翌日。
シャマンたちは迎えに来た邪動兵士たちと一緒に(邪動兵士たちはナブーを見てたまげて腰を抜かしていたが)ラビルーナの名酒と呼ばれる酒とニンジン博士の許可を得て貰った石板の一部、そして大地が作ったあのオルゴールを持って、故郷へと帰って行った。
アッサリ過ぎるほどの別れだったが、シャマンにオルゴールを受け取ってもらえて良かったと大地は思った(最初は断られたが、改めて貰ってほしいと大地が頼み込んだことで受け取ってもらえた)。
それからの数日間は飛ぶように過ぎていき、あっという間に大地が地球に帰る日になった。
「もう少しいらんないのかよ大地!」
「無茶言うなよラビ!ただでさえ母さんたちにワガママ言って、俺だけ帰るシャトルの便を最終にしてもらったんだから!母さんたちは昼の便でとっくに帰ったっていうのに!」
「そうですよラビくん、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません。」
「…チッ、わぁってるよ!」
舌打ちしてそっぽを向くラビに大地とガスはため息をつく。
「ラビは大地と離れたくないだけさ、大目に見ておやりよ。」
「大地〜また会えるグリ??」
見送りに来てくれたV‐メイとグリグリが大地の顔を見て言う。
「もちろん、また来るさ。月は俺にとって第2の故郷だもん!」
大地がそう言い終わるのと同時に放送が入る。大地の乗る最終便が間もなく発車するのだ。
「お元気で、大地くん。」
「絶対にまた来いよ!!」
「体に気をつけるんだよ!」
「バイグリ〜!!」
「ガス、ラビ、ばーちゃん、グリグリ…っ、それじゃあ!」
浮かんできた涙を見せたくなくて、大地は駆け出した。シャトルに乗り込むまで決して振り返らなかった。
そのため大地は気付かなかった。駆け出した大地の背中を見ていた一同が、互いに顔を見合わせてニンマリと笑っていたことを。更に、V‐メイたちの後ろに新たに3人の人影が増えていたことを。
ーーーまもなく、地球に到着いたします。ご乗車、誠にありがとうございました。お帰りの際はお忘れ物にご注意ください。
という機内放送が流れた。大地が窓から外を眺めると地球のスペースタワーがすぐそこに見えた。帰ってきたのだという安堵感と仲間たちとの別れの寂しさで、大地の心はいっぱいだった。
月での思い出は、楽しいことも辛いことも面白いことも大変なことも驚くこともいっぱいで、目まぐるしい日々だったが、どれも宝物のような思い出ばかりで、大地は他のことが何も考えられず機内食も手につかなかった。
シャトルがスペースタワーに到着し、ゆっくりと止まった。
(いろんなことがあったけど、やっぱり楽しかったな…。)
そんなことを考えながら、大地はシャトルを降りる。
チケットを渡して改札口を出ると、ぐうぅ〜と盛大にお腹が鳴って大地は顔を赤らめる。機内食を食べなかったのは大地なのだが、こうもお腹が空いては考えに浸ることも出来ないと思い、スペースタワーに新しく出来た、安くて美味いと評判の店が並ぶフードコートに行くことにした。
エレベーターで下に降りると、そこはもうフードコートのフロアだった。夜も遅いこの時間、人はまばらだったが、まだやっている店が幾つもあった。美味しそうな匂いがフロアに充満していて空きっ腹を刺激してくる。大地は手軽に食べれてお腹にもたまるカレーライスを注文した。番号札を持って近くの席に座る。
「ハァ~、腹減った…。」
「なんだってんな腹空かせてんだよ?」
「機内食頂かなかったのですか?」
「だってシャトルじゃ全然食べる気なんか………っ?!」
