゃこの人を守れない。だから駄目だ。逃げなきゃ駄目だ。
「考えろ、考えろ……」
化け物たちの接近と共に、わたしの声は弱々しくなる。息が荒く、身体に力が入らなくなる。
もう、無い。距離も無ければ時間も無い。
わたしの服装は仮面ライダーを意識したものだ。けれどもそんな、ライダーの力は無い。そしてわたし自身がそのことを誰よりわかっていた。
わたしは無力で、ヒーローになれるような力は無い。だからせめて自分に出来ることを、自分の手が届く限りの良いことをしていたんだ。
この世界にはヒーローは居なくて、でも別に怪人も居なくて、だからわたしはそれで良いって……なのに、どうして!
こんな、こんな……まるで考えても、何かしても意味なんてないような現実があるんだよ。
抗えるか、戦えるか、わたしが……ただの、人間が、子供が。
「……嫌」
頭の中に過ぎる。
鮮明じゃない。でも、そこにはたしかに在る。
思い出せない記憶。視えないのに、心を蝕む。
「やだよ……!」
波。砕かれる。
波。呑まれる。
砕かれた物がまた砕く。——削るように。
呑まれた者がまた呑む。——掴むように。
物も命も関係ない。等しく押し流されていく。
「だめ、だめ、だめ……!」
突然背負う身体が重くなり、わたしは耐えきれず膝をつく。
視界が震える。ネガフィルムのような視界が渦巻いていた。
頭蓋骨がそのまま落ちるような感覚に、わたしはどんどんと地面に身体を沈めていく。皮膚に触れる階段の温度は冷たく、気持ち良い。けれどそんな心地良さに反し、傘の群れは止まらない。
想いの世界も現実の世界もめちゃくちゃだった。何もかもが、最悪で、最低で……だから——
「助けて……ライダー!」
——縋り付く。
来るはずないと分かっていながらも。
ライダーは来ないと分かっていた。だからもう終わりなのだと思い込んでいた。……でも。
「……ぁ?」
いつまでも無事なままで、思わず顔を上げればそこにはもう傘たちの姿は無い。厳密には、まだいくらか居た。けれどもわたしたちの周囲にはもう一体も残っちゃいない。
代わりにひとつ、人影がすぐ側に立っていた。
「ライダーじゃなくて悪かった——けど、間に合った」
そこに居たのは少女である。表情は冷たかった。歳はわたしと明らかに変わらないように見える。けれど、その姿は制服でなければ、日常的な私服でもない。
黄色のドレスに数々のフリルが装飾され、それはまるでサバンナを獣達が駆ける景色のよう。そしてその手には大きな、牙のよなランス。少女の細い腕じゃ振るえなんかしなそうなくらいに巨大である。髪は金に輝き、一本にまとめ上げられたそれはまるで雷のようだった。
胸元に飾られた宝石は黄金色に煌めいている。
少女の言う通り、明らかに仮面ライダーではない。鎧も全身タイツも身に付けていない。当然バイクもない。
それでも、ヒーローであると確信できるその姿は——
「……魔法少女、的な?」
「コスプレとかより先にそう来る?」
無表情を貫こうとしていたその少女……魔法少女は思わず苦笑いをわたしに向けた。気付けば苦笑いは純粋な微笑に変わり、魔法少女は腰を深く、ランスを構える。
「でも——正解」
言った時にはもう魔法少女は宙に舞っていた。ランスの重みを使って演舞するように廻り、そのまま傘の群れへと突っ込み蹴散らした。まるでダイビング——水しぶきのように傘達は舞い上がり、そして奈落へと堕ちていく。
「君、屈む!」
「ぇっ、はい!」
咄嗟にしゃがんだ瞬間だ。
彼女の放ったランスがわたしと女の頭上を掠めて通り過ぎ、どこまでも進み傘達を蹴散らす。
気が付けばもうどこにもあの傘のお化けの姿は無く——
「……戻った」
階段も、ただの階段に戻っていた。
奈落はない。ひび割れた壁に挟まれている。建物自体がもう脆くなっているのでここも決して安全ではないが、安堵のあまり腰を抜かしてしまう。
「……ぅ、あ」
わたしの背に乗せられていた彼女が目を覚ます。どうして今ここに居るのかも分からないように辺りをキョロキョロと見渡している。
