魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
天気晴朗ナレドモ波タカシ
魔法少女たちな乾坤一擲の作戦に挑む!
「わたしのリボンで全員を繋ぐわ。」
マミが言った。
セルマも含め、全員が艦橋のシートに腰を下ろしていた。
「新型因果応砲を発射、因果反動で、船体が崩壊しはじめたら、暁美さんは時間停止に入って!
全員でこの船から脱出するわ。」
ほう。
全員が感心したようなため息をついた。
優しさ、包容力、可愛らしさ、お菓子作りが上手いところ。
巴マミの美点はさまざまあるが、つまるところ、戦闘センスが抜群なのだ。
抜群の戦闘センスにガラスの心。
〝付き合う男は、めちゃ苦労すんだろうなあ〟
と杏子は思ったが、これは不正確だ。
別につきあわなくても、男でも女でも苦労する。
〝まあ、でも苦労のしがいもある……って付き合いもあるよな。〟
妙に悟ったことを考えながら、杏子はポッキーを齧っている。
彼女たちの戦艦は、グレーダーの母艦の進行方向に移動した。
艦長席に座るのは、なぎさである。
艦橋は薄暗い。
照明に使うわずかなエネルギーも攻撃に回しているのだ。
「因果ジェネレーター出力最大。非常弁全閉鎖なのです!」
「出力最大値。非常弁全閉鎖したよ!」
「全エネルギーを砲に集中!
強制注入機作動するのです!」
「はーい、セーフティロックも解除するよっ」
「目標。敵母艦なのです。」
「艦首を回すわよっ!
マミさん、発射はまかせるわ。」
「了解よ、美樹さん。
ターゲット・スコープ、オープン。電影クロスゲージ、明度20!」
縦ロールがふわりと揺れた。
「発射10秒前。全員耐ショック、耐閃光防御
……5、4、3、2、1……」
前方の空間が突如、裂けた。
あの倒立した異形の魔女の集合体。
ワルプルギスの夜がその姿を現す!
「前方に、ワルプルギスの夜! ワープアウト! 予定通りだね!」
メインモニターに映るほむらそっくりの少女が微笑んだ。
「ワルプルギスの夜が、因果の反動からあなたたちを守るわ……」
まどかがにっこり笑って頷いた。
「トランジット因果砲!
発射!!」
魔法少女たちの戦艦と、グレーダーの母艦の間には、グレーダーの全艦隊が集結していた。
バリヤとバリヤを結合させ。
その防御力は、既知のあらゆる文明のもつすべての兵器を無効化したはずだ。
高熱。衝撃。腐食。停滞。
無敵のはずの盾は、シャボン玉が弾けるように消滅した。
グレーダーの母艦はほんの数秒は抵抗した。
直径六千キロメートルの質量は、その存在を否定されることに抗ったのだ。
だが。
「なに……これ……」
それは。
無数の光の断片が、宇宙を埋め尽くしていく。
マミたちは艦橋内で立ち上がっていた。
「世界の…少なくともその一部が書き換えられているのです。」
ラ
ラ
ララ
ラ……ラ
「なんなんだ!
