数十分後。
「きゃわーん!!探し終わったグリ〜!!」
「おお、みんなご苦労じゃったのう!おかげでだいぶ石板が集まったわい!」
「ハァッ、ハァッ、よく言うぜっ、相っ変わらず自分じゃ何にもしないくせしてよ!」
「力仕事は若いもんがする、これは昔っから決まっとることじゃよ。」
ラビの文句など流して涼し気に団扇を扇ぎながら、ニンジン博士は集まった石板の数を数える。
「全部で30枚…。これだけの量ともなると、1人の人間が書いたものではないようじゃのう。」
この塔に住んでいた者たちが皆思い思いに書いたものだろうと言うニンジン博士に大地が尋ねる。
「それでなんて書いてあるの?読めるんでしょ?」
「フム…。じゃがホントに部分部分しか読めんのう。研究所から資料を持ってこんことには…。」
「んなの待ってられるかよ。読めるとこだけでも読んでくれよ博士。」
ラビの言葉に仕方がないと肩をすくめ、ニンジン博士が読もうとすると…。
「どうかしましたか?」
「あっ母さん。」
「一体何を見ているのだ?」
「ナブー、それがね…。」
壁の文字を解読していたサユリとナブーが声をかけてきた。エヌマが簡潔に説明すると、サユリが手を挙げる。
「あの、この文字なら私が読めます。父であるラーマスから教わったことがありますから。」
有り難い申し出にニンジン博士は一も二もなく頷き、石板を渡す。
「では、まずこの石板から………もうすぐだ…もうすぐ3体の魔動王が完成する…。これで暗黒大邪神を倒して、この戦いに終止符を打つことが出来るぞ………と書かれています。」
「えっ、3体の魔動王って…!」
大地が驚きの声を上げ、全員が目を見開く。
「言っていませんでしたが、壁に書かれた文字を全部ではないのですが、いくらか解読出来たのです。そこには、グランゾート、ウィンザート、アクアビートの設計図が書かれていました。」
「なんだって?!」
「なんですって?!」
「ホントか、母さん?!」
サユリが大地たちに向かって頷く。でも、と大地は1つ疑問に思うことがあった。
「設計図ってことは、図がないと変じゃないですか?壁に書かれた文字って図形だったんですか?」
「いや、図らしきものは何も書かれてはいなかったぞ。」
大地の問いにナブーが答えた。サユリが続けて言う。
「壁に書かれた文字は、この石板の文字よりもずっと古い旧字体で書かれていました。おそらく設計図を文字に置き換えながら昔の字に直し暗号化したのでしょう。少し見ただけでは、魔動王の設計図だとわからないように。」
「なるほど…日本の忍者もよく使っていたといわれている方法ですね!」
とガスがポンと手を叩きながら言う。
「だけど、ちょっと変じゃないか?」
サユリの説明を聞いた大地はどうしても腑に落ちないことがあり、言葉に出す。
「何が変なんだよ?」
ラビの質問に、大地は以前アルガから聞かされた耳長族同士の戦いの話を思い返しながら答える。
「だってさ、グランゾートたちが作られたのって確かアルテミナパワーの一部を取り込んだ暗黒大邪神の暴走を止めて、再び光の塔に封印するためだったんだろ?けど耳長族同士で争いが起こって邪動族の祖先の耳長族が追放されたのは、その数百年以上も前だったって話だぜ?もしも、この塔に暮らしていたのがシャマンたちの祖先だとしたら時期が合わないじゃないか。」
石板の内容とアルガから聞かされた話に矛盾を感じた大地がそう言うと、その疑問にはニンジン博士が答えた。
「フム…。石板を読んでみんことにはわからんが、おそらくこの石板は耳長族の間で争いが起こってから3体の魔動王が完成するまでの数百年の間に、この塔に暮らしていた耳長族たちが書き残したもんなんじゃろう。」
石板の日記は一時期の間だけに書かれたものではなく、長い年月の間、そのときそのときで暮らしていた耳長族たちが思い思いに書き残したものなのだろうとニンジン博士は言う。
