「別に、あいつのことが嫌いなわけじゃないんだ」
「……そっか」
倉庫に取り残されたわたしとシータは、そのあとも結界を見張っていた。けれど再び挑むことも出来ず、ただ黙って、並び立っていた。そして、そんな静寂を破った音が、先ほどのシータの声である。
シータはソウルジェムを見つめる。──少し、濁っている。
「わたしとアイは一緒に魔法少女になったんだ。……だから、家に帰って、アレを見てもわたしは壊れずにいられたんだと思う」
──人形の家。
「一人じゃなかった。アイとなら、二人なら大丈夫だって思ってた」
ソウルジェムの輝きがその手に握りしめられ、見えなくなる。
「そして、ハスカと出会った──初めは素直に、良い奴だなんて思ったさ」
そういえば、ハスカも初めは上手くやっていたようなことを言っていた。
「でも……使い魔を無視しようとしたら、あいつ、それでも魔法少女なのか、なんて言って騒いでさ。わたしは断固拒否だったよ、使い魔を殲滅するなんてことは。でも、アイはハスカに賛同した。──まぁ、積もり積もった罪悪感もあったんだと思う」
「これまで、見逃してきた分の……」
目の前で使い魔を見逃し続けて、そして、それを遂に咎められたのだ。その心の重たさは……分かる気がした。罪を、そのまま刃にして向けられのようなものだろう。
「……で、その後はオマエも知ってる通りさ。だからわたしはハスカのことを許せない。あんなことがあったのに、それでも使い魔を狩り始めて……あんたみたいな一般人を巻き込んで」
そこまで言うと、シータは噴き出すように笑った。
枯れた笑い。それは自嘲だ。
「ま、こんなこと言ってもわたしはお前を殺そうとしたわけだけどな」
あの時の感覚は今でも鮮明に思い出せる。
首が折られるのではない。完全に、押し潰されるような感覚。
……でも、わたしとしてはもう過去のことだと思っている。それをシータが言うのはきっと駄目だろうが、しかしわたしにはそう言って水に流す資格があるだろう。
「……あの時のこと、魔女になって誰かを不幸にするくらいなら死んだ方が良いだろうって、そういうことだと思ってはいたけど、どう?」
「……ホント、話が早い。まぁ実際そうだったよ、そういう気持ちも大きかったさ。……それもあれか、仮面ライダーってやつの知識か」
……一応、剣と、そして影山の最期はそれに近かったろうか。
いや……でも剣も影山からトドメを刺せと言っていたし、違うか。
「——掠りそうなものはあるけど、まぁ、違う……フツーにそうかなって思っただけだよ。だって貴方はただの凶暴な訳じゃないし」
するとシータは目を逸らし、久しぶりにため息を吐いて言う。
「……正直、ブチギレちまってたところはあるけどな」
──さて。と、わたしはシータに背を向ける。
「シータ、わたしはハスカのこと探してくるから……魔女の結界、見張っておいて欲しい。あ、これ電話ね」
携帯電話の番号を書いた紙を押し付け、わたしは急いで走り出す。
────
大きな河川に跨る橋。
危険だからと、川を覗き込むことを禁止されたその橋で、ハスカは策に肘をついてばっちりと下に目をやっていた。……注意したりはしない。ただ、横に立つ。
川の流れる音。魚の跳ねる音。通り過ぎる車の音。大型トラックの押し出す風の音。
そんな音の中で、ふと、ハスカの声が零された。
「シータは家族のことで、貴方はヒーローのことで……魔法少女になった」
枯れた笑い。それも、自嘲だった。
「わたしは——ちっぽけだ」
どんな願いか、言うつもりはないようだ。
「別に、願いが壮大だって必要はないと思うけどね。……ハスカはちゃんと、魔法少女として人のこと守ってるんだから」
ハスカは答えない。答えないまま、また別のことを言う。
「わたしは、許せない。……あなたのことを、シータは殺そうとした。なのになぁなぁにしようとして……それに」
それに──そこまでで、ハスカの言葉が止まる。
「言いたいなら言っちゃいなよ。わたしは……もしもアレな言葉なら、秘密にしておくから」
ハスカの目が泳ぐ。拳が握りしめられる音がした。
「わたし、魔女のことなんて初めは知らなかった。シータもアイも、みんな知らない。……だから、アイを魔女にしたかったんじゃない。あの時の方針をほとんど決定したのは確かにわたし——でも、それでもシータとアイの二人も使い魔を倒していた。なのに、あいつはまるでアイのことをわたしが殺したみたいに……。でも、それでも、やっぱりわたしが……わたしのせいで……だからわたしは言えない。言っちゃいけなくて」
涙と共に、ハスカは本音を零す。無理やり絞り出していた。
……罪を、全て背負わされるその重みに耐えかねて。
沈黙すべきではないだろう。だから、わたしは掛けるべき言葉を探しながら言葉を紡ぎ出した。
「人には想いがあって、その想いは人ひとりのものとは思えないくらい沢山詰め込まれていて——だから、人と人が関わり合えば、やっぱり歪みは沢山産まれる。……ほんと、いつか首が折れちゃうじゃないかってくらいに」
