僕(ウマ娘♀)がヤンデレウマ娘に愛され過ぎて眠れない   作:あばなたらたやた

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四話:スティルインラブ

 

 

 僕はカフェと共に帰路につく。

 朝からスズカと走り、ラモーヌと話し、午後にはカフェと何もしない時間を過ごした。

 休日としては十分に人と会った。今度こそ一人でゆっくりできる。

 そう思ってポケットを探った。

 右。左。鞄の中。

 

「……財布」

 

 忘れた。場所はすぐに思い出せた。ラモーヌと話していたあの場所だ。

 マジふざけんなよ。

 

「最悪だ……」

 

 踵を返すと、なぜかカフェが静かについてくる。

 

「……戻るんですか?」

「うん。財布忘れた。ごめん、付き合わせちゃって」

「構いません」

 

 歩みを進めていると、ポケットの端末が震えた。スズカからだ。

 

『まだ外にいますか?』

『うん』

『では、私も行きます』

『いや、来なくていいって』

『わかりました』

「素直だな」

 

 そう小さく呟くと、カフェがふっと笑った。

 どうした? そんな笑顔で。

 数分後、僕が何気なく振り返って足を止めた。見慣れた勝負服の影が、真っ直ぐこちらへ向かって走ってくる。

 

「来てるじゃん!」

「はい」

「いや、『はい』じゃなくて」

「来なくていいと言われましたので、来ないつもりでした」

「じゃあなんでここにいるの?」

「気がついたら、こちらへ走っていました」

「それを『来た』って言うんだよ!」

 

 カフェがくすくす笑う。お前この展開を予想していたな!? 人の不幸を笑うとはなんてひどいウマ娘だ!?

 そのとき、再び画面が明滅した。今度はラモーヌからだった。

 

『あなた、何か忘れていない?』

「……なんで知ってるんです?」

『あなたのことだから』

 

 そんな理由で分かるものだろうか。シンプルにこえーよ。盗聴器とかつけられたいる?

 僕たちがたどり着つくと、置き去りにされた財布がぽつりと残されていた。

 

「よかった……」

 

 安堵して財布を拾い上げる。事件というほどの代物ではない。盗まれたわけでも、誰かが怪我をしたわけでもない。

 ただの忘れ物。けれど、その些細な躓きのおかげで、別々に過ごしていた時間が一つに重なっていた。

 

「嬉しそうで良かったです」

「この程度のことで喜べるのは感受性が豊か、というべきなのかしら」

「私の会話より嬉しそうなのはシンプルにパンチしたくなりますね」

「俺、そんなに分かりやすいですか?」

 

 思わず尋ねた。確かに財布が戻ってきたのは嬉しかったけどもね?

 最初に答えたのはカフェだった。

 

「……少し」

「はい」

 

 とスズカが続き、最後にラモーヌが微笑む。

 

「昔からね」

「全員、そんな印象なんだ」

 

 しょんぼりな気分だった。すると三人の間に柔らかな笑いが広がった。誰かが勝ったわけでも、何かを成し遂げたわけでもない。ただ忘れ物を回収しただけの一日。けれど、そんな他愛のない出来事が、人と人の距離をほんの少しだけ縮めていく。

 偶然手繰り寄せられた糸が編み合わさるように、休日が形作られていた。

 

◆

 

 自室に戻り、鍵を開ける。

 

「おかえりなさい」

 

 は?

 僕は玄関で凍りついた。明かりのついたリビングにはスティルインラブがおり、テーブルには出来立ての料理が並んでいる。

 

「……なんでいるの?」

「夕食を作ろうと思って」

「僕の部屋で?」

「はい。もしかして外で済ませてしまいましたか? なら明日の朝に食べてください」

「切り替え早くない?」

「長居して迷惑をかけるわけにはいきませんから」

「迷惑というなら当たり前のように家の中で料理していることも迷惑なんだけどね? お金とか食費はどうしたの?」

「もちろん、全て私が出しました。あ、あと歯磨き粉や、シャンプーにリンスなどそういうものも補充しておいたので、安心してくださいね」

「最高にロックだ」

「ロック? はわかりませんが、褒め言葉として受け取りますね、マキナ先輩」

 

 スティルは何食わぬ顔で微笑んでいる。

 自分が料理を振る舞うことが、まるで初めから確定していた予定であるかのように。

 

 スティルは境界線を静かに越え、当然のような顔をして相手の日常の真ん中に腰を下ろす。激しい侵略ではなく、あまりにも自然な透浸。

 

「今日は走ったんですか?」

「うん、走ったよ」

「ならお昼も誰かとご一緒されていたんですか?」

「なんでそこまで聞くのかな」

 

 スティルは不思議そうに首を傾げた。

 

「好きな人のことですから」

 

 直球すぎる言葉に、僕は戸惑った。本人はどこまでも澄んだ表情のままだ。

 

「何か変ですか?」

「いや……近いな、と」

「何がですか?」

「……なんでもない」

 

 悪意がないからこそ逃げ場がない。好意とは時に激しい熱ではなく、部屋の隅にいつの間にか置かれた灯りのようなものだ。どれほど近くを照らしているか、灯した本人すら自覚がない。

 

 食事を作り、何を食べたか問い、今日を尋ねる。その当たり前のような踏み込みが、じわじわと僕の生活を塗り替えていた。

 

 スティルと向かい合って箸を動かしながら、僕は今日を振り返る。

 

「朝はスズカさんと走って、昼はラモーヌさんと話して、午後はカフェと一緒にいて、夕方にまたスズカに会って……」

「……一日中、誰かと一緒だったんですね」

 

 スティルの言葉に、マキナは不意に手を止めた。一人で気ままに過ごすはずだった休日。朝から夜まで、自分だけの時間などどこにもなかった。

 

「……本当だ。ずっと誰かといたな」

「嫌でしたか?」

「いいや。一人で過ごすつもりだったのにさ。なんか、悪くなかった」

 

 スティルは何も言わず、ただ嬉しそうに目を細めた。きっと一人になりたいという欲求と、誰かと過ごしたいという心地よさは矛盾しないのだろう。

 

 人は孤独を必要とすると同時に、温もりも求める。大切なのはどちらかを選ぶことではなく、双方を許容できる余白なのかもしれない。

 

 今を走るスズカ。

 過去を交わすラモーヌ。

 沈黙を分かち合うカフェ。

 終わった後で食卓を挟むスティル。

 

「明日は何をするんですか?」

 

 食器を下げながらスティルが尋ねる。

 

「何も決めてない。明日は本当に一人で何もしないつもり」

 

 言った先から、テーブルの上の端末が震えた。

 

『明日の朝、走りませんか?』

『明日、少し時間を空けておきなさい』

『昨日のお話、少し考えてみました』

 

 そして目の前では、スティルが満面の笑みを浮かべている。

 

「明日の夕食は何がいいですか?」

 

 画面の文面と、目の前の笑顔を交互に見比べて、僕は頭痛がする頭を抱えた。

 この調子だと明日も一人になれないんじゃないか?

 少しの間を置き、なんとなく口元にも苦笑が浮かぶ。

 

「まあ、いいか」

 

 それは諦めでも敗北でもない。思い通りにならない日常の中に、自分を求めてくれる誰かがいる。

 

「……明日は何をするかな」

 

 呟いた瞬間、再び端末が短く震える。

 画面を見つめる僕の顔には小さな笑みが浮かんでいた。

 明日もきっと、予定通りにはいかない。けれど、それは必ずしも悪いものではないのだろう。

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