それならば、この塔に魔動王の設計図があっても不思議ではないし、邪動族の祖先が暮らしていたという仮説も否定は出来ないし、闇の魔動石が邪動族の物である可能性も消えはしない。一応の辻褄は合う。
「ふぅん、そっか…。じゃあ、ホントにこの塔でグランゾートたちは作られたのか…。」
大地が納得して辺りを見回しながら呟くと、そんなことより、とラビが急かすようにサユリに声を掛ける。
「それで、母さん、他の石板にはなんて書いてあるんだよ?」
「ちょっと待ちなさいマリウス、今読みますから…。」
サユリが新しい石板を手に取り再度読み始める。
「………こんな戦いに何の意味があるというのか…破壊と疲弊、何人もの犠牲、いつまでこんなことを続けるのか、我らに希望はあるのだろうか………。」
次の石板を手に取った。
「………今日久しぶりに外で魚を焼いて食べた、美味かった、涙が出た、そして思った、やはり死ぬわけにはいかないのだと、私の血となり肉となってくれた魚の命に報いるためにも、魚が繋いでくれた私の命を精一杯生きなければ………。」
読み終わるたびに新しい石板を手に取り読み進めていく。
「………何故、言葉を交わしてしまったのだろう、何故、情を通わせてしまったのだろう、彼は俺たちにとっての敵なのに、何故、俺たちは、友達になってしまったのだろう、駄目だ、俺に彼は殺せない、彼を殺すくらいなら、俺は彼に殺されることを選ぼう、せめて、来世では彼と、平和な世界で、本当の友達になれることを願う………。」
「………もう月面に住むことは叶わない…だが月の裏側に異世界を見つけた、そこならば我らは皆生きていけるかもしれない…なのにあの者たちは我らと共には行かないと言った…確かに我らの中には彼らを拒む者も疎ましく思う者もいる…そんな者たちと一緒に新天地を目指すことなど出来ないと、伸ばした手を拒まれてしまった…本当に、彼らはその耳のように誇り高く気高い者たちだ、けれどこんな空気もない死の荒野と化した月面で生きて行けるのだろうか………。」
サユリの言葉に大地たちは息を呑む。この石板の内容が、高耳族のことを指し示しているのだとわかったからだ。黙っていられなかったのはラビだった。
「なんだよそれ…じゃあ高耳族は追放されたんじゃなくて、自分たちから関係を切ったってことなんじゃねーか…!」
高耳族は耳長族に捨てられたと聞いていたのに、結局先に関係を切ったのは高耳族で、それを知らずに高耳族の子孫は復讐などというものにずっと囚われていたなんて、バカにも程があるとラビは拳を握りしめる。そんなラビを見て、サユリは静かに諭すように言った。
「……どちらにしても、関係を絶ったことで高耳族が月面に取り残された事実に変わりはありませんよ、マリウス。高耳族を追放しようとした者ももちろんいたのでしょう、けれどその中には共にラビルーナに行こうと手を伸ばした者もいた、そしてそれを拒んだ高耳族がいた…それだけのことです。」
怒りを感じることではありません、というサユリの言葉にラビは視線を床に落とす。理屈はわかるが、やはり解せない部分もあるのだ。
俯いていると、大地がラビの震える拳にそっと触れた。ハッとして顔を上げると大地と目が合う。大地は心配そうに、けれど真っ直ぐにラビの目を見つめてくる。見つめ合っていると胸のつかえが取れたような気がして、少しばかり心が晴れた。大地の指に自身の指を絡ませるようにして手を繋ぐ。大地がしっかりと握り返してくれて、更に胸の中が温かいもので満たされる。
ラビはもう怒ってなどいなかった。ありがとな、と小さくラビが呟くと、どういたしまして、と大地が小声で返す。
そんな2人を見てサユリは静かに微笑んだ。特に何かを言いはしなかったが、ラビの心情を理解し何も言わずに寄り添ってくれた大地に、内心とても感謝していた。
次の石板を手に取り読んでいく。