「あの、もしもなにか困り事……悩みがあるなら聞きます。だからちゃんと……」
話してほしい。そう言う前に女は口を開く。
「わたし、何も無かったのに……ぁ、ああ……!」
その目には涙が浮かび上がる。
「あれ、なんで、わたし——すごい嫌な声が聞こえて、なのにそれが全部正しく聞こえて」
彼女の手は震えていた。わけも分からず、その腕でわたしの肩にしがみつく。
わたしには彼女の言っている意味があまり分からない。けれども悲しくて、辛いのだろうということだけは分かるからその腕を優しく撫でる。そうして少しの時間を過ごしていると、安心したからだろうか……彼女は既に眠り落ちていた。
「そうだ。ねぇ貴方……」
顔を上げ、魔法少女に目をやる。
彼女は既に魔法少女の衣装を着てはいなかった。制服姿——どうやら、わたしと同じ鏡戸市立中学校の生徒らしい。
「同じ学校の子だったんだ。えっと……ねぇ、貴方の名前は?」
「——深琴ハスカ」
「なるほどハスカ……」
その名の響きを聞いて、わたしの頭には野太い声が流れる。——『ナスカ』
「あ、名乗ってもらったんなら名乗らなくちゃだよね。わたしは——」
「灯李セイラ。同学年で知らない生徒はいない」
それが褒め言葉なのか貶し言葉なのか判然としない内にハスカは歩き出す。わたしは人一人を背負ったままその後を着いていこうとするが、ハスカは首だけで振り返り睨み付けてきた。
「深く知ろうとするな」
「いや……出口はひとつだし、出るまでは心細いなって……」
「……確かに、そうか」
思ったよりも物分りの良い返事を返し、歩き出した。廃ビルは中も、そとの茂み地帯も足場が不確かで歩きずらい。けれどハスカは平気な様子でどんどんと進む。……やっぱり、魔法少女というのは変身しなくてもある程度の強さがあるのだろう。
怪人化フラグとかだったらどうしよう。——なんて思っている内に、わたしたちは規制線の外側に辿り着く。丁度背中の彼女を目を覚ましたようで、ひとしきりお礼を言われてからお別れした。
手を振って見送り、そして彼女の姿が見えなくなった頃にわたしはハスカへひとつ質問する
「……それで、魔法少女のことは深く聞かない方が良いんだよね? あの、よく分からない空間のことも」
ハスカは頷く。
普通の人間にはナイショのようである。
「じゃあ聞かない。わたしは物分りの良い一般市民だからね」
「君はただの一般市民なんかじゃないよ、灯李セイラ」
頭の中に声が響く。可愛らしい声だった。
辺りを見渡すが誰も居ない。
人の姿なんて……人の、姿。
「あ」
ハスカ以外に人の姿は無い。けれど、人以外の姿ならそこにあった。
「マスコットキャラだ!」
「うん、その認識で問題はない」
カーブミラーの真上には真っ白いぬいぐるみのような生物が座っていた。赤い瞳が煌めいている。——なるほど可愛い。カンドロイドやフードロイドには無い柔らかな癒しがそこにはあった。
なんて、思わぬ癒しを前に気が抜けた時である。
「キュウべぇ……!」
ハスカがその無に徹しようとしていたはずの表情を激情に染め上げ、憤怒を露わにした。握りしめられた拳から、パキりと空気の弾ける音がする。
「やぁハスカ、久しぶりだね。君が助けたその子には、どうやら素質があったようだ」
「させない。もう、これ以上……!」
ハスカは庇うように手をわたしの前に伸ばし、キュウべぇと呼ばれたマスコットを睨む。——わたしを、あの可愛らしいキュウべぇから護ろうとするように。
「それは君が決めることじゃない。セイラが自分で決めることじゃないか。僕が頼みたいのは君ではなく、灯李セイラ自身だ」
「頼みたいって、何を?」
聞かなくても、正直何を決めさせられようとしているのかは分かっていた。
期待のドキドキ。不安のドキドキ。
ふたつの想いを胸にわたしは聞いた。
キュウべぇは「それはね、セイラ」と、当然のようにわたしの名前を口にして、こう言った。
「僕と契約して魔法少女になってよ」
