魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
続きが観たかったというモチベーションではじめてみました。
ホントなの?
ううん、ただのウワサだよ。都市伝説、っていうのかな?
トカゲ?
トカゲさん電話。
なんでもひとつ、願いを叶えてくれるんだって。
そのかわり、この世の呪いと戦わないといけないの!
それはむかしのおはなしだよおっ!
いまはね!
学校帰りの佐倉杏子は、やけに腹が減っていた。
こう見えても(どう見えているのかは知らないが)、杏子はけっこうケンカっぱやい。いつ戦いになってもいいように、お腹はいつも八分目にしておくのだ。
空きっ腹のまま戦うなんて、信じられない。
見滝原中の裏門から、商店街を抜けるいつもの帰り道。
なんとかのモデル都市として造られた見滝原市は、基本的に小綺麗で、建物ひとつとっても先進的である。
学校のテキストはリュックに入れてある。ほんとうは指定の鞄があるのだが、杏子は平然と無視していた。
片手にはコンビニで買ったアップルパイ。もう片方の手にはリンゴ。
美味しそうなものを店ごとに買っていたら、こんな組み合わせになってしまった。それについて、特に後悔はない。
シャクッ。
健康そうな白い歯が、リンゴに齧りつく。
うまっ!!
思わず笑みがこぼれた。
そだ。
ひさしぶりに、戦う以外のことで体を動かしたいな。
あそこのゲーセン、まだやってたっけ?
ダンスのゲームがあったはずだ。
思い出しながら曲がった角は、いやに暗かった。思ったより細い路地は、その先で行き止まりになっている。
くすんだトタンでふさがれた、その行き止まりに。
電話が置いてあった。
公衆電話には見えない。
百年以上まえから、タイムスリップでもしてきたような。
ジリリリリ、と。
耳障りな音がした。
ならいまはちがうの?
そ。むこうからかかってくるんだって。きまったひとのところにだけ。
それで、この世の呪いと戦ってくれって言われるの。
それってまえとなにがちがうの?
なあんにも。
願いなんて、なんもかなえてくれないんだってさ。
ヤバすぎ! そんな電話だれが出るん?
杏子は足を止めた。こんな電話、鳴るわけがない。回線だって止まっているはずだ。
周りには誰もいない。夕立のあとの、湿ったアスファルトの匂いがするだけだ。
……リンゴの芯を捨ててから、受話器に手を伸ばし、耳に当てる。ひんやりと冷たい。
最初は、砂嵐みたいな雑音。
続いて――
「あなたは危険と責任を引き受けられる?
この世の呪いと戦える?」
声の主は知らない。
だが、都市伝説にならうなら、これが「トカゲさん」なのだろう。
女の声だ。
杏子とそう変わらない、十代前半の少女の声に似ている。
だが、無機質だった。
感情をそっくり削ぎ落としたような声。
「いつもご連絡ありがとさん!」
棘のある声で、杏子は言った。
「もちろん戦うよ。そうしないと、どうにもならない身体なんでね!」
安全で快適に見えるこの世界には、見えない悪意が渦巻いている。
人の世の淀みが、形となったもの――
魔獣。
そして――
「二丁目の廃病院」
声は淡々と告げた。
「ふうん。わかった、すぐ行く。
で? 相手は魔獣なの、それとも」
「魔女よ。気をつけて」
杏子は受話器を叩きつけると、アップルパイを口に押し込んだ。
魔獣は、いくら巨大でも知恵がないぶん御しやすい。
奇襲をかけたり、周りを取り囲んだりするくらいの知能はあるが、攻撃のパターンは限られている。
杏子なら、ひとりで複数の魔獣を相手にできる。実際、「仲間」ができるまではそうしていた。
だが、「魔女」は別物だ。
一体一体に意思があり、個性がある。
こちらの攻撃を分析する知性もある。それなのに、意思の疎通だけはできないのだ。
魔獣と魔女の関係はわからない。
魔獣に何者かが名前をつけ、進化させたものが魔女ではないか――マミはそう言うのだが。
とにかく。
相手が魔女なら、全員でかかるべきだ。
そこをしくじる「トカゲさん」ではない。