「………あの人が死んだ、私とお腹の子供を残して、何故死ななければならなかったの、あの人は私と子供、それに仲間を守るために戦っていただけなのに、何故殺されなければならなかったの、返して、私の夫を、この子の父親を返して………。」
「………アルテミナパワーを取り込んだ暗黒大邪神は、最早我らの手には負えない、月に平和を、その想いが何故こんな悲劇を…救いはないのか………。」
数百年間書かれ続けてきたというのはどうやら本当らしい。時系列こそバラバラだが、アルガから聞かされた内容と合致する石板がある。
「………私たちと同じ長い耳を持っているのに何故敵になってしまうのか、魔動王を作ったのだって月の繁栄を願ってのことじゃないのか、月を想う気持ちは同じなのに、耳の形や色が違うと敵と見なされる…それならばいっそのこと、こんな長い耳なんて、なくなってしまえばいいのに………。」
サユリがそこまで読み上げたとき、シャマン、エヌマ、ナブーがその体を僅かに震わせた。その空気を感じとったのか、サユリが3人をチラリと見やる。その視線にシャマンが大丈夫だと頷きながら先を促したので、サユリは次の石板を手に取った。その内容はどの石板よりも長いものだった。
「………体の一部が切り落とされる激痛にも堪えて、ようやく我らは長い耳をなくしたというのに、仲間にこの塔から出て行けと言われてしまった、だが案ずることはない、敵ではあったが宇宙へと旅立つ者たちが我らの覚悟を認めてくれたおかげで、同行させてもらえることになった、月を離れて新天地を目指すのだ、そこではどうか、争いのない平和な世界を築けることを願う、そしてどうか、我らの子孫が笑顔で元気に暮らしていける、憎しみや恨みなど負の感情に囚われることのない、平和を愛し他者を思いやる、そんな人々で溢れる国を作っていこう………。」
ドサッ。
「?!シャマン、エヌマ、ナブー!!3人とも一体どうしたの?!」
大地が慌てて駆け寄る。というのも、サユリが読み終えたと同時にシャマンたちが膝から崩れ落ちたからだった。3人とも苦悶の表情を浮かべ、エヌマは涙まで堪えている。
「……っ、我らの祖先は……こんなにも、我らのことを…。それなのに、我らは…。」
シャマンが珍しく声を震わせている。
「……ワシらの中には、先祖の受けた屈辱を晴らそうと、ラビルーナへの侵攻を決意した者もいたというのに…。」
「……あたしたちが、あたしたちがしてきたことって、一体…。」
ナブーもエヌマも声を震わせながら言葉を紡ぐ。
長い耳をなくした、月を離れて新天地を目指した、この2つの言葉が意味するところ…。邪動族のことで間違いはないだろう。どこで想いを違えてしまったというのか。確かに、月を追われた悲しみも憎しみもあったのだろうが、その中には、子孫を思いやり幸せと平和、繁栄を願う…そんなささやかな想いもあったのだ。
初めて知る、祖先の自分たちへの想いに、シャマンもエヌマもナブーも心が震えた。そして、初めて後悔した。握りしめた拳の震えを、溢れてくる涙を止めることも出来ずに、ただただ俯いていた。
大地たちは、なんと声をかけたら良いのかわからなかった。自分たちのしてきたことを体を震わせるほどに悔いている者に対して掛けられる言葉など、果たしてあるのだろうか。けれど何かをせずにはいられず、大地はシャマンの肩にそっと手を置いた。しばらくそのままでいると、徐々にではあるがシャマンの震えが収まってきたのがわかった。
「……まだ、間に合うと思うよ…。」
大地が静かに言った言葉にシャマンたちが目を見開く。
「してしまったことはもう、どうにもなんないけどさ…。今からでもご先祖様たちの願い、叶えてあげたら?シャマンたちなら、きっと出来るよ!俺信じてるから!」
もっと気の利くことを言えれば良いのに、と内心大地は思うが、拙い言葉でも本心だからと開き直り最後は少しばかり口調を強めて言う。すると急にシャマンが立ち上がり、大地のことを抱きしめてきた。
「っ?!」
