魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
魔法ではない砲弾が、結界を引き裂く
気を失っていたのは、ほんの数秒だったはずだ。
だが、目をあけたとき、空には雲が流れ、風が渺渺と吹いていた。
建設途中の高層ビルの屋上である。
まだ鉄骨がむき出しだ。
壁もない。もちろん床もない。
まどかは悲鳴をあげるかわりに、魔法少女に変身しようとした。
まことに理にかなった判断だ。
その手を、偽ほむらが止めた。
「だめですわ、愛しいひと。」
そのからかうよう微笑みから、もうひとりの偽ほむら―――円環の欠片から彼女を守ってくれた当人だとわかる。
「あ、あの……わたしは鹿目まどかっていいます。見滝原中学の2年生で……」
「そうね。それもまたあなたにふさわしい在り方ですわ。」
風が少女の髪を巻き上げる。
さっきまで、見滝原の制服を来ていたはずだったが……
今は白いロングコートを羽織っていた。
コートの下は、胸元に黒いコルセットのような装飾に、白いタートルネック。腰には黒いベルト、紫の天板に金のラインが小さな帽子。
「……あなたも……魔法……少女」
「変身はしないで。あいつはあなたを吸収しようと狙っているのです。」
笑みを絶やさず、少女は言った。
「変身してまえば、吸収されやすくなってしまいますわ。」
「あなたは……? えっとたしか三年生でしたよね。マミさんと同じクラスの……」
「その子を返してもらうわ。」
もうひとりの暁美ほむらが言った。
鉄骨から突き出したクレーンのうえに立つ彼女もまた既に「変身」を終えていた。
こちらも暁美ほむらの魔法少女姿とは違う。
まとった紫紺のドレスは裾が裂け、裏地には星空が瞬く。白い骨に黒い羽根を生やした翼を広げていた。
生地は、レースを使用した肌着に近いような代物で、細いほむらの身体にそれをまとうのは、なんとも煽情的にも見えた。
「なぜ、彼女の意志を無視するの?」
白いコートのほむらが言った。
「それは、もともとわたしから分離したものだからよ。」
黒い翼のほむらが言った。
「『悪魔』がもぎ取ったわたしの一部。前回は回収しきれなかった。こんどこそ」
風が吹く。
白いコートが翻る。
長い髪があおられる。
まどかの視線に答えるように、白いコートのほむらは優しく微笑んだ。
「ここは、わたしが作った“結界”ですわ。ここで、なにをしても外の世界に破壊が及ぶことはないのです。」
黒い翼のほむらも笑った。
「そう……ありがたいことね。」
ギャン!
耳障りな音をたてて、建物の上空。虚空にそれ自体がビルほどもある巨大な立方体が現れた。
金属のもつ硬質な輝きをまとっている。
それが、分離する。
砕けるのではない。もともとそうなるのが決まっていたかのように、数百本の柱に分解して、白いコートのほむらとまどか目掛けて殺到する。
まどかの手をひいて白いコートのほむらが、宙を駆けた。
殺到する金属の柱を次々とかわしていく。
「“まどか”を人質にとったつもりならば無駄よ。」
黒い翼のまどかは冷酷に言った。
「その身体に本当に危機が迫れば“まどか”は自動的に魔法少女に“変身”するわ。そうすればわたしは、彼女を吸収できることになるのよ。」
空中に逃れた白いコートのほむらとまどかに、四方八方から柱が殺到した。
ガン!
ガンガンガン!!
ガガガ!
空中で柱は互いにぶつかり合い、ふたりを閉じ込める檻を形成した。
「これでおしまい!」
檻がそのまま縮んだ。
白いコートのほむらは手を伸ばした。その手を挟み込むように。
檻は収縮し。
次の瞬間、バラバラに切断されて飛び散った。
白いコートのほむらの手に、剣が光っている。
その剣が、金属製の柱を両断したというのだろうか。
ふう。
と、白いコートのほむらがため息をついた。
背後にまどかを庇っている。
「あなたが覚えているのかどうか知らないけれど……まえにもわたしは悪魔とこうして戦ったのよ。」
白いコートのほむらの視線はどこか憐れむようだった。
「あなたは結局のところ“システム”。自ら改善し、進歩するということはないのかしらね。」
「だまりなさい!」
黒い翼のほむらが叫んだ。
「あのとき―――セルマたちが来なければ、ほむらが勝っていた。今回もそうなる―――」
ヤッハーっ!!!
