僕(ウマ娘♀)がヤンデレウマ娘に愛され過ぎて眠れない 作:あばなたらたやた
ラモーヌと別れたあと、僕は一人になった。
陽射しは、昼というには少しだけ傾いている。午前中にスズカと走り、昼にはラモーヌと過去を明かした。
身体に残る疲労以上に、頭がじんわりと重い。人と対峙することは思っている以上にエネルギーを使う。
なんか生きるのが面倒臭くなってきた。
過去の自分を晒した後ならなおさらだった。静けさを求めてあてあてもなく歩いた先で、飲食店の野外テーブルに腰かけ、本を読んでいるマンハッタンカフェを見つけた。
「……お疲れですか?」
開いていた本から顔を上げ、マンハッタンカフェが問いかける。
「ちょっとだけ」
「そうですか」
それだけだった。
理由も、何があったかも、大丈夫かどうかも尋ねてこない。
その踏み込まない距離感が心地よい。
「隣、いい?」
「どうぞ」
並んで腰を下ろす。カフェは視線を本に戻し、僕はカップに手を伸ばす。会話はない。規則的な時計の針の音、軽やかなページをめくる響く。沈黙を埋める必要のない時間が、ただ穏やかに流れていた。
何もしない時間を選択し、そこに身を置く心地よさ。しばらくして僕はカップを少し傾け、思いついたように言葉を落とした。
「カフェは僕といて、退屈だと思ったりしないの?
ページをめくる手が止まる。カフェは少しだけ考えてから静かに目を合わせた。
「……どうしてですか?」
「いや、僕たちあんまり喋らないからさ」
「話さなくても、一緒にいることを楽しむことはできますよ」
「……そっか」
短く返し、また飲み物を口に含む。カフェも視線を本へ戻した。
言葉の数だけで測ろうとすれば沈黙はただの空白になるが、この僕達にとって沈黙は満ち足りた時間なのだろう。
「……マキナさんは他の人とは、こんなふうに過ごさないんですか?
「まあ……そうかも」
「なら、よかったです」
「良かった?」
「この時間は、私だけのものですから」
「それは独占欲?」
「……そうかもしれません。貴方が誰と何を話すのも自由です。誰と走っても、誰と笑っても構いません。でも、この沈黙だけは、私と貴方のものです。だからきっと、これは執着と独占欲なのかもしれません」
そんな可愛らしいことを言うカフェは僕は意地悪をしたくなった
「そういえばさ。今日、スズカと走ったんだよ」
「……そうですか」
カフェのテンションが露骨に下がった。
「相変わらず速かったけど、前よりちょっとだけ走りやすかった気がする。僕が慣れたのかな」
「そうかもしれません」
「そのあと、ラモーヌさんにも会って昔の話をしたんだ。僕って結構格好つけらしいって話をしたよ。今は昔よりマシだと思うんだけど、いうて昔そんな格好つけしてたっけ?」
「それはそうですね」
「そこは否定してくれよ」
「事実なら、否定する理由がありません」
「鋭いナイフだ」
「刺したのは過去の自分ですかね」
「う、うまいこと言いやがって」
「意地悪するからそうなるんですよ」
「はい、ごめんなさい」
カフェの口元がほんの微かに緩む。僕も頬を緩ませ、天井に視線を漂わせた。
「ラモーヌさんともあった。昔は失敗するのが怖かったって話したんだ。恥ずかしくて、平気なふりをしてたって」
カフェは本を閉じたが、相変わらず何も言わずにただ耳を傾けている。結論を急がず、教訓を求めず、ただ言葉を受け止める沈黙。
「……昔は言えなかったんだよな。そいうの見栄みたいなの。今なら言えるんだけど」
「……」
「なんか今日は、変なウマ娘とよく会うな」
「それ、私も入っているんですか?」
「あ、うーん、まぁ。まぁ。まぁ」
「まぁ。まぁ。まぁ……!? おかしい。私は貴方にとって安心して会話できるような立ち振る舞いをしていたつもりなのですが」
「そんなパブリックイメージ作ろうとしてたんだ。いや、でもマンハッタンカフェ相談室長としては当然の配慮か」
ふっと息を吐き出す。
走ることで繋がるスズカと、過去を交わすことで対峙するラモーヌ。そして、何も話さずにただ隣に佇むカフェ。
一日のうちに重ねた時間はそれぞれ異なり、どれもが確かな繋がりだった。
人は皆、同じ方法で誰かを必要とするわけではないのだか。
「マキナさん」
「ん?」
「疲れたときは、私のところにきてください。貴方がどこへ行くかは、貴方が決めることですから強制できません。でも、だからこそ、帰ってくる場所まで、他の誰かに渡すつもりはありません」
カフェは僕が抱えた疲労の理由を尋ねない。けれど彼女は気づいているのだろう。
僕が焦らず沈黙を受け入れられるようになっていること。そして、今日巡り会った出来事を、自ら誰かに語ろうと思えるようになったことに。
「相談室と、貴方に見せる顔は違いますよ。裏と表い言うつもりはありませんが、少なくもアシスタントとして扱う仕事中とは別のものです」
「そうなんだ。少しは気を使ってくれている、ということ?」
「むしろ気を使わないようにしている、ですかね」
「……どうして?」
「貴方が、私の前では何も頑張らなくていいようにです」
その言葉少し、上手く言えないが胸にきた。
「疲れているなら、疲れているままでいいのです。話したくないなら、話さなくていいんです。何かを説明する必要もありません」
カフェはそこで一度だけ言葉を止めた。
「……そういう貴方を、私は知っていますから」
「重いね、カフェ」
「そうでしょうか」
「僕でも知らないようなことを、君は知っているんだ」
「はい。貴方が思っているより、ずっと」
それを言葉にする必要は、どこにもなかった。僕達はただ、並んで座っている。
ページをめくる指先と、温かい湯気。
二つの呼吸と、満ち足りた沈黙。
それは午後の時間を満たしていく。
「今日、私のところに来てくれてよかったです」
「たまたまだよ」
「それでもです」
カフェは穏やかに微笑む。
「貴方が疲れたとき、最初に思い浮かぶ場所が私の隣だったら嬉しいです。できれば、ずっとそうなるようにしたいです」
「カフェは本当に可愛いな」
「はい」
「認めるんだ」
「ええ。貴方から頂いたものは大切にします。だからこそ、貴方が私を必要とする理由を、私以外の誰かに使われたくありません」
「僕の帰る場所は、永劫変わらず君かい?」
「そうあるよう願います」
ああ、全く、本当に、本当に可愛いウマ娘だ。