S.T.A.L.K.E.R. すばらしき開かれた世界で ~ZONEが日本にやってきた~   作:廃墟ゲー大好き

4 / 6
1日目、朝。

 ――次の日。

 

 背中に尋常ならざる痛みを感じ、佐藤は目を覚ました。

 

 枕元に転がしたスマホを手に取り、画面をタップする。時刻は午前十時。

 

 張り詰めていた緊張が途切れた反動か、だいぶ寝過ごしてしまったらしい。画面上部のアンテナは、相変わらず「圏外」を示したままだ。

 

 起き上がろうと身体に力を入れた瞬間、背中に激痛が走った。

 

「うごっ……!」

 

 昨日の逃走劇の疲労か、あるいはコンテナの固い金属の床のせいか、全身がバキバキで、身体が鉛のように重い。

 

 周囲の段ボール箱にすがりつくようにして、佐藤はうめき声を上げながらなんとか体を起こした。

 

 ただ起きて体を立ち上げる。それだけの動作に、これほど強い意志を必要としたのは人生で初めてだった。世界が終わっても、肉体の限界という現実からは逃れられないらしい。

 

 手近な缶詰を開けて素早く朝食を済ませると、佐藤は空にした防災袋(リュック)を背負い、昨日拾ったアルミパイプを握り直した。

 

 呼吸を整え、重いコンテナの鉄扉をすき間程度にそっと開ける。

 

 ヒヤリとした冷気が、隙間から顔に吹き込んできた。

 

 季節は十月。冬の足音が近づくこの時期は、昼前だというのにどこか肌寒い。

 

 周囲に人の気配がないことを確認し、コンテナの外へ足を踏み出す。

 その直後、佐藤の足先がなにかに当たった。

 

「……うわっ!?」

 

 スニーカーのつま先にカラスの死骸が転がっていた。

 

 ざっと見たところ、外傷はない。

 だが、まるで剥製のようにカラカラに干からびている。

 

 胸の奥が不快なざわめきを上げた。

 得も言われぬ不吉な予兆が、緊張となって肌を刺す。

 

 ふと空を見上げると、灰色の雲の切れ間に、幾本もの黒い煙が太い筋を描いていた。

 

 街のどこかで火災が起きている。

 

 遠くから漂ってくるのは、焦げたゴムとプラスチックが混ざり合ったような、これまで嗅いだこともない異様な火事の匂いだった。

 

(金属臭っていうのか? 嗅いでいるだけでもめまいがするな。)

 

 佐藤はコンテナのレバーをしっかり降ろし、鍵をかけると、警戒のために周辺の探索へ向かうことにした。

 

 敷地の金網フェンスを抜け、アスファルトの道路に出た瞬間、佐藤は「うっ」と息を呑んだ。

 

「なんだ……あれは……」

 

 目の前の道路には、黒焦げになった自動車が無造作に並んでいた。

 

 それだけではない。道路の中央では、二台の乗用車がまるでドロドロに溶けて一体化したかのように連なり、車体の一部が地面から数十センチほど空中に浮いていたのだ。

 

 車同士が繋がっている接合部は、怪しく虹色に明滅し、『ジジジ……ジジ……』と肉を焼くような不気味な音を立てている。

 

 通常の物理法則では説明がつかない、狂った光景。

 

(やっぱり、夢なんかじゃない……)

 

 世界のルールは根底から書き換わってしまった。

 その事実を、佐藤は目の前の異常な光景で嫌というほど思い知らされた。

 

 見通しの良すぎる大通りを避け、路地裏をあてもなく進む。

 しばらく歩くと、見覚えのあるパチンコ屋の裏口へと行き当たった。

 

 当然のように自動ドアは動かず、店内は静まり返っている。客の姿はない。

 

 佐藤が割れたガラス越しに店内を覗き込むと、通路の空間で『バチッ、バチチッ!』と青白い火花が弾けていた。

 

 火花が散るたびに、周囲のパチンコ台の電飾が、まるで生き物のようにカチカチと明滅する。

 

(電気が生きている……? いや、あれは――)

 

 佐藤はパチンコ台の周りを注意深く観察した。

 少しの間隔をおいて、壁、そして床で電気が火花となって弾けている。

 

