魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
「最強の魔法少女を見たいかあっ!!」
第二十一話 祈り
「マミの武器は、リボンと単発銃でしょ。あの数の敵には無理だよ」
セルマは、疑わしそうに言った。
「でも、あなたは入口を縫い合わせる準備があるのでしょう」
マミはくるりと回って、外を眺めた。
戦艦の対空砲となったマスケット銃は、回転しながら弾丸を打ち続けている。円環の欠片たちは、一体一体はそれほど強くはない。その特性は、確かに魔女という存在に似ているようだった。
数度の戦いを経て、マミたちは理解していた。魔女という存在がその能力を最大限に発揮するのは、自らの結界の中であり、『円環の理』を目視できるこの亜空間では、自分の結界を構築することはできないのだ。
そして、戦艦の弾幕は有効だ。ゆっくりとした動きでかわされやすい、なぎさのシャボン玉とは異なり、マスケット銃の弾丸は次々と円環の欠片を撃ち落としている。だが、その数は一向に減らなかった。
「進路反転。退避に移るのです!」
なぎさが叫んだ。
巨大な船は、大きく舵を切った。
ここでこの船を分解してしまえば、確かに逃げやすい。だが、矢で、爆弾で、魚雷で、次々と襲ってくる無数の円環の欠片から身を守るためには、戦艦の装甲に頼るしかない。
「なぎさ! 力を貸して!」
空を見据えたマミが手を挙げた。
「ティロ・フィナーレ!!」
戦艦の主砲が火を吹いた。
巨大な弾丸が、欠片たちが密集した一角に飛び込んで、そこで炸裂した。巨大な火球が生じた。
その炎がさらに燃え広がる。
その範囲にいた円環の欠片が飲み込まれた。為す術もなく、燃え上がって墜落していく。
「やるんだねえ」
セルマは笑った。その手はブレて見えるほどの高速で動いていた。針ではなく、編み棒のようなものを持っている。その間に作られつつあるものが、おそらくこの亜空間と名塚底根を分断するために必要なアイテムなのだろう。
戦艦は大きく舵を取り、退避しつつある。
だが、円環の欠片はまだまだ多い。マミの三式弾が一掃した空の一角も、新たな欠片たちが埋めつつある。
セルマは嫌味な笑いを浮かべていた。
「奥の手はもう使っちゃって、あとまだ何かできるの、マミ? もう役に立たないのかな、マミは?」
「そうね……」
そう答えたマミの瞳が、ぞっとするような光を放ち始めた。瞳の底から湧いてくるような黄金の光だ。その瞳は焦点を失い、笑みは感情を失い、ただの表情筋の歪みになった。
「この姿なら、やれることもあるような気がするわ」
ひときわ巨大な黒トカゲが、弾幕を突破する。その前脚が、その体から生えたほむらの首をむしり取り、艦橋めがけて投げつけた。
「伏せるのです!!」
なぎさが叫んだ。
今までの衝撃とは比べ物にならない。
三人の魔法少女が顔を上げたとき、もはや艦橋は一変していた。天井がない。壁がない。最大戦速の戦艦を、渺茫たる海風が走り抜ける。操舵と、いくつかの計器。それは残っていた。だが、もうここは艦橋ではない。艦橋の残骸だった。
あの爆発の中で、なぜ自分たちが無事で済んだのか。
マミのリボンが触手のように動き、その背後に収納されていく。あれが守ってくれたのか。
マミは味方に違いない。言っていることも、やっていることも。だが、普段のマミならば決してやらないことも平気でやってのける。そんな怖さを、このマミには感じる。
マミのブーツの踵が床を蹴った。その神々しい衣装に包まれた体が、空中に舞い上がる。
「マミ! 戻るのです! 空にいたら囲まれて……堕とされるのです!」
「少しでも、あっちに攻撃が向いてくれればいいんだと、セルマは思うよ」
ツインテの少女はそう言いながら、光を放って空を翔けるマミの姿を見つめた。
さっき艦橋を破壊した、巨大な黒トカゲの身体を持つ「円環の欠片」。その周りに、円環の欠片たちは集合し、隊列を組みつつある。
「もう……やめようよ、こんなこと」
その身体に生えたまどかの首が、必死に囁いた。
「わたしたちは円環から剥がれ落ちちゃっただけだよ? 円環に戻ろうよ」
トカゲの鉤爪がその顔を引き裂いた。
腕に生じたほむらの顔が、汚らしいものでも見るように、引き裂かれて悲鳴を上げるまどかの顔を見つめた。
「すべては円環の理のために」
その口から零れるのはほむらの声だ。ほむらが決して言わないことを、ほむらの声が語る。
「すべてを円環の理に。生きるものすべてに救済を。すべてを円環の理に還元する」
その額を弾丸が貫いた。光を失うほむらの顔。だが、すぐ隣に別の顔が浮かび上がる。今度は、まどかの顔だった。
「ああ! マミさんだ。マミさんも来てくれたんだね。もう何も心配しなくていいんだよ。わたしと一緒になろう。もう何も苦しむことはないの。わたしもひとつになって、ずっとずっと安らぎの中にいるんだよ?」
マミは溶けるような笑顔を返した。
「わたしは魔法少女もそうでない人々にも光と影を与え続ける。悲しみに彩られた人々を解放するのは、このわたし」
