S.T.A.L.K.E.R. すばらしき開かれた世界で ~ZONEが日本にやってきた~ 作:廃墟ゲー大好き
『……ふしゅー』
コタロウの体が一瞬ブレる。伝説の忍者、風魔小太郎の名を冠した相棒は、すでに「分身」の準備を整えていた。
(……待て、コタロウ)
佐藤はアルミパイプを上げ、コタロウの背中をポンと優しく叩いた。
攻撃を命じるのではない。コタロウがその大きな耳をこちらに傾けたのを確認し、佐藤は男たちを見据えたまま、低く語りかけた。
「正面からぶつかる必要はねぇ。……あいつらを『怖ーい怪物』でビビらせて、ここから追い払え」
コタロウは佐藤を一度見上げ、意図を理解したように喉を『グゥルル』と鳴らした。
「よし、行け」
佐藤の合図とともに、コタロウは路地から飛び出した。
だが、男たちに真っ直ぐ向かうのではない。ドラッグストアの隣の空き地へ向かって全力で走り、その体を大きくブレさせた。
『ワンッ!』
次の瞬間、空き地には五匹のコタロウが現れていた。
さらに五匹がブレ、十匹に、二十匹に。
路地裏の狭い空間は、あっという間に「無数の柴犬」で埋め尽くされた。
「……あ?」
ドラッグストアのガラスを叩き割っていた男たちが、不審な気配に気づいて振り返る。
そして、彼らは絶句した。
ドラッグストアの前、路地裏の奥、コンテナの隙間。
あらゆる場所から、無数の赤い目をした柴犬たちが、音もなく現れ、じっと彼らを見つめていたからだ。
「な、なんだこれ……? 犬か?」
「一、二、……おい、多すぎるだろ! どこから出てきた!?」
男たちの顔から下品な笑いが消え、困惑と恐怖が混じり合う。
コタロウは佐藤の指示通り、吠えたり噛み付いたりはしなかった。
ただ、無数の分身たちが、一斉に男たちを取り囲むように、静かに、しかし一歩ずつ距離を詰めていく。
『……グルルゥ』
数百のコタロウが同時に唸り声を上げた。その重なり合った唸りは、ドラッグストアの周辺に不気味な振動として響き渡った。
「ヒッ、ヒィイ……! な、なんだこれ! 化け物か!」
「 逃げろ!」
パニックに陥った男たちは、割ったばかりのドラッグストアのガラスも、手に持っていた武器も投げ出し、コタロウたちがいない唯一の路地――佐藤たちが隠れている方とは逆の、避難所があると言われる駅の方角へ――脱兎のごとく逃げ出した。
男たちの姿が見えなくなったのを確認し、佐藤は壁から身を乗り出した。
「やったな、コタロウ」
佐藤が声をかけると、数十匹いた分身たちは一瞬でブレ、一匹のコタロウへと戻った。
コタロウは佐藤のもとへトコトコと駆け寄り、満足そうに尻尾をひと振りした。
「お前、本当に忍犬だな……」
佐藤はコタロウの頭を撫で、コタロウが投げ出させた金属バットを一本拾い上げた。
コンテナハウスの拠点を固めるための第一歩は、無傷で、そして完璧に成功した。
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「はぁ……はぁ……なんだよあれ!」
路地をがむしゃらに駆け抜け、駅前のロータリー近くまで逃げてきたところで、ルカっちは膝に手をついて激しく息を吐き出した。
金髪の前髪から汗がポタポタと地面に落ちる。
彼の後ろをついてきた子分は、みんな手ぶらになっている。パニックを起こし、バットや鉄パイプといった武器をみんなドラッグストアの中で手放していた。
青ざめた表情でルカっちは子分たちに毒づく。
「化け物だろあんなの……! 犬が何十匹も増えるとか、マジ意味わかんねぇって!」
「ル、ルカっち、どうすんのこれ!? もうドラッグストアどころじゃねぇよ!」
「うるせぇ! ワーワー騒ぐな! 耳鳴りがすんじゃねぇか」
「わ、わりぃ……」
苛立ち抑えきれないルカっちは、地団駄を踏みわめきちらす。
ふと、彼の目に駅前交番の近くに立つ「青い制服」が飛び込んできた。
警察官だ。
普段なら関わりたくもない彼らの天敵だが、今の状況――頼れるものもない無法地帯で、理解不能な怪物に遭遇した今となっては話が別。
そうだ。化け物の相手を警官にさせよう。
そうでなければ、なんのための警官だ。
ついさっきドラッグストアに盗みに入ったことなど、頭から完全に吹き飛んでいた。ルカっちは必死の形相で、警察官のもとへ駆け寄る。
「おい警察! 助けろよ! 向こうに化け物がいたんだよ! 犬の化け物が!!」
だが、返事はない。
警察官はゆっくりと彼の方へ振り返った。
その足取りは、まるで泥の中を歩いているかのように重く、緩慢だった。
「……てめぇ聞いてんのかよ!? 拳銃持ってんだろ! はやく行けよ!」
あまりのトロさに痺れを切らしたルカっちは、子供のように足をドタバタと鳴らし、警察官の胸元を力任せに小突いた。
「何してんだよ! 使えねぇなマジで――」
文句を叩きつけようとした彼の言葉が、途中で喉に引っかかった。
至近距離で警察官と目があった。
だが、警官の様子がおかしい。
瞳は光を完全に失っていて、どこか遠い、果てしない虚無を見つめていた。
警察官は無線機を取り出した。電源すら入っていない、コードの千切れたそれを耳元に当てると、無表情のまま口を開く。
「……ピー、ピー、ピー。……はい……こちら駅前派出所…」
機械の音を真似する声は平坦で、およそ感情といったものが欠落している。
ルカっちの背筋にドッと冷や汗が吹き出した。
「は……? お前、何言って――」
「……署長から指示。周辺の暴徒の排除……了解……射殺します。」
ガチャリ、と金属音――撃鉄を起こす音がした。
ホルスターから、黒光りする
「え――」
直後、乾いた銃声が駅前の路上に響き渡った。