……ハスカはきっと、その本音を抱える自分自身を罪深く思っているかもしれない。それが本当かは、わからないけれど。
「……だから、ハスカ。わたしは貴方のその嫌だって想いを解決できないけど、でも……そういう想いがあることは、当然だよ。“嫌なものは、嫌だ”──言葉にすると、何だか言うまでもない気がしてくるでしょ?」
その時だ。携帯電話が揺れ動く。
応じると、聞こえてくるのは慌てたようなシータの声。
「十円玉が一枚しかったから色々言ってらんない、とにかく来い! 魔女の結界そのものもが移動し始めた!」
そこまで言って、電話は切れる。
──携帯電話、持ってなかったんだ。
あまりに小さな、けれど確かな罪悪感を胸に、わたしはハスカの手を取り駆け出した。
────
魔女の結界のなかは、すでに机に埋め尽くされ、まるで荒野のようだった。
そんな荒野で唯一見える机以外の地面は学校舎の屋上。そこにはやはり、魔女の姿。
何もしていない。ただ、今度は呆然と立っているだけだ。
──いつか、魔女に成り果てた誰か。
ならばせめて、誰かを犠牲にする前に。
わたしと、そしてハスカとシータの三人は並び立つ。
ハスカとシータはやはり互いを視界に収めようとはしない。
「二人とも、まぁ色々あると思う」
あえて軽く言う。そして、わたしはもっと軽佻な声で言ってみせた。
「だから、仲直りは別にしなくていい」
「……はぁ!?」
まず初めに声を上げたのはシータだった。
続くハスカも、困惑を露わにおろおろと言葉を探している。
わたしは意義もなく、けれど意味ありげに携帯電話を掲げて見せた。
「わたしには夢がある。それは、誰かの夢を守ること——そのために、わたしは戦う」
二人の夢はきっとほかにある。でも、魔法少女だ。
「ここで私たちが魔女を逃せば、誰かが犠牲になる。……だから、倒せなくちゃいけない。戦わなくちゃいけない。だから仲直りはしなくていい。仲良くならなくたっていい——でも、魔法少女として戦う時だけは、協力しよう。しっかりと」
はっきりと、意義も意味も込めてわたしは声を張り上げた。
──言いたいから、言うのである。
「この世界に生きる人間として、この世界を守る魔法少女として、わたしたちは戦う」
空から燦燦と降り注ぐ太陽の光線。
そのキラメキがローブとなり、集まり、そしてわたしの身を包むドレスとなる。
光の中で、狼と鮫が見えた。二つの捕食者は赤い血肉となり、輝きとなり、わたしのドレスにいくつものラインを描く。
『Complete』
その音声がなると共に、わたしの身体の至る所にはメカが備え付けられる。
腰には──ファイズフォン。
シータとハスカも、共に魔法少女に変身していた。
心はきっと、同じ方を向いていない。それでも……三人で、今度こそ戦うために、同じ方向に目を向ける。
三人そろって走り出す。
視界の端から、影の使い魔たちがぞろぞろと現れていく。
太陽の下でも、影の使い魔に呑まれた景色はまるで夜の倉田三のようであった。
ハスカが机の地面にいくつも突き刺し並べたランスを足場に、わたしはフォトンセイバーの赤い光を振るい、影を切り裂く。シータも同じように、あの時と同じ刀を振るう。
刀は輝きを帯びていない。けれど、使い魔に走るその亀裂の奥からは昼間の明るさが漏れ出し、光の軌道を描く。
雷が迸る。影に呑まれた景色をハスカのランスが一直線に切り開き、魔女への道が生まれた。次々と地面に並ぶランスは金色の魔力を強振させ、そこに道を残し続ける。
シータがその道を行く。魔女へ向かい一直線。
摩擦を生む空気を切り裂き、一切の障害を無しに目前まで辿り着き──
そのまま、真上を跳んで通り過ぎる。
文房具を構え、シータを待ち受けていた魔女はそのままその姿を目で追う。そんな魔女に、先までシータが足場にしていたランスが一斉に突撃して突き刺さる。背後に着地した。魔女を貫く先端を掴み、魔力を込める。するとランス達は一斉にカタチを変えて、鎖となり魔女を縛り上げた。拘束された魔女は叫び、使い魔を呼ぶ。
けれど使い魔たちは見て見ぬふりをするようにその声には反応せず、ただわたしたち魔法少女に刃を向けるだけ。
魔女は空を見上げる。そこには、赤い閃光。
太陽じゃない。
──クリムゾンスマッシュ。
わたしのライダーキックが、魔女を貫き、青い炎と共に葬った。
────
戦いを終えた後、わたしたちは警備員の視線を掻い潜り、モールの一般エリアへと帰ってきていた。……ある意味、魔女との闘いよりもひやひやしたものである。
結界の中と違い、外はもう暗い。
……夕飯時だ。というわけでわたしは手をたたいて音を鳴らす。
「さて、決着してバッチリグリーフシードが手に入ったことだし、三人で晩御飯でも——」
「悪い、疲れたから帰る」と、シータ。
「今日はもう、いい。家に帰って眠りたい」とハスカ。
二人は互いを拒むでもなく、ただ家に帰るため、それぞれ反対方向へ歩き出す。どちらを追いかけようか迷っているうちにわたしは独り取り残されていまった。
……むなしく腹の音が鳴る。
「仲良くしようよぉ……」