「シータさん」
「お手伝いは切り上げてもよかったのか? 良い子ちゃん」
高架下、追いついたわたしに振り返ったシータは面倒くさそうに言う。
よかったかどうかは微妙なところだが……あのままシータを追いかけない方がずっと駄目だったはずである。
「どうしても聞きたくてね。どうしてこんな……良くしてくれるのか」
「負けたからな。それだけだ」
言って、シータは歩き出す。──ふと、言いたくなる言葉があった。
「……ツンデレ三号ライダー」
「よく分かんねぇけど、絶対煽ってやがんだろ!?」
顔を赤くして掴みかかってくるシータ。──扱い方が分かってきたような気がする。
肩を掴むその腕を掴み返す。
「……理由、教えてもらえる?」
シータの表情は怒りから憂いへ移る。
「わたしだって色々、考えて、想ってんだよ……自分なりに」
シータはわたしの手を振り払う。けれど、置いて立ち去ろうとはしなかった。
「……着いてこい」
────
辿り着いた場所は一軒家。──ぽつりと、荒野の中に立っている。荒野と言っても荒れ果てている訳じゃない。瓦礫は無い。……けれど、かつてあった住宅街は帰ってきていない。空白となった地面がただ続く。
……わたしも、昔はこのあたりに住んでいた。けれど、何もかもが流された。
記憶はあいまいで、扉の向こうにあるようで……それでも、最悪で……。
「この辺り、また人が住み始めたんだね」
「……まぁな」
シータは殆ど答えず、鍵の閉められていない扉を開く。
わたしも続き、その家に入るが──
「ぅ……」
形容しがたい香りに満たされていた。
それは生活臭という程度じゃない。……生活そのものが腐り果てたような香りだ。
嘔吐感を抑え込もうとしていた時、シータがわたしの唇に人差し指を当てる。──光のベールが、わたしの顔を包み込む。
すれば香りは消え、呼吸が落ち着く。
「ほんとに、力の使い方が上手だよね、シータさんは」
「オマエと違って才能がないからな。……上手くならなきゃ、死ぬだけだ」
廊下を進む。ゴミ袋にまとめられてすらいないゴミが床を埋め尽くしていた。
わたしもシータも、靴を履いたまま。……室内なのに、外よりも屋外に感じられてしまう。
「わたしのママはこの国の人じゃなくてな、ホント、小さいころまでは日本に居なかったんだ。けど、色々あってな……家族みんなでこっちに引っ越してきた。パパの故郷だから、心配はしてなかった」
シータはため息交じりに笑う。……いつも、彼女はため息ばかりだった。
「けど、こっちのやつらとはあんまり馬が合わなくてな。今は魔法のおかげでペラペラだけど、当時はまともに日本語も話せなくて……小学校も、三日もしない内にやめて引きこもった」
「……ごめん」
拳が握りしめられる音が静かに力強く響く。
「なんの謝罪だ」
「わたしもこの近くに住んでた。……なら、小学校は同じだったはずなのに何も出来なかった」
「……気持ちわりぃよ、オマエ」
それだけ言って、再びシータは歩き出す。
「わたしは不幸じゃなかったよ。ちゃんと家族がいてくれたから。……ママもパパはわたしを愛していた。わたしは愛されていたんだ」
あの日まではな──その言葉の意味を、わたしは知っている。深く、重たく……。
「全部壊れて、わたしは独りになった。誰との繋がりもない。まるで世界から切り離されたみたいにさ」
──わたしにはお姉ちゃんが居た。でも、シータには……。
一枚の扉に辿り着き、その先は居間だった。
……あぁ、惨い。
笑ってしまいそうになるくらい、露悪的な景色がそこにはあった。
「これがわたしの願いの結果だ」
男と女。ふたつの人形が転がっていた。それなりの出来栄えだが、一目で人形と確信できるそれは、この荒れ果てた家によく馴染んでいる。
「パパとママと、また前みたいに暮らしたいって願ったんだ。ただ、変わらない日常が続いてくれればそれで良いって──きっと、願い方も良くなかったんだろうが、わたしの素質じゃ上手く叶えられなかったらしい」
素質。魔法少女としての……才能。
それが無いから、腕を鍛える。そうでなくては生き残れない。