────
「大体わかった。あのちっこい傘みたいな子たちが使い魔で、それが人を食べて育つと
「──それで、正解」
まぁ、食うというのはそのままの意味からは少し離れる──言いながら、制服姿のハスカは剥き出しのパイプに稲荷の横に腰を下ろす。ビルとビルの間に隠されるような小さな神社……或いはお社でわたしたちは言葉を交わしているのであった。
キュゥべえ、とハスカに呼ばれた白いマスコット。
そいつがわたしに『契約』の提案をしたあと、ハスカはキュゥべえの干渉を拒み、「魔法少女について、わたしが教える。だから、貴方は何を語るな」なんて言ったのだ。だからこうして、わたしはハスカの講義を受けている。
「魔女と使い魔により人の死、或いは消失が誘発されて……」
「そして、魔法少女が戦う。そうさせない為に」
ハスカの手に乗せられた卵のようなカタチの宝石の光が強まる。──よく見れば、少し濁っていた。
「しかも、願いも叶うんだから……すごいね」
「すごい──それは確かにそう。だけれど、死ぬまで戦い続けることになる」
戦っても、生き残れない。
それはきっと、魔法使いに──そして命を本当に賭さなければ理解できない程の重みなのだろう。路地裏の暗さに、ハスカの銀髪も鉛色に見える。
「それに……取り立ては必ず来る。それから、願う本人の素質と願いの内容が釣り合わなければ、歪なカタチで叶うことさえある——わたしが知るのは、極端な例だったのかもしれないけれど」
本来なら有り得ない幸せ。
その、帳尻合わせ……ということだろうか。
「だから、あのマスコットを恨んでるの?」
ハスカは答えない。
答えたくない、のだろうか?
美味しい話だ。けれど、それは契約。
最後のひとりになるまで戦え、なんていう契約よりはずっと良心的ではあるが……だから安心なんてことはないだろう。
わたしは魔法少女のことはハスカしか知らず、使い魔はあの傘だけ。魔女はまだ見たこともない。何も、ほとんど知らないようなものだ。でも分かることはある。
──悪い子になってはいけない、悪い大人に騙されるから。
それは悪い大人の理屈だが、だからこそ肝に銘じなければならない。都合の良い言葉が、都合の良い道を舗装するとは限らないのだ。
「分かった。わたしは魔法少女にはならない」
「なら、いい」
ハスカの表情が少しだけ柔らかくなる。彼女はそのまま別れの言葉もなしに立ち去ろうとしたが、わたしはそれを呼び止める。
「これ、わたしの電話番号……あ、メッセージのアプリが良かったらそっちでもいいよ」
急いで付箋に数字を羅列してみせ、ハスカに手渡す。
「関わらないのなら、連絡は要らないはず」
「関わらないなんて、言ってない」
そう。わたしが言ったのはあくまで魔法少女にはならないということだった。
「貴方はこの鏡戸市の魔法少女なんでしょ? ──なら、手伝うよ」
「貴方に出来ることは無い」
「魔女や使い魔に誘われているかもしれない様子の人を探したりとか、そういうの、わたしなら役立てるはずだよ」
言いながら、わたしは手に入れたばかりのスマートフォンを出し、画面をハスカに見せる。──様子の妙な人の目撃情報が集まる、その画面を表示して。
それは廃ビルからここまで来る間に、学友を含めた知り合いたちにもし何か妙なことがあればと連絡をした結果である。
「それと、この町でもし……自殺とか、失踪とかするなら、してしまうというのなら……ここかもって場所も予想できる」
ハスカはそこまで聞いて、ため息をつく。
「どうせ突き放しても意味は無い、でしょう?」
わたしは言葉を返さない。
代わりに笑顔と、力強いサムズアップを見せつけた。
────
あの日の出会いから二日間、わたしは魔女に口づけをされていそうな人間を見つけ、ハズレ──と言えばあれだが、純粋な体調不良者などをただ介抱しつつ、幾度かアタリを見つけ、決壊に巻き込まれを繰り返していた。
そして今日。わたしはクラスメイトのミカのため、彼女の親が経営する喫茶のお手伝いをしていた。といっても、調理なんかはしない。基本的には配膳、それから──招き猫のような役回りだ。
