月面にて。
ラビルーナを出た大地は、背負っていたジェットボードを降ろして乗ると、一気に加速してルナ・トーキョーに向かった。だが家族のところに帰るというのはもちろん建前で、実際はこれ以上、ラビルーナにいられそうもなかったからだった。
(ラビのバカ、ラビのバカ、ラビのバカ………。)
大地は頭の中でずっとこの言葉を繰り返していた。
けれど…。
(……でも一番のバカは、俺だよな……。)
ラビと想いが通じ合ったことで、浮かれていた自覚はある。けれど、ラビルーナの未来を担っていくという重要な役割を持つラビに、結婚話が出るのは必然だったのだ。それなのに、自分は一体何を考えていたのだろう。
ラビにプロポーズされるかもとか、V‐メイに自分とラビの関係を話したらどんな顔をするだろうかとか、そんな浅ましいことを考えていた自分が嫌でたまらなくなってきて、大地は込み上げてくる涙を必死に堪えた。泣く資格すら今の自分にはないように思えたからだった。
ジェットボードを飛ばして着いたところは街の中心地。もうとっくに夜のはずなのに、昼間のように明るくて時間の感覚が無くなりそうだった。
(そういえば前に、月の夜は14日も続くってラビが言ってたっけ?じゃあ昼も同じくらい続くってことなのかな?)
ーーーへへっ、自慢じゃないけど、俺メカの天才って呼ばれてるからね!これで月の夜だって怖かないぜ。
ーーーおい大地、月の夜ってのは14日も続くんだぞ?そんなバッテリー1つで持つのかよ?
ーーーえっ、14日も?!その間、月の人はずっと寝てるの?
ーーーんなはずねぇだろ!!
大地は頭を横に振った。ラビのことを考えたくなくて人気の多い街の中心地に来たというのに、もうラビのことを考えてしまっている。
大地は気分を変えるため、ぶらぶらと街を散策することにした。昼間のように明るくても時刻は夜だからなのか、人気はまばらだった。
大地はふと、ショーウインドー越しにキラリと目に入ったものがあり、立ち止まった。そこは小さなアクセサリーショップで、大地の目に止まったのは、ガラスの容器に入った1つのブレスレットだった。容器に貼り付けてある紙にはムーンストーン(ブルー)と書かれている。
石の大きさは全て同じで爪の先程はある。白い輝きを放ちつつも深い青が印象的で、見る角度によっては所々虹色にも見える、とても綺麗で神秘的な石がいくつも連なっていた。他に装飾品等はないのに、そのブレスレットがやたらと気になってしまい、大地は目を逸らせずにいた。
「プレゼントですか?お手に取ってご覧になります?」
突然中から出て来た女性の店員さんに声を掛けられ、ビクッとする。
「えっ?えっと、その…。とても、綺麗だなと、思いまして…。」
しどろもどろになりながら大地が言うと、店員さんはニコニコしながらガラスの器ごとブレスレットを持って来てくれた。近くで直接見てみると、透明感や輝きが増して更に綺麗に見え、大地はしばし見惚れた。店員さんが丁寧に説明してくれる。
「ムーンストーンは、その輝きが月の光を連想させることから、月と関わりの深い石と信じられてきたんですよ。宝石言葉は希望や健康、それに幸運が有名ですね。あと愛情を深めると言われていて、遠距離恋愛のお守りとしても人気があるんですよ。」
「遠距離恋愛…ですか?」
「ええ。他にも恋の成就とか恋の予感とか、恋愛の手助けをしてくれる石としても知られていますね。ブルームーンストーンは青色がとても上品なので、女性にも男性にもプレゼントとしてオススメなんですよ。」
「男性にも?男の人でもアクセサリーって身につけるんですか?」
「ええ、今は男性の方でもオシャレでアクセサリーを購入される方はいますよ。女性がつけるような可愛らしいものではなく、どちらかといえば、カッコよくて綺麗な印象を受けるアクセサリーをお買い求めになられますね。このブルームーンストーンもその中の1つなんです。」
