「スゲェ!」
「きれいだなぁ!」
ラビと大地が感嘆の声を上げる。宇宙船を山の麓に不時着させ、街にやって来た4人は、その美しい青いガラスの街並みにしばし見惚れた。
「にしたって、なんだってこんなガラス張りの家なんでしょうね、船長?」
「確かにこんなガラスだと透けちまって、中の様子が丸見えになっちまうじゃねぇか。」
「その心配はないよ、2人とも。」
ジェットボードを脇に抱え直して、大地がオセロとドミノに声をかける。
「試しに中を覗いてみてみなよ。」
「…それだとなんか、ヤベェ奴に見えねーか?」
「でも船長、俺たち海賊なんだから、もともとヤベェ奴なんじゃねぇんですかい?」
「うるせぇ!そういうヤバさと、こういうヤバさはちげぇんだよ!!」
「大丈夫、少しだけだよ。」
大地に言われて、オセロとドミノは近くの家の中を覗いて見てみた。が、自分の顔や周りの景色ばかり映ってしまって、家の中など全く見えなかった。
「一体どうなってるんだ?」
ラビも家の中を覗きながら疑問の声を上げる。
「光の反射だよ。透明なガラスは表面がツルツルとしていて、光を反射させやすいんだ。だから物が映りやすくて、逆に中を見ることが出来なくなるのさ。ちなみにこういうのは明暗、つまり明るさも関与していて、明るいところから暗いところは見えにくくて、暗いところから明るいところは見えやすくなっているんだよ。」
大地が答えると、オセロとドミノが感心する。
「オメー、スゲェな!よくそんなことがわかるもんだ!」
「設計が上手いやつはみんなそういうことに詳しいのか?」
「そういうわけじゃないって。普通に学校の理科の授業とかでも習うし、俺はなんとなく設計に役立ちそうな知識だから覚えておこうと思っただけだよ。」
2人に褒められて、大地は少し照れたように言う。
「にしても、この星はやけに明るいよな。太陽もないのになんでだろう?」
大地が疑問に思ってなんとなしに口に出すと、それに答えた声があった。
「それはこの星が、光のエネルギーを宿した星だからよ。」
全員驚いて声のする方を見ると、大地やラビと同じ年くらいの女の子が立っていた。
「驚かせてしまったみたいで、ごめんなさい。あなた方も、遠くの星から来たの?」
ポーラーハットの様な帽子を目深に被り、インドの民族衣装のような物を着ている奇妙な風貌で、どう見ても、この青いガラスで出来た街には合わない服装だった。
「君は?」
「私はエメラ。ここマリンタウンの住人よ。」
大地が尋ねると、女の子が静かに答える。何故かボソボソと、独り言に近い声の大きさで。
「僕は大地。」
「オレはラビだ。で、こっちの2人が…」
「俺の名はオセロ。月の宇宙海賊で、船長を務めている。」
「俺は船長の1番の子分、ドミノだ。」
ラビが言い終わる前に、2人が名乗り出る。
「乗組員が2人しかいなくて、海賊って言うのかよ…。」
「しっ、ラビ、聞こえるよ。」
「もう聞こえてんだよ!!」
ゴツっとゲンコツが2人の頭に降ってきた。
「いてぇ!!なにすんだよ、オセロ!!」
「なんで、俺まで!!」
「うるせぇぞ、ラビ!あと、大地は顔が笑ってたぞ!」
「しっ!静かに!」
張り詰めたような小さな声に全員がハッとして、エメラの方を見る。
「静かにしないと、ガラスの魔女が目を覚ましちゃう!」
『ガラスの魔女????』
4人の声が揃う。なるべく声は抑えたが、それでも大きかったらしく、エメラにもっと小さく、と言われてしまった。
「立ち話もなんだから、うちに来てちょうだい。家の中ならもう少し声を大きくしても大丈夫だから。」
エメラに案内されて着いたのは、やはり他の家々と同じ、青いガラスで出来た家だった。この街の家はみんな、形や大きさなどがほとんど同じで、1つ1つの見分けが全くつかない。
「こんなにたくさんの家があって、形も大きさもおんなじように見えるのに、どうやって自分の家を見分けてるの?」
大地が感じた疑問を素直に尋ねる。なるべく小さな声で。
「家の入り口の所に看板を立てておいて、そこにその家の住民の名前を書き記すのよ。最も、看板は目印でみんなもう自分の家の位置を感覚で覚えてるけどね。」
エメラも小さな声で答えた。ふぅんと相槌を打ちながら、大地は小さな声で話すのって思ってたより難しいと思った。
「さぁ、中に入って。」
「大丈夫なのか?俺たち男共を4人も家に招いて。ご家族に迷惑なんじゃないのか?」