町内の顔見知り達が各々、基本的には些細なトラブルを抱えてわたしのもとにやって来る。以前までは何の対価もなくただただ個人的趣味で話を聞いたり助力していたりしたが、今は少し違う。──中々、有益な情報が入ることもある。
本日五人目のお悩み相談の終わり際に、そう言えばと言ってそんな耳寄りな情報が零れ落ちる。
──少女が沢山の花を抱え、それも裸足で街の中を駆けていたらしい。
お手伝いの終わりまで残り五分。……ギリ許される、かも。
「ミカのお母さん、ごめんなさい! わたしちょっと緊急事態だから!」
言ってエプロンを脱いでカウンターに置き、それから店を飛び出していく。
スマホは取り出すが開かない。というのも、ハスカがスマホは勿論携帯も持っていなかったからである。それじゃあどうして出すのかと言えば──
「ハスカ! 聞こえる!?」
外で、ひとりごとをしてるなんて思われたくないからであった。──あのマスコットに頼めば魔法少女でなくともテレパシーが出来るらしいが、しかしハスカはあいつとは険悪なので頼めない。
わたしの声を待っていたらしく、いつのまにかハスカはわたしの横を走っていた。
「たくさんの花束を持った裸足の少女が走ってたらしくてさ……魔女の口づけかはまだわからないけど」
「魔女のせいでも使い魔のせいでもなければそれでいい。から、いまは急ぐ」
街中の人の目からくる情報から少女との距離を少しづつ、けれど確かに縮めていく。そして辿り着くのは廃工場。──不謹慎だが、テレビの中で幾度も見たような舞台に心が踊りそうになってしまう。
「ここに居るはず……」
扉も何もない、ただ壁に四角を空けたような入り口から中へ入る。
曇った鏡がいくつも雑に立てかけられ、いたるところに蜘蛛の巣が張っていた。雨は降っていないはずだが、廃工場の中では雨漏りしたように水が滴り、水たまりが水面を揺らし続けている。
そんな、もう人の手なんて当分入っていないだろう工場の中央には、満開の花木。
──それは沢山の花束を抱えた少女。
想像していた儚げな様相とはことなり、彼女は中々パンクな、言ってしまえば……そう、ゾルダこと北岡先生の忠臣である『ゴロちゃん』を想起させる。髪色は緑だ。
……いや、そんなことはどうでもいい。とにかく今はあの子を助けなければならない。──そう思い、わたしは一歩踏み出そうとした。けれど。
「駄目」
ハスカがわたしの肩を掴み、止める。
すると同時に花は散り、堕ち、少女が振り返った。
「よぉ──久しぶりだな、ハスカ」
鋭い切れ目がハスカを睨む。
ハスカは何かを押し殺すように肩を震わせていた。
……これは、つまり。
「貴方も魔法少女で、そしてハスカと因縁があるってこと?」
「……おい」
わたしの言葉を聞いた少女は苛立ちを露わに声を荒げ、ハスカに問いただす。
「オマエ、まさか何から何までその部外者チャンに説明しちゃってんの?」
「──してない。ただ、話が早いだけ」
……余計な一言だったことだけが確かであった。
少女はゆっくりとこちらに迫りながら言う。
「あぁそうだよ、わたしはシータ、そして魔法少女」
彼女は緑色のソウルジェムを取り出す。──光より、濁りの方がよく目につく。
「そして、未来の魔女」
「……は?」
聞き逃せないような言葉が軽々しく飛び出した。けれど彼女はすぐに話を切り替える。
「オマエ、ハスカと近頃よろしくやってるみたいだけど……やめといたほうがいいぞ、こんな馬鹿と一緒にしたらすぐに死んじまうだろうさ」
「そんなこと──」無い、そう言いたかった。
けれどもその前にシータが怒声を上げる。
「ナイよなぁ、ハスカ──!」
「……」
ハスカは答えない。……答えられない、のだろうか。
「魔法少女の飯は、殺した魔女がたまに落とすグリーフシードだ」
ミラーモンスターを倒したあとのあの光のようなものか。
同じように、魔女を倒せば……魔女、魔女を?