大地はその石をラビが身につけるところを想像してしまった。白と青が印象的な美しいブルームーンストーン。そういえば、ラビが乗る水の魔動王アクアビートの色も白と青だったことを思い出して、ますますこのブレスレットがラビに似合いそうな気がしてきた。
(似合うだろうな、きっと……それに…。)
それに、もしも自分がプレゼントした物を身につけてくれたら、どんなに嬉しいか。そう思うと大地は、このブレスレットが欲しくてたまらなくなってきた。
けれど…。
「…せっかくだけど、ごめんなさい。僕お金持ってないんです…。」
ブレスレットの値段は50ムーンドル。安売りキャンペーン実施中と書いてあるが、お母さんからもらったお昼代のお金を合わせても全然足りないのだ。
そう言って立ち去ろうとしたそのとき。
「大地?こんなところで何してるの?」
ビックリして振り返ると、大地のお母さんが大地と同じように驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「か、母さんこそ…。」
「明日の朝ご飯のときに飲もうと思ってたコーヒーが切れちゃってたから、そこのスーパーに買いに行ってたのよ。大地はどうしたの?ラビくんは?一緒じゃないの?」
「…………うん、今は別行動中なんだ。」
家族に恋人宣言をしてしまっている以上、ラビが婚約者候補の女の子たちと仲良くするのを見ていたくなくて、ラビルーナを出てきちゃいました、なんて報告出来るわけもなく、ギリギリ嘘にならない範囲で返事をする。
「ふぅん、そう。それで?ここで何をしてるの?」
「えっ?!えっと、それは……つまり…。」
なんて説明したらと大地が視線を彷徨わせると、店員さんが助け舟を出してくれた。
「息子さんはこちらのブレスレットをお気に召してくれたようで、とても熱心にご覧になっていましたから、私の方で少々この石について説明をさせていただいていたところなんです。」
「あら、そうなんですか?まぁ、なんて綺麗な石!ムーンストーンって言うんですか……本当に綺麗…。大地にしてはセンス良いじゃない?これが欲しかったの?」
「うっ、うん……友達に、プレゼントしたかったんだ……でも俺には高くて…。」
「……あらあら。」
友達と言ったときの大地の様子から、大地がこのブレスレットを誰に渡そうと思っていたのかを母の感で悟る。
「そうね、今回の家族の月旅行をくじ引きで当ててくれたのは大地だものね。いいわ、今回だけ特別に私がお金を出しておくわね。」
「えっ、いいの?!」
突然のお母さんの申し出をありがたく思いつつ、かなり驚いて声が上ずった。
「月旅行を当ててくれたお礼よ。それに、アンタがそんなに熱心にアクセサリーを欲しがるなんて滅多にないことだもの。よっぽど贈りたい相手なのね。」
ウインクまでされて、大地は渡そうと思っている相手が誰なのか、母にバレていることを知り頬が熱くなる。
それを見た母はもちろん、店員さんにまでクスクス笑われてしまい恥ずかしくてたまらなくなった。
けれどその後ではいと渡された、綺麗に包装されたブレスレットを見て途端に嬉しくなった。
(ラビに渡したらどんな顔をするかな、喜んでくれるかな、身につけてくれるかな…。)
ブレスレットを見つめながらそんなことを考えていると、お母さんがちょっと付き合いなさい、と言ってきたので顔を上げる。
「明るい夜なんて初めてだもの。少し散歩してから帰ろうと思ってね。大地もいらっしゃい。」
「えっ?散歩って、どこ行くの?まっ、待ってよ母さん!」
スタスタと歩き出す母に小走りで大地は着いていく。
しばらく歩いて、辿り着いたのは公園だった。ブランコやすべり台、鉄棒などの遊具はあるものの誰もおらず、大地とお母さんの貸し切りだった。噴水の前にあったベンチに2人で腰掛ける。
「月にいるなんてまだ信じられないわね。こんな綺麗な青空を見ていると心まで晴れてくるようだわ。」
「うん、そうだね…。」
「さてと、それじゃあ大地。プレゼントも無事買えたことだし、何があったのか正直に話してもらいましょうか。」
ギクッ!!
