それもその筈。ラビが聖地ルナを出てすぐ、こちらに向かっていた大地たちと合流出来たのだが、再会の挨拶もそこそこに、
「走れ!早く!!」
と困惑する2人を引き連れて、ルナ・トーキョーの外れまで走ってきたのだ。そして理由を聞く2人に対して、事の些末を説明しての、上記の台詞である。
「なんで、そこで俺が出てくんの?!駆け落ちって何?!俺もお前も男なんだけど??!!」
「わーってるよ!!でもオレはグリグリと婚約なんて冗談じゃねーんだ!!何が何でも阻止してやるってなるだろ?!」
「だから、なんで、そこで俺なのって聞いてるんだよ!!」
「他に逃げる理由が思い付かなかったんだよ!!第一、お前、去年オレたちがシャトルで再会したときのこと、いつばーさんに話したんだよ!!」
「あー、あれは魔動石を取り戻したあと、月に向かったシャトルを追いかけて月面に着いた時にさ、闇の魔法陣の力と異常な気配の魔動力を感じたとかで、心配して見に来たばーちゃんと偶然会って、理由を説明してたらそんな話になったんだよ、確か。」
「それのせいで、オレは母さんの前で、赤っ恥かくことになったんだぞ!!」
「赤っ恥って??」
大地は心底理由がわからないというように首をかしげる。
それを見たラビはさらにヒートアップ。
「だから!!オレが!!女の子好きのナンパ好きって!!面と向かって言われたんだぞ!!!」
「……だってホントのことじゃん。」
「なんだとーーーーーー!!!!」
「ラビくん、落ち着いてください。それに、サユリさんはラビくんのお母様なのですから、ラビくんの性格はよくご存知のはずです。何を言われても問題ないのでは?」
落ち着き払って言ってのけるガスに、さすがのラビも脱力する。
「いや、だから……そりゃあ、知ってるんだろうけどさ………何ていうか、その…やっぱり…嫌だったというか……。」
顔を赤らめながら、モゴモゴと話すラビらしくない姿に大地もそれ以上怒る気が失せてしまった。
「まったく、しょうがないなぁ。でもどうするんだよ、これから。ルナをそんな捨て台詞吐いて飛び出してきた以上、自分から戻るつもりはないんだろ?」
大地に言われてラビは顔を上げ、もちろんと頷く。
「あぁ、戻らねぇぜ。ばーさんが婚約の話をなかったことにするまではな。」
「ですが、ラビくん。何故そんなにもグリグリちゃんとの婚約を嫌がるのですか。」
ガスに続けて、そうだよ、と大地も頷く。
「確かに天真爛漫で手に余り過ぎるかもしれないけどさ、ばーちゃんの孫なんだから、今はともかく、将来はきっと凄い魔法使いになると思うし、きっと美人になるよ。婚約ってことは、結婚はまだ先の話なんだろ?気長に待てばいいじゃないか。」
それを聞いたラビは、思いっきりズッコケた。
「あのなぁ〜~~!!そういう問題じゃねーんだよ!!!」
では何が問題なのかと、大地とガスは顔を見合わせる。
「…ハァ……ホントにわかんねーのかよ……。大地、少なくともお前にはわかるはずだぜ。」
「えっ?何が??」
突然話を自分に振られ、困惑する大地。一方のラビは大地の目の前まで来ると、肩に手を置いて耳元で内緒話をするように囁く。
「お前、兄弟いたよな。」
「えっ?あっ、うん。弟がいるけど…。」
いきなり何のことだと、大地は訝しげにラビを見る。
「じゃあ、その弟のことを妹だと思って想像してみろ。」
ラビは心底真面目くさった顔で言った。
「はぁ?なんで妹だなんて…?」
「仮にだ!仮説としてだ!いいから、想像しろ!!」
無茶を言うにも程があるのだが、話が進まなそうなので、取り敢えず大地は何も言わずに頷いた。
「その妹と政略的に無理矢理、結婚させられるって考えろ。オレにとっては今が正にその状況なんだ。」
「あっ……。」
ここまで言われて大地にはようやく合点がいった。
ラビにとって、グリグリは手のかかる妹のような存在であり、守る対象ではあるし可愛くもあるのだが、それが結婚となってくると話は別だ。
もちろん、世の中にはそういう存在でも伴侶として、家族として、迎えることが出来る人はいるだろう。しかし、同年代の可愛い女の子を見かければ、誰でも口説くような遊び好きのラビにとってこの事態は、耐え難いとしか言いようがないのだろう。
実際のところ、年頃の男の子らしく、恋愛結婚を夢見る大地にとっても、14歳という若さで、将来の伴侶を無理矢理決められてしまうのは、しかもその相手が、自分が妹としか思えないような相手だったとしたら、やはり納得がいかないし冗談ではないと思う。
そう考えてしまうと、ラビの気持ちもわかってしまうわけで、そうなると、なんとか手助けしてやりたいという気持ちの方が大きくなってきて、大地は深々とため息をついた。
「ハァ〜~~~。わかったよ、ラビ。協力してやるよ。俺は何をすればいいわけ?」
「協力してくれるのか!ヤッターー!サンキュー大地!!」
ラビは跳び上がって喜び、大地に抱きついてくる。
「大地くん、いいのですか!?ラビくんに協力するということはつまり、おばば様やサユリさんを敵に回すということですよ!」
「仕方ないだろ、もうここまで逃げてきちゃったんだぞ。今更ばーちゃんたちを説得になんて行けないよ。それに、このご時世に政略結婚なんて、やっぱり納得できないし。」
抱きついてくるラビを押しやりながら、大地はガスに答える。
「それはそうですが…。何か策でもあるのですか?」
