宇宙人のAIを拾った俺の誰も損しない頭脳バトル 作:なのそん
会議室には、時計の秒針が進む音さえ大きく聞こえるほどの緊張が張りつめていた。
窓はない。
携帯電話は入口で預けさせられ、通信機器もすべて遮断されている。資料には一枚ごとに番号が振られ、会議終了後には回収されることになっていた。
集められた人間は、二十数人。
日本政府があまりにも短いスケジュールでの中、総力を挙げて結集した日本が誇る部脳たち。
大学教授、国立研究機関の主任研究員、企業の技術責任者、エネルギー政策の専門家、材料工学者、量子物理学者、航空宇宙工学者、情報工学者。
その中には、政府が普段なら一堂に集めることさえ難しい名前が何人もいた。
しかし今日は、誰も肩書きを気にしていなかった。
全員が知っている。
自分たちが今から決めようとしているものが、ただの研究予算ではない。
人類史上、存在したことのない技術を、一つだけ日本が要求できる。
しかも、それを手に入れること自体には、金銭的な条件がない。
問題は――何を選ぶかだった。
「まず確認します」
会議を仕切る官僚が口を開いた。
「AI側から提供される最初の技術について、政府としては一つに絞ります。あくまで最初の一つです。これを実際に国内の研究機関で再現できれば、今後の技術提供についても、より大きな予算と体制を組む根拠になります」
誰も反応しなかった。
その説明は、全員が理解している。
だからこそ、重い。
一つを選ぶということは、残りを捨てることではない。
だが、最初の一つには意味がある。
それが成功すれば、日本は次に進める。
失敗すれば――。
「核融合を推すべきです」
最前列の研究者が言った。
即座に別の席から声が飛ぶ。
「最初から核融合? 正気ですか」
「正気です。成功した場合の国家的利益を考えれば――」
「だからこそです!」
別の研究者が机を叩いた。
「核融合なんて、再現に何年かかると思っているんですか! AIが理論を全部渡してくれたとしても、我々の側に設備がない。材料もない。実験系もない。最初の実証としては重すぎる!」
「しかしエネルギー問題を根本から解決できる可能性がある」
「可能性の話をしているんじゃない!」
声が一段高くなった。
「今、我々が選ばなければならないのは、**確実に再現できて、なおかつ日本の国力を一気に押し上げられるもの**です!」
「だったら半導体でしょう」
今度は別の人物が口を挟んだ。
「製造技術です。半導体の製造工程を根本から変えられる技術を要求する。これなら産業全体に波及する」
「半導体は駄目だ」
「なぜです?」
「設備投資が巨大になる。技術そのものが優れていても、国内の製造ラインを一から作り直す必要がある」
「それが何です? 日本の製造業を復活させるなら――」
「復活させるまでに何年かかると言っている!」
「何年かかってもやるべきでしょう!」
「最初の一件でそれをやるのか!」
会議室の空気が変わった。
さっきまで専門家同士の議論だったものが、明らかに感情を帯び始めていた。
誰もが必死だった。
理由は簡単だった。
この一件を逃せば、二度と同じ機会が来ないかもしれない。
AIが本物なのか。
本当に一億年前の文明によるものなのか。
それすら、まだ完全には証明されていない。
それでも。
もし本物なら。
この選択は、日本の次の百年を左右する。
「医療技術はどうですか」
医療分野の専門家が口を開いた。
「再生医療、あるいは癌治療。人命に直結する技術なら、国民にも説明しやすい」
「それは駄目です」
即答だった。
「なぜです」
「医療は規制と臨床試験があります。AIから理論と技術を受け取ったからといって、明日から病院で使えるわけじゃない。最初の実証としては時間がかかりすぎる」
「人命より産業を優先するんですか?」
「そういう話ではない!」
「ではどういう話です!」
二人が立ち上がりかけた。
周囲の人間が同時に身を乗り出す。
政府側の人間が慌てて手を上げた。
「落ち着いてください!」
だが、誰も落ち着かなかった。
「航空宇宙技術ならどうだ!」
「何に使うんです?」
「輸送、衛星、宇宙開発――」
「国家事業になる。民間にすぐ落とせない!」
「軍事転用を考えれば――」
「その話はここではするな!」
「なぜだ! 現実問題として――」
「だから機密会議なんでしょうが!」
怒鳴り声が重なった。
議論というより、奪い合いだった。
それぞれが自分の専門分野から、日本にとって最も価値があるものを見ている。
しかし、次第に一つの条件が全員の共通認識になり始めた。