「何がって……何が…?」
「大地。母さんを誤魔化せるとでも思ってるの?」
「うっ…。」
「アンタがあんなところで1人でいるなんて、おかしいと思わないわけがないでしょう?ラビくんと喧嘩でもしたのかと思えば、プレゼントを買ったときの顔は、そんなふうでもなかったし、かといって冴えない顔をしてるのも事実。一体何があったの?母さんには話せないことなの?」
「…………話せないんじゃ、ないよ……ただ俺、わかっちゃったんだよ、自分が、どれだけ……浅はかだったのかって…。」
「大地…。」
涙声になった大地にお母さんは声を掛けようとして止める。大地が何かを言おうとしているのだから、それを待つべきと判断したからだ。
「……ラビには、すっごく大事な役割があるんだ……その役割を果たすのに、俺との関係は、邪魔にしかならない…!」
堰を切ったように、想いが溢れて止まらなくなった。
「わかってたはずなのに!ラビを好きになったら、どれだけ辛く大変な思いをするのかってことぐらい、わかってたのに、好きになっちゃって……やっぱり、見たくないものを見ちゃって……でも、それでも好きで……諦めるなんて、出来そうもなくて……どうしよう母さん……俺、俺、今とっても苦しいよ……!」
ラビに大嫌いと言われたとき(真っ赤な嘘だったが)だって、大地は苦しくて悲しくて、どうにかなりそうで、やっぱり好きになんてならなければ良かったと思ったが、想いが通じ合い、互いに同じ気持ちを伝え合うことが出来たのに、それを諦めなければならない今の方が、大地には、ずっとずっとずーっと辛くて苦しくて、悲しかった。
「好きなんだよ、ラビのことが、どうしようもなく!でも、ダメなんだ!俺の気持ちは……ラビとの関係は…!!ラビルーナの平和のために、そこに住む、何千、何万という人たちのために…!!」
ラビルーナの平和は大地1人の力で取り戻したのではない。ガスやラビ、V‐メイにグリグリ、イマックやサユリ、ラビルーナの住人たち、グランゾートたちや太陽王。
大切な仲間たちや大勢の人たちからの協力があったからこそ、取り戻すことが出来たのだ。それを少しでも乱すかもしれないことは、したくないに決まっている。
「……だから、俺は、ラビを諦める……もう、ラビとの関係を終わりにして……ただの友達に、戻るよ……!ラビは、優秀で、可愛い女の子と結婚して、子孫を残して……ラビルーナを、導いて行くんだ……。」
途切れ途切れに、声を震わせて。
「そうすれば、ラビルーナの、未来は、平和は、みんなの幸せは、ずっとずーっと続いて……。」
「大地!!いい加減にしなさい!!」
ピシャリと言われて、大地はビクッと体を震わせた。お母さんを見ると、明らかに怒っている。でもどこか、とても悲しげで…。
「大地。さっきから黙って聞いていれば……みんなの平和だとか、幸せだとか!そんなきれいごとばかり言う偽善者ぶる子なんて、母さんは大嫌いよ。」
「偽善だなんて…!俺は、ただ…!」
「自分のことはどうでもいいから人のためにだなんて、そんなものは偽善よ。どうしてだかわかる?」
「それは……。」
「……大地。アンタ、自分が幸せでいることが人の幸せに繋がることもあるって、考えたことある?」
「?自分が幸せでいることが、人の幸せ?」
一体何の話なのかさっぱりわからない。大地がオウム返しに聞き返すと、あのね、とお母さんが話し始めた。
「あなたがラビルーナを旅しながら、邪動族の人たちのせいで困っている人たちを助けたとき、みんな、あなたたちに対してどんな顔をしていたの?どんな様子だったの?」
「えっ?どんなって…。」
大地は思い返す。ラビルーナのそれぞれのエリアで、困っている人たちを助けたときのことを。目的地に向かう自分たちをどのようにして見送ってくれたのかを。
「……笑ってたよ、みんな。」
そのときはまだ、不安が完全に消えたわけでも完全に平和になったわけでもなかったが、それでも皆、ありがとう、気を付けて、と笑顔で言ってくれたのだ。
「そのとき、あなたはどう思ったのよ大地。みんなの笑顔を見てどう感じたの?」
「どうって………………嬉しかったよ、とっても。絶対にこのラビルーナを元に戻すんだって、そう思って、とっても勇気が湧いた。」
みんなの笑顔に、励ましに、見送りに心が救われた。俄然やる気もみなぎった。
「そう思っているのは自分だけだとでも思ってるの?」
「?何が?」
「あなたがみんなの笑顔を見て幸せを感じたように、あなたの笑顔を見て、幸せを感じる人もいるって考えたことがあるのかしら?」
「えっ?!」
そんなこと、考えたこともないと大地は首を横に振る。
「大地……もしも、もしもよ?あなたたちが命懸けでラビルーナを救った結果、あなたたちの仲間の誰かが命を落としたとしたら?たとえラビルーナに平和が戻ったとしても、あなたたち、それで笑うことが出来るかしら?救われた人たちは?それを知って笑えると思う?」
「ハッ!」
大地は目を見開いた。完全に心当たりがあったからだ。聖地ルナでの最終決戦。暗黒大邪神を倒すために、そして自分たちを、ラビルーナを救うために、ラビの母サユリが闇の魔法陣に入ってその命を落としてしまった。
