しばらく歩くと大地の家族が泊まっているホテルが見えて来た。エントランスをくぐり中に入る。けれど、その間ずっと大地は至極憂鬱そうな顔をしている。というのも………。
「なぁ、ラビ、ホントに本気で俺の家族に、恋人ですって挨拶するの?」
「しつこいぞ、大地。オレはやるって決めたら、とことんやる主義なんでね、完璧に駆け落ち中の恋人を演じてみせるぜ!」
覚悟しとけよ、とウインクまでされて頭を抱える大地。
そうなのだ。最初こそ、当初の予定通り、友だちの家にお泊りということだったのに、大地が余計な一言を言ったせいでこうなってしまったのだ。
(あんなこと言うんじゃなかった……。)
遡ること10分前。ゲーセンを出てすぐのこと。
「そういえばさ、ラビさっきから何度も駆け落ちって言葉をだしてるけど、ホントにするわけじゃないんだから、俺たちだけのときは言わなくていいじゃん。」
「駄目だ!いつ、ばーさんの弟子たちがオレたちを見つけるか分かんねー以上、こっちはその気満々ですって態度で常にいなけりゃ、オレたちの本気が伝わらねーだろーが!」
「本気なのはラビだけで、俺は付き合ってやってるだけじゃないか!」
「乗りかかった船だろ、最後までしっかりやり遂げろよ。ったく男らしくねーな、大地は!」
「っ!!大体なぁ!そんなこと言ったら俺の家族に、友だちの家にお泊りするっていう言い訳をする時点で、全然本気なんて伝わるわけないだろ!本気だって言うんなら、俺の親に、大地くんとお付き合いしてる、恋人のラビですって、頭ぐらい下げてみせろよ!」
というわけで、売り言葉に買い言葉。
「あぁいいぜ、やってやらぁ!!」
と完全にその気になったラビを前に、大地は己の浅はかさを悔やむしかなかった。
そして、大地の家族が宿泊している部屋の前まで来た。
大地は深呼吸してドアに手をかけるが、鍵がかかっていた。そのため、朝部屋を出るときに預かっていたスペアの鍵を取り出し、ドアを開ける。
「……ただいま〜。」
大地が声をかける。だが、返事はない。大地は中に入る。
「留守か?」
それにラビも続いた。
「うーん、そうみたいだな…。でもそれなら、どこかに置き手紙があるはずなんだけど。」
「これじゃねーか?」
ラビが、部屋の中央にあるテーブルの上を指差す。そこには確かに、1枚の紙切れが乗っていた。
『大地へ。
これから、みんなで買い物に出かけます。
昼過ぎには帰ると思いますが、
それまでにお腹が空くようなら、
お金を置いとくから
下の売店で何か買って食べなさいね。
母さんより。』
ラビと大地は顔を見合わせる。先程ハンバーガーショップでお昼を食べたばかりなので、お腹は当分空きそうにない。
大地は、手紙の横にあったお金を取って自分の財布に仕舞った。いいのかよ、とラビが大地に目線を送る。
「こういうときのお金は、そのお金を使う人のものって決まってるの。」
ラビの視線の意図を読み取った大地が答える。
あっそ、と納得し目線をそらしたラビは、ふと部屋の奥に見覚えのある物を見つけた。
「大地、これ直したのか?」
「あぁ、ジェットボードな。また新しく作ったんだよ。設計図はちゃんと残してあるからね。」
大地が得意げに言うとラビは、ふーんと興味なさげに相槌を打ち部屋の時計を見る。
「今は11時過ぎか。大地の母さんたちが帰ってくるまで、まだ時間がありそうだな。」
「そうだね。どうしてようか。」
ゲームもないし、テレビも面白いものはやってなさそうだし、と大地が何をするか考えていると、ラビが思いついた様に言う。
「よし、それなら練習しとこうぜ!」
「?練習って??」
「恋人同士の演技の練習に決まってるだろ!」
「は?!」
「だってそうだろ?いきなり大地の家族の前で恋人宣言するより、ある程度練習してそれらしい雰囲気を作っておく方が違和感なく信じてもらえるじゃねーか。」
「だっ、だけど、練習って、何をするつもりだよ?!」
「わかんねーの?……フッ、そうだよな~、マザコン坊やの大地くんには、まだこういうのは早いよなぁ〜ワリィ、ワリィ。」
心底馬鹿にしたように言うラビに、大地はカチンときた。
「じゃあ、ラビにはわかるっていうのかよ。」
「あったりまえだろ、オレが今まで何人の女の子を口説いてきたと思ってるんだよ?」
「でも男を口説いたことなんてないだろ?女の子を口説くのとはわけが違うぜ。ラビくんには荷が重いんじゃねーの?」
大地が言い返すと、今度はラビがカチンときた。
「今の言葉、後悔しないな、大地?」
「乗りかかった船だからな、とことん付き合うぜ、ラビ?」
大地が言い終わるやいなや、ラビは大地につかつかと歩み寄って、その腕を掴むと強引に引っ張って、テーブルの横にあった少し大きめのソファーに誘導する。
