魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
無数の歯車が。
時計盤の針がゆっくりと回転を続けている。
壁についているものもあるし、そもそも空中に浮かんでいるものもあった。
暁美ほむらは顔をしかめた。
彼女としては気に入ったインテリアをちょっぴり魔法も使って飾り立てたつもりであったが、ここに友だちを呼ぶことはなんとなく憚られる。なにか変に思われたらかなわない。
友だち―――。
ぶんぶんと、ほむらは頭を振った。
友だちとは当然、鹿目まどかのことだ。
断じて、食欲魔人の戦闘狂や、メンタルの安定を胸囲にとられた上級生や、なにかと足を引っばる助六のことではない。
―――かくして、ここに訪ねてくる知的生命体は、インキュベーターだけとなる。
「やあ」
といいながら登場した白い生き物に、ほむらはとっさに拳銃を突きつけようとしたが、思いとどまった。
外部の状況から、武器弾薬の補給は難しくなっている。
インキュベーターを撃つのはスカッとはするが、はたしてそれがこいつにとってダメージになっているのかどうか。
「なにかよう?」
カバンから、ゼリーにブラックの缶コーヒーを取り出す。
「人間の身体のことは完全に解析してるわけじゃなけいど、人類との付き合いは、長いんだ。その組み合わせだけだと、栄養的に不十分だよ。とくに成長期のきみたちにとっては!」
答えす、ほむらは、コーヒーのプルトップ缶を開ける
と、真っ黒な液体を一気に飲み込んだ。
苦い。
食事を楽しいと思ったことはもうずいぶんなかった。
お腹はすくのだが、口に入れたものを美味しいと感じたり、仲間たちとわいわいしながら、そのひとときを楽しむ。
そんな贅沢はしてはならない。
繰り返し繰り返し。
やり直しをしてきたのは、ほむらのエゴ。
ほむらのまどかに対する執着。
繰り返した分、破壊があり、血が流れ、生命は失われる。
それらに対し、知ったことでは無いとシラを切り通す度胸もほむらにはない。
まどか。
まどかが自分の全てをかけた「円環の理」。
完全にもみえたその摂理を壊したのも、ほむら自身だった。
「……なによりも肌によくない。」
ほむらはカバンから「美酢ドリンク」と描かれたパッケージを取り出して、飲み始めた。
ほむらなりに気は使っているのだ。
「円環」のシステムそのものは残して、鹿目まどかという人格だけを抜き取る。
鹿目まどかは、ここで、暁美ほむらのとなりで幸せに暮らすのだ。
だがダメだった。
鹿目まどかという個性を失った円環の理には、魔女化寸前の魔法少女を回収する力はなく。
巴マミや佐倉杏子のソウルジェムを温存する意味で、ほむらは、一般の少女たちに力を貸し与えることで、魔獣討伐をさせていたのだが……
うまくは行かなかった。
いつものように、一定の期間が経過したあとに、ワルプルギスの夜が現れて、全部ご破算にしていった……
「ぼくらは、すでに時間の巻き戻しに対抗して、『個』と『記憶』を温存する術を学んでいるよ。」
白い生き物は、勝手にソファに寝転がると、首の辺りを前脚でかいた。
「きみの記憶が完全かどうかまではわからないから、すこし『前回』のことを補足しておこうかい?」
「まどかのいない円環は不完全だった……」
ほむらは呟くように言った。
「というより、あの子のもつ優しさ、魔法少女たちを助けたいという心もコミでの『円環の理』だったのよ。」
「そこらの感情は、ぼくらには理解不可能だ。」
インキュベーターは、ソファの感触を楽しむようにごろごろした。
あとで消毒しておこう、と暁美ほむらは思った。
「だが、鹿目まどかという存在を無理やり分離したことで、円環の理が作動不能になったことはわかる。
そして、前回、円環の理は、鹿目まどかを回収に現れた。だが鹿目まどかはそれを拒否したんだ。」
「そうね……」
最後の記憶は曖昧だ。
気がつくと、自分はベンチでひとり眠っていたのだ。
そして、見滝原中学に転校し。
見滝原の魔法少女たちと知り合い。鹿目まどかとも出会った、
彼女たちと話すようになるにつれて、幾重にもベールに包まれた記憶は徐々に明らかになっていった。
今回のループでは、美樹さやかの幼なじみの少年はマヌケな事故にはあっておらず、ほむらもジャマはしなかったので、まどかもまた魔法少女で。
佐倉杏子は、ほむらよりも早く見滝原にやって来ていた。
「ループ」とはいえ、細部は毎回違うのだ。
「問題は、円環の理の機能不全だ。円環は歪んでいる。前回よりももっと酷い。
円環は鹿目まどかという存在を回収しようとして、はたせなかった。
そして、きみが前々回に円環からもぎ取った力の一部も回収した―――悪魔によって変質してしまった力を。」
ふっさふっさと、異獣はしっぽを振る。
「円環の理は完全におかしくなっていた。
きみのかわりに、『とかげさん』として電話を鳴らし続けるくらいには。
そして、今日の水族館の一件。
ぼくはてっきり、円環の理がきみたちを吸収してしまうかと考えていたんだ。」
「お生憎様!」
ほむらは冷たく言った。
「本体ならともかく、あんな欠片に吸収されるわたしやまどかじゃないわ。わたしたちのほうが吸収してやったのよ。」
