魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
ほむらと杏子がたどり着いた時。
すでに音楽教室に人の気配はなかった。
かわりに。
スピーカーのうえに白いケモノが1匹。
「やあ、暁美ほむら、佐倉杏子。」
「インキュベーター!!」
「やめてくれ! きみたちと敵対するつもりはないとこのまえにも言ったはずだよ!」
彼は―――彼でいいのか、後ろ足をあげて顎のあたりをかいた。
「巴マミをどこにやったの?」
「彼女はセルマとともに、円環の理のもとに向かったよ。」
「なんのために!!」
「百江なぎさが、円環の欠片と戦い続けている可能性があるからだ。」
「おい、キュウべえ。」
赤い粒子が焔となって立ち上がり、杏子は魔法少女になっていた。その伸縮自在の槍の穂先は、白い小動物の首元に。
「てめえ、なぎさの居場所がわかって、こっちき隠してたってことか?」
「せっかちなんだなあ、佐倉杏子は。」
ヤレヤレ。
とでも言うように生き物は頭を振った。
「ぼくは推測でしかしゃべっていない。
暁美ほむらと鹿目まどかが、円環を逆に吸収できると知られてしまってからもう何日かたっている。
それなのに、鹿目まどかの元に現れた『円環の欠片』は一体だけだ。
だれかが、阻止しているからだ、と考えるのは普通だろう?」
「それが、なぎさだってのか!?」
「あの子もまたユニークでね。
本来ありえないはずの改変前の世界の記憶をもっている様なんだ。すべてを知っていちばん適切な行動がとれるのは、この世界には彼女だけだ。」
「ナットクいかねえな!」
杏子は単純かもしれないが、馬鹿では無い。
「じゃあ、なんで、ひとりで行ったんだよ! わたしらと一緒のほうが戦いやすいだろうが!」
「そうね、それは一部理解するわ。」
暁美ほむらが、髪をかきあげた。
「わたしの力の一部は、円環のそれと重なっている。まどかに至っては円環そのものよ。うかつに円環に近づけば吸収されて終わり。」
「でも、マミやあたしがいるだろうが!
なぎさがひとりで、行った理由にはならねえよ!」
「円環の理は、概念であり、法則なんだよ!」
キュウべえは呆れたように行った。
「どうやったら、概念に会いに行けると言うんだいっ?」
「あなたが言ったのよ。
『なぎさが円環のところに行った』って。」
「そうだね、暁美ほむら。『円環の理』が完全な状態なら、ほくもきみらもそれを認識することはできない。でもいまは少し違う。なぎさは『円環の欠片』がこの世界に顕在するのを防ぐために戦っている―――おそらくは『名塚底根』を通って。」
「回りくどいなあ!」
杏子は怒鳴った。
「要するになんで、あたしを連れていかなかったんだよ!」
「『名塚底根』というのはね。」
キュウべえは、バサリパサリと尻尾を振った。
「かつて、魔法少女の救済を願ったひとりの魔女がつくりだしたこの世から隔絶された異空間なん。
そこには、かつて存在した魔女の名前と記録が残されている。
魔法少女にとっては極めて危険な空間だ。
そこに行けば、魔法少女である君たちは、自分の魔女の名前と記録に出会い……上書きされてしまうだろう。」
「あたしは魔女になってない!」
「なるであろう魔女も含めて、ね。あるいはそれは別の時間軸ではほんとうになってしまったきみ自身の姿かもしれない。」
「なら」
黒い粒子が弾けた。
魔法少女の姿になったほむらが、盾から拳銃を取り出す。
「なぜ、マミをそこに行かせたの?」
「巴マミを誘ったのはセルマだよ! あの子は『役に立つもの』には善意で。『役たたず』には悪意で動くのだけれど、いつも考えが浅くて、勝手に動く。」
「わたしを連れていきなさい、インキュベーター。」
カチリと、ほむらは銃の安全装置を外した。
「わたしは、まだいくらか円環の力の残滓―――悪魔の力が残ってるわ。名塚底根と円環の欠片に対抗できるはずよ!」
「可能性だよ、可能性にすぎない。」
「それでも!」
「可能性を信じるなら、こんな可能性だってある。
巴マミは、魔女の記憶に対抗出来るかもしれない。
うまくすれば、魔女の『力』を使いこなせるようになるかもしれないよ?