オセロが聞くと、エメラは大丈夫と頷いた。
「家族って言っても、私とお兄ちゃんだけなの。お父さんとお母さんは私が生まれてすぐ亡くなっちゃったから、顔も知らないのよ。」
「そ、そうなのか…。それは、スマン…。立ち入ったことを聞いちまったな。」
オセロが頭をかきながら謝ると、エメラは首を小さく振りながら、
「いいのよ、気にしないで。それよりも、もっと声を小さくお願い。」
と、さらに小さな声で言った。
「おっ、ぉぅ…。」
オセロもそれに倣うが、如何せん普段から大声でいるため、ラビや大地以上に小さな声は出しにくいのだ。
それを見てラビも大地も、ドミノまでもが声を殺して笑うが、オセロに思いっきり睨まれて笑うのをピタリとやめた。
「ただいまー。」
そんなことは露知らずといった様子で、扉を開けて家の中に入って行くエメラに、慌てて4人は続く。
エメラは大地たちを招き入れて、全員が入ったのを確認してから扉を閉じた。
その途端、外の音が消えた。消えたことにより、今まで外に音があったのだと気付かされる。ガラスの家は無音の世界で一歩ずつ歩くたびに音が響き渡り、振動までもがガラスの床を通して伝わってくる。そして、ガラスの中は青く透明で様々なところで光が乱反射し、煌めいている。夢の世界があるのだとしたら、こんなところだろうか。そう思わずにはいられないほど、綺麗な音のない世界だった。
大地たちは、そぉっとなるべく音を立てないように歩いたが、それでも足音が響いてしまう。エメラは先程、家の中なら、もう少し声を大きくしても大丈夫と言っていたが、これでもし、大声でも出そうものなら、響きすぎて鼓膜が破れてしまうのではないかとさえ思う。
そんな大地たちの心配をよそに、エメラは声を上げる。
「お兄ちゃーん、いないの〜?」
外にいたときとは違う声量に全員がギョッとする。そして思ってたよりも声は響かなかったので、少しホッとする。
「エメラか、おかえり。」
そのとき、上から声がして全員がそちらを見上げた。
階段から降りてきたのは、エメラと同じインドの民族衣装のような服を着て、同じようにポーラーハットの様な帽子を目深に被った17〜18歳くらいの青年だった。
「お兄ちゃん、どこにいたのよ?」
「2階で編み物をしてたんだよ。そうだ、エメラ。また、服に穴を開けてそのままにしていただろ?ベッドの下に隠してあった服やら靴下やら、ちゃんと縫っておいたからね。今度からは隠さないでちゃんと出しておくように。」
「うっ、わかったわよ…。」
「…縫ってもらったら、なんていうのかな?」
「……ありがとう。」
「はい、よく出来ました。」
兄妹の微笑ましいやり取りに大地たちがちょっぴりほんわかしていると、2人の目がこちらに向く。
「ところでエメラ、この人たちは?」
「私のお客様よ。遠くの星から来たみたいなの。」
「遠くの星から?あの人たちと同じだな……。はじめまして、ようこそ。僕はエメラの兄で、名前をルビドと言います。」
丁寧に頭を下げられて、大地たちも慌てて名乗る。
「僕は、遥大地です。はじめまして。」
「よろしくな。オレのことはラビって呼んでくれ。」
「俺は月を股に掛ける宇宙海賊の船長、オセロだ。」
「んでもって、俺が船長の1番の子分、ドミノだ。」
海賊と名乗っても、エメラのときと同じで驚いた様子もなく、にこやかに応対してくれる。
「長旅で疲れましたでしょう。どうぞ、こちらにおかけください。大したおもてなしも出来ませんが、お茶くらいなら出せますから。」
そう言いながら、大地たちを奥のテーブルへと案内する。
テーブルのサイズはかなり大きめで、長椅子が左右に置いてあり、ちょうど4人ずつ座れるようになっている。
奥から大地、ラビ、オセロ、ドミノの順番に座り、その向かいに、ハーブティーを人数分入れて持って来たルビドとエメラが腰掛ける。
「それで、あなた方はどこの星からいらっしゃったんですか?どういった経緯でこの星へ?」
ルビドが興味津々と言った様子でテーブルに身を乗り出して聞いてくる。隣に座っているエメラも同じようにこちらを見つめてくる。
ラビが大地を小突いて、お前が話せと促してくる。全くもうとため息をつきつつ、ジェットボードをテーブルの下に置いてから、大地はローズヒップとレモングラスの香りがするスッキリとした味わいのお茶を一口飲み、実は、と話し出す。