「……魔女、魔女だけ?」
シータは笑う。
「ほんとに話が早いんだな。……そうだ、魔女じゃなきゃ落とさない」
「使い魔が人を食べて、魔女になる。使い魔のまま倒したら駄目……そういう話、ってことかな」
シータは頷く。──これはわたしの理解力が高いわけではなく、純粋に知識があっただけである。
つまりゲートがファントムにならないと仁藤が困るというのと同じ類の話。
「わたしとシータは、昔は仲間だった。三人組のな」
「やめて、シータ」
「やめねぇよ。……お前が馬鹿なことをやめない限りな」
馬鹿なこと。……この二日間、そしてわたしとハスカが初めて出会ったときのようなこと。
「わたしとハスカと、アイ──優しいやつだったよ」
シータは一瞬、笑みを浮かべかけ、思い直したように拳を握りしめる。
憎しみをその手に掴み取るようにだ。
「ハスカは使い魔を放ってはおかなかった。魔女から出るグリーフシードが無きゃソウルジェムが濁るって言われてたけど、まぁ、あんまりその重大さもわかってなかったからな。わたしは反対したけど──優柔不断のハスカは使い魔に食われる誰かを見捨てられなかった」
「……あの子も、わたしと同じ意見だった」
ハスカが呟いた瞬間、シータは牙を剥くようにしながらその胸ぐらを掴み上げる。
「舵を取ったのはオマエだった……!」
シータのソウルジェムが緑の炎に包まれる。
呼応するようにハスカのソウルジェムも、渦巻く波に呑まれた。
緑と黄色の光がぶつかり合い、弾け、現れるのはふたりの魔法少女。
ハスカを蹴飛ばし、そして高く舞い上がった緑の魔法少女はその手に掴むバズーカをそのまま振り下ろす。怒りと、共に。
「オマエが、アイを魔女にさせたんだ!」
──ここまでで、もう分かった。
使い魔が魔女になる、それもあるのだろう。
けれども……それだけじゃないんだ。
グリーフシード。ソウルジェム、そして濁り。
魔法少女──未来の魔女。
つまり魔女は魔法少女の成れの果てだ。
「アイをあんな化け物にして、それで懲りたんじゃなかったのよ、オマエ! なんでまた使い魔を殺してんだ、なぁ!」
幾度も幾度も、シータはその巨大は鋼鉄を振るい、ハスカを嬲る。
ハスカも抵抗しようとランスを掴むが──
「わたし、は……」
すぐに離してしまう。
地面に転がったハスカの胸元に大きな筒口を押し当てる。──ソウルジェムごと、覆い込むように。
「……見過ごそうとした。けど、やっぱり……駄目だ。殺されるのを黙って見てるだけ、自分のために──!」
「わたしもオマエも、随分濁ってる。死にたいなら死ねばいいけど、人を巻き込むんじゃねぇよ」
呆れたような、冷たい声。
──ハスカが、殺される。殺されてしまう。
動かなきゃ。わたししか、いまここには居ないのだから、わたしが行かなきゃ。
でもどうする。でもどうなる。わたしは何をして、何になる。
魔法少女になる? ──いつか、魔女になる。
わたしは……。
「──死ねよ」
シータの声が、冷たく響く。
だからわたしは駆け出した。
「ッ──!? オマエ、なんのつもりだ!?」
「この距離なら……バズーカは撃てないなぁ!」
シータに突進、そしてその腰に抱き着いて突き飛ばす。
離さない。離さなければ、少なくともバズーカの餌食になることは無い……はずだと、考えた。けれどもそれは甘かった。
相手は、魔法少女だ。
「あぐっ……ぁ!」
「舐めてんじゃんぇよ、ただの人間が勝てる訳ねぇだろ」
シータはわたしの首を掴み、簡単に持ち上げてみせる。
必死に腰にしがみつこうとしたがいともたやすく引きはがされてしまった。