**最初の技術は、難しすぎてはいけない。**
そして、
**日本国内で再現できなければ意味がない。**
部屋が静かになった。
すると、一人の材料工学者がゆっくり手を挙げた。
「……それなら」
全員がそちらを見る。
「バッテリーはどうでしょう」
誰かが鼻で笑った。
「バッテリー?」
「ええ」
研究者は立ち上がった。
「電気自動車だけの話ではありません。蓄電設備、再生可能エネルギー、家庭用蓄電池、産業用電源、携帯機器、航空機……応用範囲が広い」
別の研究者がすぐに反論する。
「しかし、既存技術との差がどれほど出るか分からない」
「だからこそいいんです」
「何が?」
「既存産業がある」
研究者は言った。
「ゼロから産業を作る必要がない。日本には電池メーカーも、自動車メーカーも、素材メーカーも、製造設備メーカーもある。AIが新しい原理を示したとしても、それを人間側が理解して再現できれば、既存の産業基盤に乗せられる」
会議室の空気が少し変わった。
「……確かに」
誰かが呟いた。
「しかも、電気自動車なら結果が分かりやすい」
自動車産業の専門家が続けた。
「航続距離が倍になった。充電時間が十分の一になった。寿命が十倍になった。そういう結果が出れば、誰でも理解できる」
「そんなものより!」
堂々巡りが続く。
会議が始まってから、すでに四時間が経っていた。
それでも、ホワイトボードには結論らしいものが一つも書かれていない。
書かれては消され、消されては別の案が書き込まれている。
「だから、核融合を最初に持ってくるのは危険すぎると言っているんです!」
「危険だから何だ! 成功した場合のリターンを考えろ!」
「成功した場合、でしょう!」
「当たり前だ! 未知の文明の技術なんだぞ! 最初から確実性だけ求めてどうする!」
「確実性を求めなければ国家予算を動かせない!」
「予算の話ばかりするな!」
「予算がなければ研究はできないでしょうが!」
机を叩く音が響いた。
誰も止めない。
止められる状況ではなかった。
部屋の中にいるのは、それぞれの分野で日本を代表する人間たちだった。
エネルギー。
材料。
半導体。
医療。
宇宙。
情報。
自動車。
発電。
それぞれが、自分の専門分野から見た「日本が今、一番欲しい技術」を主張している。
そして全員が、それぞれ正しい。
だからこそ決まらない。
「医療技術を外す理由が分かりません」
医療分野の専門家が強い口調で言った。
「癌治療、再生医療、遺伝性疾患。人命に直接影響する。国民に対する説明という意味でも、これほど分かりやすいものはないでしょう」
「分かりやすいから問題なんです」
別の研究者が返した。
「AIから技術をもらいました。明日から患者に使います、なんてできないでしょう」
「だから臨床研究を――」
「何年かかると思っているんです!」
「では半導体です」
半導体の専門家が割って入った。
「日本の産業基盤を考えれば、ここを取り戻すべきです。製造装置でも材料でも構わない。もし現在の限界を一つでも突破できれば――」
「工場を作るだけで何年かかる?」
「だから国家事業として――」
「最初の実証で国家事業を持ってくるのか!」
「何が悪い!」
また声がぶつかった。
議長席の官僚は、もう何度目になるか分からないため息をついた。
時計を見る。
午後八時四十分。
予定していた会議終了時刻は、とっくに過ぎている。
しかも、これは本会議ではない。
政府が次の土曜日にAIと接触する前に、「何を要求するか」を決めるためだけの準備会合だった。
本来なら候補を三つほど絞り、その中から政府として正式に一つを選ぶ。
ところが現実には、三つどころか十以上の候補が残っている。
「もう一度、条件を確認しましょう」
議長が声を張った。
「第一。AIから提供された技術を、日本側で再現できること」
ホワイトボードに書く。
「第二。実用化までの距離が比較的短いこと」
二つ目。
「第三。日本国内に既存の研究・製造基盤があること」
三つ目。
「第四。成功した場合、その成果を政府として説明しやすいこと」
四つ目。
「第五――」
一瞬、言葉に詰まった。
「……今後の技術提供について、次の交渉に進むための実績になること」
全員が黙った。
その条件が、結局一番重要だった。
今回の技術提供は無償だ。
AI側は、最初の技術について政府との金銭交渉を要求していない。
だからこそ政府としては、この一件を絶対に失敗させたくない。
しかし、成功させるために慎重になればなるほど、選択肢が増える。
そして選択肢が増えるほど、決まらなくなる。
「……バッテリーは?」