「ち、ちょっと待つのです! セルマ! 円環の欠片どももマミも、どっちもおかしいのですっ!」
うんうん。頷きながらも、セルマの額に汗が滲んでいた。
「まあ、いいんじゃないかな。それが『役に立つ』ってことなら?」
まどかになったほむらと、黒い弓を持ったまどかが、同時に攻撃を仕掛けてきた。放つ矢の矢尻には、まどかの顔が微笑んでいる。
「マミさん」
「マミさん」
「マミさん」
「来てくれてありがとう」
「歓迎するわ」
「さあ、あなたも円環の一部に」
矢尻はすべて両断された。マミの背後から伸びるリボンによるものだ。同時にマミの腕にマスケット銃が出現する。十丁ほどをまとめた『砲』だ。
そこから発射された弾丸が、巨大な黒トカゲの頭部を粉砕した。
頭を失った首の傷口から、ほむらの顔が、まどかの顔が、ボコボコと生えていく。鮮血にまみれた少女たちは、一斉に笑った。
「せめて楽に還元してやろうと思ったのに」
「思ったのに」
「いいよ」
「それならいいよ」
「引き裂こう」「すり潰そう」「溶かそう」
「燃やそうよ」
「ありとあらゆる苦痛を味わってもらおう?」
編隊を組んだ円環の欠片たちが、マミの周りを取り囲む。戦艦から注意を引きつける。その意味において、マミはこの時点で『役に立って』いたのだが。
「そうだ」
クスクスとまどかの首が笑った。
「まずはその頭をぱっくり食べちゃおう」
「すてきだと思うわ」
ほむらの首が頷いた。
「でも、それで終わりじゃない。あなたは意識を保ったまま、あなたの身体が汚され、壊され、ズタズタになるのを、感覚を持ったまま体験するの。すてき。とってもすてき」
空中で、彼女は一度だけ、胸のバックルに手を当てた。そこにある、黄金のソウルジェムに。そして、目を閉じた。
「……祈って」
小さな声だった。風に消えるような声だった。だが、その瞬間、概念の海全体が、キン、と澄んだ音を立てた。
マミの瞳が開く。焦点の失われた黄金の瞳が、今度ははっきりと、空を――空を埋め尽くす数千の円環の欠片を捉えた。
「魔法少女の救済はわたしの役目。わたしは、あなたたちを許さない」
背中のマントが翻る。金色の光の粒子が吹き上がり、そして、その粒子の一つ一つが、形を変える。
マスケット銃だ。一丁、また一丁。十丁、百丁ではない。空が埋まった。マスケット銃で埋まった。
上下左右、前後。視界のすべてが、純白のマスケット銃で埋め尽くされた。銃口は、すべて、円環の欠片へ向いている。まるで星空だ。星一つ一つが、銃口の光だ。
「な、なんなの……」
ほむらの頭が震えたが、マミは一切容赦はしなかった。
セルマが編み棒を止めて、呆然と空を見上げた。
「切り札はもう使ったはずでしょ?」
空の中心で、王冠を被った聖女が微笑んだ。その笑みには、もう感情はなかった。ただ、執行するだけの、聖なる像の微笑みだった。
「ええ。使いました。だから、これは奥の手じゃないわ。――祈りよ」
マミは手を振り下ろした。
「ティロ・フィナーレ・レベレーション」
世界が、引き金を引いた。轟音はなかった。音という概念が、一瞬消えたのだ。無数の銃口から、無数の光が一斉に放たれた。金色の弾丸は、互いにぶつかることなく、避け合うように、空を駆ける。
円環の欠片たちは、初めて悲鳴を上げた。まどかとほむらの声で。
「いやあああっ!」
黒トカゲの群れが光に貫かれ、白い煙になって消えていく。弓を引いていたほむらも、卵を産んでいたまどかも、例外なく。光は一体たりとも見逃さなかった。雲霞のようにいた数千の欠片が、一瞬で空から消えた。
空が見えた。ずっと敵で埋め尽くされていた空に、初めて青い切れ間が覗いたのだ。
「……うそ……」
なぎさがへたり込んだ。
艦橋の残骸の上から、ぱらぱらと何かが降ってくる。金色の薬莢だった。数え切れない数の、使い終わったマスケット銃が、光の粒子に戻って、雨のように降ってくる。
その雨の中心で、マミが落ちてくる。なぎさが飛び上がり、抱きとめた。マミの衣装は、なぎさも見慣れたあの制服に似たコスチュームに戻っている。
「マミ! マミ! 大丈夫なのですか!」
マミは目を開けた。さっきまでの無機質な眼差しではない。なぎさが心地よいと感じる、あの優しい眼差しだ。
「……役に、立てたかしら」
「立てたのです! 立派すぎるのです!」
そのとき、背後でブチンという音がした。
「準備できた。ここを閉じるよ?」
もう「ここ」と「名塚底根」を通るゲートは目の前だ。同時に、遠くの山――濁った円環の理。その周りに無数に蠢くものがある。倒しても倒してもキリがない。円環の理は、いまもその欠片を発生させているのだ。
「今よ! 跳んで!」
三人の少女は、分解しつつある戦艦からゲートに飛び込む。その後を追うように、セルマの織り上げたパッチワークが飛翔した。それは三人がくぐり抜けた後のゲートにぴたりと張り付き、ゲートそのものをこの世界から隠した。
なにしろ「欠片」さんなので、円環本体にとっては、垢みたいなもんなので、いくらでも湧いてきてしまうのですね……