ソファーに大地を座らせて、その隣に自分も腰掛ける。
「強引だな、ラビ。」
「その方が好きだろ、大地?」
負けるものか、と大地はラビに自分から顔を近づける。
対するラビも怯むことなく、掴んだままの腕を顔の横に掲げてみせる。大地は近づけた顔を少し傾けた。
「もう少し、優しくしてくれないか?俺は、優しくされたい。」
こんな台詞を男に、ラビに言いたくなどなかったが、馬鹿にされたままなのは癪に障るため、大地はプライドも何もかも放り出す。
「フッ、いいぜ?お望みとあらば、いくらでも優しくしてやるよ。」
そう言うとラビは、掴んでいた腕から手を離し、今度は大地の手を優しく握る。指同士を絡める、恋人繋ぎだ。
内心、ラビもこんなことを男に、大地にしたくなどなかったが、負けるのはもっと我慢ならなかった。
さすがにこの繋ぎ方には、大地も身体を強張らせる。こんなふうに誰かと手を繋ぐなど、初めてのことだった。だから、慣れた様子で手を繋ぐラビが余計に気に食わない。今度は自分から指を絡める。
「俺、ラビの手好きだな。とてもきれいだよ。独楽を上手く回すには、これぐらい手入れをしないといけないのか?」
上手い具合に言い返せたと、大地は内心ほくそ笑むが、ラビは繋いでる大地の手を今度は己の口元に持っていく。
「オレは、大地の手の方が好きだな。温かくて、優しくて。それに、悪者を一刀両断にする力強い手だ。この手にオレは何度も救われた。ありがとな、大地。」
チュっと音を立てて手の甲に口付けられた。
大地は内心盛大に荒れた。男にこんなことをされてる上、完全にリードされてしまっている。泣きたくなるのを必死に我慢しつつ、大地はふと、いくら遊び好きなラビの性格とはいえ、ここまでのことを誰かにしたことがあるのかと、疑問に思った。
慣れすぎではないか、もしかしてそういう相手がいたのか、自分とは1年ぶりの再会だというのにこの1年の間、こんなことをしょっちゅう誰かとしていたのか、などの考えが浮かぶ。そこまで考えて、それは何故だか物凄く、面白くないと大地は思った。
「…慣れてるんだな、ホントに。俺以外にも、こういうことしたりするんだ?だからこういうこと平気で出来るんだ?」
少し責めるような口調に、知らず知らずのうちになる。なんで、こんなにも面白くないのだろう、と大地は自分の感情にも疑問を抱く。ラビの女の子好きな性格は、よく理解しているというのに。
ラビはというと、さっきの口付けで完全にマウントを取ったと思っていたのに、大地からは予想外の反応が返ってきたため、面食らう。
(なんだよ、大地のやつ……。そんなんじゃまるで……嫉妬してるみてーじゃねーか……。)
演技のはずなのに、嫉妬も何もないではないか。それに、負けたくないが故にこんなことをしてるとはいえ、気に入った女の子にさえここまでしたことはなかった。ラビも初めてのことだったのだ。男に、しかもあの大地に、こんなことをしてしまうなんて、と泣きそうな気持ちになるが、持ち前の負けん気でなんとか耐えていたのだ。
その矢先の、大地の言葉。
複雑な気持ちになってくるが、慣れないことをしてるせいだと、ラビは自分に言い聞かせた。そうでなければありえないではないか。大地の嫉妬ともとれる発言を、なんとなくでも、嬉しいと感じてしまっているなんて。
「……大地。」
「………。」
「……信じられないかもしれねーけど、こんなことをしたの、大地が初めてなんだぜ?」
「……そうだね、信じられないよ。」
「ホントだって。オレ女の子には紳士的で慎重だもん。」
「会ってすぐ口説くのは紳士的って言えるのか?」
「紳士的だろ?手は出さねーんだから。」
そういう問題ではないだろうと大地は思うが、そもそも自分たちは、なんでこんな言葉の応酬をしてるのだろうと改めて疑問に思う。いくら演技の練習とはいえ、なんとなく、これ以上続けるとマズイ気がする。なにか、こう、色々な意味で。
だが、自分から終わらせるのは、負けを認めるようなもの。どうしたものか、と大地は考えを巡らせる。
黙ってしまった大地にラビは、怒ったのだろうかと少しばかり心配になる。なんか、もう、演技どころではないような気がしてきた。
「大地。お前はオレにとって、ホント特別なんだ。女の子とは違くて、男だけど、大地は別格っていうか、大切なやつなんだ。女の子と比較するなんて出来ねーよ。」
何を言い訳してるのか、自分でもわからなくなってきた。でもラビはこれ以上、大地が自分と目も合わせてくれないなんて、なんだか、とても嫌だと思った。
何故か必死に言い訳してくるラビを見て、大地はほんの少しだけ、気分が晴れてくるのを感じた。クスッと笑う。
