魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
そして円環の欠片は……
放課後、公園脇の商店街。
ここは、駅前とはちがって、昔からある商店街らしい。名前のわかるチェーン店は半分くらいであとは、おばちゃんがひとりで、揚げ物を上げてたり、クレープに、コロッケ。食欲をさそう香りが漂う。
「10歩も歩かないうちに、食欲にまけてんじゃないわよ!」
杏子は、さやかに怒鳴られた。
「ふに?」
杏子は右手にりんご、左手にクレープ。
口にはイカ焼きを咥えている。
「もっと緊張感ってものをもってねえ……」
「警戒はしてるぞ?」
もしゃもしゃとイカ焼きを頬張りながら、杏子は反論した。
「よく見てみろ。ぜんぶワンハンドで食べれるものばっかりだ。」
「両手にもったら意味がないでしょうがあっ!」
「そういうおまえの、それなんだよ?」
杏子の視線は、さやかがこれ見よがしに下げている袋に移る。
最近、学校近くにオープンしたチーズケーキ専門店の袋だ。
「こ、これ見たらなぎさが出てくるかもしれないって……」
「なきさは小動物かよ!」
「ふたりとも一生懸命になってくれてありがとう。」
マミが優しく言った。
「とりあえず、昨夜はもう閉まってたお店に聞いてみるわね。」
「なぎさちゃーん! チーズケーキあるよー!」
さやかが袋を振りながら叫ぶ。杏子はうしろから羽交い締めにしめ止めた。
「おイッ!やめろってば。」
「え、なんで。ああ、そうかかえって警戒して出てこなくなるかあ」
「迷い猫探しじゃねえよっ! あたしらが今後、この通りを歩けなくなるだろっ!」
マミのアパートから徒歩二、三分。よく一緒に買い物もしたし、なぎさが一人でふらっと来るにはちょうどいい距離だ。三人で手分けして聞いた。
駄菓子屋「ああ、黄色い帽子の子? 昨日は来てないねえ」
パン屋「チーズ蒸しパン、最近入れてないのよ」
クレープ屋「小さい子なら、さっきまで公園にいたけど……違う子かな」
収穫なし。
日が傾いて、街灯がつく。マミの顔がまた少し青くなる。
「……やっぱり、遠くに行っちゃったのかしら
それともなにかあって、わざとわたしから離れて……」
「そんなことはないですよ。なぎさはマミさんのこと大好きだったんですから!」
「そうよね……」
マミは、笑顔を作ったが苦しそうだった。
胸を抑えながら、ぽつりと言った。
「わたしはあの子のことが大好きなのよ。天真爛漫て……余計なことなんて考えない。何時だってその明るさでわたしを励ましてくれる……あの子にだったから食べられちゃってもいいって思ってるくらい。」
ゾワゾワ。
杏子の背中にいやな寒気が走った。
さやかも顔色を変えている。
マミは戸惑ったように、笑った。
「な、なに、その反応。違うわよ。比喩的な表現ってやつよ。
なぎさがわたしの作る料理が好きなんであって、わたしを食べたりしてもきっとおいしくないと思うわよっ?」
一通り、店は周り尽くした。
その時、商店街の一番奥。公園との境目にある、小さな店はもう潰れている。
もとはブティックだったのか、それともケーキ屋だったのか。看板の字は剥げて読めない。ガラス扉に、手書きの「閉店」の札がテープで貼ってある。潰れてからはしばらくたっていた。
そのドアが、半開きだった。
「……さっき通ったとき、ここは閉まってたはずなんだけど」
マミが呟いた。
杏子はうなずいて、ガラスの扉に手をかけた。
中は暗い。ショーケースは空っぽで、埃が積もっている。奥のレジ台の上に、ひとつだけ、異様に綺麗なものがあった。
黒い、アンティークの電話機。台座はブロンズ色の金属で、四隅が獅子の足のように反り返り、縁には翼のようなレリーフがびっしりと彫り込まれている。中央のダイヤルは少し傾いでいて、真ん中に王冠の紋章。受話器は黒檀のような木と鈍い銀色の金属でできたダンベルのような形で、左右のフックにちょこんと預けられている。受話器から伸びる編み込まれた茶色いコードだけが、古びていた。
埃だらけの店内で、それだけが誰かに磨かれたみたいに鈍く光っている。
「……これ、繋がってるのか?」
杏子が呟いた途端だった。
「なんだよこれ。誰かのイタズラか?」
杏子が足でドアをさらに開ける。さやかが後に続く。マミが最後に入った瞬間―――
ジリリリリリリリリッ!!!!
電話が鳴った。
埃だらけの店内で、その音だけがやけに甲高く響く。さやかがビクッとしてマミの袖を掴む。
「え、え、なんで? 誰もいないのに」
「……あたしらがいるだろっ!