誰かが小さく言った。
その瞬間、数人が同時に反応した。
「またバッテリーですか」
「悪くないでしょう」
「悪くないどころか、有力候補ではあります」
「しかし最優先かと言われると――」
「電気自動車に使えるなら、成果は非常に分かりやすい」
自動車関係の専門家が資料をめくった。
「航続距離、充電時間、重量、寿命。どれか一つでも既存技術を大幅に超えれば、結果が数字で出る」
「再生可能エネルギーにも使える」
エネルギー分野の研究者が続ける。
「大容量蓄電が可能なら電力網にも影響する。家庭用、産業用にも展開できる」
「素材産業にも波及する」
「電池メーカーにも展開できる」
「電気自動車メーカーにも――」
「それは分かっています!」
核融合を推していた研究者が苛立ったように声を上げた。
「だからといって、バッテリーが最善だと決まったわけではないでしょう!」
部屋が静まる。
その通りだった。
誰も反論できない。
バッテリーは有力だ。
だが、最善だと決まったわけではない。
「私は核融合を外すつもりはありません」
その研究者は続けた。
「AIが本当に我々の想像を超える文明の技術を持っているなら、最初に確認すべきなのはエネルギー技術でしょう。そこを確認できれば、その後の全てが変わる」
「でも再現に時間がかかる」
「時間をかける価値がある」
「今回、我々に与えられているのは時間ではなく、次の土曜日までの数日ですよ」
別の研究者が言った。
「AIとの会談で、『政府として検討した結果、三年後に改めて要求します』なんて言えるんですか?」
「言えばいい」
「そんな余裕がありますか?」
「ありません」
即答だった。
「だからこそ、慎重に選ぶ必要がある」
「慎重に選んでいるから決まらないんですよ!」
また声が大きくなった。
「いい加減にしてください!」
「そちらこそ!」
二人が立ち上がる。
周囲の人間も椅子を引く。
一瞬、本当に殴り合いになるのではないかと思えるほどだった。
「座ってください!」
議長が怒鳴った。
ようやく二人が腰を下ろす。
だが、誰も納得していない。
誰も譲っていない。
核融合。
半導体。
医療。
宇宙。
新素材。
発電。
通信。
そしてバッテリー。
候補は減るどころか、議論するたびに「これも捨てられない」という理由が増えていった。
午後九時十三分。
政府側の担当者が、ついに口を開いた。
「……時間です」
誰も返事をしない。
「土曜日までに、まだ各省との調整があります。研究機関にも正式な準備をさせなければならない。政府として一応の候補を一本にまとめなければ、AIとの会談そのものが成立しません」
沈黙。
「だから――」
担当者は資料を見た。
「現時点では、バッテリー技術を第一候補とします」
すぐに声が飛んだ。
「第一候補、ですよね?」
「はい」
「正式決定ではない?」
「正式決定ではありません」
別の研究者が確認する。
「つまり、土曜日の直前まで変更の可能性がある」
「あります」
「それなら、なぜ今ここで決めるんです?」
担当者は少し黙った。
そして疲れた顔で答えた。
「決めないと、次に進めないからです」
誰も言い返せなかった。
それが答えだった。
バッテリーが最も優れているから決まったわけではない。
全員が納得したからでもない。
核融合を諦めたわけでも、半導体を捨てたわけでもない。
医療技術を否定したわけでもない。
ただ、時間がない。
土曜日にはAIが待っている。
その場で「まだ決められていません」と言うわけにはいかない。
だから――。
**暫定的に、バッテリーを第一候補に置く。**
それだけだった。
議長が資料を閉じる。
「では、各分野は明日までに、バッテリー案を採用した場合の具体的な要求内容を提出してください。同時に、他候補についても完全には捨てない。異論がある者は、代替案を数字で示してください」
「数字で?」
「必要です」
「どの程度の性能を要求するかも?」
「当然です」
「それを数日で?」
「お願いします」
最後の一言には、もはや威厳もなかった。
懇願だった。
誰も笑わなかった。
全員が同じ疲労を抱えていたからだ。
会議室を出る頃には、午後九時四十分を過ぎていた。
それでも、結論はたった一行。
**第一候補――高性能バッテリー技術。**
その下には、小さく但し書きが付けられていた。
**「暫定。最終決定ではない。」**
誰一人として、この一行を見て安心した者はいなかった。
むしろ全員が分かっている。
土曜日までに、また揉める。
そしておそらく、その場でも揉める。
それでもやるしかない。
