魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
人数が多いので、個室をとってもらった。
広さは十分。
大きな窓にはレースのカーテンがかかっている。
それにしても、だ!
真面目な話し合いなのに、ケーキビュッフェは、違うだろう!
と、杏子は思うのだ。
もともとはパーティ会場用の建物らしい。テーブルや椅子、食器にいたるまで映えるものを揃えている。
ここがいいと言い出したのは、セルマ・テレーゼだったらしい。
違う――だが、それではどこがいいのかと言われると浮かばない。
中学生がひそひそ密談できる場所なんて、そんなにはないのだ。
喫茶店?
カラオケボックス?
見滝原中学だと、完全に見た目小学生のなぎさがまずい。
マミんち。
いや、大奮戦してやっと帰還したばかりのマミに負担をかけるのも違うような気がする。
セルマか、なぎさに結界を作らせる。
それも違う。
つまりは消去法で、このセルマの言う通りにせざるを得なかった。
まったく気に入らねえな。
そう思いながら、杏子はトマトゼリーの二個目に手を伸ばした。
「そう! それって美味しいよね!」
まどかが嬉しそうに言った。
「まえにママがお土産に買ってきてくれたことがあって!
一度来てみたいと思ってたんだよ!」
「なあ、まどか」
杏子は、まどかのほうに身体を向けた。
「この店に来たのって、はじめてだっけかな?」
「うん?」
まどかは不思議そうな顔をした。
「はじめてだったと思うよ」
バンッ、と音を立てて、扉が開いた。
セルマが、飲み物をいっぱいに載せたお盆をもって現れた。
「みんな! 飲み物持ってきたよっ!」
各自のまえに、自分で配ってまわる。種類はいろいろだ。
杏子の前にはリンゴジュースが置かれた。
ほむらの前にはコーヒーフロート。
マミのまえには、ミントのアイスティー。
さやかの前にはアイスクリームを浮かべたソーダ。
なぎさのまえにはココア。
まどかのまえに置かれたジュースは、真っ赤な色をしていた。
「柘榴のジュースだよ」
と、セルマは説明した。
まどかがにっこり笑う。
「ありがとう! わたし、はじめてだよ」
「それじゃあ、みんな」
全員に飲み物が行き渡ったのを待って、マミが立ち上がった。
「ここまでの状況を整理するわ。
なぎさ。なにか足りないところがあったら、補足してね」
「わかったのです。」
なぎさは、チーズケーキを前にしてご満悦だ。
「まず、インキュベーターの言ってることは本当よ。
円環の理は壊れている。そこからは無数の『欠片』が零れ落ち、それは名塚底根を通って現実の世界にやってくる。おそらくは鹿目さんと暁美さんを吸収するために。」
「なぎさは、円環の理に頼まれて、そいつらがこっちき来られないように頑張っていたのです。」
なぎさは、手を挙げて、チーズケーキを追加した。
「円環……は、なんていうのか、円環の理そのものは、まどかたちを吸収したいわけじゃないのか?」
杏子はたずねた。
「ああ。円環の理はまどか自身ですから。」
なぎさは、口の周りにクリームをつけたまま言った。
「まどかはとっても優しいのです。」
「あははは」
困ったようにまどかは笑った。
マミは、指を一本立てた。
「円環の理は、零れ落ちた『欠片』をコントロールできない。これは、円環が壊れているから出てくるものでもあるわ。
……円環が壊れた原因は……」
「わたしのせいよ」
ほむらが、あっさりと言った。
「まどかを、円環から引き剥がしたのは、わたし」
「だれのせいかなんて話は、あと」
マミは、続けた。
「円間の欠片がこちら側に出現するには、名塚底根を通る必要があるの。すべての魔女の始まりの場所で、魔女の名前と記録が残っている……こことは別の世界。」
「その通路は、セルマがばっちり塞いだよ!」
セルマが胸を張った。
「たぶん、何日かは持つと思う。」
「は?」何日か!」
さやかが噛みつくように言った。
「なんだよ、それしかもたないの!?」
「セルマはやれるだけのことをやってくれたと思うわ。」
険悪なムードになりそうなのをマミがフォローした。
「逆に同じようなことを、わたしちの誰かがやろうと思ってもうまくいかないではょう。」
「そもそもなんだよ、名塚底根って。」
杏子はたずねた。
難しい話は大っ嫌いだったが、これは特にわけがわからない。
なぎさが、ココアを両手で持ったまま言った。
「名塚底根は、つくったひとがいたのです。魔女の名前を、残すために」
「だれが?」
「……だれかは言えないのです。」
なぎさは、少しだけ、間を置いた。