ビックリして、飛び上がるように大地はガバっと声のした方を振り向く。
「よぉ大地!」
「やぁ大地くん!」
「ラビ!!ガス!!なんで、なんだって2人が地球に?!」
「オレたちだけじゃねぇよ。」
「大地、こっちだよ!」
「こっちだグリ〜!!」
後方で声がしてそちらを振り返ると、席に座ったV‐メイとグリグリがいた。
「ばーちゃん、グリグリ!!」
「私たちもいるぞ。」
今度はすぐ隣から声が聞こえてきて慌ててそちらを見ると、先程まで誰もいなかった席にシャマン、エヌマ、ナブーが座っていた(コートを羽織り飲み物を飲みながら)。
「ええっ!!なっ、なんで?!故郷に帰ったはずじゃ…?」
大地がビックリ仰天しながら言うと、帰ったわよ、とエヌマが答える。
「ちゃんと仲間には説明出来たわ。ナブーのことも、月で暮らしていたあたしたちの先祖のことも。」
「どこまで理解が得られたかはわからぬが、伝えるべきことは伝えてきたぞ。」
ナブーが続けて言う。
「じゃあ、なんでまた月に、じゃなくて地球に来たのさ?」
「これをお前に渡したかったのと、あと野暮用があってな。」
そう言いながらシャマンが大地にカードのような物を差し出してくる。理由がわからないままにそのカードを受け取り、書かれている文字を読む。
「シャトル…パス…?期限、6年…?」
大地が読み上げるとシャマンが頷く。
「6年間有効の月と地球間の往復パスだ。それさえあれば、6年間は月と地球との間を行き来する全てのシャトルに乗ることが出来る。」
「…え……ええっ??!!」
「オレたちも貰ったんだぜ。」
ラビがほらとパスを見せると、ガスやV‐メイ、グリグリも同じパスを見せてくる。大地は驚きのあまり空いた口が塞がらなかったが、聞かなければならないことは山程ある。まずは…。
「……このパスって、物凄く高かったんじゃないの…?」
チケットだって結構な値段するのに…と大地が言うと、なんてことはないというふうにシャマンが答える。
「フン…我らの帝国の経済力と財政力を侮ってもらっては困るな。我らの分と合わせて買っても50万ムーンドルで釣りがきたぞ。」
50万ムーン………大地は考えるのを放棄した。思い返してみれば、初めて会ったときもシャマンはただの賭け事に1万ムーンドルを放り投げて寄越すような奴だったのだ。金銭感覚に関しては自分たちと大分違うのだろう。次の質問をすることにした。
「…でもなんだって、俺たちにパスをくれたの?」
すると、何故かシャマンはバツの悪そうな顔をして視線を逸らす。
「……パスがあれば、1年と言わず、お前の好きなときに月に行くことが出来るだろうが…。それこそ月に一度でも…。」
「へ?」
大地が思わず間の抜けた声を出したら、シャマンはそれ以降黙ってしまったのでエヌマが捕捉する。
「要するに、シャマンはラビルーナでアンタに仕返ししたこと、ちょこっとだけ気にしてるのよ。月一の割合であたしたちも月面に行くって話をしたことをね。」
「……あのときの……シャマン、ずっと気にしてたんだ…。」
「始めからそんなことをしなければ、こんなにも気を遣わなくてすんだものを。慣れないことをしおって。」
ナブーも呆れたように言いながら、横目でシャマンを見る。シャマンはそっぽを向いて黙ったまま。つまりは無言の肯定だ。ここまでしなくてもいいのに、と大地は思う。
嬉しいことは嬉しいのだが、ここまでされてしまうと、一生かかっても返しきれない借りを作ってしまったみたいで素直に手放しで喜べない。
「言っておくけど、借りを作ったなんて思わないことよ。」
ドキッ!!