百江なぎさがシャルロッテを。美樹さやかがオクタヴィアを使うように。」
「そんな都合のいい話があるの?」
「可能性だけだったからいくらでも、話せる。」
トンと、キュウべえは床に降りた。
「それよりも、暁美ほむら。
ぼくはきみに相談があって待っていたんだよ。」
「あなたと相談することなんてなにもないわ!」
「このまえの話の続き。この宇宙の究極的な救済の話なんだけど。」
「あの子ひとりを犠牲にするような救済だったら、わたしは認めないわ!」
「うん、そうだ。実は期待をもたせてしまったかもしれないねど、すっかりダメになりそうなんだよ。」
キュウべえは、ペタリと床に伏せた。
「ぼくがこの時間軸で、まったくエネルギー供給ノルマを果たせてないことを知ってるかい?」
「知るか!」
「これは近年稀に見る失態でね。この星はグレーダーにかけられることに決定した。強い感情をもつ生物が一定以上の文明を持つことは危険だからね。」
目がキラキラと輝いた。
「グレーダーは、不要と判定された星の文明を破壊する。人類を滅ぼしたりはしないよ。たぶん一万くらいは残すんじゃないかな。きみたちは、洞窟からやり直すことになる。まあ、きみたちはもう地表でとれる化石燃料や鉱物資源をほぼほぼ、枯渇させてしまっているから、たぶん二度と今のような大規模文明はおこせないだろうけどね。」
**********
巴マミは、足をとめて周りを見回した。
薄いガラスの板のような階段。
何段おりたのだろう。
もう入口ははるか上方に霞んでいた。
そこここに、半透明の少女像が置かれている。目鼻は作られていない。髪もない。
だが、身体の線で少女のものだと分かる。
あるものは苦悶するように。
あるものはなにかをうったえるように。
身体をひねり、手をのばし。
大きさとポーズは違えど、マミには彼女たちが喜んでいるのだとはとても思えなかった。
周りの壁はすべて、書庫である。
ガラスのなかに封じ込められたように、古い古い書物が、納められている。
「名塚底根は魔女の記録保管庫」だとセルマは言ったが、マミにとっては、単なる保管庫ではない。もっと不吉なものを感じる。おぞましいけれど、忘れられてしまうにはあまりにもかわいそうな。
ここは。
外に出してはいけない。
でも忘れてはならないものを、封じ込めた場所なのだ。
そのなかに、微かに光っている書物があった。
あれは―――なに?
その輝きになにか惹かれるものを感じる。
あれがわたしを呼んでいる?
「さあて、ここから本番だよ! マミ……マミ!!」
先に、最深部へ降り立ったセルマが声をかけたが、そこには、なにかに導かれたように、階段から、書架にそったスロープへと向かっていく巴マミの姿が見えた。
「あーあ、そっちに行ったらダメなのにい。」
セルマはクスクスと笑った。
「まあいいや。
キャンデロロになったらなったで!
あんまり戦闘向きとは言えないかもしれないけどねえ。」
セルマはくるりと回った。
「でもいくら戦っても無尽蔵。ソウルジェムか濁らないのがいいよのね!」
その言葉は、マミにはもう届いていなかった。
一冊の書物のまえに呆然と、立ちすくむ。
記載されたのは、アルファベットに似た……でもどこのものでもない。
「いや……いやよ。」
マミは後ずさりしようとしたが、動けない。
「なんで、わたしがこの文字が読めるの!?
なんで意味が分かるのよ!!」
コポリ。
ガラスかと思われものは、単なる水面だったのか。本は勝手に飛び出し、マミに見せるけるように頁を開く。
パラパラバラ
パラパラバラパラパラバラ
しっかりと開いた頁をマミに見せつける。
「い、いやだ……」
本から目が離せない。
恥ずかしいのに。
思い出したくないのに。
本が弾けた。中から溢れ出したのは、文字ではない。金色の光だった。
声が……
聞こえる……
―――「世界が暗闇に染まれば光を灯し、世界が光だけなら影を与える
こうして存在というものが生まれることが認識されるという救い
私は魔法少女もそうでない人々にも光と影を与え続ける
悲しみに彩られた人々は私によって解放されるのよ」
「いやあぁぁぁっ……!」
光が、彼女を包み込み、持ち上げた。コスチュームが、黄金金と白く塗り替えられていく。縁どりのついた深紅のマントが背に広がり、頭に小さな王冠が落ちてくる。
そこから覗くブロンドの縦ロールが、以前よりもさらに艶やかに跳ねている。額には、小さな金の印。
背後では、無数の金色の歯車と、星型の光が回転し、彼女を照らす後光となっている。足元には、氷の花のような魔力の残滓が砕け散っている。
「え……?」
一番驚いているのは、マミ本人だった。
「な、なんなの? これ。」
セルマが、呆然と呟いた。
「……え? なんでそっち?」
ホーリィマミさん参上!!
強いのか?
強いんだろうけど……戻れるのでしょうか?