いまごろは、見滝原の魔法少女が全員集合しているはずだ。
急ごう。
それほど生真面目ではない杏子だったが、集合に遅れるのはイヤだった。
二丁目の廃病院は、フェンスの向こうに無言で佇んでいた。
かなり大きな病院だ。取り壊しの予定を告げる貼り紙だけを残して、もう何年も放置されているらしい。
近づく者は誰もいなかった。
「わりぃ! 遅れた!」
フェンスの内側に、四人がいた。
巴マミ、美樹さやか、鹿目まどか。そして少し離れて、暁美ほむら。
杏子は走ってきた勢いのまま、フェンスを蹴り越えた。
「おっそいよ! どこにいたの?」
さやかが言う。
「どこでもいいだろ。イイとこだよ!」
ほんとはコンビニと果物屋だったが、正直に言ってやる義理はない。
「なあによ! その言い方!」
睨み合うふたりの間に、ひとつ年上のマミが割って入った。
「佐倉さん! 美樹さん! その話はあとにしましょう。それより――」
病院の建物。それ自体が、歪んでいた。
「魔女」と呼ばれる存在は、自ら「結界」を作り上げ、そこに犠牲者を誘い込む。
魔法少女たちはすでに何度か魔女と戦っていたが、外から歪みが見えるほどの結界ははじめてだった。
窓ガラス一枚一枚の向こう側で、別の空が動いている。壁のタイルが、呼吸するみたいに膨らんだり凹んだりしている。
マミの顔が硬い。
「どうした? 早いとこ、やっつけようぜ。
犠牲者が出るまえに」
「いままでの相手とは違うみたいなんだよ」
まどかが言った。かなり緊張している。
「どゆこと?」
「結界が、何層にもなってる」
マミが言った。
「は? 何層って」
「一体の魔女に、結界はひとつなんです」
メガネをかけたままのほむらが言った。
「多重に結界が張られてるってことは……魔女も複数……」
あちゃ。
これは、はじめての事態だ。
「トカゲさん、なんか言ってたっけ?」
「……気をつけて、って」
ピキ。
杏子の額に青筋が立つ。
「ったく、役に立たねえなあ」
「危険だけど、やるしかない……と思います」
ほむらがおどおどと言った。
「さっきから、少しずつ結界が大きくなっています。中身が弾けて溢れ出したりしたら……」
マミが、ふっと笑った。いつもの、みんなを落ち着かせるための笑顔。
それから、うなずいた。
「そうね……やるわよっ!」
全員がうなずいた。
「さあ……それじゃあ、身支度しなくちゃね」
マミの胸元で、黄色いソウルジェムが光る。光はリボンになり、リボンはドレスに、ベレー帽になる。くるくると回転しながら、彼女はいつもの魔法少女の姿になる。優雅に、しかし迷いなく、マスケット銃を握った。
「さやかちゃん」
まどかが呼ぶ。
「うん!」
さやかが続く。青い光が弾ける。足元に水面が広がり、波が彼女の全身を包んだ。
波はそのままマントとなって翻る。彼女の変身はいつも少しだけ不器用で、音が大きい。武器は剣だ。
「やっぱ魔女は慣れねぇ。でも、やるしかねぇし!」
杏子は胸元の赤いジェムを乱暴に握りしめる。赤い炎が体を包む。裂けたスカート、長い槍。変身した途端、空腹が少しだけ紛れる。戦うための体になる。
「ほむらちゃん」
まどかが小声で呼ぶ。ほむらは黙ってうなずき、紫の光に包まれた。左腕に現れるのは、古びた円盤のような盾。その力は、時間停止だ。
最後に、まどか。
掲げた両手のなかに、ソウルジェムが現れた。
杏子はいつも思う。まどかの変身は、すこし違う。
ふだんは持っていないソウルジェムを、変身に必要だから、わざわざ作り出しているかのような。
ピンクと白を基調にしたドレスが、その身を包む。
武器は弓だ。
「魔法少女隊! ホーリー・クインテット!!」
ひゅん。
闇を深めつつある夜空から、もうひとり。
まだ幼い少女が舞い降りる。
「……プラス、ワン!!」
「な、なぎさ?」
「なぎさちゃん、なんで来たの?」
「あぶねえぞ、おい!」
「強敵みたいなので、手伝ってやるのです」
先頭に立って腕組みした百江なぎさは、不敵に笑った。
不定期更新になると思います。