「それじゃあ、わたしはこれで失礼します。すみません、最近はその……忙しくって」
午後一時……少し過ぎ。
公民館の清掃手伝いを切り上げ、わたしは荷物をまとめていた。
これは別にボランティア募集があった訳でもなく、初めからこの時間までなら手伝えますと予定を決めていた通りのことなので謝る必要は無いのだが──去年までなら、夕方の終いまで手伝っていたので、申し訳なさが拭えない。
職員の人たちは、それこそハルナと同じように「自分の時間を大切にね」なんて言う。……手伝いは趣味で、そして今からすることは街のためのパトロール。だから、その言葉にはぎこちなく笑うことしかできなかった。
公民館を出て、待ち合わせの高架下に向かうため、狭い路地を進んでいた時だ。
「ハスカ!」
「……あぁ、セイラ、何か用でもある?」
「いや、これからパトロールだし、集合場所まで話でもしながら行きたかったんだけど……」
するとハスカはしばらく黙って、「そっか」とだけ言い、路地の端によってわたしが並び立てるだけの隙間を作る。そのスペースに身を置き、ハスカと並んで歩き出す。
──もしかして、独りでいたい気分だったのだろうか。
なんて不安に感じていると、ハスカが平坦な声で言う。
「貴方のことは、よく耳にする。……聞こえてくるだけで、噂してるのはわたしじゃない、けど」
「前にもそんなこと言ってたね。──それが良いのかどうかわからないけど」
「大抵みんな、貴方を好いている」
なら良かった。心の底から安堵する。
「でも」と、ハスカはそう置く。
「誰も貴方のことを深く語らない。みんな、貴方にはふんわりとでも良く思っている——なのに、誰も貴方を知ることができない」
わたしはその評価に少し顔を赤くする。
「わたし、そんな正体不明のヒーローなんかじゃ——」
──今はそうなのか、実際のところ。
指輪にカタチを変えた指輪に目を向ける。……刻まれた文字は、読み取れない。
「頼まれれば、まぁほかに頼まれ事さえなければいつでも、どこでも、駆けつけちゃうし……そんな遠い存在なんかじゃないけどね」
「……貴方は、凄いね」
そう言うハスカの声は、酷く虚ろだった。
ハスカは立ち止まる。わたしも合わせて立ち止まる。
「私、話すの……というより、人と関わるの、得意じゃない。……相手から合わせてくれないと、何も言えなくなる。自分から合わせることが、出来なくて」
「でも、それが分かっているってことは——合わせてくれるような相手が、これまでにも居たってことだよね」
ハスカは息を深く吸って、間を置いて……それから言葉を返す。
「友達が、ひとり。それから、シータとアイとも、同じ町の魔法少女同士だったから──その友達とはもう関わりがないし、シータも……もう、仲良くできないや」
表情は暗い。無表情だが、暗い気持ちなことだけは分かる。
わたしに言えることはあるだろうか──? 曖昧なまま、言葉を紡ぐ。
「プロム、て知ってる?」
ハスカは首をかしげる。まぁ、わたしもフォーゼを見てなければそんなもの知らなかったろうし、そりゃ知らなくて当然か。
そんな彼女の手を取り、わたしは踊り始めた。
「海外の学校には結構ある行事らしくてね。卒業式のあと、学生同士でこうやって踊るらしいんだ」
ハスカはつまずきそうになりながら言う。
「わたし踊れてない、んだけどっ……!」
でも、構わずわたしは彼女の手を離さず、舞い続ける。
「わたしたちの学校にゃ、当然プロムはないけど、でも卒業式したらさ——一緒に踊ろうよ」
ハスカを後ろの方へ転ばせて、その背を抱きかかえて踊りを終える。
「その時までに、ちゃんと踊れるようにしといてね?」
————
「さぁ、それじゃあ行こうか、魔女を探しに!」
「……」
「……」
高架下、三人の──まだ変身はしていないが──魔法少女が並び立つが、空気は最悪であった。
わたしを挟んで、シータとハスカはそっぽを向き合い、何も言わない。
まずはシータに声を掛ける。
「ねぇシータ。多分あなたが一番魔女を探すのが得意だと思うから……先導お願いできる?」
「元からそのつもりだったさ──ついてこい」
シータは手のひらにソウルジェムを乗せ、輝かせて歩き出す。
……悪態をつく様子は特にない。むしろ乗り気な返事であった。
シータの後を追う中で、沈黙を続けるハスカに声を掛ける。
「勿論頑張るけど、わたしが戦闘でヘマしちゃったらごめんね。まだあんまり慣れてないから……」
「セイラの力は、強い。気にしなくともわたしより強い」
それだけ言って、ハスカは黙る。……あからさまに機嫌が悪い。
「セイラ」と、シータに呼ばれる。