「そんな必死に言い訳なんてしなくてもいいのに。だけど、ありがとな、ラビ。ラビにそう言ってもらえて、俺は嬉しいよ。」
今度こそ、大地はしっかりと、ラビの目を見て伝える。
その表情は、とても優しく、慈愛に満ちてる笑顔だった。ホントに嬉しくて仕方がない、と言わんばかりの。
「……っ!」
ラビは、顔に熱が集まってくるのを感じずにはいられなかった。顔を隠そうにも、大地とラビの手は未だ恋人繋ぎのまま。もし急に振りほどきなどすれば、自分から負けを認めたことになり、後で何を言われるか、わかったものではない。
だからラビは、おそらく赤くなっているであろう顔に真剣な表情を加えて、大地に迫ることにした。手をほどいて今度は大地の両肩を強く掴む。
「大地!」
「わっ?!」
「えっ??」
だが、思っていたより余程勢いがついていたらしく、突然のことに構えていなかった大地は後方に倒れ込み、ラビも勢いを止められず、共に倒れる。
そのはずみで大地は、ソファーの肘かけ部分に後頭部をぶつけてしまった。かなり痛くて涙が滲む。
「いったいなぁ、もう!何するんだよ、ラビ……。」
「わっ、わりぃ!怪我はねーか、大地……。」
2人して、言葉に詰まる。倒れ込んだことで、更に体が密着して、互いの息遣いを感じる距離まで顔同士が近づいたのだ。
体温が一気に上がった気がする。とても近くに相手の顔がある。こんなこと、今までになかった………。
「……………?」
「……………?」
はずだった。だが妙な既視感を2人は覚える。ここまで近くはなかったが、似たような体勢になったことがある。
いつだったか、どこでだったか、あれは確か…………。
そこまで考えを巡らせて、2人は同時に思い出した。闇の魔法陣に封印されそうになって、3人揃って月面に戻ってしまったあのとき。なんとかラビルーナに戻る方法を考えていた大地とガスに向かって、オレはイヤだぜ、もう一緒には行かねぇよ、とラビが言ったあのとき。
ーーーラビくん、あなたも魔動戦士の1人として選ばれたのですよ。
ーーーオレだけってことはねぇよ、他にもいるかもしれねーだろ。
ーーーっ、バッカヤロウ!!
大地が怒りに任せてラビを殴り、殴られたラビが大地に掴みかかったあのときも、ラビが大地を押し倒したのだ。
ーーーお前なんか、お前なんか、どこへでも行っちまえ!!
ーーーなんだと!もういっぺん言ってみろ!!
あのときの大地は、ラビを拒絶する言葉をはきながら、今にも泣きそうな顔をしていた。まるで自分が殴られ、拒絶されたかのような、辛そうな顔を。
ラビも一緒に行かないと言っておきながら、行っちまえと言う大地の言葉を聞いて、頭に血が上り、勢いに任せて飛びかかった。あのときの大地の顔が頭に焼き付いて離れない。
あのときは憤りの気持ちが強く、考える余裕などなかったが、今思い返してみると、大地に聞きたいことや言いたいことが次から次へと溢れてくる。なんであのとき、あんなにも感情的になって殴ってきたのか、なんで、殴ったくせにあんなにも悲しそうな顔をしていたのか、大地はラビのことを嫌いだったと言ったが、じゃあ今はどうなのか……。
それは大地も同じで。ラビに言いたかったことや、聞きたかったことが沢山頭の中に浮かぶ。なんで、一緒に行かないなんて言ったのか、仲間になれると思っていたのは自分だけだったのか、じゃあラビは今、大地のことをどう思っているのか……。
だが、それらを声に出して相手に伝える術を、生憎今の2人は持ち合わせていなかった。
「………大地…。」
「………ラビ…。」
鼻先同士がぶつかりそうなほどの至近距離で、お互いの名前を呼ぶことしか出来ず、何とも言えないもどかしさを感じる。何かを言わなければ、でも何を言えば……。
そんな風に思考を巡らしていた矢先だった。声変わりが始まっていない男の子の甲高い声が響いたのは。
「兄ちゃんたち何やってるの?!」
ビクッ!!!として2人は飛び上がった。
声がした方をみると、たった今帰宅した様子の大地の弟を先頭に、大地の両親と祖父が荷物を抱えながら、口をポカンと開けてこちらを見ていた。
これは、非常にマズイ展開だとラビと大地は冷や汗をかく。さすがにこの状況下では、何も言い訳が思いつかず、重たい沈黙が流れる。
そしてどれだけ経ったのか、実際それほど経っていないのではないかと思われた時間は、大地のお母さんの鶴の一声によって、唐突に終わりを告げた。
「2人とも、いつまでそのままでいるつもりなのかしら?何をしていたのか、ちゃんと説明してくれるわね?」
『…………ハイ。』
観念したようにうなだれる大地とラビであった。