「魔力を込めたら動き出すんだ。そしてパパとママとして、真似事をする」
自嘲するように、また、シータはため息交じりに笑った。
「まぁでも、家は治った。元通りだ。……それだけでも、きっとわたしは幸せ者なんだ」
棚に飾られた家族写真を撫でるシータの笑顔は、作り物だった。
写真の中の幼いころのシータの笑みは、本物。……彼女はいつから、心から笑えていないのだろう。
「シータ……さん」
その肩に手を置き、何か言おうと言葉を探していたけれど、しかし──わたしが彼女を追いかけた理由を今更思い出す。
「……貴方、もしかしてほかの街に魔女を狩りに行ってる?」
「してねぇし、してたらなんなんだよ」
「わたしはまだ魔法少女のルールとか知らないけど、グリーフシードの枯渇は死活問題なはず。……なら、違う街に魔女を倒しに行くののは、御法度なはずだよね」
シータは答えない。代わりに別の声が答えた。
「その認識は正しいですよ」
背後から響く声。わたしとシータがすぐに振り返ると、そこには四つの人影。
──魔法少女だ。
白髪の長身。茶髪の小柄。黒と水色のふたりはおそらくわたしと変わらないくらいの歳だろう。
四人のうち、年長者らしい白髪の女が斧を構えて言う。
「彼女、その緑色の子はわたしたちの在谷市で魔法少女を狩っていた。……しかも、連日連日何体も。わたしたちがうまく育てた分までごっそりと」
在谷市は鏡戸の隣の街である。本当に、街ごとに魔法少女の群れが形成されていたのか。
白髪の魔法少女は言う。
「そっちのあなたはどうやら、何も知らなかったらしいし、もう行っていいですよ」
邪魔だと言わんばかりの声色だった。
わたしは……立ち去らない。
魔法少女たちのまえに立ちふさがり、そして──
「すみませんでした!」
深く、頭を下げる。
だってそうするしかないだろう。非はこちらにあるのだ。ならば謝る以外に選択肢は存在してなんかいない。……でも。
「悪いけど、彼女を見逃すことは出来ません──これから先、彼女が同じことを繰り返さないという保証がない」
その時だ。シータが駆け出した。ソウルジェムを力強く輝かせて……。
「させない……から!」
小柄な、白髪の背後に怯えた様子で姿を隠していた魔法少女がその手に握られるステッキから光るロープを放ち、シータを拘束した。
咄嗟に変身しようとわたしも構える。だが、黒と水色のふたりが気付けば目前に到達し、各々の掴むフォークとスプーンのような形状の武器をわたしの首に押し当てる。
「抵抗しないのなら、あなたの命だけは保証します」
白髪はそう言って斧を揺らしながら、縛られ地面に転がるシータの前に立つ。
振り上げる。腕は弛緩し、斧を掴む指だけが確かに強張っている。
そして──ギロチンのように振り下ろされた。
シータの首に刃が迫る。刃と言うには太く、だが重たく、少女の首を砕くには十分すぎるほどの鈍器が迫り来る──わたしの胸には、微かにデジャヴ。
迫る刃。それはつい最近目の当たりにした光景だった。
「はっ……!?」
あの時と同じだ。
雷が、斧を白髪の魔法少女ごと吹き飛ばした。
粉々に砕け散った窓。窓枠の向こう側に立つのは金色の魔法少女。
「間に合った……!」
ハスカに黒と水色のふたりが気を取られたその一瞬の隙に、わたしはその間から抜け出し、立てかけられた鏡にソウルジェムをかざすように突き出した。
「変身!」
蜷局を巻くような耳鳴りが聞こえ、そして鏡の中でいくつものわたしの虚像が交差する。──そして、鏡の中のわたしは魔法少女となり、現実のわたしの姿も一致する。
鏡のドレスに、深紅の龍が映り込む。ドレスは深紅に染まりあがり、同時に鎧のような装飾を得る。その衣装はまるで姫騎士だった。
腕には赤い龍の頭が取り付けられる。
わたしは振り返り、四人の魔法少女たちに向けてひとつ、叫ぶ。
「しゃぁ!」
……そんな唐突な雄たけびに彼女たちは呆気にとられ、隙が生まれる。
ドラグバイザーにカードを読ませる。
『ソードベント』