あまりのことに大地は言葉を失い、体を固くする。けれどシャマンが大地を抱きしめていたのはほんの数秒だった。そっと体を離すと、シャマンは大地の目を見つめて言った。
「ありがとう、大地。お前のその言葉にどれだけ救われたか…。」
「ええっ、そんな大袈裟だよ…。」
「大袈裟じゃないわ。間に合うって……そんなこと言ってもらえるなんて、思ってもみなかった…。」
「お前の気持ちは有り難く受け取っておこう。いずれワシらが、その気持ちを他者と分け合えることが出来るように。」
エヌマが涙を拭いながら言うと、ナブーも立ち上がって大地に向かって頭を下げる。まさかここまで感謝されるとは思ってもみなくて、大地は照れたように頬を掻いた。
と…。
「まっ、大地の言う通りだよな!やり直しなんていくらでもいつからでも出来る!うん、やっぱオレたちのリーダーは良いこと言うぜ!」
突然ラビがそう言いながら、大地の肩を掴んでぐいっと引っ張り、自分の方に引き寄せた。その力の強さに大地は顔をしかめる。
「イテッ、何するんだよラビ!」
「……べっつに。」
何故かムッとしている様子のラビ。
「?何怒ってるんだよ?」
「怒ってねーよ…。」
「???」
大地が首を傾げてラビを見つめていると、ガスがやって来て言う。
「ラビくん、男の嫉妬は見苦しいと私のおじじ様も言ってましたよ?」
「はぁ?嫉妬って、ラビ何に嫉妬してんの?」
「し、嫉妬なんざするわけねーだろ!!ガス、適当なこと言ってんじゃねぇ!!」
「そうですか?ラビくんを見ているとそのようにしか見えないのですが?」
「眼科行って来い!!」
ラビたちのやり取りをサユリはため息をつきながら、シャマンとエヌマはクスクスと笑いながら見ているが、ナブーとニンジン博士は本当に理由がわからずにいた。
「どういうことじゃガスくん?大地くんとラビくんがどうかしたのかね?」
考えてもわからないのでニンジン博士がガスに聞く。
「実はですね、大地くんとラビくんは現在恋仲になっているんですよ。」
「ホワッツ?!」
『ガス!!』
ニンジン博士の素っ頓狂な声を聞いて、大地とラビは途端に恥ずかしくなった。ナブーが理由がわからない、というような顔をする。
「そういえば、宴の席でもエヌマがお前たちを見て好き合ってるなどと言ってはいたが、男同士ではないか。恋仲になるなど、随分とおかしなことを言うものだ。」
「ナブー、偏見だぞ。」
「ナブー、偏見よ。」
すかさずシャマンとエヌマに軽く睨まれながら言われて、ナブーはたじろぐ。
「フムゥ…なるほどこれは興味深い。メモしとかんとな。えーっと、ウサギ人間は同性同士でも恋仲になることが出来る、と。」
いつものようにメモを取るニンジン博士に最早突っ込む気など起きず、頭を押さえる大地とラビ。
「……俺、ちょっと外に出てくる…。」
「だったらオレも行く…。」
「でしたら屋上に行かれては?風が気持ちいいと思いますよ。」
「ボクも行くグリ!!」
今の今まで話について行けず、座ってハピと遊んでいたグリグリだったが、屋上と聞いてピョンと立ち上がる。
「グリグリちゃんは私たちと一緒にいましょう。ニンジンの飴、まだまだありますよ?」
「きゃわーん!!アメ食べたいグリ〜!!」
屋上へ行く気は何処へやら、ガスから先程の棒付きキャンディを貰って嬉しそうに舐め始める。
「屋上には、階段を昇りきって突き当たりのドアを開けたら出られますよ。」
ガスが今のうちに、と目で合図する。正直言うとその気遣いはありがたかった。2人とも痛む頭を休めたいから外の空気を吸いに屋上へ行くのに、グリグリと一緒だと休まるものも休まらない気がしていたのだ。
「行こうぜ、大地。」
「うん、わかった。」
屋上にて。
「うわぁ〜!すっごい眺め!!」
「な、いい景色だろ?ここからだと月面全部が見渡せるんだぜ!」
屋上からの眺めは最高で、風も本当に気持ちが良くて、青空を近くに感じた。以前大地が闇の塔に上がって屋上まで来たときは景色なんて見ている余裕がなかったため、こうして屋上から月面の景色を見るのは実際初めてだった。それに…。
