「それで、今日は在谷まで何しに行くの?」
わたしに髪を櫛で梳かれながら、ハルナはどこか楽しそうに聞いてくる。
きっと、本当に楽しいのだろう。──その目的が、身内のやらかしをカバーするために隣町で怪物退治なんて知ったら、きっと顔面蒼白になるのだろうが。
「……友達の友達グループに誘われてね」
「いいねぇ。友達ひゃっくにんでっきるかなぁ……だね?」
思わず吹き出しそうになる。が、ハルナはそれなりに本気で言っている。
本当に、わたしが自分の為に遊んでいるのがうれしいのだ。わたしはハルナのことを……騙しているのだから、面白がるわけにはいかない。
ただ、楽しく笑うだけだ。或いは、楽しそうに……。
そういえば、最近、あんまりライダーを見れていない。
……まぁ、ゴーストはまとめて追えばいいし、昔のを見返しても仕方ないし。
「────?」
何か、おかしい気がする。けれど思い返してみても、何がおかしいのか、分からなかった。
突然黙り込んだわたしにハルナは首を傾げ、それからまた口を開く。
「あんまり友達らしい友達と遊んでることが無かったけど、最近はちゃんと遊んでいるようでお姉ちゃんはとてもうれしいです──姉離れは寂しいけどね」
「……離れたりなんて、しないよ」
そう言って、わたしの視線は中指の指輪に向けられる。
無色の宝石が光る。──いつまで、わたしは少女のままで居られるのだろう。
────
しばらく電車に揺られ、それから住宅街の中を通っていくローカル線に乗り換える。
車体の軋む音は心地よく、あと数駅と言うのに、わたしはすっかり眠気を誘われていた。電車に乗ると、初めは眠ろうとしないくせに、もうすぐ降りる頃となってから眠りたくなる。天邪鬼なのか、それとも単に時間が経ったから眠くなったというだけのことなのか。
ローカル線特有なのか、それともこの運転手の癖なのか、停車の揺れは酷く大きく、わたしの眠気が抜け落ちるように飛んでいく。……気持ちよく眠れそうだったのに。そう思いながらも、しかし眠ってしまわなくて良かったと安堵の息を吐く。
──在谷駅。
ここ、在谷市の中央部に位置する駅である。
わたしは鏡戸からなので在谷駅を使ったが、都心へのアクセスはすぐ横の新在谷駅が担っているようで、明らかに利用者数もそちらの方が多いように見えた。
けれど、その周囲はあまり栄えているようには見えない。
鏡戸と比べて、まだあの災害の影響が強く残っているのだろうか。
小さな、まだ新しい様子のコンビニの前で、わたしはきょろきょろと周囲を見渡しながら待つ。──待ち人は、魔法少女である。
「おはようございます。久方ぶり、という程でもありませんね──灯李セイラ」
葉月ミルコ。白髪の、そして在谷の魔法少女だ。
その背後には三人。よく似た顔のふたりと、そしてミルコの後ろにぴったりとついた小柄な一人。──見たところ、まだ小学生にも見える彼女も魔法少女だ。
シータの……そう、言ってしまえばやらかしの埋め合わせとして、わたしは今ここに居るのであった。
ミルコは静かに明滅するソウルジェムを取り出して言う。
「早速ですが、魔女のもとへ向かいましょうか」
ミルコのあとに続く三人に加わり、わたしも着いていく。
その足取りは確か。年齢を聞いたことはないが、高校生か大学生に見える。……思ったよりも、長生きできる場合もあるのかもしれなかった。
長生きしているということは、それだけのツワモノということなのだろう。
勝手に心強さを感じていると、ミルコが振り返る。
「以前、とある魔女を取り逃がし、以降も取り逃がし続けてしまったんです」
そうなればどうなるか。なんとなく分かる。
「……使い魔がそのまま育って、魔女の群れが出来てしまったとか?」
「えぇ、その通り──魔女の性質も、その……」
一瞬、ミルコの瞳が揺れる。
「仲間と一緒にいようとするから、群れそのものを相手にするしかなく、中々倒せずにいるんです」
「だからわたしを──」
違和感。……ミルコはきっと強い。なのに魔女を取り逃がすことなんてあるのだろうか? それどころか、そんな群れになるまで……。というか、この四人で倒せないのに、わたし一人が加わってどうこうなるのだろうか? それこそ、もうシータやハスカも……。
わたしがその疑問を口にする前に、ミルコは再び歩き出す。
またついていく間で、わたしの意識は今度はきっと姉妹の二人に向けられた。
二人とも同じ栗色の髪。顔も、ほとんど同じように見えた。
「ふたりは、双子なのかな」
二人そろって、彼女たちはシンクロしたように頷いた。
「わたしの名前は穂香オト」
「わたしの方は、穂香フミ」
「えっと、あたしはミサ!」
続いて、ミルコの手を握っていた小柄な子も慌てて名乗った。
ミサの方に笑みを向けてみると、彼女は笑い返した後、自慢するようにミルコに笑って見せた。──まるで母と娘のようだった。
オトとフミに視線を向けなおす。
「二人ってさ、なんだか武器もセットって感じだけど……姉妹だとそうなるの?」
フォークにスプーン。偶然にしては出来すぎだろう。
二人は一瞬顔を見合わせる。しばし、沈黙。そしてオトが言う。
「……パパとママの事情で、姉妹で一緒に居られなくなりそうになって。だから、キュウべえに頼んだ。何とかしほしいって、そう言った」
──その願いの言葉は、あまりにも抽象的で不安感を拭えなかった。
