魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
質問はなぎさに集中したが、なぎさは、目の前のチーズケーキのチェリーほどにも相手にしなかった。
「ワルプルギスの夜のことは、たぶん考えなくていいのですよ」
可憐な少女は、さくらんぼを口に含んで、種を吐き出した。
「なぜ?」
「考えるだけ無駄なのですよ」
「いままでの話を聞いてたのかよ!」
杏子は、怒りをイチゴタルトにぶつけた。
大きくカットされたタルトを口いっぱいに押し込んだ。
「ワルプルギスの夜が来れば、この世界は終わりなんだぜ?
ほむらはまた巻き戻るのかもしれないけどな。なぎさ……おまえもそれでいいと思ってんのか?」
全員がハッとしたように、レアチーズケーキにブルーベリーソースをかけ回している可憐な少女を見据えた。
「なぎさは、忘れっぽいみんなとは少し違うのです」
なぎさは、全員の視線にもたじろぐことはない。
しっかりと全員の目を見返した。
「ただ、思い出したくないことは思い出さないようにしてるだけなのです。ほんとにロクでもないことばっかだったのですよ」
「でもワルプルギスは……」
「それよりも心配しないといけないことがあるのです」
なぎさは、フォークでテーブルの隅を指した。
そこはこのテーブルで唯一、空いた席だった。
そこにはおなじみとなった白い異生物がちょこんと座っていた。
そしてそのとなりには――
「インキュベーターっ!
いつから!」
さやかが飛び出そうとするのを、ほむらが止めた。
「悪いわね、インキュベーター。わたしのツレは、喧嘩っ早くてね」
「つ、ツレ……って」
さやかの頬が赤くなる。
「それがあなたの言っていたグレーダー?」
そう。
白い生き物のとなりには、初めて見る黄色い生き物が鎮座していたのだ。
雪だるまに短い手足をつけたようなフォルムだ。長い耳がびょんと頭のうえに立っている。
「話が早くて助かるよ、暁美ほむら。
さすがに数多の時間軸を駆け巡り、世界を書き換えた唯一無二の魔法少女だけのことはある」
キュゥべえはうなずいた。
「そうだね。ぼくは彼らを紹介するのに、グレーダーという言葉を使ったんだった。
ぼくがきみたちを魔法少女というもっともエネルギーを採取しやすい形態に孵化させる孵化器なら、彼らの役目は、孵化したものが危険でないか、有用であるかを選別することだ」
「それで?」
マミがインキュベーターを睨んだ。
「わたしたちはどうなの?」
黄色い生き物は、インキュベーターを踏んづけて
「ウ、ラ」
と言った。
「グレーダーはきみたちとは本来、コミュニケーションをとる必要はないんだ」
踏んづけられたインキュベーターは、困ったように言った。
「ゆえに、きみたちの言語を話す必要はない」
「ウラ、ヤッハ!!」
「まあ、ぼくが危惧してた通りになったよ」
インキュベーターは残念そうに言った。
「この星のきみたちは、約十万人に削減される。いまの初期段階にある科学文明は、消滅することになるはずだ。
百人程度のコロニーが、地上のあちこちに残ることになるんだけど、それは十分な距離をもって配置されるから、互いに巡り会うまでに、何百年かかかることになるだろう。たぶん言語も違ってしまって、もうコミュニケーションはとれなくなっているんじゃないかな?」
「プル、ヤッハ!」
「そうだね。これから地球は氷河期と呼ばれる時期にはいっていく。もともとそうなるはずだったのが、きみたちの文明が排出した二酸化炭素による温室効果で先延ばしになっていただけだからね。だからまえに一万という数字だと、きみたちが絶滅してしまう可能性があるんだよ」
「ウラ!」
黄色い生き物……グレーダーはケーキに手を伸ばすと、バクリと飲み込んだ。
「なにか、質問はあるかい?
どうだろう、暁美ほむら」
「ウラ!」
「いやだよ、そんなの!!」
セルマがテーブルを叩いた。
倒れそうになったグラスを、グレーダーが素早く拾った。
中身をごくごくと飲み干し。
「プル、ヤハ」
……気に入ったようだ。
「セルマは役に立つんだよ!
