S.T.A.L.K.E.R. すばらしき開かれた世界で ~ZONEが日本にやってきた~ 作:廃墟ゲー大好き
佐藤はポケットからいくつかのパチンコ玉を取り出し、手のひらで包み込む。
そして、注意深く歩を進めた。
地面にすり鉢状のくぼみを作っている異常は、位置が視覚的にわかりやすいので問題ない。
警戒すべきは、完全に宙に浮いている異常だ。
異常は無色透明で実体がないため、空間までの距離感がまったく掴めない。
もし不用意に進んで顔でも触れようものなら、先ほどのパチンコ玉と同じだ。頭ごと地面へ叩きつけられ、熟したトマトのように破裂するだろう。
佐藤の喉が上下する。
彼は慎重に間合いを測ると、一投目のパチンコ玉をその歪みへ向けて投げ入れた。
――バシン!!!
パチンコ玉が道路に埋まり、空中を漂っていた陽炎がかき消える。
そして数秒後、陽炎が再び空中に現れる。
電気の異常と全く同じ。発動と、再セット。
佐藤はそれを見て、思わず苦い顔で舌打ちをした。
「そう来たか」
パチンコ玉を使えば安全に通れると思ったが、そう甘くはなかった。
(電気の異常と同じで、一時的にリセットされただけか。あっちはパチンコ台や椅子なんかの目印になるものがあったけど、ここには何もない……)
佐藤は目の前を漂う陽炎をにらみつけた。
(下手に陽炎をいくつも消しちまうと、元の位置が完全にわからなくなる。安全な場所にいるつもりが、再セット中の異常の中にいるってバカをする可能性があるぞ)
うっかり進んだ先で陽炎が密集していた場合は?
最初から逃げ場がない配置だったらどうなるだろう?
迷い込んだ時点で終わりだ。
陽炎が出てない状態でパチンコを投げ入れることはできないのだから。
しかも、安全な足場を探るための玉の数は有限だ。
無駄打ちをして手持ちを使い果たせば、その瞬間に佐藤の命運は尽きる。
(むやみに投げて確認するのは危険すぎる。最小限の一投で、確実に通れる一本道を作らないと……)
佐藤はポケットの中に残った小球の重みを感じながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
目を凝らし、空中の歪みを限界まで観察する。
陽炎の輪郭、イチョウの葉が巻き上げられる軌道、そして路面のすり鉢状の目印。それらを頭の中で立体的なパズルとして組み立てて地図を作っていく。
(狙うのは……あそこだ。あの二つの『スタンプ』が重なりかけている隙間)
空間が完全に塞がれているわけではない。わずかに重なり合う隙間を一つだけ弾き飛ばせば、ギリギリ人間一人が駆け抜けるだけの「射線」が通る。
指先にパチンコ玉をかけ、じっと息を殺す。
歪みがゆらりと揺れ、一番重なった瞬間――
――シュッ!
渾身の一投が、ピンポイントで空間の歪みを撃ち抜いた。
――ガギィンッ!!!
激しい破砕音が路地に轟き、中心の陽炎がかき消える。
再セットされるまでの猶予は――数秒!
「うおおっ!」
叫ぶと同時に、佐藤は低姿勢で死線へと飛び出した。
右足のすぐ脇、数センチ横の空間が異様な威圧感を放っている。一歩でも踏み外せば頭骨が砕けるという極限の恐怖が、背筋を凍りつかせる。
だが、躊躇しているヒマはない。
数歩で死角を駆け抜け、宙に浮く青白い光の真下へ飛び込むと、佐藤は勢い任せに手を伸ばした。
指先が、冷たく湿った「それ」を掴む。
瞬間、背後で地鳴りのような音がした。
陽炎が再セットされ、再び空間が歪みはじめたのだ。
近くにいるだけでそのプレッシャーで総毛立つ。
「ひぃ……また同じことをするのか」
パチンコ玉を前方へ投げて転がり込み、道路の安全圏へと滑り出す。すると、待っていたコタロウが、佐藤の背中に飛びついて「きゃんっ!」と小さく鳴いた。
「ふー、何とか上手く行ったな」
荒い息を吐き出しながら振り返ると、先ほどまでいた場所には、再び何事もなかったかのように不気味な陽炎がゆらゆらと漂っていた。一瞬でも判断が遅れていれば、再セットされた罠に閉じ込められていたところだ。
冷や汗でぐっしょりと濡れた額をぬぐい、佐藤は自らの掌を開く。
そこにあったのは、ソフトボール大の半透明なガラス玉。
あるいは熱帯魚の卵のような見た目をした、未知の結晶だった。
ガラスに似た冷たい手触りの奥で、水に溶けた絵の具のような不定形の色彩が、くるくると美しく、そして不気味に蠢いている。
「うーん、なんか現代アートにありそう?」
「わう!」
コタロウが佐藤の膝に鼻先を擦り付け、ホッとしたように息を吐いた。
ポケットの中の「一つ目の結晶」と、いま手に入れた「二つ目の結晶」。
二つの冷たさがパーカー越しに心地よく伝わり、高鳴っていた心臓の鼓動が、ゆっくりと静まり返っていく。
「ふぅ……命懸けの回収だったな。……けど、これで少しは生き残る確率が上がったと思いたいね」
佐藤は力なく苦笑いを浮かべると、コタロウの頭を優しく撫でまわした。