魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
異世界での異形のものに挑む、マミ、セルマ。
そしてなぎさの運命は!!
セルマは、マミの足もとから王冠までを、二度見直した。
「そっちってなに!? わたしが聞きたいわよ!」
マミは頭の上の王冠に触れた。外そうとすると、指先に金色の光がまとわりつく。背中のマントは重く、身じろぎするたびに、どこからともなく、しゃらしゃらと鈴のような音が鳴った。
「ここは魔女の記録を残すところのはずよね。でも、今のわたしは魔女でも魔獣でもない」
マミは頬に、胸に手を当てた。
「わたしはわたしのままよ! 巴マミ、見滝原中学三年生。ここへは、なぎさを助けるために来た」
「なんか、わけがわからない」
セルマは、諦めたように続けた。
「……まあ、それはそれとして」
「それはそれとしてって何よ?」
そのとき、遠くで低い音がした。
地鳴りではない。腹の底へ、ずん、と届く音だった。間を置いて、もう一度。
セルマの顔から、からかうような笑みが消えた。
「よかった。まだなぎさは無事みたいよ」
「まだ、って……」
「こっち!」
書架の間に隠れるように扉があった。古い書物の表紙を二枚立てかけたような扉だ。セルマがその隙間に指をかけ、ぐいっと引くと、潮の匂いが吹き込んだ。
マミの王冠が、かすかに傾いた。
その目が、驚愕のあまり見開かれた。
海。
果てしない海だった。
空と海が、ほとんど同じ色をしていた。夜ではないのに、太陽も月もない。波頭だけが白く、その白の中に、読めない文字が浮かんでは泡のように弾けていく。
水平線の代わりに、山があった。
大きすぎて、距離が分からない。山頂は雲の上へ消え、裾野は海の向こうまで続いている。白い布が幾重にも山肌を覆い、その襞の間を、黒いものが川のように這っていた。霞むそのフォルムは、少女像のように見えないこともなかった。
「あれは……?」
「『円環の理』。ちゃんと目視できるところまで、濁ってしまってるんだね。セルマからの忠告。あんまり見ない方がいい。それよりも、あっち」
セルマは指をさした。
その山の手前に、戦艦が一隻浮かんでいた。
見覚えのある船だった。病院の結界の中で、マミが主砲を撃った船だ。ただ、あのときはこんなに傷ついてはいなかった。
艦橋は半ば崩れ、後部の砲塔は砲身が折れている。甲板には穴が空き、火が上がっていた。その火が消えると、穴の縁から新しい鉄板がせり出して、傷を塞いでいく。直りきる前に、別の場所で爆発が起きた。
船の周りを、無数の鳥の群れのようなものが旋回していた。
鳥……じゃない!
マミの背中に戦慄が走った。
全部、魔法少女だ。いや、魔法少女に似た異形のものだ。
あるものはまどかに似ていた。あるものはほむらに似ていた。多くはその両方を掛け合わせたような姿をしていた。
まどかのように愛らしくはない。ほむらのような怜悧な美しさもない。
そして大半は、身体の一部が爬虫類の姿をしていた。
あるものは巨大なトカゲの尻尾を生やしていた。あるものは人間の頭部の横にトカゲの頭が生えていた。あるものは、トカゲの胴体から、ほむらの頭が生えていた。
それらが叫ぶ。まどかとほむらの声で。
「返せ!」
「返せ!」
「円環を完全なものに!」
「魔女を浄化せよ!」
「悪魔を討ち滅ぼせ!」
ほむらの姿をした「円環の欠片」が、まどかの身体をした弓を引き絞る。まどかの頭部を持った黒いトカゲが、戦艦の上空で暗く濁った卵を続けざまに産み落とす。戦艦のそこここで、またも火の手が上がる。
戦艦も懸命に反撃する。対空砲火はシャボン玉だ。
無数のシャボン玉が打ち上がる。襲い来る異形の魔法少女たちの間で、それが弾ける。ダメージは受けているが、撃ち落とされはしない。たまに数発が集中して海面に落下するものもいるが、すぐに別の個体が後を埋める。
「全然数が減ってない……」
マミが呟いた。
「シャルロッテも、よくやるよねえ」
セルマが言った。
「セルマなら、とっくに嫌になってる」
マミは返事をしなかった。砕けかけた艦橋の上に、小さな姿を見つけたからだ。
腕を一振り。数十丁のマスケット銃が現れる。一斉発射。
何体かの円環の欠片が落下する。そのわずかに空いた空隙を縫って、マミとセルマは艦橋に飛び込んだ。
なぎさは、腕組みをして、仁王立ち。丈の短いフードのついたマント姿。
じろっと、マミを睨んだ。
「なんで来たのです?」
マミは倍の声で言った。
「なんで一人で行ったの!?」
ずううん! 重い振動が艦を震わせる。吹っ飛びそうになったなぎさの小さな身体を、マミのリボンが抱きとめた。
「わたしにコントロールを任せて!」
なぎさは不思議そうに、マミを見つめた。
「……何なのですか、その格好は?」
「細かいことはいいのよ!」
戦艦の対空砲火。ラッパに似たシャボン玉を吹き出す装置が、一斉に銃に代わった。マスケット銃だ。ただし、三丁が一つの束になっている。それが両舷に五十基。それが回転しながら火を吹いた。
単発のマスケット銃も、こうすれば連射が可能だ。雲霞のように押し寄せる「円環の欠片」が、白蝋虫のように落ちていく。
「左舷! 弾幕薄いぞ!」
別のキャラのように叫ぶマミに、なぎさが怒鳴った。
「ここは危ないのです! マミは来てはいけなかったのです!」
「あなたもよ」
なぎさの口が止まった。
マミは膝をついた。伸ばしかけた手を、頬の手前で一度止めてから、そっと触れた。
冷たかった。髪には煤がつき、袖は焦げている。それでもなぎさは、マミを帰す言葉を探していた。
「……なんで、一人で。なんで黙って」
「なぎさはもともと、円環の使者として、もう一度生きることを選んだのです」
なぎさはふてくされたように言った。
「もし、円環の理が、無理やりまどかたちを再吸収して元に戻ろうとしてるのなら、なぎさもさやかも一瞬で吸収されて終わりなのです」
「だったら!」
「つまり“円環の理”は、まどかたちを吸収する以外の道を探しているんだね!」
セルマは楽しそうに言った。
「でも、円環は壊れつつあって、無数の破片が零れ落ちている。それをもう円環の理はコントロールできない」
「……そういうことなのです」
なぎさは、ちょっと悔しそうにそう答えた。
「でも、これでは確かにキリがないわね」
撃ち落とされても撃ち落とされても。円環の欠片たちは、次々と湧いてくる。
水上すれすれを滑空する、ほむらの姿をとった異形たちが、腕に抱いた黒いトカゲを一斉に放った。トカゲは海中を走り、戦艦の腹に突き刺さった。これまでとは比べ物にならないほどの衝撃が、艦橋の魔法少女たちを転倒させた。
「このままじゃあ、危ないのも事実なのです」
なぎさが悔しそうに言った。
「少しでも時間が稼げない?」
セルマが言った。
「時間?」
「そう。みんなでここから逃げたあと、セルマが入口を縫い付けるから。そうすれば、欠片どもが現世に滲み出してくるのを少しの間は防ぐことができる。そのためには」
セルマは空を見つめた。空を埋め尽くす異形の魔法少女たち。
「敵が多すぎて、空が見えないのです」
なぎさが呟いた。
「わたしが」
マミが歩み出た。
「わたしが時間を稼ぐわ」
ティロ・フィナーレまであと少し!!