キュゥべえのために役に立って! 宇宙を救うんだから!」
「まあ、円環の理とそれが生み出すエネルギーについて、説明はしたんだけどね」
キュゥべえの耳はだらりと垂れている。
彼なりに、この結果にはがっかりしているようだった。
「でも、『魔女化』も含めて、この世界では元より存在してないものなんだ。
ぼくなりに精緻に説明したつもりなんだけど、やはりノルマを果たせないモノの理屈なんて、なかなか相手にしてもらえないのさ」
グレーダーは、二個目のケーキに取り掛かっている。今度はでっかいプリンだった。豪快に頭を突っ込んで、咀嚼している。
「で、この星の文明を滅ぼす方法なんだけど、やっぱり、きみたちにはずっとずっと覚えておいてほしいんだ。
だから、きみたちがよく使う方法――戦争にするよ。
きみたちにも認識できるような『武力』の構築はもう完了した」
「そんな勝手なことは許さないわ、インキュベーター!」
マミも立ち上がる。
「戦うわよ、わたしたち!」
「うん! そう言ってくれるとは思ってたよ。というか、そうしてもらわなければ、きみたちをひとりひとり狩りだして始末しないとならない。それはそれで面倒だ!」
キュゥべえは窓を向いた。
日はすでに暮れて、空には冴え冴えと月が浮かんでいた。
二つ!!
そのうちのひとつは、無数の光点を引き連れていた。
ゆっくりと夜空を移動する。
「な、なによ、あれ?」
さやかが叫ぶ。
偽物の月は、本物の月と重なった。
月の輝きは……消えなかった。
偽物の月は本物よりも遠くにある。つまりその大きさは、月よりも大きいのだ。
「で? 残念だけど、もう終わりだ。しばらくきみたちに、グレーダーの艦隊を観察してもらったのちに攻撃をしかけるよ。
どこからにするのかい?」
グレーダーはプリンから、ガバっと顔を上げ
「ツツウラウラ」
と答えた。
なぎさだけは、短い手をのばしてくるグレーダーから冷静に自分のココアを守った。
「だから、悪手なのです」
全員の視線がまた、なぎさに戻る。
「ワルプルギスの夜を倒しても、グレーダーが来るのなら意味がないのです。ワルプルギスの夜は、ループの終わりに来るご破算。でもグレーダーは、ループの外から来るご破算なのです」
「おい!」
杏子は手を伸ばした。インキュベーターの胸ぐらを掴んでぶら下げる。
「で、どうしろっていうんだ!?」
「どうするもなにもないよ……きみたちはもう終わりだ」
「だったらおまえは、ここには来ねえはずだ。つまんねえ話を延々と聞かせやがったってことは、まだあたしらにさせたいことがあるんだろっ!」
インキュベーターの赤い瞳がまたたいた。
グレーダーが、フルーツのたっぷり入ったロールケーキに手を伸ばしながら
「プル、ヤッハ」
と言った。
「……もうすこし時間がほしい。
ぼくの理論が正しければ、これで宇宙は救われるんだ。
だからもうすこしだけ、上を説得できる時間があれば」
「あれを相手にしてか、よ!?」
「あれだからいいんだ。
もし、グレーダーのもたらす破滅が、疫病や、巨大隕石の落下といったものだったら、なにもしようがない。目に見える敵という形をとったからこそ、きみたちは戦うことができる。
そうして……戦って……時間を稼ぐんだ」
インキュベーターはチラリとグレーダーを見た。グレーダーはチョコレートケーキに乗りかかっていたが、すこし顔を上げて
「ウラ」
と言った。
「グレーダーも賛成してくれている」
「だったらなぜあんなすごい数を……」
「ちゃんと仕事をしないと、まずいからなんだよね」
インキュベーターはため息をついてみせた。
「たぶん、未成熟なきみたちには分かりにくいだろうけど、大人の世界はいろいろ大変なんだよ」
少しまどマギらしくない戦闘シーンがあるかも