魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
まだまだまどかの母の帰りは遅くなるらしい。
魔法少女たちは、お礼を言ってまどかの家を去った。
玄関を出たときには、空はすっかり暗くなっていた。
「また明日ね!」
まどかが手を振る。その後ろで、タツヤも両手をぶんぶん振っていた。
ほむらは、まどかよりもタツヤに長く手を振り返していた。
「……あんた、順番おかしくない?」
さやかが言うと、ほむらは何も聞こえなかったように髪をかき上げた。
玄関の灯りが、閉まるドアに隠れていく。
杏子は、父親に持たされたクッキーの包みを開けた。
「いい親父さんだったな」
「ヒモ呼ばわりした人が言う?」
「知らなかったんだから、しょうがねえだろ」
「知らなくても、普通は言わないわよ」
マミが小さく笑った。
「鹿目さん、無事でよかったわ」
「ええ」
ほむらの返事があんまり短かったので、杏子は横目で顔をのぞいた。
「……で?」
「何よ」
「その助けてくれたあんたのそっくりさん二号を吹っ飛ばした話。まだ終わってねえぞ」
ほむらの口元が、少し固くなった。
「わたしの姿をして、まどかに近づいたのよ。」
「でも、護ってもくれたんだろ」
「それは、まどかがそう思っているだけで、本当はなにかたくらんでいたのかもしれないわ。」
「……たしかに得体はしれないけど、な。」
杏子は言った。
彼女は女子中学生らしく、特に兵器に興味などはなかったが、話を聞く限りでは、結界の外から正確に相手を撃ち抜いている。
レールガン……というらしい、
ほむらが語るには、たしかに一度はその身体を消滅させたように見えた……のだという。
だが、その直後に再生した。
ダメージは通っていたようだったが、結界をといてセルマ共々姿を消す。そのくらいの余裕はあったのだ。
ほむらは、黙った。
あの白いロングコートの魔法少女は「敵」だ。
反射的にそう判断してしまったのだ。
「記憶」は完全ではない。特に「前回」のものはそうだ。
敵と判断した理由はない。ただあの魔法少女を見たときに体が先に動いた。まるで幾度となく戦ってきた仇敵を前にしたように。
ならば、ほむらは彼女がなにものかわかっているはずだ。
そのとき。
「やあ!」
少し先の街灯の丸いひかりの輪。
赤い目。
白い毛皮。
ふさふさとした尻尾。
ベンチに少女が腰掛けていた。白い生き物はその膝の上にいた。少女はくすんだ黄色のカーディガン。明るい髪をツインテにまとめ短いスカートから細い脚をぶらぶらさせている。
「やあ。お茶会は楽しかったかい?」
「キュウべえ! セルマもチーズケーキが食べたい!」
コスチュームは違うがそれは間違いなく、針の魔女にして魔法少女。セルマ・テレーゼだった。
「てめえ……」
杏子はクッキーを口に押し込んでから、包みを畳んだ。
「僕も参加したかったんだけどね。鹿目まどかの父親に、ぼくを紹介するのはずいぶん面倒になるんじゃないかと思ったんだよ。」
「なんでおまえをまどかの家族に紹介しないといけないんだよ!」
「それなら、待っていて正解だったね」
キュゥべえはセルマの膝から飛び降りた。セルマも立ち上がった。
「キュウべえ。こいつら戦う気みたい。」
「やれやれ。」
キュウべえは長い耳(耳そのものは猫耳に似たものが頭のうえにあったので、それは触手なのだろうか)を持ち上げた。
「肩をすくめてみせた」のだろう。
「ぼくはきみたちと敵対するつもりはないよ。」
「あなたの言葉をどうしたら信じられるの?」
マミがソウルジェムを握る。
「ぼくを信じない。
その言葉そのものが、あまたの世界をやり直してきた―――その記憶がきみにもあるってことだね、マミ。」
「は?」
よろめくマミを、杏子がささえた。
「てめえ! なにをしやがぅた!」
「記憶の書き換え……による混乱じゃないかな。
もともと、暁美ほむらの望んだ魔法は時間操作。」
インキュベーターは、静かに言った。
「もどった過去は、また新しい世界。そこにいたきみたちが、繰り返された周回を覚えているわけはないのだけれど。」
とことこと、インキュベーターは歩く。
「暁美ほむらは、円環からそのエネルギーと鹿目まどかの人格を奪って、世界を再編した。そのときに、ぼくらに呪いを始末させるために、ぼくは彼女に捕獲されたんだけど。
おかげで、ぼくらは、究極のエネルギーを手にする方法を発見できた。」
「それが……魔女だっていうの?」
さやかが叫んだ。
「うん? 魔女? ああ、たしかに感情の位相転換はかなり効率がいいね。
少なくとも魔獣を狩るよりは。」
「“円環の理”をコントロールして、魔法少女を魔女化させるのが、あなたの目的なんでしょう、インキュベーター?」
ほむらが、一歩前に出た。
キュウべえとほむらの間に、セルマが立ち塞がる。
「そりゃあ、魔女がどんなものかと……そして、円環がそれをどうやって、還元するのかを確認するために名塚底根にあったデータは利用させてもらったけどね。
残念だ。円環の理は完全に壊れていて、もう魔女を還元することも出来なくなっている。」
とことこと近づいて来た白い生き物は、ぴょんとほむらの肩に飛び乗った。
「なら……今度は円環の支配……いうわけ?」
「ぼくらは宇宙そのものが、熱的平衡死をとげないように、活動してきたんだ。」
「そのために、わたしたちが魔女になる事が必要だっていうんでしょう?」
ほむらは動かなかった。
おぞましい。
首元に身体をすりつける生き物の感触を、ほむらは必死に耐えた。
「きみが繰り返したきたあの時間軸のぼくらは、そうだったんだね?