ハスカが咄嗟に立ち上がろうとするが、シータが「動いたらこいつの首を折る」と宣言して牽制する。シータはしばらくわたしの顔を眺め、そして嘲笑う。
「そういえばオマエ、なんだっけ……そう、仮面ライダーが好きってのは聞いたぞ。じゃあこれは……ヒーローごっこか、くだらない」
薄れる意識は、首に走る軋む痛みに呼び起こされる。
「現実にヒーローはいねぇよ。わたしたち魔法少女のことも、結局最後は魔女に成り果てる。そうでなくとも、生き続けるには使い魔に人を食わせるしかねぇんだ。——こうやって、同士討ちだってある」
現実を見せつけようと、シータはバズーカで地面を叩き鳴らす。
「いないんだ、ヒーローなんて、現実にはさ」
──分かってる。
そんなこと、分かってるに決まってる。
画面の中で戦うオーズはかっこよくて、憧れで……でも、あの時からちゃんと分かってた。これは空想なんだって、ちゃんと、ちゃんと……。
でも、それで良かった。
空想だから意味が無いなんて、そんなはずない。
そんなの有り得ない。わたしはそう信じてたから……自分に出来ることを、出来る限り立ってたんだ。
だから、わたしはシータの言葉には負けない。
絶望しない。キオクという希望が、まだわたしの中にはあるから。
「分かってるよ、そんなこと。ヒーローは現実にいないよ……そんなの分かってる! ハスカと出会って魔法少女がいるって知っても……これは現実だから、仕方の無い、どうしようもないことはやっぱりあるはずだって思ってた。テレビの中でもあったんだからそりゃあそうだよ──」
歯を食いしばり、シータの腕を全力で掴んで見せる。
「現実に、ヒーローはいない——それでも!」
いいや、それでも、じゃない。
「だから誰かが、だから誰もが!」
だから、わたしも──
「ヒーローになろうとしなくちゃいけないんだろ!?」
天井を仰ぎ、精一杯の声を吐き出す。
「キュゥべえ!」
「やぁ、セイラ」
わたしの呼びかけに、その白い契約人は既にそこに居たかのように姿を現す。
──こいつは、敵だ。それはきっと確かなこと。
そしてこいつの口車に乗れば、もう後戻りはできない。それはまさしく悪魔との相乗りだ。戦わなければ生き残れない。生き残り続けても、いつか、終わりは来る。
……それでも、わたしは。
「今のうちに死んどけ……!」
首を握りつぶされるまえに声を絞り出す。
「魔法少女になる、から!」
そして願う。
「わたしは、わたしが大好きなライダーたちのように戦えるようになりたい!」
光が、シータを突き飛ばした。
それはわたしの中から産まれた光。
光はソウルジェムとなり、そして力となる。
周囲に散乱する鏡が砕ける。まるで竜巻のようにその破片たちは渦巻き、集まり、わたしを包む。鏡面のように光り輝く銀のドレス。──これがわたしの魔法少女としての姿。そう思った瞬間だ。
鏡面に、一瞬大きな風車が映り込む。
そしてその直後、ドレスは全く別の色に染まりあがる。
「わたしと同じ……緑か」
「黒い……魔法少女」
ふたりの言葉は食い違い、互いに困惑を示す。
ふたりとも正解で、そしてそれはつまり──わたしは目の前のまるで誘い受けのようなやり取りに、思わずこぼれそうになる笑いを押し殺し、言う。
「どっちもだ」
そうだ。どっちもなのだ。
緑と黒。ふたつの色が並び立つ──それなら、言うべき言葉はただひとつだろう。
「わたしは魔法少女セイラ……」
シータの方を向き、そして、抑えきれない衝動を溢れさせるように彼女を指さす。
──さすがに駄目か。
理性に従い、人差し指をキュゥべえの方へ向けなおして言って見せた。
その言葉を、その台詞を。
「さぁ、お前の罪を数えろ」