「僕は太陽銀河系第3惑星の地球という惑星から、ラビたちは月という衛星から来ました。僕とラビは住んでる星は違うんですが、友だちで、久しぶりに月で会う約束をしていたんですけど、ちょっとしたドンパチに巻き込まれたというか、巻き起こしたというか、それが原因で追われる身になっちゃって、逃げてきたというか……。」
最後の方はかなりしどろもどろになってしまい、なんて言おうか考えあぐねていると、要するにとオセロが口を挟む。
「コイツらの関係をラビの親が認めねぇから、2人手に手を取って駆け落ちしたところ、ラビの親が送り出した追っ手に追われることになっちまって、逃げまくった挙げ句この星に辿り着いたと、まぁこういうわけだ。」
「オセロ!!!!」
ラビが思わず大声を出して立ち上がる。さすがに家中に声が響いたが、それどころではなかった。なんとかその話をしないように大地が説明を考えていたというのに、水の泡だ。
「うるっせえなラビ。少しは大人しく出来ねーのか?」
「オセロが余計なこと言うからだろうが!!」
「本当のことじゃねぇかよ。船長は嘘言ってねぇぜ。」
「ドミノ、お前ちょっと黙ってろ!!」
「黙るのはオメーだ、ラビ!響くんだよ、オメーの声は!」
「オセロだって声でっけぇくせによく言うぜ!」
「なんだと?!」
「お願いだから落ち着いてよ、静かにしてよ、恥ずかしいだろ!」
大地の一言でようやく、ポカンとこちらを見つめている兄妹に気がつき、気まずさと恥ずかしさが相成ってラビとオセロは口を閉じて大人しく座る。騒がしい2人が静かになったことで、家の中は再び無音の世界に戻る。こちらへの視線はそのままで……。正直なところ、無言になってしまった今の状況の方がずっと気まずいため、何か話題をと大地が口を開きかけた、そのとき。
「ステキ!!」
エメラが手を叩いて、興奮気味な様子で立ち上がる。
『はっ??』
大地とラビの声が重なり、お互いに理由が分からないというふうに顔を見合わせる。
「なんて、情熱的なのかしら!親の反対を押し切ってまで駆け落ちするだなんて、よっぽどお互いのことを愛しているのね!!」
『……ちっがうから!!!!』
勢いをつけて、今度は大地も一緒に大声を出し、テーブルに手をついて立ち上がった。すると。
「アラ!2人とも顔が真っ赤ね!これが俗に言うツンデレなのかしら!!」
エメラは怯む様子もなく、1人納得した様子ではしゃいでいる。さっきの大人しい、物静かな様子からは想像が出来ないほどだ。本当に同一人物なのかと、勘繰りたくなる。
だが、大地もラビもお互いに今一番触れてほしくないところを見事に突かれてしまい、それどころではなく。大ダメージを受けた2人は、誤解であると説明する気力も言い返す気力すらもなくなり、完全に脱力してしまった。
そんな2人のことなど気に留める様子もなく、興奮気味になっているエメラは今度はルビドに向き直る。
「お兄ちゃん、この2人なら、もしかしたら……!」
「あぁ、確かに……。ガラスの魔女の魔力ガラスを打ち砕くことが出来るかもしれないな!」
「ガラスの魔女?」
「魔力ガラス?」
気になっていたワードと初めて聞くワードに大地とラビは少しばかり回復して反応する。
「そういえば、話していなかったわね。ガラスの魔女というのは、この星を支配している大魔法使いのことよ。」
『大魔法使い??!!』
オセロとドミノが声を上げる。
大地とラビは大魔法使いと聞いて、魔法使いの最高位Vの称号を持つラビルーナの魔法使い、V‐メイ、V‐イマック、V‐ラーマスのことを思い出し、ガラスの魔女とどちらが強いのだろうかとか、魔法で勝負したら誰が一番なのだろうかとか、極めてどうでもいいことに考えを巡らせていた。
(どう考えてもばーちゃんの方が強いと思うんだけどなぁ…あっ、でもイマックじーさんも俺たち全員をラビルーナに送るほどの力を持ってたしな…。)
(どう考えても、オレのじーさんのVラーマスには敵いっこねぇと思うんだがなぁ。ガラスの魔女ってどんなヤツなんだ…。)
大魔法使いと聞いてもどこか馴染みのある響きのため、あまり珍しいとも怖いとも思わなかったのだ。
「話せば長いのですが…。お聞きになりますか?」
ルビドに遠慮がちに聞かれるが、気になって仕方がなかったのも事実だし、こうやって知り合ったのも何かの縁だと、ラビと大地は目配せを交わして頷き、オセロとドミノは、どんと来いといった様子で腕組みしている。
「わかりました。ではお話しましょう。」