「きみらしくもないミスだったねえ、暁美ほむら。」
インキュベーターは目を輝かせながら言った。
「“円環の理”はいままで、きみたちを泳がせていたにすぎない。だがきみたちの側から“円環”を吸収できることを見せてしまった。こんどは向こうから仕掛けてくるよっ!」
しっぽをフリフリ、部屋を出ていく寸前に、インキュベーターは、ふと立ち止まって振り返った。
「そうか……残念だけど、そろそろワルプルギスがやってくる頃だ。この時間軸もおしまいだね。またやり直すんだろう、暁美ほむら?」
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見滝原中学は、通っている杏子たちは慣れたが、ガラスをふんだんにつかった建築だ。床の一部も透明だったり、一般の教室など、授業風景がそのまま廊下から見えたりするのだが、保健室はさすがに別だ。
壁そのものはここも透明な素材なのだが、カーテンで仕切ってある。
午前中ずっと巴マミは保健室にいた。
ベッドのある場所はさらに厚いカーテンで仕切られている。
ホームルームの最中に気分が悪くなったのだ。結局、昨夜は、あれからも家の周りやなぎさが立ち寄りそうなところをなんども周り、ろくに眠っていなかった。
自分から訴えたわけではないのだが、顔色がよっぽと悪かったのだろう。
同級生のひとりが気がついてくれて、保健室まで付き添ってくれた。
……お礼をしないと。クッキーでも焼いてこようかしら。ええと、あの子はたしか……
「よう、マミ!」
保健室……に限らず、学校の扉は静かに開け閉めするものだが、佐倉杏子にそんな常識は通じない。
ちなみに閉める時は足だった。
「仁美から聞いたんだ。
朝のホームルームで倒れたって?。」
「あら、佐倉さん」
マミはベッドの上で体を起こした。
半日眠ったので、なんとか気力も体力も復活したようだ。
養護教諭は不在にしている。
たぶん昼食にでかけたのだろう。
杏子はコンビニの袋を提げたまま、養護室の椅子に腰掛けた。
「…ごめんなさい。みっともないところを見せてしまって」
「別にみっともなくねえよ」
杏子は椅子をベッドの横まで引きずってきて、袋からペットボトルの水と、丸いドーナツを出した。
あむ、と食いつきながら、マミに袋を差し出す。
「ほら、ドーナツとハンバーガー、あと飲みもんもあるぜ?」
「あんまり食欲が……」
と言いながら、マミはドーナツにかぶりついた。
そのときになって自分のお腹がペコペコなのに気がついた。
「どうせあれからもあちこち、探し回っててロクに寝てないんだろ?」
あむあむとドーナツを頬張るマミを見ながら、杏子は笑った。
「昨日、さやかと飯食って帰るとこで、キューべえのやつに会ったんだ。」
「なにか! なぎさの情報でも!?」
「いや、せっつくなよ。なんか情報があればすぐ連絡するって。」
飛び起きた拍子に、揺れるモノを見ながら、杏子は言った。
「そうじゃなくて、なぎさの捜索には、できたら暁美ほむらとまどかは、外したほうがいいって忠告だってんだ。」
「それはどほひふ」
口の中のドーナツを流し込むため杏子は、ルイボイスティーの蓋をあけて、マミにわたした。
「あの水族館にいたのは、“円環の欠片”だ。」
杏子は、言った。
「もちろん、キュウべえやあのセルマとかいう胡散臭いのが言ったことなんで、あたまっから信じるのもどうかとは思うんだが」
「あいつはウソはつかないわ。」
マミは言った。
「正確にはウソってわかるようなウソはつかない。円環の理が異常になって、なぎさと戦ってるところに、あのセルマって子が来て、円環の力を封印した、なぎさはそのを脱出した―――そこまでは信じましょう。」
「円環の理は、まどかと……暁美ほむらから力を奪いたがっている。
キューべえが言うには、今回の円環はほんの欠片だったから、アイツらは飲み込まれずに逆に、円環の欠片から力を奪えた……っていうんだけど。
もし円環の理そのものがやってきたら、簡単に呑まれてしまうかもしれない。」
マミは腕を組んで考えた。
ありそうな話だったが、こちらを分断するための罠かもしれない。
「それは……」
「あんまり、難しく考えることはないと思うぜ?
だって、あいつの言う通りにしてたら、インキュベーターの助言で円環の理と戦うってことになるんだからな!」
たしかにそれはとってもヘンな話しね、とマミは笑って言った。
ドーナツを食べ終えたあと、ハンバーガーを杏子と半分こにして食べる。
お腹になにか入ったためか、少し気持ちも落ち着いてきた。
「わたしも報告することがあるわ。
なぎさを公園のそばにある商店街で見かけたっていうひとがいたの。」
「それってマミんちの近くだよな。」
「そう。基本好きに動いてるんだけど、あんまり遠くや危ないところにはいかない子なのよ。
───夜だったんで閉まってるお店も多かったわ。今日、学校の帰りにもう一度聞き込みをしてみようと思うのだけれど。」
「もちろん、付き合うぜ!」
杏子は胸を叩いた。
「さやかにも言っとく。」
「鹿目さんや暁美さんには?」
「今回は内緒にしとこう。それよりあんたがしっかりしててくれた方が、あたしにはありがたいね!」
マミさんを保健室に連れてってくれたのは―――