「闇の塔も前に来たときと大分構造が変わったな。前は屋上に続く扉なんてなかったし、こんなふうに月面全部を見られるようにもなってなかったはずだし。」
「闇の塔全体を調べるのに適した造りにしたんだとよ。別に塔自体を傷付ける理由でも何かを持ち出したりする理由でもねぇし、一応許可を取るために母さんやばーさんにも話したけど特に問題ねぇってよ。」
ラビの言葉に大地も納得する。
「ふぅん、そうなんだね……。それにしても、なんか久しぶりな気がするな。」
「…?何がだよ?」
「こうやって、2人だけになるの…。」
「…っ!」
大地の言葉に、ラビは頬に熱が集まるのを感じた。何言ってるんだよ、そう言おうとして大地の顔を見たラビは言葉を失う。景色を眺める大地の横顔は何かを憂いているような、遠い何かを見つめているような、そんな顔をしていた。表情は凪いでいるのに、どこか哀しげで、なんだか大人びているとラビは思った。
「……なぁ、ラビ。」
「っ、なんだ?」
急に話しかけてきた大地に内心ドキッとしつつ、ラビは平静を装う。
「俺、今度の月旅行ではなんというか、いっぱい考えさせられたなって思ってさ…。」
「…………。」
「ベリタスのこともそうだし、ラビルーナでの祭典でのことも、シャマンたちのご先祖のことも、ラビやガスが言ってた表裏一体っていう言葉の意味も……それに、本気で誰かを好きになるってことも……。」
「大地…。」
「ラビ、俺さ、改めて思ったよ。月に来れて、ラビルーナに行けて、みんなに、ラビに会えて本当に良かったって。」
「っ、大地…!」
「ありがとなラビ、お前に会えて良かったよ!」
大地がラビの目をまっすぐに見つめて微笑んだ。ラビは大地への愛しさと嬉しさで胸がいっぱいになった。けれど、どんな言葉を並べても、今のこの気持ちを表現することは出来そうもなくて、その代わり、ラビもまっすぐに大地の目を見つめ返して、同じ言葉を紡いだ。
「オレもだ、大地。お前が月に来てくれて良かった、一緒にラビルーナに行けて良かった、みんなに、お前に会えて良かった!」
もちろん微笑むことも忘れずに。
ラビの言葉に大地も胸の中が熱くなるのを感じた。出会ったばかりの頃は、なんか好きになれないなぁ、などと考えていたというのに、今はこんなにも愛しいと感じているのだから、不思議なものだ。
大地は渡すなら今だと思った。ずっと渡そうと思ってはいたのだが、みんなの前で渡すのが恥ずかしくてタイミングを逃してしまっていたのだ。喜んでくれるだろうか、身に付けてくれるだろうか、という考えが頭をよぎるが、何を女々しくなっているんだ、渡すと決めて買ってもらったんじゃないか、と気持ちをリセットする。
意を決して、大地はポケットに入れておいたそれを取り出し、ラビに差し出した。
「…?なんだよ、これ?」
差し出された小さく綺麗な白い包みを、ラビは不思議に思いながらも受け取った。Giftと書かれたリボン付きのシールまで貼ってある。
「…開けてみろよ…。」
言われた通りに包装紙を破かないようにそっと開け、掌の上に出してみた。
「…えっ……これ……。」
青くてキラキラしている、とても綺麗なムーンストーンのブレスレット。
「……ラビにやるよ、そのブレスレット…。」
(あぁ、もう!なんだってこんなぶっきらぼうな言い方になっちゃうかなぁ!俺のバカ!!)
と内心大地は思うが、ラビは特に気に留めた様子もなくブレスレットに見入っている。
「……大地…これ、どうしたんだよ…?」
「いや、あの……街歩いてたら偶然ガラス越しにそれ見つけてさ、なんか綺麗だなって…ラビに似合いそうだなって…あと色もさ、白と青でアクアビートみたいじゃん?だから、その…………。」
(これじゃあ、言い訳してるみたいじゃんか!別に悪いことなんかしてないってのにもう!!落ち着けよ俺!!)