「これ、見てみろ」
と視線で示されるのはシータのソウルジェム。
……少しだが、さっきよりも輝きが増している。
「こうやって、ソウルジェムの反応を見て探すんだ。……前に監視してた時、オマエらめちゃくちゃ地道なやり方してたけど、本来はこれが主流な」
その視線はハスカの方に向けられていた。
……ハスカは顔を少し背ける。
空気があまりにも重たい。
そりゃあ二人の関係性を鑑みれば仕方がないけれど──
「あった」
打開策を考える前に、シータが言う。
大型モールの裏倉庫、そこには確かに結界の入り口が存在していた。
──いまは、魔女退治に専念すべきか。
思い直してわたしは結界の中に踏み入った。
────
結界の中は学園でした。
けれど、青春の光に満ちたような世界では全くない。
むしろ、陰鬱。校舎に染み付いた黒い染みが生きているように蠢く。
「……胸糞わりぃ」
シータが拳を握りしめた時だ。
突然、わたしたちの影が立体となり、そして分裂。わたしたちを持ち上げ胴上げを始めた。校舎の中へ、導かれる。
「変身……!」
校舎の窓ガラスが一斉に割れ、わたしの周囲を、地球の衛星軌道上を廻る人工衛星のように旋回し、そして影の使い魔たちを貫き、集まり、ドレスとなる。光を反射するそのドレスにはロケットが映り込む。
そして、白いドレスに黒いライン。ドレスの至る所にスイッチのようなものが備え付けられていた。
この姿になったなら、もう叫ぶしかないだろう。
「宇宙ッ……来た────!」
両腕を掲げ、月まで届くくらいの雄叫びを上げる。
ちょうど変身を終えたシータは呆れた目を向け、ハスカは少し驚いて肩を跳ねさせた。
屋上に立ち、何か言葉にならない言葉を叫び続けるその魔女。
たくさんのプリント用紙を潰して固めて人型にしたようなソイツに指さして宣言する。
「仮面ライダーフォーゼ、タイマン張らせてもらうぜ!」
「……タイマン、じゃない」
ハスカのその小さな呟きは、声量に反してやたらと響いた。
「なんでもいいからさっさと行くぞ!」
再びわたしたちや校舎、木々の影から現れる使い魔を蹴散らしながら、シータは駆ける。ハスカに声を掛け、何か上手いやり方を考えようとしたが……ハスカも既に駆け出していた。
ただし、二人とも向かう先が違う。
シータは壁を走り、一直線に魔女へ向かう。対してハスカは校庭を走り、幾本のランスを突き刺して回っている。
シータは空を、ハスカは地を。それは分担されたコンビネーションにも見えたが……しかし、二人はそれぞれの方向しか見ていない。互いが互いを、度外視だ。
──絶対やばい。
確信して叫ぼうとするが、その前に使い魔たちがわたしを持ち上げようとした。
『SPIKE──ON』
十五と刻まれたスイッチを押すと、わたしは左足はトゲトゲの鋼鉄──つまりスパイクモジュールを纏う。スパイクの棘は鋭く伸び、肥大化し、衝突した使い魔たちを木っ端みじんに砕いた。わたしはその隙に地に立つ。
左足を振り回し、迫り来る使い魔たちを破壊──周囲が開けた合間に空を見上げると、丁度シータが空中でバズーカを構え、魔女に向けて放とうとしているところであった。
魔女は逃げない。ただ、その場で何かを叫ぶだけ。……何かを主張するようだった。
「ぶっ飛べ──!」
放たれる……直前だ。
ハスカが校庭に繰り返し突き刺していたランスが魔力を共鳴させ、一斉に屋上の魔女に向けて放たれた。……二人とも、互いのことがまるで見えてない。
ランスの群れとミサイルの目指すところは同じ、真っ直ぐと魔女へ向かい──衝突。
魔女に辿り着くことなく大爆発が起こる。──弾けるように風が生まれ、熱と共に周囲を押し飛ばす。
校舎は砕けない。それはまるで監獄を覆う外壁のように頑丈だった。
吹き飛ぶのは、シータ。
頭の重さにその身体は回りながら落ちていく。──下には、彫刻刀を掲げる使い魔の群れ。それはおそらくただの彫刻刀じゃない。何か、もっと概念的な……。
『MAGIC―HAND──ON』
右腕に装着された赤いアームが伸び、シータが真下の針山地獄に堕とされる前にその身を掴む。機械関節を駆動させ、引き寄せて地面に降ろす。
「シータ、目は見える? それから耳──」
「クソ無能が!」
駆け寄るが、シータはわたしには目もくれず、跳ぶように走り出した。
怒りの矛先は……ハスカ。
爆発と、そしてシータの吹き飛ぶ姿を見て唖然とし動けなくなっていたハスカに向かい、シータは小石をメリケンサックへ変質させながら突っ込んでいく。