なぜなら、世界を変えるかもしれない技術を前にして、政府がまだ最初の一つすら決められていない。
そんな状況そのものが、彼らにとって最大の危機だった。
翌日の午前。
金田恒一は、自宅のソファに座ったまま、しばらく黙っていた。
テーブルの上には、コンビニで買ってきたコーヒーと、適当に買った菓子パンが置かれている。
テレビはついていたが、ほとんど見ていない。
向かいには、誰もいない。
それでも、部屋の中にはアイの声がある。
「金田様。政府との次回会談について、確認事項があります」
「うん」
金田はコーヒーを一口飲んだ。
昨日からずっと考えていた。
政府に何を要求するか。
自分は何が欲しいのか。
そして、どうすれば一番うまく話を進められるのか。
金田自身は、別に世界征服がしたいわけでも、日本をどうこうしたいわけでもない。
もっと単純だった。
金が欲しい。
できれば、一億円くらい。
それだけあれば、今の会社を辞めてもいい。
毎朝満員電車に乗る必要もなくなる。
残業して、上司の顔色を窺って、給料日を待つ生活から抜けられる。
問題は、その一億円をどうやって政府から出させるかだった。
「アイ」
「はい」
「政府ってさ」
「はい」
「結局、金を出すには予算が必要なんだよな?」
「その認識で問題ありません」
「で、その予算って、何か実績がないと通らないんじゃないか?」
少し間があった。
「政府機関における予算要求には、政策的必要性、費用対効果、実現可能性、既存事業との関係など、多数の要素が影響します」
「つまり、いきなり『俺に一億円ください』って言っても、たぶん無理なんだろ?」
「可能性は低いと考えられます」
金田は腕を組んだ。
「やっぱりそうだよな」
昨日までなら、それでも交渉してみようと思っていた。
自分はアイの管理者なのだから、ある程度の要求はできる。
だが、考えてみれば、政府側からすれば何の実績もない。
正体も分からない。
どこまで信用していいのかも分からない。
そんな相手に、いきなり巨額の予算を付けろと言われても、担当者だって困るだろう。
金田は少し考えてから言った。
「だったらさ」
「はい」
「最初は、金の話をしないほうがいいんじゃないか?」
「……詳しくお願いします」
「まず一個、すごい技術を渡す」
金田は指を一本立てた。
「政府が『これは本物だ』って納得できるくらいのやつ」
「技術を無償で提供するという意味でしょうか」
「そう」
「その目的は?」
「実績作り」
金田は、少し得意げに言った。
「政府がその技術を研究して、実際に作れる。すごい性能が出る。そうなれば、『本当に今までの技術とは違うものがある』って証明できるだろ」
「その後に予算要求を行う」
「そう」
金田は頷いた。
「政府だって、何もないところに何百億円も出すのは難しいだろ。でも、実際に動くものがあるなら話は変わる」
「その実績を根拠として、政府に予算を要求させるということですね」
「そういうこと」
金田はコーヒーを飲んだ。
「だから最初の一個は、俺の取り分とか考えずに渡しちゃっていいと思う」
「無償で?」
「うん」
即答だった。
「そのほうが、あとで話がしやすい」
「興味深い判断です」
「だろ?」
金田は少し笑った。
「何でも一つ。頭のいい先生方に決めてもらえばいい」
「政府側では、電気自動車対応のバッテリーが検討されています」
「そうなの?」
金田が顔を上げる。
「はい」
「もう決めてるのか?」
「第一候補として検討されています。ただし、暫定的な候補であり、最終決定ではありません」
「へえ……」
金田は少し意外そうな顔をした。
「じゃあ、それでいいんじゃないか?」
「政府側が要求する具体的な性能については、かなり詳細な検討が行われています」
「どんな?」
アイは淡々と説明した。
電気自動車に搭載可能であること。
高いエネルギー密度。
急速充電。
長寿命。
安全性。
既存の電池工場を可能な限り利用できる製造性。
自動車以外にも家庭用蓄電池や産業用蓄電池などへ応用可能であること。
そして、人間側が再現できるよう、材料や製造工程、評価方法まで含めて技術情報を提供すること。
金田は黙って聞いていた。
「……結構、本気だな」
「はい」
「まあ、そりゃそうか」
金田は頭を掻いた。
「じゃあ、最初はそれを渡してやればいいよ」
「承知しました」
「それで政府が実績を作れたら、次から交渉する」
「何について交渉しますか?」
「もちろん、俺の利益」
「具体的には?」
「そこはまだ考えてない」
金田は平然と答えた。
「でも、最初から欲張るより、そのほうがいいだろ」
アイはしばらく沈黙した。