深呼吸を1つ。少し心を落ち着かせてから大地は言葉の続きを言った。
「…………ラビに、つけてほしいなって、思ったんだ…。」
「……っ!」
大地の言葉にラビは息を呑む。それだけの理由で、こんな高価そうなブレスレットを買ったというのだろうか。嬉しいよりも驚きの方が勝った。
ラビは、長いこと月面でオセロたちと海賊業をしていたこともあって宝石の目利きは多少なりとも出来るのだが、このブルームーンストーンは、色や大きさ、透明度や光の反射具合などから、ムーンストーンの中ではかなり価値のあるものだと推定された。持ってく所に持っていけば、200ムーンドルはくだらないだろう。下手したら300ムーンドルくらいするのではないだろうか。
「……こんな高価な物、本当にお前が買ったのか?」
ギクッ!!
大地が動揺して肩を僅かに震えさせたのをラビは見逃さなかった。ジト目で見られて、大地はううっと観念する。
「……情けないから本当は黙ってたかったんだけど、それ、俺のお母さんが買ってくれたんだよ…。」
「へっ?お前の母さんが?」
「うん……安売りしてたんだけど、それでも俺の小遣いじゃ、どうしても足りなくてさ。諦めようと思ったら、今回の月旅行を当ててくれたお礼にって、買ってくれたんだよ。」
「……ホッ、なんだそうかよ…。オレてっきりお前がコソドロの真似でもしたんじゃねーかって思っちまったぜ。」
「はぁ?!んなこと俺がするわけないだろ!!何考えてんだよ!!」
「いやぁ~ワリィワリィ!」
心外だ、見当外れもいいとこだと大地は憤慨する。お金が足りなくてお母さんに買ってもらったというのも格好がつかないが、まさか盗品ではと疑われるなんて思いもしなかった。
疑われたことに少なからずダメージを受けた大地は、腕組みしてそっぽを向く。渡したら喜んでくれるかな、などと考えていた自分がバカみたいではないか。
大地がそっぽを向いたことで、ラビは慌てて大地の顔を覗き込む。
「おい、大地…………お~い、大地くーん………怒った?」
「………怒るに決まってるだろ。」
「あっ、やっぱ?」
「当たり前だろ!!俺が、どんな気持ちで…!」
「ワリィ!!ホント、ごめん!!オレもさ、こんなの初めてで、ビックリしちまってつい!!」
「…?初めてって、何がだよ?」
「えっ、あっ……その、だから…………誰かにプレゼント貰うの…。」
「えっ?そうなの?!」
「……ラビルーナに行って、母さんたちと暮らし始めてからはさ、誕生日にお祝いしてもらったり、ばーさんから勉強のための魔法書を貰ったりしたことはあるけど、こんな……こんな綺麗な贈り物を貰ったのは、生まれて初めてなんだ…。」
そう言いながらラビはブレスレットを優しく撫でる。その仕草と表情に、大地は思わず見惚れた。
「ラビ…。」
「……ありがとな、大地。すっげぇ嬉しい。お前がこれを見てオレに似合いそうって思ってくれたことも、アクアビートみたいだって思ってくれたことも、オレに、つけてほしいって思ってくれたことも…。」
ラビは自分の左手にブレスレットをつけて掲げて見せた。
「似合うか?」
「…!うん、とっても似合ってる!」
「へへっ、そうか!」
はにかんで笑うラビを見て、大地は頬が熱くなってきてしまい、それを誤魔化すように腕組みをしながらふんぞり返る。
「…うんうん、やっぱり俺のセンスが良かったんだな〜!さっすが俺!」
「はぁ?!なんだよ、それ!つけてるモデルが良いからだろ!」
「自分で言うかフツー?」
「お前だって自分で言ってるじゃねーか!」
そう言い合って顔を見合わせて、同時に吹き出す。一度笑い出すと中々止まらなくて、しばらく屋上で2人で笑い合って……………けれどラビも、大地に渡せればと思っていた物があったことを思い出して懐に手を伸ばして取り出す。
「……大地。お返しにもなんねぇけど、オレもこれ、お前に渡そうと思ってたんだ。」
「えっ?……!これって…!」
