魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
偽ほむらと、顔を借りたほむらと、ホンモノのほむら。
いちばん、危ないのは―――
「いいね。それじゃ紅茶を入れようか。どうぞどうぞ」
父親はタツヤを床のクッションに降ろして、キッチンへ向かった。買い物袋からはキャベツとブロッコリー、にんじん、じゃがいも、それに牛乳パックが覗いている。主夫歴長いだけあって手際がいい。
人数はふえたが、リビングは広々としている。
さやか以外は、初めてだったから、みんな吹き抜けになったリビングを感心したように見回していた。
「デカいうちだなあ。」
杏子がぼそりと言った。台所で、お湯を沸かしたり、ケーキを切り分けている父親には聞こえないように、声を落としている。
「そう? そっかな?」
「で、あれがお父さんか……」
「そうだよ。」
「いまの時間から、うちにいるってことは……」
杏子は聞にくいことを尋ねるように、声をひそめた。
「……失業中、か?」
「まどかんちは、お母さんが働いてるのよ!」
さやかが言った。
「それはあれか……ヒモってやつ?」
「あはは」
まどかもさすがに、笑うしかない。
「そんなことないよ。わたしが中学生にはいるころにタツヤが産まれて、そのころママはなんかおっきな仕事をまかされて、その仕事はぜったいやりたいからって」
「……なんだか盛り上がってるね。なんの話しだい?」
切り分けたチーズケーキ。それにクッキーに紅茶がテーブルにならぶ。
「いや、まどかんちの家計の話……」
「ははは」
父親は笑った。
「変に見えるかな? でもタツヤも小さいしね。
誰か家にいたほうが安心なんだよ。」
そのタツヤは、ほむらがしっかりとキープしている。キャッキャッとはしゃぎながら、ほむらに懐いているのは微笑ましい光景だった。
もちろん、このとき、ほむらの脳裏には、まどかと家族になるためのよからぬ計画が進行していたのだが、それは誰も知るよしもない。
さやかが尋ねた。
「大丈夫だった?」
「大丈夫って?」
「その……変わったこととか。」
「そうだねえ……」
まどかはちょっとら考えた。
「ほむらちゃんが来たことかな?」
「暁美ほむら! あんたまどかになんか!」
「いえ……」
タクヤをあやす手をとめて、ほむらは顔をあげた。
「まだ、なにもしてないわ。」
「暁美さん? それだとこれからなにかするみたいな言い方よ?」
マミが笑いながら、チーズケーキを口に運んだ。
「美味しい……! なぎさにも早く食べてもらいたいわ。」
「今日、実はあたしたちで、マミんちの周りに聞き込みに言ったんだ。」
杏子は、手づかみでチーズケーキをぱくりと食べた。
「手がかりは、ないっちゃあなかったんだけどな。」
「とかげさん電話を受けたのよ、わたしたち。」
と、マミが言った。
「ええ? 魔女ですか? それとも魔獣……」
「それがな……」
杏子はどう表現したものか迷った。
「電話をかけてきたのは、『円環の理』だった。
助けてくれって言ってたよ。自分の『欠片』がおまえを襲うかもしれないって。」
「それで来てくれたんだ?」
「ごめんなさい。大人数で。」
マミがそう言ったとき、まどかの父親が、りんごを剥いて、大きな皿に盛ってきた。
「盛り上がってるみたいだね。なんの話?
