「さぁ、お前の罪を数えろ!」
一体どれだけこんな瞬間を空想してきただろうか。今この瞬間は現実で、目の前にいるのは確かに心を持ったリアルの人間で——わたしがしていることは、褒められたことじゃない。
でも、抑えきれない。
気持ちが逸る。心臓の鼓動が止まらない。
正しくない。でも、この歓喜にだけは嘘をつけない。——それがわたしの、何より確かな感情だから。
シータはしばし呆気にとられ、そして叫ぶ。
「何様のつもりだ——!」
バズーカの重みを利用し、回転しながら飛びかかってくる。鋼鉄の塊が迫り、そしてわたしにぶち当たる——が。
「力の、切札!」
片手で止め、投げ飛ばす。
シータは自らの意志とは異なるその飛翔の最中でも正確に狙いを定め、ついにバズーカを放つ。——後藤が誤当!
駄目だ、くだらない記憶を蘇らせている場合ではなち。爆発音と共に、ロケット団が瞬きを出来ぬ程の間でわたしにぶつかる寸前にまで辿り着いてしまう。
本来ならきっと、わたしは耐えきれずに負けていた。けれど——ミサイルを送り出した爆発は、風を起こした。
風を、運んだ。
ミサイルはわたしに着弾。
信管が作動し、絶対的な爆発が起こる。ハスカも吹き飛ばされ、そして当然廃工場は殆ど跡形もなく破壊された。——それでも。
「技の、風」
まぁ、風の記憶に技要素はあまりないけれど——まぁ、言いたいのだから仕方がない。
風の記憶、その能力は取り込んだ風を力とすることである。だから、耐えられる。
「クソインチキがよ……」
爆発で蒸発させられた水溜まりの跡に着地したシータは気に入らない様子でわたしを睨む。そんな彼女に対し、わたしは少し気取った風に言ってみせる。
「これで終わりだ——貴方はもう一番の武器を使って、わたしは無傷……風が吹いたからね。勝負はもう、着いた」
「……オマエ、どうせこれから先も使い魔を倒すつもりなんだろ」
「彼らが人を食うのならね」
シータはため息をつき、そして——鉄骨の破片を、掴む。
その時だ、シータが叫ぶ。
「セイラ! シータの魔法は……!」
「もう遅せぇよ」
シータに掴まれた破片のカタチが歪み、全く別のカタチに固まる。鉄の塊——それが、発煙機であると分かったのは視界が煙幕に呑まれてからである。
「サイクロン!」
緑の風を起こし、煙を吹き飛ばすがシータの姿は見つからない。「前向き過ぎて、隙だらけだな」——背後から声。そしてわたしの背には冷たい銃口が押し付けられる。
「しまっ……」
言い切る前に、銃声が鳴り響いた。
魔法少女のドレスが、赤く染まり上がる。
そう、赤く、右半分だけが染まり上がる。
ヒートメタル。鋼鉄のボディが銃弾を砕いた。
シータは憂さ晴らしにわたしの足場にして跳躍、距離を取る。
圧倒的な力と硬さを身にして、わたしは少し余裕を覚えてしまっていたのだろう。ゆっくりと時間をかけて、今の姿を見せびらかすように振り返る。
「それは……やばいかも」
シータは静かに、言葉も捨てていた。
ただ一筋にそれを構える——見えない程に、鋭い刀だ。人間業じゃない。正しく奇跡と魔法が象る刀がわたしに向けられていた。
衝撃ではなく、斬撃。シータは数秒も無い内に最適解を見出していた。
わたしが一歩、下がった時。シータは距離を離さないように同じく一歩、こちらへ踏み込み、そして──目の前を斬る。そこには何もない。ただ空間があるだけだ。
メダジャリバーのような空間切断なんてことは無いはずだ──が、確かに何かが切れた。切れた音が微かに、そして確かに響いた。
シータが駆ける。いや……また一歩踏み出しただけだ。
だが──
「はやっ……!?」
そのたった一歩で、シータはわたしの目前にまで到達する。
──切られたのは風だ。
振り下ろされた刀が向きを変え、その刃はわたしを向き……そのまま振り上げられる。
刃が風を裂く。故に早い。そして生まれた真空に風が押し寄せ、それは刀を押し出す追い風となる。
避けられない。逃げられない。──死ぬ。
雷が、刃を砕く。
シータの刀は研ぎ澄まされていた。だからなんでも切れたはずだ。
けれど、角度を微かに違えた程度で砕け散る。──横からの衝突なんて、最悪だ。
「ハスカ……!」
ランスの投擲に刀を砕かれたシータがの意識がやっと立ち上がったハスカに奪われる内にわたしはドレスの色をまた変える。右は黄色で左が青、それは月と銃。わたしが個人的に最も強いと考える姿。
ルナトリガーだ。
右腕を伸ばし、シータの全身を拘束。左の手で握りしめるトリガーマグナムの銃口をシータに向けて見せた。
「………撃てよ」
「撃たない。多分、変身解除じゃ済まないだろうから」
それは撃たないという宣言通り、安全の保障であったが、同時に警告でもあった。