突き出される拳。ハスカは咄嗟にランスを生み出し受け止めようとするが、それごと押され、ぶっ飛ばされた。鋼鉄以上のランスがその身に食い込み、ハスカは白目を剥く。それでも地面に転がることは無い。白目を剥いたままでも両方の足で力強く着地し、そして。
「っ……ぁぁぁぁぁあああああ!」
牙を剥くように大きく口を開いて叫び、がむしゃらになってシータに飛び掛かる。
ハスカの拳がシータの顔面ど真ん中に入る。シータは一瞬意識を飛ばし、けれど笑って拳を返す。
拳で語り合う青春──じゃ、ない。
シータのその眼は完全にぶっ飛んでしまっているそれである。
……殺す気だ。
ハスカとシータのぶつかり合いは殺陣のように整ったダンスではなく、考えなしの嬲り合い。
シータはハスカの頭を鷲掴みにし、互いの額がかち割れる勢いで頭をぶつける。
ハスカはそんなシータの肩を掴み、もう片足の裏をシータの腹に当て、押し込み、そのまま押し倒す。地面とハスカの足に挟まれ、シータの腹は肉の潰れる音を鳴らす。
「二人とも、お願いだから本当にやめ──」
踏み出そうとした時だ。
ふたりにばかり気を引かれてわたしは忘れていた。
……ここは、魔女の結界。
無数の使い魔が各々、数々の文房具を手に持ち、ふたりの元へ群がろうとしていた。
『RADAR──ON』
『LAUNCER──ON』
左腕に黒白のアンテナ装置を、そして右足に青いランチャーを装着する。レーダーによる対象の指定に従い、放たれた無数のミサイルが的確に使い魔だけを四散させた。
二人は巻き起こる破壊音には流石に気が付き、殺し合いを一度止める。
「ハスカ、シータ、とにかく今は逃げるよ!」
二人の元に駆け寄り、口から肉片と血を零すシータに肩を貸しながら言うが、そんな時に魔女の叫びが一段と甲高くなる。
──空から、無数の机が雨のように降り落ちてきた。
『DRILL──ON』
左足に黄色のドリルを備え付け、高く蹴り上げ、高速回転。
木片が雨のように降り注ぐ。……早く、逃げなければ。
左腕はシータに肩を貸すために埋まっている。だから右腕を精一杯に伸ばしてわたしは『1』のスイッチを押した。
『ROCKET──ON』
「ハスカ、わたしに捕まって!」
ハスカは呼吸を乱しながらもわたしの腰に抱き着く。
右腕を覆うオレンジ色のロケットが火を噴き、ドリルと共に天を向き、飛翔する。
重たく浮かび、そしてどんどんと加速する。ロケットが昇り、ドリルが砕く。
──結界の出口はどこだ。
景色が次々と机に埋もれていくせいで、出口の場所が分からなくなっていた。
確か、校門だったはずだが──
「あ」と気が付き、シータに目を向ける。
シータはまだ血肉を吐いたままでいるが、意識はまだ残っているらしい。
「シータ、その黒い奴の液晶押して、なんかマイクっぽいとこに出口を探せって叫んで!」
「ッ……でぐ、ち……!」
「出口を、探せ!」
決死の想いで声を絞り出そうとするシータ。
けれど、レーダーが反応を示したのはハスカの叫びの方だった。
「あそこか! ライダーロケットドリルキィ──ック!」
示された先、地上の校門があるだろう場所に赤と黄色の先端を向け、机の山を貫き進む。どこまでも貫き、そして校門の元へと辿り着き……。
わたしたち三人は暗い倉庫に転がる。
横になるだとか、そういうことでは当然ない。事実、壊れたように転がった。
……転がってる場合じゃない。
「メディカルモジュールは……駄目だ、あれでなんとかできるタイプの怪我じゃない……」
「だいじょう、ぶ、だ……!」
シータは唸りながらソウルジェムを腹部にかざす。すると青白くなっていたその顔に赤い色が戻っていく。……そうか、こうやって治すことも出来るのか。
やっと生気を取り戻したシータは、いきなりハスカを睨む。
「オマエ、最後、わざと被せたのか?」
「……ちゃんと声、出せてなかったから」
シータの拳から軋むような音がする、
そのわざと鳴らされた音に何か……思ってしまったのだろう、ハスカは吐き出すように言葉を放つ。
「勝手に前に出てばかり……貴方は争うことしか考えていない」
シータは立ち上がり、ハスカの鼻先寸前まで顔を迫らせる。
「臆病なだけだろ、お前──」
シータは嘲るように口角を上げ、そして震わせる。
「いつもいつも、自己保身を胸に生きてんだろ」
……空気が、張り詰める。
ハスカが笑い出したのだ。気が抜けたようでもない。
壊れたように、零れだしたように……。
「ハスカ……?」
きっと、気を収めるために思いついた言葉をぶつけただけだったのだろう。
けれど、ハスカにとってその言葉は最悪だったらしい。
息を切らしたハスカは、シータの胸を力なく押し、そしてどこかへ立ち去っていく。