劇でもやるの?」
「い、やあ、あの……同人誌を作ろうかって。」
さやかが慌てて言った。
「へえっ」
父親はりんごの皿を置くと、感心したように腕組みした。
「まどかがそっちに興味があるとは知らなかったなあ。
オリジナルなの? それとも二次創作?」
「オリジナル……ですかね。」
マミさんが明るく答えた。
「魔法少女ものです。」
「ああ、そう言えばちょっとまえに、まどかがコスチュームのデザインをスケッチブックに描いてたねえ。」
「うわ……パパ……見たの?」
「ふつうにリビングでも描いてたじゃないか。 そうかあ。どんなストーリーなんだい?」
「正義の魔法少女が、侵略者と戦うストーリーだよ、まどかの親父さん。」
杏子は、さっそくリンゴに手を伸ばした。
シャクシャクと小気味いい音をたてながら、笑う。
「出てくるキャラクターはみんな、あたしら自身をモデルにしてるんだ。
例えば、途中から見滝原中に転校してきたあたし、佐倉杏子は。流れもの魔獣ハンターって設定なんだ。」
「なるほど。」
父親はニコニコと笑った。
「じゃあ、そっちの子は、プリンセスかな?」
そう言われて、マミはすこし顔を赤らめた。
「あ……巴マミといいます。鹿目さんより1学年上なんですが仲良くしていただいてて……
そうですね。わたしはお姫様を護る銃士、ってとこでしようか。」
さやかがニコッと笑う。
「わたしは姫の幼なじみ馴染みです。」
「え、じゃあ、お姫さまは……」
まどかが最高に困った顔をした。
「え……ええ……わたしそんなんじゃないよ……」
「いえ。お姫さまというよりは、神にも等き聖なる存在ね。」
ほむらがきっぱりと言った。
「か、かみさまなのかい? まどかが?」
この展開には、父親も面食らったようだった。
「そうするときみは? ええっと」
「この前、見滝原中学に転校してきた暁美ほむらです。」
ほむらは、髪をかきあげながら言った。
「わたしは、さしずめ悪魔です。」
娘が神様で、それを護る魔法少女がいて、悪魔がいる。
設定を理解できずに、首を捻りながら、父親はキッチンに消えた。
後ろ姿をみながら、まどかは小さな声でささやきた。
「あのね、わたしほむらちゃんに襲われたの。」
槍と剣と銃口が同時に、ほむらに突きつけられる。
変身もしていないのに。
「ち、違うんだよ。わたしを襲ったのはほむらちゃんの偽物で」
「たぶん、それが『円環の理』が言っていた『欠片』ね。」
マミさんがマスケット銃をほどいた。リボンになったそれをくるくると収納しながら眉をひそめた。
「『円環の理』は鹿目さんと暁美さんの力を取り込んでいる。その『欠片』が暁美さんの姿をとるのはわからないでもないわ。」
「で、そこにまた偽物のほむらちゃんが現れてわたしを助けてくれたんです。」
「なんでまたニセモノ?」
「見滝原の制服を着てました。たぶん、一年先輩のひと。」
「ああ……わかるわ。」
マミが、頷いた。
「同じクラスに暁美さんにとっても雰囲気が似てる人がいるの。今日、わたし、ホームルーム中に気分が悪くなってしまって……彼女に保健室に連れてってもらったんだけど……
―――へんね。名前が思い出せないわ。」
「でも、そのマミの同級生がどうやって、『円環の欠片』を退けたんだよ?」
杏子が言った。
「そのひと、魔法少女だったんだよ、杏子ちゃん。」
「あたしらが知らない魔法少女が、見滝原にいたっていうのか?」
杏子の顔が「?」に埋め尽くされる。
「そんな奴がいたとして……マミの同級生ならとっくに、気がついていそうなもんだけど。」
「でね。そのひとと、このまえのセルマちゃんが一緒になってね、わたしのこと護ってくれたんだよ!」
チッと杏子は舌打ちした。
「そうか。欠片のヤツをとっつかまえて、様子を聞ければ、なおよかったんだが。なぎさの居場所についての情報もなんか聞き出せたかもしれない。」
「うん、そのひとはそうするつもりだったんだけど」
まどかは変な顔して、タクヤと遊ぶほむらを見た。
「ほむらちゃんが吹っ飛ばしちゃって」
たぶん、護衛艦隊がまるごと行方不明になってる世界線かも知れません。