シータは一度唇を噛む。
「使い魔を倒し続けて困るのはわたしだけじゃない。………もう、オマエにとっても無関係じゃない」
「………分かってる」
わたしの言葉にため息をついたシータはその衣装を光にし、ソウルジェムの中へ戻す。
あのパンクな人間としての姿に戻って見せた。だからわたしも拘束を解く。
シータは背を向け、言う。
「魔女になるのが、怖くないのか?」
「………怖い。けど、その感情に流されて誰かを見捨てたいとは思えない」
言葉に反して、口角が自然と持ち上がりそうになるのを抑え込みながら、わたしは言う。
「ハードボイルドだからね」
また、ため息。
シータは顔だけを振り返らせて一言。
「ハーフボイルドだろ、オマエみたいなのは」
────わたしはこの子が大好きだ。
別れの流れを断ち切り、わたしはシータの頭上を越えてその目前に着地、肩を掴む。
「もう一回! ねぇいまの、もう一回言って!」
「なんだよ急に!?」
シータは心底驚いた様子でわたしの手を振りほどく。けれどわたしは構わず迫る。
「あと一回だけ、お願いだから……!」
シータはわたしの眉間に指を当てる。
「目をつぶれ。そうしたら囁いてやる」
言われた通りに目を閉ざす。──今か今かと待ちながら。
空気の音が確かに聞こえる。けれども未だ、声はしない。
ハスカの呼吸の音が聞こえる。けれども未だ、声はしない。
……声は、いつまでも聞こえてこない。
「……」
目を開けば、シータの姿はもうどこにも無かった。
────
夏休み三日目。それはわたしが『ヒーロー』になった次の日である。
運よくわたしの予定が空っぽだったので、早速ハスカと共に鏡戸市のパトロールをしようという訳である。
ハスカは携帯電話なんかを持っていない。だけれど問題はないのである。
テレパシー。魔法少女同士の連絡手段だ。
昨日から続く高揚のまま、わたしはRound ZEROな鼻歌を奏で、着替えを終える。
白色の半袖パーカーの前を少し開き、青いシャツを覗かせる。灰色のジーパンにはお手製のスペード型の刺繍が施されていた。仕上げと言わんばかりにわたしは頭に色なしのサングラスを乗せる──自前の赤髪がレンズをその色に染め上げた。姿見の前でしばし格好つけてみる。
『家の前、いるから』
頭の中に響く声。それはハスカのものだった。
待ち合わせ時間より少し早いが、まぁ準備も終わったし出てしまおう。
そう思って部屋を飛び出し、玄関に向かって駆け出した時だ。
「セイラ、少し手伝ってほしいことが──」
「今……!」
居間に繋がる扉から、姉である灯李ハルナが顔を出した。
着崩されたOLスーツからして、きっと何らかのトラブルで遅刻しかけているのだろう。それは……見過ごせない。
けれども同時に、わたしは今ハスカを待たせているのだ。
どうするべきか──いや、そうだ、予定の時間自体はもう少し後なのだ。ならばここで一つ手伝いをするくらい……そう思い、少し焦りながらも「今行くね!」と言って居間へ向かう。
だが──
「……いま、手伝うかどうか少しだけ迷ってたよね」
「……迷ってないです、ケド」
見透かされて思わずカタコトになる。
立ち止まったわたしに、ハルナは勢いよく迫り、肩を掴み、そして──
「そう! それで良いんだよ!」
……予想通り、心底嬉しそうにそう言った。
「セイラ、貴方はいつも人のために頑張っちゃう。それは良いことで、貴方は良い子。でもね、ちゃんと自分のための時間を愛するべきなのよ!」
「待ってまだ時間はあるから……」
「いいからいいから」
ハルナは夢でも見ているような様子である。
わたしの向きをぐるりと反転させ、強引に玄関まで押し出した。
わたしが靴を履こうとしないと、彼女はわたしの足と靴を勝手に掴み、無理やり吐かせて家から勢いよく追い出した。──そして、向かい合って抱きしめる。
「それじゃあ、自分の時間を楽しむように!」
ハルナはそれだけ言うと、勢いよく扉を閉じ、わたしを完全に締め出した。
──まるで嵐じゃないか。
抱擁の温かさを僅かに残しながら、ため息をついて歩き出す……と。
「家族中、良いんだ」
温かい微笑みを浮かべたハスカがそこに立っていた。
ああ……命、燃えちゃうくらいに恥ずかしい。
────
『KICK』『THUNDER』
蒼と白銀の剣──ブレイラウザーに二枚のカードを読み込ませる。
目の前に蔓延るのはゴキブリのような出で立ちの使い魔たち。大群だ。
そしてわたしの姿はそんなゴキブリもどきの群れを狩るのに最も適任な──ブレイド。
ドレスは紫紺、そして黄金の色に輝いている。
ブレイラウザーを地面に突き刺し、わたしはこの髪を炎のように燃え上がらせた。