どこかから飛んできた剣がそのままシータを縛るロープを切り裂く。
わたしは駆け、シータを抱え、ハスカが割った窓から飛び出していく。
当然、在谷の魔法少女たちも追いかけてくる。──ハスカのもとに着くまで、追いつかれる訳にはいかない。だからもう一枚のカードを使う。
『アドベント』
どこからか深紅の巨龍──ドラグレッダーが現れ、魔法少女たちの追跡を妨害した。その間にわたしとシータはハスカのもとに辿り着く。役目を終えたドラグレッダーはすぐに帰ることは無く、わたしの上空を旋回する。
そしてわたしたちは荒野のなかで対峙する。
背後に立たせたシータが、理解できないという風に叫んだ。
「なんで……守るんだよ! これはわたしの撒いた種。それに、わたしはオマエとハスカをころそうとしたんだぞ!?」
それはわたしとハスカ、ふたりへの問い。
ハスカは答える。
「シータ、あなたのことはまだ複雑。わたしがいま助けたのは、あくまでセイラ」
そしてハスカはわたしを見つめる。
……わたしが、答える番だ。
わたしは一歩前、在谷の魔法少女たちの方へと踏み出し、そして言って見せる。
「人を守るために魔法少女になったんだから、魔法少女を守ったっていい──ってことだよ──わたしたちは人間の自由と平和を守る魔法少女なんだからさ。……殺されそうな人なら、誰だって守ってやる」
「そのシータと言うそいつのせいで、わたしたちが破滅しそうになってのですが」
「だから、それはやめさせる」
「……証明は」「出来ないよ」
それでも、わたしは言う。
「でも……わたしは、戦いたくない」
それがわたしに言える、唯一の言葉だった。
他には何もない。戦うしかなくなるだろう。
でも……戦えば生き残れるなんて、そんなことは無い。
戦えば、いずれ死ぬ。
ならばせめて、同じ魔法少女同士、戦わず済む道を探したい。……そう思うのはわたしだけじゃないはずだ。
白髪はドラグレッダーを見上げ、ため息をついた。
「……まぁ、見たところ敵う気もしませんしね」
白髪はそう言って背を向ける。
残りの三人は困惑しながらもその後を着いていく。
……去り際、白髪は振り返ってこう言った。
「わたしの名前はミルコ──埋め合わせは、いつかこちらの魔女退治のサポートを一度してくださいな」
────
「……使い魔のことだけどさ」
公園で、狭い池を眺めながら言う。
シータとハスカは隣り合わず、わたしを挟んで、わたしの言葉を聞いていた。
「これからは、積極的には探さないようにしよう」
「セイラ……」
ハスカが俯く。シータは「そりゃそうだろ」そう言って空を見上げた。
「でも」
わたしにも、矜持はある。
「魔女を探す中で、或いは偶然使い魔を見つけたら倒そう──目に見える限りはね。目に着かなければ、深追いはしない」
ふたりの間を抜け出し、視界に二人をまとめて収める。
「どうかな」
ハスカは答えない。……けど、反対の意は示さなかった。
シータは笑う。心からの笑いじゃない。けれど、ため息交じりでもなかった。
「まったく、さぁ……」
シータはわたしの肩に手を置き、どこか優し気な顔で囁く。
「これだからハーフボイルドは」
……ハーフボイルド。
「……えっと、いきなりどうしたの……?」
「は!?」
シータは露骨に驚いて見せるが、いま困惑させられているのはわたしの方である。
こいつはいきなり何を言っているんだ……?
考えられる可能性といえば……。
「あ、もしかしてシータの昔澄んでた国での罵倒とか?」
「なわけあるか! なんだよ、わたしが変なこと言ったみたいに……」
爆発したように彼女は唸り、そっぽを向いて走り出す。
「オマエのこと、やっぱ気に食わねぇ! くたばれこのカメレオン女が!」
「えぇ……」
助けを求めるようにハスカに視線を向けるが、彼女は呆れた声で。
「いまのは酷い。セイラ、あなたがね」
どうやらわたしが酷いらしい。
……なんだかよく分からないが、それならわたしがすべきことはひとつ。
シータを、どこまでも追いかけて謝るしかないだろう。
「こっち来んな──!」
シータの叫びが、街に響く——