「でも、ソウルジェムが濁って自我を失った魔法少女たちに、名前と個性を残そうとしたひとがいたのです。記録を残すっていうのは、忘れたくないっていうことなのです。……忘れたくないって思うのは、たぶん、さみしいからなのです。」
誰も、何も言わなかった。
杏子は、リンゴジュースを飲んだ。なんだかいやに酸っぱい気がした。
「ここまで、インキュベーターの言ったことが正しいなら、あれが言ってたほかのことも正しい。そう仮定しようと思うの。」
マミは全員の顔を見回した。
「わたしたちは、一定の時をループしながら過ごしている。そして周回の終わりに、必ず来るのが」
「複数の魔女が合体した、想像を絶する呪いの集合体。人呼んで──ワルプルギスの夜。」
ほむらが言った。
「そう。何度繰り返してもワルプルギスの夜がすべてをご破算にしていくわ。わたしはそれを覚えてはいないけど。
暁美さん。あなたならもう少し説明できる?」
「なんど挑んでも倒せなかった。」
ほむらは唇を噛み締めた。
「時間軸のたびに、その姿は少しずつ違う。でもどうやっても──歯が立たなかった。唯一の成功は、まどか。」
暁美ほむらは、愛する者をじっと見つめた。
「『全ての魔女を産まれる前に消し去ること』。その願いのまえに、ワルプルギスの夜もその存在を失った。」
「……なんていうか」
杏子は思わず言ってしまった。
「それでハッピーエンドじゃないのか。もう魔法少女が魔女になる事もなくて、みんな納得の最終回だろ?」
ほむらは、キッと杏子を睨んだ。
「世界には魔女のかわりに魔獣が湧いたわ。」
「……」
「魔獣を狩り続けるために魔法少女は必要だった。」
ほむらは、グラスに手を伸ばさなかった。コーヒーフロートのアイスが、ゆっくりと溶けていく。
「そして、役目を終えた魔法少女は、魔女にはならない。円環の理が導いてくれた。でもわたしは、それじゃ足りなかった」
「……足りないって」
「まどかが、ひとりぼっちだったから」
ほむらは言った。声が、低かった。
「だれにも認知されずに、ずっと、ずっと。……そんなの、あの子が負うことじゃない」
「ほむらちゃん。」
まどかがそっと、ほむらの手を抑えた。
「わたしが望んだことだったから。」
「ほむら。それで、あんたは」
杏子は、自分の声がすこし可掠れているのを感じた。」
「世界を、やり直したのか」
「そうね。正確には、まどかが作り直した世界を、わたしがもう一度再編した。円環の理から、まどかという人格を引き出して、二度目の作り直しをしたの。」
ほむらは、アイスクリームが溶け込んでいないアイスコーヒーをストローからすすった。ズズズズというしまりのない音がした。
「時間の巻き戻しは、それとは別よ。
何回繰り返したのか覚えていない。
そのためにループそのものが『法則』になつてしまったとインキュベーターが言うのならそうなのでしょう。」
「鹿目さんがつくった円環の理を、暁さんが作り直した……それがインキュベーターの言う『前回』なの?」
「ちがうわ。」
ほむらは答えた。
「変な言い方だけど、その言い方をすると『前々回』。」
沈黙が落ちた。
ケーキビュッフェの店内には、楽しそうな家族連れの声が、遠く響いている。レースのカーテンの向こうで、街はいつもどおりに明るい。
「……よく、そんなこと」
さやかが、震える声で言った。
「よく、そんなこと、できたね」
「できたわ」
ほむらは、さやかの目を見た。
「後悔は、してないかってききたい?
後悔ばっかりよ。時間を巻き戻しても、宇宙を作り直してさえ」
さやかは、何か言いかけて、やめた。
「話を、戻しましょう」
マミが、静かに言った。
「いま、大事なのは、これからよ。」
「ああ」
杏子は、両手をテーブルに置いた。
「で? ループを止める方法は、あるのか」
「ある、かもしれない」
ほむらは言った。
「ワルプルギスの夜は、周回の終わりに必ず来てすべてを破壊する。なら」
「じゃあ、倒せばいいわ。」
「倒せたことが、ないのよ」
ほむらは、杏子を見た。
「何回繰り返しても。一度も」
「でも、今度は」
まどかが、言った。
「今度は、みんながいるよ」
ほむらは、まどかのほうを見た。それから、ゆっくりと、頷いた。
「……ええ。今度は、いるわね」
「決まりだな」
杏子は、手を挙げた。
「やるぞ。ワルプルギスの夜、ぶっ倒す」
「賛成」
さやかが、手を挙げた。
「やるしかないでしょ。……やだなあ、もう」
「セルマも、いいのかな?」
セルマが、のんびりと手を挙げた。
「役に立つほうが、いいもんね」
マミが、続いて手を挙げた。いつもの笑みが、ちゃんと顔に戻っていた。
「うーん」
顔をしかめたのは、なぎさだった。
「それは悪手なような気がするのです。」
いまんとこ全部覚えてるのは、なぎさだけなのですね。