S.T.A.L.K.E.R. すばらしき開かれた世界で ~ZONEが日本にやってきた~ 作:廃墟ゲー大好き
私立小学校の体育館は、行き場のない人々でごった返していた。
先日発生した「異常」で家を失ったのは佐藤だけではない。
冷たいフローリングの上には、床にじかに座り込む数百人の避難民がいた。
幼子を抱きかかえて震える母親、状況の飲み込めない老人、つながらないスマホの画面を凝視したままの若者たち。
混乱した空気の中で、誰もが「頼れる者」の登場を渇望していた。
「――静かにしろッ! いつまでもメソメソしてんじゃねぇ!!」
体育館のステージ前、ろくに手あてされていない拳を壇上に叩きつけ、怒号を飛ばしたのは一人の男だった。
引き締まった浅黒い肌に、鋭く吊り上がった目元。
日本ミドル級王者――プロボクサーの勝馬 乗祐(かつま のりすけ)だ。
「いいか、外の化物どもが何だろうと関係ねえ! 入ってきたら俺がこの拳でブチのめす。俺の指示に従え! 文句のある奴は俺とリングに上がる覚悟で言え!」
圧倒的な肉体と声圧に、避難民たちは気圧されたように口をつぐむ。
「おい、そこのお前。なにぼさっと突っ立ってんだ。俺は頭がおかしくなった奴らをぶん殴って疲れてんだ。包帯と……あと水だ。冷えてるやつ持ってこい」
勝馬は近くで震えていた若い男の胸ぐらを軽く小突いてアゴで指図する。男は恐怖に顔を引きつらせ、「は、はいっ!」と脱兎のごとく走り出した。
体育館のステージ中央を我が物顔で占拠し、手下にした避難民に扇がせたり、肩を揉ませたりする勝馬。
何枚もの体育マットを重ねて、その上にあぐらをかく姿は、まるで時代劇に出てくる牢名主のようだ。
暴力による強引な統率だが、「強い男が守ってくれる」という錯覚は、パニック状態の群衆に一瞬の安心感を与えた。
「ハッ、筋肉で脳みそまで詰まってるんじゃないか?」
嘲笑するようなハイトーンの声が、ステージの上から響いた。
声の主は、ダボついたパーカーを着込んだ小柄な少年。
アメリカのマサチューセッツ工科大学に飛び級入学したことでメディアを賑わせた「神童」――凄井 智力(すがい ともちか)だった。
ポケットに手を突っ込んで、パイプ椅子の上にわざわざ体育座りをした智力は、スマホの画面を高速でフリックしながら、冷たい瞳で体育館の群衆を見下ろす。
「いいかい、無知な一般市民の皆さん。外にいる『生物』の推定質量と骨格強度を考慮すれば、戦うよりも守りに入ったほうがいい。机と椅子でバリケードを構築すれば、一滴の血を流さずに守りきれる。戦うなんてバカのすることだ」
「なんだとぉ?!」
「いいかい。人間とライオンを比べれば、個人の体格、格闘技術は誤差にすぎない。必要なのは個人の武力じゃない。性格なデータとそれに基づいた論理的な決断だ」
智力は勝馬への軽蔑を隠そうともせず、淡々とひとさし指を立てた。
「限られた物資の分配は計画的に行う。ラジオのニュース放送によれば、この異常は世界各地で起きている。意味がわかるか?」
「おう! 大変だってことだろ! それくらいわからぁ!」
「バカ。救助はすぐには届かないということだ。東日本大震災のときだって、自衛隊や消防が動いても津波で道路が断絶した孤立地域に支援が届くまで数日かかった。あの時は全国が無傷だったから集中的にリソースを投入できたが……今回は世界中で起きている。つまり、僕たちを助ける余力のある人間なんて最初からどこにもいないんだよ」
「バカにすんじゃねぇ! だからがんばりゃいいんだろ!」
「なら、僕がこの避難所の物資の配分、運営システムを構築する。文句があるなら、僕以上の代替案を提示してからにしてくれ」
「おいガキ、まさか怪我人や老人の飯を減らす気じゃねえだろうな!」
「ハッ、まさか。そんなことをすれば無用なパニックと暴動を招くだけだ。弱者や老傷病者には『手厚い保護』を与える。当たり前だろ?」
勝馬が青筋を立てて智力の胸ぐらに掴みかかろうとするが、少年は「野蛮人め」と冷ややかに鼻で笑う。
智力はスマホの画面をタップしながら、冷ややかな手際でスプレッドシートを更新していく。
実際には、賞味期限の近い物資や効率の悪い食料を「特別優先配給」と称して老人や傷病者に回し、本当に価値のある長期保存食や医療品は、後々の「生産性のある人間」のために厳重に隠蔽・管理する計画だった。暴動を起こさせず、文句を言わせず、合法的に管理下に置く――それが智力の構築するシステムだった。
力で支配しようとするボクサーと、人間を数字と効率でしか見ない神童。
不快なマウント合戦と権力争いが繰り広げられる中、避難民たちはただ二人の顔色を伺い、「すごい人たちが仕切ってくれているのだから、ここにいれば大丈夫だ」と自分に言い聞かせるように身を縮めていた。
だが、誰一人として気づいていなかった。
勝馬や智力が提示する「生存戦略」に意味などない。
寄せ集まった数百人の命など、とある存在にとっては「餌箱」にすぎないと。
重厚な体育館の扉のすぐ外で、雨上がりの湿った空気のなか、小さな爪音とささやくような鳴き声が増殖していることに。