 そこに電線やバッテリーの類はない。

 昨日の雷球に似た、放電現象が起きているようだ。

 

 異常な現象には違いないが、少なくとも「電気」ではあるらしい。放電現象が起きるたびに、近くの蛍光灯やパチンコ台の電飾が点灯している。

 

 電撃は一度弾けると、少し間をおいて再び復活する。何もないと思ってうっかり足を踏み入れれば、たちまち電撃に焼き尽くされるだろう。

 

 引き返そうと一歩引いたとき、佐藤の足元で『ジャリッ』と硬い感触がした。足をどけると、散乱した瓦礫の中に、銀色に光るパチンコ玉が幾つも転がっていた。

 

「なんだ……パチンコ玉か。――ん、待てよ?」

 

 佐藤の脳裏に、閃きが走った。

 触れれば弾ける放電。そして足元の金属球。

 

「これを投げ込めばバチッってなって……電撃の間を通れるんじゃないか?」

 

 佐藤はかがみ込み、アスファルトの上のパチンコ玉をいくつか拾い上げた。

 

 小さな鉄の球を拾い上げた佐藤は、パチンコ屋の壊れたガラスドア越しに、じっと店内の光景を観察してみた。

 

(あの放電現象……デタラメに起きているわけではなさそうだ。)

 

 ジジジ……と空間が歪むような微細な雑音が聞こえた後、空気が帯電してバチッと青白い光が弾ける。

 

 そして、一度光が弾けると、数秒間だけ何事もなかったかのように静寂が訪れる。

 

(やっぱりなにか法則がある。あれにはチャージの時間があるのか。放電した直後の数秒間は……安全?)

 

 佐藤は推測の確信を得るため、拾ったパチンコ玉を指で弾き、通路へと投げ入れた。コツン。硬質な音を立てて転がった金属玉が、見えない歪みに触れた瞬間――

 

『バチィンッ!!』

 

 ――放電。

 

 激しく火花が散り、青白い閃光が店内を照らし出す。パチンコ玉は衝撃で跳ね上がり、床のどこかに転がっていった。

 

(よし……再セットまで何秒だ?)

 

 放電がいったん収まったのを確認した佐藤は、心臓の鼓動を抑えながら指を折って秒数をカウントした。

 

(一、二、三――よし、五秒は安全みたいだな)

 

 佐藤は2個目のパチンコ玉を、同じ場所へ思い切り投げつけた。

 

『バチチッ!』

 

「……ふぅーっ……」

 

 閃光が消えた直後、佐藤は地面を力強く蹴り出した。

 

 アルミパイプを強く握り締め、ばっと躍り出る。

 

 鼻を突くオゾンの匂い。肌の表面がピリピリと逆立つような感覚は静電気だろうか。全身の毛が逆立つ空気を受けながら、佐藤は全力で通路を駆け抜けた。

 

 右から左へ、計算した放電ポイントの隙間をすり抜ける。背後で再び『ジジジ……』と電気がチャージされ始める不気味な音が聞こえたが、振り返らずに景品交換所の受付カウンターへと飛び込んだ。

 

『――バチィンッ!』

 

 背後で凄まじい放電の音が響き渡る。佐藤はおもわずカウンターの裏で背中を丸めた。

 

(……やった、成功だ!)

 

 荒い息を吐きながら、全身の血が激しく巡るのを感じる。

 佐藤は額の汗をぬぐい、受付の背後にある棚を見上げた。

 

 そこには、幸運にも手付かずの景品がズラリと並んでいる。

 

 佐藤はすばやく棚を漁る。

 

 長期保存が効き、栄養源になりそうなお菓子――飴やクラッカー、チョコレートといった糖尿病促進セットと、チーズかまぼこ、ドライソーセージ、ビーフジャーキーといった、痛風確定ガチャセットを片っ端からリュックへ詰め込んだ。

 

 今は非常時。来年の健康より今の命だ。寿命と引き換えに手に入るカロリーを、佐藤は片っ端からリュックへ押し込んでいく。

 

 さらに棚の奥には、銘柄ごとのタバコのカートンが積まれていた。

 