もしも、あのままサユリが目を覚まさなかったとしたら…。
ラビはもちろん、大地もガスも、みんなきっと、あんなふうに最後、手を取り合い笑い合うことは絶対になかった。
あんなふうに笑い合えたのも嬉しかったのも、幸せな気持ちになれたのも、ラビルーナでのことが良い思い出になったのも全部、最後にみんなの幸せな笑顔を見ることが出来たからだった。
「あなたがみんなのことを大切に思う気持ちはわかるわ。でもね、そのために自分の気持ちを押し殺すような真似はよしなさい。そんなことをしても誰も嬉しくなんかないし、それでラビルーナの未来が安定したものになったとしても、誰も喜んだりなんかしないと思うわ。だって、自分たちを助けるために必死に頑張ってくれたあなたが、そんな顔をしているんだもの。嬉しいはずがないでしょ?」
お母さんが何を言いたいのか、ここまで言われて大地はやっと理解する。誰かのために自分を犠牲にするという行為は、相手を救うどころか、とてつもなく悲しませ、二度と消えることのない傷を一生涯背負わせるに等しい行為なのだと。
「危険を顧みずに誰かを救おうとする行為は、とても立派だし簡単に出来ることではないわ。でもね、そのために自分がどうなっても構わないというのは、自分本意でとても身勝手なことなのよ。それをされた相手がどんな気持ちになるのか、ちっともわかっていないんだもの。」
だからね、と大地を抱き寄せながら付け加えるように言う。
「もっと自分を大事にしなさい。もっと言いたいことを言いなさい。それと自分を追い詰めるのはやめなさい。大地がそんな顔をしてたら、母さんだって悲しくなっちゃうでしょ。」
「っ、母さん…!」
大地はお母さんにしがみついて泣いた。後から後から涙が溢れて止まらなかった。お母さんは大地が泣いている間、ずっと大地の背中を優しく撫で続けてくれた。
しばらく泣いていたが少し落ち着いてくると、お母さんにしがみついて泣いていたことが急に恥ずかしくなってきて大地はお母さんから離れた。
深呼吸を1つして、お母さんの目をしっかりと見つめる。
「……ありがとう、母さん…。俺、やっぱりラビのこと諦めたくないから、ちゃんと言うよ。ばーちゃんたちやラビルーナのみんなになんて言われるかはわからないけど……後悔だけは、したくない!」
そう言う大地の目からは、もう迷いも諦めも見られなかった。
「うん、それでこそ我が息子ね!母さんは信じてるわよ。大地は何があっても最後まで諦めない、どんな困難があっても、持ち前の元気と明るさで乗り越えていける子だって。だから当たるだけ当たって来なさいな!」
「うん!俺、頑張るよ!」
「当たって砕けたら、また母さんの所に泣きに来ても良いわよ?胸ならいくらでも貸してあげるから。」
「へっ、変なこと言わないでよ、もう!」
恥ずかしさがぶり返して来て、顔を真っ赤にする大地。これなら大丈夫そうだと、お母さんは内心ホッとする。
「あっ、そうそう。忘れるところだったわ。はい、これ。」
「?………ええーー!!これって…!!」
それは大地が、月に来る前にこっそり自分の机の引き出しに仕舞っておいた夏休みの宿題の紙束だった。月に来てまで勉強などしたくなかったからわざわざ小さく折り畳んで隠しておいたのに。
「母さん!なんで宿題なんか月に持ってきてるんだよ?!」
「月では思いっきり遊べるとでも思っていたんでしょうけど、そうはいきませんからね。ここに持ってきてる分はしっかり終わらせること、いいわね?」
「ううっ………それにしたって、なんで買い物のバッグに俺の宿題なんか入れてたのさ?」
「本当は、今日のお昼に大地が帰って来たら渡そうと思ってたのよ。でも急にラビくんと付き合ってるなんて言い出すものだから、さすがに驚いちゃってね。渡すのをすっかり忘れてたのよ。だからもし、買い物中にアンタに会ったら今度こそ渡そうと愛用のバッグに入れておいたのよ。」
用意周到にも程がある。大地はガクッと項垂れた。この母には、いつまでも敵う気がしなかった。
「じゃあ、母さんは帰るわね。ラビくんやガスくんによろしく。」
「あっ、うん…ありがと、母さん!」
お母さんは笑いながらしっかりね、と手を振って帰って行った。
大地は、ふぅ~と息を吐いて背伸びをした。
(諦めないって母さんと約束しちゃったし、そろそろ戻るとするかな。ラビはまだ女の子たちと話してるのかな?)
その光景を見たときに、また女々しくなったりしないだろうかと不安に駆られるが、もう迷わないと決めたのだ。
だから、そのときは…。
(エヌマがしていたように、ラビの耳を思いっきり引っ張ってやろう!)
そんなことを考えられるくらいには、大地は元気を取り戻していた。じゃあ行くかと立ち上がる。
そして公園を出た大地は、ふと見上げた先に見覚えのあるガラスのドームが見え、そちらに向かって駆け出す。
そして街を抜けた広場でその全貌を見て、自然と笑みが浮かんだ。
「やっぱり、オセロとドミノの宇宙戦艦だ!」
ちょっと顔を見せに行こうと、大地は軽やかな足取りで船に向かった。