感情を読まれでもしたのか、バッとエヌマを見ると頬杖をついて小さく笑いながら大地を見ていた。
「フフッ、わかりやすいのよアンタ。とにかく、これはあたしたちからの感謝の気持ちでもあるんだから、借りとかそんなこと思わないでちょうだい。」
「感謝って?」
「ナブーのこと、石板のこと、あたしたちがこれからも月に行くことを許してくれたこと、全部よ。」
だから有り難く受け取っておきなさい、とエヌマは言葉を締めくくった。
「だが、そのパスの期限は書いてある通り、6年後の夏までだ。そこからはまた期間を決めて買い直さなければならない。」
シャマンが大地を振り返って言った。
「その頃にはお前も20歳で立派な大人となっているだろう。そのときは、自分で稼いだ金で月に行くことだな。」
「シャマン…。うん、ありがとう!」
今度は素直に心からお礼が言えた。気持ちもスッキリしたところで、最後の質問をすることにした。
「ところでさ、なんでみんな地球に来たの?」
これは一番気になっていたことで全員に聞く。
「あたしたちは、ラーマスの魂の魔動力を辿って来たのさ。」
V‐メイが答える。
「魂の、魔動力?」
「ラーマスが言っていただろ?次に生まれ変わるときは地球に行きたいと。その思念が魔動力となってラーマスが生まれ変わりたいと望んだ場所に重点的に降り注いだらしいんだよ。」
「つまりその魔動力を辿れば、ラーマスさんが何処に生まれ変わるのか、あらかじめわかるってこと?」
「あぁ、そういうことだよ。あたしもその気配が地球から感じられたときは本当に驚いたんだけどね、ラーマスの言葉を思い出して、地球に探しに来たというわけさ。」
「ふぅん…。で、シャマンたちは?野暮用ってなんなの?」
「知り合いのドクターが、あの戦いのあと地球に向かったという情報を得てな、もう一度我らのもとで研究者として働かないかと誘いに来たのだ。」
シャマンが答えた。エヌマ、ナブーがそれに続けて言う。
「あの耳障りな奇声を上げるマッドサイエンティスト、本当なら二度と関わり合いたくないんだけど…。」
「性格はともかく、闇の9邪動神や我らの邪動王を作ったのもその男でな、腕の方は確かだ。ワシとしては、久しぶりに会って将棋を差すのも悪くはないと思っている。無論、またズルなどしおうものなら、そのときは…。」
「科学者?!しかも邪動神や邪動王を作った人?!すっげー!!」
ナブーの言葉を遮って、大地が目を輝かせながらテーブルに身を乗り出した。そのあまりの勢いの良さにシャマンたちはドン引きする。
「このあと、その人に会うの??だったら、俺も連れてってよ、ぜひ紹介して!お願い、この通り!!」
パチンッと目の前で手を合わされて、3人とも更に後方に身を引く。
「おい、大地…。」
「大地くん、あの…。」
見兼ねたのか、ラビとガスがおずおずと大地に声を掛ける。だが大地の興奮は中々収まらない。
「すっごいよなぁ、俺科学者ってまだ会ったことないんだよ!!絶対会ってみたい!!しかもだよ?!あの邪動神と邪動王を作った人なんでしょ?!どうやって作ったのかなぁ!設計図とかって持ってるのかなぁ!」
「大地!!」
「大地くん!!」
ラビとガスの大声に、大地はようやく2人が自分を呼んでいたことに気付いた。
「なんだよ、2人して大声なんか出して…?」
「……さっきから鳴ってるぜ、それ。」
「店員さんがずっとこちらを見てますよ?」
ラビが指差したのは、大地が座っていたテーブルの上に置いてある番号札。赤いランプが点滅してブーブーと呼び出し音が鳴っている。そしてガスの目線の先では、カレー屋さんの店員さんが店の中から大地の注文したカレーライスを持って困り顔でこちらを見ている。
店員さんと目が合って、ようやく大地は自分がカレーライスを注文していたことを思い出し…。
「……あぁっ!!ごっ、ごめんなさい、すみませーん!!」
謝りながらすっ飛んでいった。
「ったく、あのおっちょこちょいが…。」
「まぁまぁ。私たちも何か注文しませんか?お腹が空いてきました。」
「うーん、そうだな。美味そうな匂いもするし腹ごしらえしとくか!」
「はい!」
「オレはオムライスがいいな!ガス、お前は?」
「私は鮭とたらこと梅干しのおにぎりがいいです!あっ、後ピザパイも!」
「ボク、ニンジンケーキ食べたいグリ〜!!」
「あたしはチョコレートパフェでも頼もうかね。」
「我らも軽く食べておくか。ならば私はナポリタンを頼むとしよう。」
「あたしはパンケーキがいいわね、スイーツとシロップたっぷりの。」
「フンッ、この時間によくそんなものが腹に入るな。ワシはざる蕎麦を頼もう。」
「血圧を気にするには少し早すぎるのではなくて?」
「余計なお世話だ。お前こそダイエットは辞めたのか?」
「それこそ余計なお世話よ!」
「お前たち、食事をする場所で騒ぐのはどうかと思うぞ。」
シャマンの一言で、ナブーとエヌマは仕方なく言い合いを止める。
それぞれが注文したものをそれぞれの席で食べて、腹が膨れたところで外に出た。