『LIGHTNIG BLAST』
高く舞い、雷を纏いキックを放つ──
使い魔たちはまとめて爆散。一匹逃さず殲滅だ。
「お疲れ様、セイラ」
「おつかれ。そっちに逃げたあの色違いの一匹は倒せた?」
「問題ない」
互いに頷き合い、そして魔法少女の姿から人の姿へと戻る。
──使い魔の捜索、そして討伐は順調だった。今日一日でもう二件は討伐済みである。二件目の発見はあまりに鮮やかで、変身を解除することもなくそのまま直行であった。
ハスカの経験則とわたしの情報網。はっきりと言って、この街に関してわたしが見逃すことは無いだろう。──まぁ、住人全員を知ってはいない。
実際ハスカのこともシータのことも知らなかったのだ。……住人の情報、何とか全部集めて覚えてしまおうか。
「それにしても」
ソウルジェムを指でつまみ、見上げる。
ブレイド、それから昨日のダブル……計、たった二回の戦闘で、既にソウルジェムは穢れが目に見えて蓄積されていた。ライダーの力は当然強い……そりゃ、代償も大きいか。
「使い魔を見過ごすわけにもいかない。けど、これじゃあ……」
何か、手立てを考えなければならない。
思い耽っていた時だ。ハスカが何かに弾かれたように振り返る──その視線の先には、シータ。
「よぉ、甘ちゃん共」
「何、しに来たの」
ハスカは睨む。その声は獣が唸るようでもあった。
そんなハスカと対照的に、シータは敵意らしい敵意を見せない。ただ、手に握るそれを投げてきた。
反射的に掴み取ってみると、それはモノクロの造形物──
「何これ」
「見たことすらないのかよ」
呆れを露骨に示すシータ。そんなシータに対し、ハスカは訝しむ。
「グリーフシード……なんで、わたしたちに渡すの」
これがグリーフシード……確かに、ハスカの言う通りだ。
シータにとってわたし達は敵だ。いや、シータだけじゃなく魔法少女という者たちにとっての敵とすら言えるかもしれない。なのにどうして……。
「余っただけだよ」
言って、シータは歩き去る。……独りで、どこかへと。
────
去年の夏休みはすべての日程がお手伝いで埋め尽くされていた。
基本的に事前に用意しておいた空き日も、それは突発的なトラブルに対応するためである。けれども今年は違う。
空き日はまるごとパトロール。本当なら毎日でもそうするべきなのだろうが……そうも行かない。
約束は大切だ。
そんなわけで、今日のわたしは図書館整理の手伝いをしている。
魔法少女に変身せずともある程度の力は出るようで、ドでかい辞書本をいくつも積み重ねて持ち上げていた。それも、両手でそれぞれタワーを作っている。
誰にも見られていないつもりだった……が、図書委員であるミカが気付けば後ろに立っていた。
「セイラちゃん……力持ちだね、ホントに」
「この夏休みから鍛え始めてからね」
「まだ五日目だよ……?」
そういえばそうである。
あまりにも情報量の多い数日間だったので忘れていたが、まだ夏休みは始まったばかりだ。まぁ、あのゴキブリの群れ以来、まだ使い魔も魔女も見つけられてはいないのだが。
魔法少女から魔女が産まれる。魔女から使い魔が産まれる。そしてまた使い魔からは魔女が産まれ──つまり、使い魔を徹底的に倒せばいずれ魔女も使い魔も消えるのだ。
そうなれば確実に……魔法少女が、魔女を生むことになる。
わたしとハスカのしていることは自分たちの首をそのまま絞めるようなことだった。勿論、そんなのは初めから分かっていたことではある。……想定外なのは、ただ生きるだけでも魔力が必要となり、つまり穢れが溜まるということ。
突然、頬に感触。視線を横に向ければ、ミカが心配そうな顔をしながらわたしの頬に人差し指を当てていた。
「顔、何だか辛そうだよ」
「あぁ……ごめんね。ちょっと考え事してた」
顔に出てしまっていたらしい。……ちゃんと、切り分けなくちゃ。
「ねぇ、もしもその……セイラちゃんにも悩みがあるなら、わたしが──」
「お前、なんか濁りが早いな」
ミカの言葉を遮って、聞こえてくるのはシータの声。
一瞬、テレパシーかと思ったがそうではない。背後に彼女は立っていた。
わたしの指輪──ソウルジェムを変形させたもの──に彼女はグリーフシードを当て、浄化だけして歩き出す。……開かれた窓から身を出し、そのまま飛び去った。
ミカが困惑を露わに口をアワアワと震わせる。
……また、グリーフシードを。
でもどうやって……わたしとハスカも相当に探したが、魔女は中々見つからなかったのに。
「……あ」
ひとつ、思いつく。だが、もしそれが本当なのだとしたら──
「ミカ……この埋め合わせは必ずするから、ごめん」
それだけ言ってわたしは辞書の塔を二つ床に降ろし、そして駆け出した。