「俺は煙草なんて吸わないけど……」

 

 佐藤の手が止まる。

 

(映画なんかじゃ、煙草とかライターってよく物々交換のネタになってたよな)

 

 文明が崩壊した世界では、タバコのような嗜好品は、水や食料と同等かそれ以上の価値を持つ「交換通貨」になる。

 

(昨日の様子を見たら……これまでの日常が返ってくるとは思えない。――よし)

 

 佐藤はタバコの箱をいくつか掴み、リュックのポケットに押し込んだ。

 

 戦利品の重みを背中に感じながら、佐藤の口元に自然と小さな笑みが浮かんだ。見えない脅威のルールを解き明かし、命懸けで得た初めての成果だった。

 

 防災袋に詰めた戦利品の重みを確認すると、佐藤は景品カウンターの奥にある『STAFF ONLY』と書かれたドアへ向かった。

 

 幸い、ドアは内側からサムターンで施錠されていただけで、カチャリと回せば簡単に開いた。暗いバックヤードをアルミパイプを構えながら慎重に進み、さらにその奥にある、搬入口を兼ねた重い金属製の裏口の鍵を開ける。

 

 眩しい太陽の光とともに、冷たい外気が一気に流れ込んできた。

 

 佐藤はパチンコ屋の裏手に当たる、従業員用の未舗装の駐車場に出た。砂利敷きのスペースには、古びた軽トラックが一台停まっているだけだ。

 

「……?」

 

 ふと、軽トラックの影から低い唸り声が聞こえた。

 

 佐藤がパイプを構え直し、身を固めて警戒する。すると、車体の影から一匹の犬が姿を現した。小柄だが引き締まった体躯の、茶色の柴犬だ。首輪はついていない。

 

(犬……? こんなところに?)

 

 柴犬は佐藤を見るでもなく、駐車場脇に伸びた草むらへ向けて、低く敵意の籠もった唸り声を上げ続けていた。

 

 佐藤が足元の砂利をそっと踏み締め、アルミパイプを握り直す。その視線の先で、ガサガサと草むらが大きく揺れた。

 

 次の瞬間、ぬっと姿を現した「それ」を目にして、佐藤は呼吸を忘れた。

 

「……なっ!?」

 

 ネズミだ。だが、サイズが尋常ではない。小型の猫ほどもある巨体で、後ろ足で立ち上がった姿は、あきらかに佐藤の膝の高さよりも高かった。

 

 異様なのは大きさだけではない。体表には毛がまばらに生えているだけで、まるで深刻な皮膚病に冒されたように、赤黒い皮膚がボロボロに剥がれ落ちている。

 

 その様子からして、とても普通のネズミには見えない。

 

 絶句する佐藤の目の前で、草むらからさらに次々と異形が這い出してきた。

 

 二匹、四匹、八匹――。文字通りのネズミ算式に、醜悪な巨躯が砂利を埋め尽くしていく。

 

「おい、ワンちゃん! 逃げろ、お前じゃ無理だ!」

 

 言葉が通じるはずもないが、思わず佐藤は叫んでいた。

 

 直後、先頭のネズミが鋭い鳴き声を上げ、柴犬を目がけてしなやかな跳躍で飛びかかった。

 

 柴犬は間一髪でそれを横飛びに回避すると、身を翻して猛然と吠え立てた。

 

『キャンッ! バウッ!』

 

 その瞬間、佐藤の視界がぐにゃりと歪んだ。

 

「え……?」

 

 柴犬が一度吠えるたびに、その輪郭がブレ、真横に「全く同じ姿の柴犬」がぬっと生み出されていく。

 

 二匹、三匹――吠声が響くたびに、空間の歪みから柴犬が増殖していくのだ。

 

「なんだぁ……っ!?」

 

 思わず叫んだ佐藤の前で、柴犬は瞬く間にネズミの群れと同数にまで増え上がった。数で圧倒していたはずのネズミたちは、一瞬困惑したように動きを止める。

 

『『ワンッ! ワンッ! ワンッ!』』

 

 増えた柴犬たちは一斉に牙を剥き出し、ネズミの群れに襲いかかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。