「あぁ、ゲーセンで撮った写真だ。」
「でもこれ、なんで半分に切れてるんだよ?」
「こうやって真ん中の白い線に沿って切って、友達と分け合うんだとよ。オレも女の子たちが切り分けてるのを見て初めて知ったんだけどな。」
専用のテーブルとハサミまであったぜ、というラビに大地も驚きを隠せない。そんなものがあったことにすら気付かなかった。
「それで、オレもなんとなしに切り分けてみたんだけどよ、なんか、恥ずかしくなっちまって……ずっと渡せずにいたんだが………お前さえ、良ければ……。」
「………うん、ありがと…。」
照れたようにラビが写真の片割れを差し出してくるので、大地まで恥ずかしくなってきてしまったが、素直に受け取った。
写真の背景は、大地のはキャンプファイヤー。ラビのは海。それぞれの魔動王の象徴みたいで、2人はなんだか嬉しくなってきた。
「ありがとうラビ、大事にするよ!」
「そんなの……オレの方こそ、これありがとな!」
何度目になるかわからないありがとうを伝え合い、笑い合う。それだけで、こんなにも特別で幸せな気持ちになれる。
と、ラビが大地の肩に手を置いた。ハッとして見ると、ラビの瞳に熱が宿っているのを認めて、大地は胸が高鳴っていくのを感じた。応えるように大地もラビの背にそっと手を回して引き寄せる。顔を近づけ合い、口付けを交わした。
今までと違い、重なり合った唇はその熱を感じて数秒で離れていったが、間近で見つめ合うと夏の日差しのような温かな想いが、2人の心いっぱいに広がった。
…………と。
バタンッ!!!
「きゃわーん!!大地とラビ、ラブラブグリ〜!!」
「あぁっ!!駄目ですよグリグリちゃん、お邪魔をしては…!!」
「…そのガキは静かにすることが出来ない呪いにでもかかっているのか?」
「ね?あたしたちの言った通りだったでしょナブー。これであの2人が付き合ってるって信じてもらえるわよね?」
「……こんな光景を見せられてはな、疑う余地もない…。」
「大地くん、ラビくん!!スマンが今のシーンをもう一度やってもらえんかのう?!耳長族が同性同士でも愛し合えるという証拠写真を撮りたいんじゃ!!これで頭のお固い研究者どもの鼻っ柱を折ってやれる!!あぁ、そうじゃラビくん、やるときは頭の布を取った状態で……いや、どうせなら2人とも魔動戦士のコスチュームに着替えるんじゃ、うん、それが良い!!ザッツ、グッドアイディア!!」
屋上の扉が勢いよく開かれて飛び出して来たのは、ラブラブグリ〜と連呼しながらピョンピョン走り回るグリグリに、そのグリグリを慌てて追い掛けるガス、呆れ返ってグリグリとガスを見つめるシャマン、ナブーにほらご覧と2人の関係性を力説してるエヌマ、目の前で起こったことに我が目を疑いつつ認めざるを得なくなったナブー、カメラを構えて純粋な研究者の眼差しで2人を見つめるニンジン博士だった。
一体いつからそこに何故ここに、という考えは一瞬のうちに頭の中を駆け巡り、思考の彼方へと消え去った。
2人に残っていた感情は2つだけ。怒り3割、羞恥7割。
ワナワナと震える2人の様子がおかしいことに、ようやく周囲は気付いた。
「だ、大地くん、ラビくん、あの……。」
「顔が真っ赤じゃよ、熱でもあるんかね?」
「ニンジンさんみたいグリ〜!!」
ガスと博士とグリグリが2人に近付くのと反対に、シャマンたちは後退りを始めた。耳に指を突っ込むのも忘れずに。
『っっ、覗いてんじゃねぇーーーーー!!!!!』
直後、大地とラビの絶叫ともとれるこの声が闇の塔全体に響き渡った。
同時刻、闇の塔大広間。
「なんですか今の声は?!」
「一体何事です?!」
「屋上から聞こえましたよね?!」
「誰か様子を見てきてください!!」
突然屋上から聞こえてきた大声に研究員たちが慌てふためく中、1人額に手を当ててため息をつくサユリ。
「だから行くのは止めたほうが良いと申しましたのに…。」
母の苦労はまだまだ続きそうである。