たしかに、円環なんてシステムがなければ、そうしていたかもしれないね。
そして、きみたちはそのやり方を『残酷』だと感じたかもしれないよ。」
「いまは違うって言うのか!?」
キュイン。
赤い粒子が飛び散り、魔法少女になった杏子が、槍の切っ先を突きつけた。
「ぼくらがきみたちよりも上位にいる生物なのは事実だけどね。」
キュウべえは、前足で顎の下をカキカキした。
「でも、ぼくらはもっと上の存在を知っている。それはもう……ぼくらがまだ洞窟で雨をしのいでいたころ。
記録もろくに残っていないはるかなむかしだ。
まだ、卑小だったぼくらを見てその存在は言ったらしい。
もっと、賢く、もっと強く、もっと多くなりなさい。そうしたら一緒に遊びましょう、と。
ぼくらは、幾度かの危機を乗り越え、生まれた星を離れて、宇宙を隅々まで点検し―――そして気づいた。このままでは宇宙はゆっくりと死に向かうしかない、と。」
ドス!
杏子の槍がインキュベーターを殴った。
「……いきなりなにを」
「話が長い!」
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「ぼくらがさらに進化するのに、必要なのは時間なんだ。」
キュウべえは、セルマに抱き上げられたが、その体はぐったりとしている。
だが、少なくともしゃべる機能に問題は無さそうだった。
「あの幼い日にぼくらを尋ねて、話しかけてくれた高次生命体。あそこにたどり着くまでにはまだ時間がかかる。そのまえにこの宇宙が死んでしまってはどうにもならないからね。かくしてぼくらは宇宙の延命のために奔走した。
宇宙の延命のためには、エネルギーが必要だ。きみたちのもつ『感情』というエレルギーは実に興味深かった。
ぼくらが精神的な疾患として排除してきた強烈な感情がエネルギーになるとは!!」
「そして、あなた方は女の子に希望を与えて、魔法少女にし、ソウルジェムが濁って絶望し、魔女になるときのエネルギーを回収し続けた。」
ほむらは言った。
「わたしはちゃんと覚えているのよ、インキュベーター。」
「それは、正確にはいまのシステムに改変される前の世界にいたぼくらだ。」
生き物は抗議した。
「だから、これは観測の結果ではなく、推論に過ぎない。鹿目まどかは、魔女化を防ぐため因果の置き所として、円環の理というシステムを作り上げ、その主宰者となった。
だが、きみはそほ結末に満足できなかったんだね、暁美ほむら。」
「……そうよ。あの子がひとりぼっちで……だれにも認知すらされずに未来永劫ずっとずっと、魔法少女を救済し続けるなんて!」
「ああ。なるほど!
でも円環自体はよく出来たシステムだ。いやいまは機能不全に陥っているから『だった』と言うべきかな。
でもきみは、鹿目まどかがひとりぼっちになることが許せなかった。その思いをきみは、人間のもつ感情の極み『愛』と呼んだのだったね。」
ほむらの顔が赤く染った。
マミヤ杏子、さやかにセルマまでもがドン引きしていた。
「だ、ま、り、なさ」
「まあ、それはそれとして」
キュウべえは涼やかに言った。
「おかげで、ぼくらは円環の理というシステムが人格をもって存在していることや、その一部を抽出、分離できることを発見した。」
「だからなんなの!」
「ひとつの世界を生み出し、その法則を書き換える。そんな力をもつ存在があるなら、ぼくたちの抱える問題なんてもう決着がついたってことだよ。」
少女たちの怪訝そうな顔をなんでわからないのかな!とでも言うように、キュウべえは尾をぶんぶんと振った。
「ちまちまと個人のもつ感情のエネルギーなんて回収しなくても、宇宙は救われたって、ことなんだよ!」
「なにも解決してないわ。」
ほむらの目が冷たく、昏く燃えていた。
「それじゃあ、あの子はどうなるの!?」
書いてて気がついたんですが、このキュウべえは、魔獣が現れる世界のキュウべえなんで、魔女とかワルプルギスについてあんまりよく知ってたらおかしくないかな?
魔獣のいる世界では魔女は生まれてなかったわけだし。