僕(ウマ娘♀)がヤンデレウマ娘に愛され過ぎて眠れない 作:あばなたらたやた
昼の陽光は、午前の熱をいくらか和らげていた。走り終えたばかりの身体には、いまだ熱い火が残っている。
サイレンススズカと別れ、昼食を取るため校舎へ向かう道すがらのことだった。
「あなた、相変わらずね」
背後から届いた聞き覚えのある声に振り返る。そこに立っていたのは、メジロラモーヌだった。
「何がです?」
「休日くらい、もう少しゆっくりしてもいいでしょうに」
「それ、スズカにも言ってください」
「あの子に言っても、聞かないでしょう?」
「じゃあ僕にも同じですよ」
「羨ましいわね」
「?」
「何でもないわ。ただ、私といる時はもう少し、等身大の貴方を見せてくれてもいいのにと思っただけよ」
ラモーヌが微笑む。昔と変わらない笑い方だった。相手をからかうようでありながら、決して踏み込みすぎない。一枚の薄い硝子を隔てて向こう側を観察しているような、独特の距離感。
彼女は人を決めつけないが、見逃しもしない。臆病さ、嫉妬、虚栄、諦め。そして弱さ。人が見ないように隠している内面を、彼女は暴こうとせず、ただそこにあるものとして佇ませていた。
「昼食は?」
「これからです」
「そう。なら、少し付き合いなさい」
「……二人で?」
「嫌かしら?」
「いや、そういうわけじゃ」
「なら決まりね」
歩き出したラモーヌの隣に僕は並ぶ。
午前中、スズカと並んでいたときとは異なる沈黙だった。スズカとのそれは速度と呼吸が言葉の代わりとなる心地よい沈黙だが、ラモーヌは黙っている相手の内にある言葉まで見透かそうとする。何もしゃべっていないのに、逃げ場がない。
「昔もそうだったわね」
不意にラモーヌが呟く。
「何かを決めると、途中でやめなかった」
「そんなにでした?」
「ええ。ただし最初から正しい道を歩いていたわけではないけれど」
言葉の裏を感じ取り、マキナは少しだけ目を細めた。
「それは……まあ」
「間違えたら直す。失敗したらやり方を変える。けれど、一度決めたことそのものは捨てなかった」
「よく見てましたね」
「見るようにしていたのよ」
「見ていた、ではなく、見るように、ですか」
「野暮な子。あなたが、どこへ向かおうとしているのか。誰よりも早く知っていたかったもの」
「僕なんか、そんなに見る価値あります?」
と僕が冗談を言ったとする。
ラモーヌは真顔で答えた。
「価値があるから見るのではないわ。私が見ると決めたから、見るのよ。だから、あなたが自分をつまらない人間だと思っても構わないわ。私の評価は変わらないもの」
空気が変わった。ほんのわずか、けれど確実に。それまでの軽妙さは影を潜め、僕達の過去という時間が立ち現れる。
昔の自分を知る者と対峙するとき、人は自分が本当に変わったのか、それとも変わったと思い込んでいるだけなのかを突きつけられる。
「……昔はラモーヌさんに言えないこと、結構ありましたよ」
ラモーヌは動じず、ただ静かに視線を向ける。
「今は?」
「今なら……まあ、言えるんじゃないですかね」
「なら、言ってみなさい」
即答だった。詰問ではなく、ただ扉を開けて待っているような声音。昼の光が、僕たちの影を長く地面へ落としていた。
「……失敗するのが、怖かったんですよ」
ようやく出た言葉は、拍子抜けするほど普通だった。
「何かをやってできなかったらどうしようとか、期待に応えられなかったらどうしようとか。今思えば、失敗したってやり直せばいいだけなんですけど。それに……それを口にするのが恥ずかしかった」
「なぜ?」
「怖がっていると思われたくなかったからです。だから平気なふりをして、余裕がある顔をしてた。実際は失敗したくなくて、ずっと身構えていただけなのに。……面倒くさいウマ娘でしたね」
「そうね」
「肯定されてしまうと立つ瀬がない」
「事実でしょう?」
「まあ……そうですけど」
歩みを止めず、ラモーヌはそっと目を細めた。
「怖く、恥じた。だから隠した。それだけでしょう?」
「それだけ、ですか?」
「ええ」
慰める色のない、けれどまっすぐな声だった。
「私たちは自分の弱さを見つけると、責任感や期待といった立派な理由をつけたがるものよ。けれど、その奥に『怖かった』という一言があるなら、それもまた事実」
ラモーヌが足を止めた。振り返り、真っ直ぐに僕を見つめる。
「弱さを認めることは、自分を弱い人間だと決定づけることではないわ。怖かったのなら怖かった。それでもやったのなら、それでいいのよ。恐怖が消えてから進む必要なんてない。震えながら進むこともまた、進むということでしょう?」
余計な装飾を削ぎ落とす刃のような言葉。昔なら反論するか冗談で逃げていたはずの時間を経て、僕はただ受け止めた。
「……そうですね。その通りだ」
「だからこそ、あなたには私に隠し事をしてほしくないの」
「隠し事、かぁ。言えないことはあっても、隠す意図はなかった気がしますけど」
「ええ。知っているわ」
「知ってる?」
「あなたが私に言わなかったことなら、いくつか知っているもの」
「……」
「安心なさい。問い詰めるつもりはないわ」
ラモーヌは微笑んだ。
「ただ、これからは隠さないで。あなたが何を恐れて、何を望んで、誰を選ぶのか。私は全部知っていたいから」
ラモーヌはそれ以上語らなかった。慰めず、褒めず、過去を美談にもしない。ただそこにあった弱さを、そのまま置く。
それが彼女だった。
「分かった。ちゃんと言う」
「あなた、昔より少しだけ素直になったわね」
「少し?」
「ええ。まだまだね」
メジロラモーヌは僕の頬に手を添えてくる。
「そういうあなたを知っているのは、やっぱり私でありたいわ」
「手厳しい」
「そうかしら? 簡単な話よ、心に殉じなさい」
「その結果、君以外に目を奪われたらどうするんです?」
「もし貴方が私以外の絵を描くのなら、そうなる前に永遠にするわ」
言葉の強さに苦笑してしまう。それを見て、ラモーヌもふっと笑う。話さないこともまた、僕たちにとっては会話だった。
かつて失敗を恐れ、恐れていない振りをした。今の僕も恐怖そのものを克服したわけではない。ただ、それを抱えたまま歩けるようになった。
成熟と呼ぶには小さすぎる、ほんのわずかな変化。けれど人は、そうした足元に落ちた小さな光を拾うことで、昨日よりも少しだけ遠くまで歩いていけるのだ。