トカゲさん電話だよっ!」
杏子は念の為、コードを目で追う。コードは床を這い、壁の中に消えている。
ジリリリリリリリッ!!
誰かが受話器を取れと言っているみたいに、しつこくベルが鳴り響く。
三人は顔を見合わせた。
マミが一歩、前に出る。縦ロールの髪が1歩ごとに少し揺れた。
「……もしもし」
マミが受話器を取った途端、向こうから、子供の声が、ノイズ混じりの、聞き覚えのある声が聞こえた。
「―――もしもし、マミ。聞こえる? ここ、すごく暗いの。ケーキもないし、寒いし。早く迎えに来て―――」
「なぎさはわたしに泣き言なんて言わないのっ!」
ピシャリとマミは言った。
「とかげさん……あなたは円環の理の一部になっているのね?
なぎさはあなたのところにいるの?
教えてちょうだい!!」
しばらく沈黙が続いた。
ザ
ザザ……
受話器からは微かに雑音が流れてくる。
「助けて欲しい。」
その声は暁美ほむらによく似ていた。
今の円環の理が、ほむらの力をも取り込んでいるのなら、それも不自然ではない。
「なぎさを誘拐しておいて!」
「ちがう……」
声は苦しそうに言った。
「破滅から救って欲しいのよ……わたしと……インキュベーダーを!」
杏子は受話器をひったくって怒鳴った。
「なんだよ、破滅って!
おまえがまどかや暁美ほむらを吸収しようとしてんじゃねえのか!?」
「鹿目まどかの家に行って……」
声が遠くなる。
「あの子が危ない……わたしはわたしの欠片すらもうコントロール出来ないの。あの子を助けて……」
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鹿目まどかは、いつものように家に帰った。
「ただいまー」
玄関で声を出す。返事がない。
いつもなら台所からパパの「おかえり」って声と、たっくんがバタバタ走ってくる音がするのに。今日はしんとしている。電気はついている。
「パパ? たっくん?」
リビングを覗く。テーブルの上には。なにもいない。テレビは消えている。
どこにも、家族の姿がない。
「……パパ?」
もう一度呼ぶ。声が、家の中で変に響く。家が広くなったみたいに。
その時、電話の音がした。
ジリリリリッ
古い電話のベルだ。うちはスマホしかないはずなのに。
振り返ったテーブルのうえで。
電話がなっていた。
黒のアンティークの電話機である。四隅に足がついて、レリーフが彫り込まれていた。受話器は黒いのような木と鈍い光を放つ金属でできている。
いましがたまで、なにもなかったはずなのに!!
まどかは助けを求めるように、振り向く。
ソファや脇に置かれたチェストの上でも電話が鳴っていた。
「え、え、えっ!」
よろよろと後ずさりしたその踵が硬いものに当たった。
見下ろした床にも電話が鳴っていた。
見回した床一面で、電話が
鳴っていた。
ジリリリリリリッ!!
ジリリリリリリッ!!
ジリリリリリリリリリリリッ!!
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!
全部のベルが、バラバラに、でも同じリズムで鳴っている。
ジリリリリリリリリリリリッ!!!!
音が重なって、頭の中が真っ白になる。まどかは耳を塞いだ。床の電話が一斉に震えて、家具がカタカタと揺れる。
耳を塞いでうずくまった瞬間に。ピタリと電話がとまった。
目を開けたまどかの前に。
その少女は、ソファに寝転がっていた。
まどかと同じ見滝原中学の制服だ。
「あら……おかえりなさい。
それともようこそ?」
「ほむら……ちゃん?」
少女は立ち上がった。
顔立ちも―――背格好もほむらに似ていた。
だが、死んだような笑みを浮かべたその表情は、暁美ほむらにはないものだった。
「わたくしに食べられたいのかしら。それともわたくしを食べてくださるのかしら。」
「……あなたは、円環の……」
歩み寄る円環の少女から、のがれるようにまどかは下がったが、少女はついと近づいて、その手をとった。
その細い腰に手が回される。
「幾多の時空を越えて、あなたをあるべきすがたに。」
「だめだよ……だってあなたは……」
まどかの首筋にかかった手が、後ろから掴まれた。
「ほ、む、らちゃん?」
くる。
まどかの身体は一回転して、あらたに現れた少女の胸に抱かれていた。
「……じゃない!?」
顔かたちはこちらの少女もほむらそっくりだ。
だが、まどかをからかうように微笑むその表情は。
ちがう! この子もほむらちゃんじゃない!
別人だ!
「円環の欠片さん。」
同じ顔。
ただその表情だけが違う。
「あなたには、ほとほと幻滅しましたわ。」
ほむらの姿をとった円環の理はキリキリと眉を逆立てた。
「なんですって!?」
もうひとりのほむらは高らかに笑いながら、まどかの手をひいて、くるくると回る。
「あなたの求愛はなんて無様で茶番なの?」
ワルプルギス回転!!