「合理的な戦略だと判断します」
「だろ?」
金田は満足そうに頷いた。
「政府も実績があれば予算を取りやすい。俺も、その後の交渉がしやすい。お互い得だよ」
「その認識で問題ありません」
「じゃあ、そうしよう」
金田はそこで話を終えようとした。
だが、ふと思い出したように言った。
「そういえば」
「はい」
「昨日の会議って、どんな人が来てたの?」
「政府関係者、研究者、技術専門家などが参加していました」
「ふーん」
金田は菓子パンの袋を開けた。
「偉い人とか来ていたのか?」
「はい。大臣が出席していました」
金田の手が止まった。
「……え?」
「大臣が参加していました」
「大臣?」
「はい」
「国の?」
「日本国政府の大臣です」
「……」
金田はゆっくり菓子パンをテーブルに戻した。
「え、ちょっと待って」
「はい」
「大臣が来てたの?」
「はい」
「俺の話を?」
「正確には、AIおよび管理者との関係についてです」
「……」
金田は固まった。
自分が思っていた政府との交渉というのは、せいぜいどこかの役所の偉い人が出てきて、何人かの担当者と話をする程度だった。
しかし、現実は違ったらしい。
「他には?」
「著名な研究者も多数参加していました」
「著名って……?」
「各分野において国内最高水準の研究者と評価されている人物が複数います」
「……」
「材料工学、エネルギー、電池、半導体、医療、宇宙、自動車技術などの専門家です」
金田の顔から、少しずつ血の気が引いていった。
「ちょっと待って」
「はい」
「その人たちと……俺、話すの?」
「その可能性は高いと考えられます」
「……」
「次回会談では、政府側から技術について質問が行われる可能性があります」
「いやいやいや」
金田が両手を振った。
「ちょっと待ってくれ」
「はい」
「俺、普通のサラリーマンだぞ?」
「承知しています」
「電池の専門家とか知らないぞ」
「承知しています」
「大臣なんて、テレビでしか見たことないぞ」
「その情報も認識しています」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
金田は立ち上がった。
さっきまで余裕のあった顔が、完全に引きつっている。
「なんでそんな人たちが俺を待ってるんだよ……」
アイは静かに答えた。
「金田様が管理者であるためです」
「いや、それは分かってるけど!」
金田は頭を抱えた。
昨日までは、なんとなく政府と交渉するつもりだった。
一億円くらい要求してみよう。
技術を一つ渡して、政府が実績を作ってから利益の話をしよう。
その程度の感覚だった。
ところが、その「政府」の向こう側にいたのは――。
国の大臣。
国内最高峰の研究者。
各分野の第一人者。
そういう人間たちが、自分との会談のために集まっている。
「……アイ」
「はい」
「俺、変なこと言わないほうがいいよな?」
「どのような意味でしょうか」
「いや……」
金田はソファに座り直した。
背筋が妙に伸びている。
「その、専門家の人たちに『これすごいですよ』とか言われても、俺、何がすごいのか分からないんだけど」
「問題ありません。技術的な説明は専門家が行います」
「じゃあ俺は?」
「管理者として、説明を受けた上で判断していただきます」
「……判断」
その言葉を聞いて、金田はさらに顔を青くした。
「俺が?」
「はい」
「大臣とか研究者がいるところで?」
「はい」
「俺が最後に『じゃあ、それでいいです』って言うの?」
「管理者の承認が必要です」
金田はしばらく無言だった。
そして、ぼそりと言った。
「……会社の会議でも、そんなに偉そうにしたことないんだけどな」
アイは答えなかった。
金田はテーブルの上のコーヒーを見た。
もう冷めている。
「……一億円どころじゃない話になってきたな」
最初に欲しかったのは、会社を辞められる程度の金だった。
そのために、政府と交渉する。
そう思っていただけだった。
ところが気づけば、自分は国家の大臣や、国内最高峰の研究者たちと向き合い、人類の技術を一つ選んで承認する立場に置かれている。
金田は深く息を吐いた。
「……土曜日、嫌だな」
「会談は正午からです」
「時間まできっちり言わなくていい」
「承知しました」
「あと、できれば俺が変なこと言っても、助けてくれ」
「可能な限り支援します」
「……頼むよ」
金田は小さく呟いた。
そして、自分がこれから会うことになる人間たちが、昨日の夜からほとんど寝ずに「日本が何を要求するべきか」を必死に議論していることを――。
まだ知らなかった。