「だからわたしたちはセットの魔法少女になった。──パパとママとは、一緒にいられなくなっちゃったけど、でもフミと一緒だから寂しくない」
「それに、ミルコがわたしたちを拾ってくれた。だから、大丈夫なの」
オトの言葉に、フミが付け加えた。
この街の魔法少女にとってミルコはまさしく母のようなものなのかもしれなかった。
ならば、当然ミルコにとってこの子たちは娘。──シータのしたことは、彼女の娘たちをそのまま殺すようなことだった。
「さて」と、ミルコは立ち止まる。
視線の先には結界の入り口。湿った路地裏の奥、その入り口は今まで見たどれよりもおぞましく歪んでいた。……魔女が、群れを成しているからか。
結界の中の景色に、思わず息を呑む。
無数の巨大な子供がランチプレートを前に泣いていた。
プレートの上には旗付きのハンバーグとチャーハン。
空間の中、群れを成した大きなナイフが泳いでいた。ナイフたちはハンバーグを切り分ける。チャーハンを先っぽで指し示し、そこにあるよと子供たちに教える。けれど、子供たちは食べない。というよりは食べられない。
フォークが無い。スプーンが無い。だから目の前のご飯を食べられない。
そんな景色を前に、わたしはまず一言。
「……どっちが、魔女?」
「ナイフの……方ですよ」
断言だ。けれど、同時に歯切れは悪い。
様子がおかしいのはミルコだけでなかった。
ミサの顔を暗く、そしてオトとフミにいたっては魔女の方を見ることさえ出来ていない。
それでも、ここは魔女の結界。
ナイフの魔女の群れはわたしたちに気が付き、その刃先をやはりこちらに向けてくる。
みんな、変身する。わたしはその真ん中で、ナイフたちの銀色から放たれる反射光をドレスにする。──無数の光はひとつに、まるで電車の如き塊となる。そしてわたしへ向かい衝突した。
自分の姿を見るまでもなく、確信できる。
いまのわたしは、間違いなく──
「最初から──!」
クライマックス。なんて言おうとしたとき。
より詳細に言うなら、ああまたを開いて両手を開いた時だ。
明確な違和感を覚える。ドレスが黒い──
──ブランクだ!
「がぁ!?」
自らの姿に気を取られ、逃げ遅れたわたしはナイフに腹を突かれ、飛ばされる。
そのカタチはテーブルナイフだったから、貫かれはしない。けれど絶大な衝撃が腹部に加わったことに違いはない。最悪の苦痛の中、わたしは宙を舞う。
転がり、立ち上がろうとするが膝を着く。
失念していた。そう、イマジンが居ないのなら当然ブランクにしか変身できない。
別に戦えないことはないだろう。それなりに、もう経験はある。けれど……。
「これじゃあまりに、ノリが悪い」
戦いはノリの良い方が勝つ。それは単なるご都合主義に関するメタ台詞じゃない。
ノリが良くない。それだけの理由で圧倒的強者が敗北することはきっとありふれている。そして、わたしは今、圧倒的強者ですらない。
「一体どうしたというのですか」
ミルコがわたしの腕を掴み、立ち上がらせる。
「わたしの魔法、結構ムラがあるみたいで、今のこれは──大ハズレ」
ハズレ。なんて言葉使って良いはずもないが仕方がないだろう。
……力を買われて呼ばれたというのに。
「……では」と、ミルコは言ってわたしを掴むその手を輝かせる。
──迸るような力が流れ込む。
それはまるで全身の中をいくつもの電車が書け巡るようで──
「こんなの、アリ?」
ドレスは赤と白に、そして差し色の青黄紫が加わる。
四つの顔が付いたあの剣は無い。けれど、この姿とそして拳に確かに宿る力は──
「ライナーフォーム……!?」
「わたしの魔法は魔力の譲渡、及び増幅です」
そう言って彼女じゃ確かに光を帯びた斧を一度掲げ、それから再び駆け出した。
……こんなの、電王と言う物語に対する冒涜だ。なんて思うが、けれどそんな場合ではない。
魔女の一体が再びこちらへ迫っていた。──せめて、この姿で在るならノリを良く。
「六トンパンチ!」
丸い刃先に拳を叩き込み、魔女を砕く。
──カタログスペック通りのパワーが使える! そんな興奮を抱え、わたしは、次は四十五メートルの跳躍を行い、結界の中を舞う。
向かい来る魔女たち。その上に着地し、再度跳躍と共にそれを砕く。
幾度も幾度も繰り返す。わたしの舞うあとには、銀の雨が降り注ぐ。
ノリに乗ったまま、ふと地上で戦うミルコ達に目を向ける。
──何か、おかしい。
戦っている。けれど、それは……あくまで凌いでいるようにしか見えない。
ミルコとミサは、少し暗い顔をしながらも、戦おうとしている。特にミルコは、今まさに一体を砕いていた。──だが。
オトとフミは、何もしない。
ただ、逃げ回るだけ。……フォークとスプーンを、各々握りしめて。
「あ」と、呟く。
視界の中央、ひときわ大きく、そして赤い布に刃を包まれたナイフの魔女が見える。──間違いなく、本丸だ。
魔女たちを足場に、わたしは一気に距離を詰める。
必殺技は使えない。だから、シンプルな跳び蹴りを放ち──
「なに!?」
フォークとスプーンが飛んできて、そしてわたしの足裏と激突する。
三つの大きな金属物体と圧倒的なパワーの衝突が産む耳を貫くような音が結界に響き渡る。それはただの音では済まず、衝撃と化してわたしの身を吹き飛ばした。
そんな中で、わたしはやっと気が付いた。
オトとフミは姉妹。だけれど双子じゃなかったのだろう。
──三姉妹だったんだ。
フォークとナイフと、そしてナイフの……。