けたたましい叫びが、響き渡った。
空の一部がさけ、そこから魔法少女が降ってくる。
明るいツインテにした髪。手には針のように尖ったレイピアを携えていた。
「おまえは!!」
「希望を運び、絶望を振りまくもの!」
鋭い突きを、黒い翼のほむらは辛うじてかわした。
「セルマ・テレーゼ! 見参っ!!」
「クッ……なぜ、おまえが」
「セルマはとおっても役に立つやつだからなんだよぉ。」
ヒュン。
黒い翼のほむらが、飛び下がるが、剣の先が翼を掠め、黒い羽毛が散った。
「キュウべえは宇宙を救ってくれるんだ。セルマはねえ、そのお手伝いをするの!」
たしかに。
『前回』は一対一では、ほぼ互角。
セルマと紫丁香がいて、はじめてパワーバランスは傾いた。
相手にセルマがついてしまったら。
セルマの鋭い突きにバランスを崩したところに、白いコートのほむらが剣を振るう。
斬!!
黒い羽毛が飛び散り、黒い翼、その片翼が切断された。
落ちる。堕ちる。
バランスを失った華奢な身体は、くるくると回転し、地面に落下していく。
それはつまり。
この世界からの離脱を意味する。
「わたしの結界からは逃げられないわ。
あいつを回収しましょう。セルマ、手伝って…」
そのとき。
空が割れた。
雲が消滅した。
魔法でもなんでもない砲弾。
ただの金属の塊。
それが、マッハ6の速度で、白いコートの少女に突き刺さった。
ドンッ!!
音は遅れてきた。先に衝撃が来る。身体が雲散霧消する。マッハの衝撃とはそのようなものだ。
「―――っ!?」
セルマが振り向くよりも早く、白いコートのほむらはその姿の再生を終えていた。
だが衝撃は、再生した体をも巻き込んでその身体を隣のビルの叩きつける。
ガシャン!! 鉄骨が曲がる。
「きゃあっ!」
まどかが叫ぶ。吹き飛んだ身体を、セルマが飛ばしたまち針が服とスカートを縫ってビルの壁に貼り付けた。
「なにをしてるのかなあ!?」
セルマはどなった。
「なんでおまえがセルマの邪魔をするのかなぁ?」
白いコートのほむらは、胸を押さえたまま、笑おうとして失敗した。口元から血ではない、何か黒い粒が零れている。
ふたり……いやまどかも入れれば3人の魔法少女の視線の先には、仁王立ちする暁美ほむらの姿があった。
「まどかは誰にも渡さない。」
「……なにを使ったの、暁美ほむら」
白いコートの偽ほむらが尋ねる。
その存在はいまも揺らぎ……いまにも消えそうだ。
「海上自衛隊試験艦ASE-6102明日香……
レールガン、よ。」
「愚かしい。わたしはまどかを円環の欠片から守っていたのよ。」
白いコートの偽ほむらがつぶやいた。
「だが、致命的ではないわ。あなたはそうして、彼女を守るのね……」
世界そのものが。
細かいパッチワークが剥がれてように消えていく。
暁美ほむらは、まどかをそっとその手に抱いた。
「また、会いましょう、暁美ほむら!」
白いコートの少女が手を振った。
「そう先の話ではないわ。」
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まどかは目を覚ました。
自宅のリビングだった。
夢……
夢では無い。
目の前には、暁美ほむらがいた。
「……ほむらちゃん?」
ほむらは頷いた。
「よかったあ……!!」
まどかがほむらに、抱きつく。
「なんか凄いことがあったんだよ! あ、ほむらちゃんも来てくれたからわかってるよね。
そうだ、みんなにも知らせないと」
まどかの体温を感じたほむらの身体が硬直した。
こ、これは―――!
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「まどか。帰ってるのかい?」
間違いない。父親の声だった。
まどかは急いで玄関のドアを開けた。
手にいっぱいの買い物と弟を抱えた父親と。その後ろに。
マミさん、さやかちゃん、佐倉さん。
「ちょうど、ここに来る途中のお友だちと会ったんだ。」
ニコニコと笑いながら父親は言った。
「せっかく来てくれたんだから、お茶を入れよう。
ええっと……お茶菓子はなにかあったかな……」
「あ、あのチーズケーキ……」
さやかが紙袋を持ち上げた。
「いいね。それじゃ紅茶を入れようか。どうぞどうぞ、上がって。」
ヤッハーは昨日、ちいかわみたせいです。