心配そうにガスが言うと、ラビが自信ありげに頷いた。
「あぁ、とっておきの方法だぜ。これなら、ばーさんはもちろん、母さんだって納得するさ。」
「だから、早くその方法とやらを教えろよ。さっきのラビの話からすると、ばーちゃん自慢の凄腕の弟子たちがラビを追いかけて来るんだろ?時間がないじゃないか。」
少し焦り気味に、周りを気にしながら大地が言う。
「それは大丈夫だ。ここは月面でも人間が多くいるルナ・トーキョーから比較的近い。目立った魔法を使えば、困るのは奴らの方さ。」
耳長族はその存在を人間に知られないようにして生きている。そのことを何よりもラビは理解しているのだ。何しろ、頭の上に生えている耳を隠して、何年も人間として生きてきたのだから。
「だから、ここまで走ってきたんだ。時間にはまだ余裕がある。今のうちにオレが考えた策を伝えるぜ。」
ラビの話の要点を押さえると、こうである。
①ラビがグリグリとの婚約が嫌でたまらなくなり、あれほど女好きであったにも関わらず、男の大地と駆け落ちしてしまったと、ガスがV‐メイの弟子たちに伝える。もちろん、行き先は不明にして。
②大地の方もラビの婚約事情に同情して、駆け落ちに付き合ったのだということも伝える。
③人間の世界を出来る限り逃げ回る。
④逃げるのは人間の世界であるため、いくら優秀な魔法使いとはいえ、強い魔法は使えない。そこを利用してとことん逃げる。
⑤追いつかれそうになった時のことを考えて、海賊仲間だったオセロやドミノの船に乗せてもらって、宇宙に逃げる。
⑥とことん逃げることでこちらの本気を伝えれば、V‐メイたちはV‐ラーマスの孫である自分を手放すか、グリグリとの婚約自体を諦めるかの2つの選択を余儀なくされる。
⑦最高位の魔法使いの血縁を手放すという選択肢は、まずありえないため、必然的に後者を取らざるを得なくなる。
⑧婚約は白紙に戻り、めでたし、めでたし。
「と、いうわけだ。最高の策だろ?」
自信満々に言うラビに、大地とガスは不安げに顔を見合わせる。
「そんな上手いこといくかなぁ…。」
「そうですよ。そんな単純なことでなんとかなるとは思えません。」
2人に言われてラビはむくれるが、ガスは気にせず言葉を続けた。
「第一、逃げると言ってもいつまでも逃げ続けるわけにもいかないでしょう。大地くんは今回の月旅行に、ご家族でいらっしゃってるんですよ。せっかくの家族水入らずを邪魔してしまうことになります。」
「そうだよ、ラビ!一体どんだけの期間逃げ続ける気なんだよ!俺家族になんて説明すればいいわけ?!」
「んなもん、友だちのラビくんと駆け落ちするから、今回の月旅行は俺抜きで楽しんでって言えば………。」
「ラ〜~~ビ〜〜~~!!!!!」
「……と、友だちの家にお泊りするって言えば、いいんじゃないかな〜〜~?」
半眼の大地に思いっきり睨まれて、ラビは気圧され、明後日の方向へと目線を彷徨わせる。
「ふぅん。………で??それを、誰が、俺の、家族に、言うのかなぁ〜〜???」
大地が、睨みをきかせたまま迫ってくる。
「…………………………………………オレです…。」
「よろしい。」
潔く大地はラビから距離を取る。睨みから解放されてホッと息をつくラビ。今大地を怒らせたらヤバいことくらいは理解しているのだ。
「ところで、大地は今回どれだけ月にいられるんだ?」
「えっ。あー、2週間だよ。前は小学生だったから夏休み中いられたけど、さすがにもう中学生だし、そんなに長い期間はいられないんだよ。」
「……ふーん。なんだ、そうか。……つまんねーの……。」
不貞腐れたように呟くラビ。
言い方と表情で、ラビがもっと大地と一緒にいたいのに、と思っているのが伝わってくる。
「ラビ………。」
そんな友だちの想いが、嬉しくないはずがない。
大地はラビの肩に手を置いて、ニカッと笑う。
「今回だけだぞ、月旅行のための2週間をラビのために使うのは。感謝しろよな!」
大地の屈託のない笑顔を見て、ラビも不貞腐れるのをやめて、笑い返す。
「あぁ、スッゲー感謝してるぜ!ありがとな、大地。」
「調子に乗るなよ!」
「乗ってねーよ!」
「……お取り込み中よろしいでしょうか。少し質問があるのですが。」
笑い合いながら、小突きあいを始めた大地とラビを、微笑ましく思えばいいのか、呆れるべきなのかを決めかねていたガスが手を挙げる。
「私はお二人が逃げている理由を、おばば様のお弟子さんたちに伝えれば良いとのことでしたが、お弟子さんたちにラビくんたちの行き先を聞かれても、知らぬ存ぜぬで通すのは、少々無理があると思うのです。」
「あっ、それもそうだよな…どうするんだよ、ラビ。」
小突きあいをやめて大地がラビにたずねると、ラビは問題ないと言わんばかりの表情で、ずっと持っていた包みを掲げる。
「なんだよ、それ。」
「なんですか、それ。」
2人の声がほぼピッタリ重なる。ラビが包みを開けると、
『あっ!!』
今度こそ完璧に2人の声が合わさった。そこには、ラビが光の塔から勝手に持ち出した、3人の魔動器が並んでいた。
「これを預けとくぜ。ばーさんの弟子たちだから、直接手を出してくることはないだろうが、万が一ってこともあるからな。なんかあったら、これで応戦しろ。遠慮はするな、思いっきりやれ!」
ラビの本気を、この時点で十分に感じた大地とガスは黙って頷き、それぞれの魔動器を手に取る。
「よし!じゃあ、作戦開始だ!!」