この音!!」
「書き換えられる世界の悲鳴なのですよ。」
なぎさは、シートに身を沈めながら言った。
彼女も立ち上がろうとしたのだが、シートが大きすぎて果たせず、また座り込んでいたのだ。
「母艦が消滅する……」
ほむらが呟いた。
グレーダーの母艦は、星そのものに偽装していた。表面は……たぶん数十キロに渡って岩盤の層になっている。
それが捲れ上がった。
岩は小石に小石は砂に。そして砂は素粒子に分解していく。
その奥に隠された母艦の構造物。
どんな技術が作り上げたのかも分からない梁。数千キロの球体を支えていた梁が外れていった。
グチャグチャに変形しながら、因果変容の中心部。トランジット因果砲のあたった部分にむかって落ちていく。
その巨体に動力を供給していたであろうジェネレーターは複数箇所にあったようだ。
グレーダーたちが、実際に人員を配置していたとは思えないから『居住区』に相当する部分はないのだろう。
それでも、内部はさまざまな区画をもっていたようだ。展開していた艦隊を収容するスペース。あるいは、その修理や製造をする場所。
なにもかもが、とけていく。
ぐるぐるとかき混ざりながら溶けていく。
まるで煮込んだスープのようになりながら、一点にむかって落ちていく。
「ああ……」
セルマが頷いた。
「なにかわかったのですか? セルマ。」
「転移だよ、これって。
存在をまったくなかったことにするよりもほかに移動したほうが、因果にとっては気が楽だからね!」
「移動……ってどこに、だよ!」
「たぶん、この世界の平行世界なのです。」
「そんなモンが都合よくあるかよっ!」
「なぎさに見せられたアニメだとわりと都合よくあったよね……」
「あったとしてもそれは観測出来なければ存在しない……どっかの猫みたいなもんなのです。」
なぎさが言った。
「ただ、ここは誰かさんが、リープを繰り返したせいで緩くなっているのです。本当に実在する平行世界に、放出されているかもしれないのですが、そのまえに、溶かされて、すり潰されているのです。むこうに迷惑がかかることはないのです。
それよりも……」
ワルプルギスの夜もまた分解しつつあった。
ハハハハハ
アッハハハハハ
アハハ
笑いながら。
だが、かつてほむらが対艦ミサイルまでぶち込んでもビクともしなかったその巨体が。
分解していく。
スカートがちぎれ飛び、その奥に隠された歯車も、細かなものから弾けて、破片を宇宙にばら撒いていた。
だが。それでもワルプルギスの夜は笑っていた。
それが狂笑ではなく。
まどかたちを救えた歓喜の声であることを、船の全員が感じていた。
「マルグリートさん……」
まどかが祈るように手を合わせた。
「はい、なんでしょう?」
唐突に、マルグリートがその隣に現れた。
「大丈夫なの、マルグリート?」
さすがにびっくりしたように、まどかは後ずさりながら、モニターを指さした。
ワルプルギスの夜が…
分解していく。
「これで、『ワルプルギスの夜』という、存在がなくなるかどうか、ですか?」
マルグリートは首を傾げた。
「さあ。なにぶんにも初めてのことですので。でも可能性としては半々でしょうか。」
「マルグリートさん! そんなのやだよ。こうしてやっと会えたのに!」
「優しいのですね。」
マルグリートは、まどかの髪にそっとふれた。
「あなたのその優しさに触れたこと。もし、わたくしたちという存在がなくなってもあなたが覚えていてくれる……それだけで、わたくしたちは十分です。」
「やあ!」
頓狂な声がした。
全員の視線の先には、白い獣がいた。
「きみたちは実によくやったよ。」
「プリャ ヤッハ!」
一緒に現れた黄色の生き物も頷いた。
「これはグレーダーも同じ意見だ。きみたちは約束を果たした。
ぼくらはきみたちを攻撃しないし、きみたちは、不法投棄を阻止しただけだ。
でもまだ充分ではない。」
「ウラ!」
「あなたたちにとって、なにが充分でないかなんて聞きたくないわ。」
ほむらが拳銃を取り出した。
「消えなさい!」
「『これまでにないこと』をやれば、ループは終わるんじゃないかと期待していたんだけどね。」
インキュベーターは、後ろ足で頭をかきつつ言った。
「残念ながら、そうでは無いみたいだ。こちらの体感時間で10分ほどでまた、時間の巻き戻しがはじまる。」
全員の視線は今度は、ほむらに集中した。
「そ、そんな……」
構えた銃口がちからなく揺れた。
「せっかく……上手くいってたのに」
「ぼくの経験からすると、ね。」
インキュベーターは言う。
「ループが起こらなかったのは、1回のみ。暁美ほむら。魔女化しかかったきみが結界内にみんなを閉じ込めたあの世界だけだ。」
「あれは――」
「その条件はどうもひとつだけらしい。」
インキュベーターのルビーの瞳はキラキラと輝いていた。
「円環の理が正常に存在しているとき、のみだ。」
インキュベーターは、チラリと艦橋に掛けられた時計に目をやった。
「つまり、我々はあと10分……いや9分30秒のうちに円環の理を修復しなければならない。」
「っざけんな! 出来るわけないだろ!」
「佐倉杏子。ぼくは出来ないことは出来ないと言うよ。可能性があるから話しているんだ。」
杏子は黙った。納得したわけではないが自分が喋れば、その分貴重な時間が浪費されてしまう。
「円環の理が異常をきたしている原因は、その中枢に本来あるべき『人格』を失ってしまったからだ!」
「ダメよ! まどかをあんなところには行かせられないわっ!」
ほむらはまどかを力いっぱい抱きしめた。力が強すぎて、まどかがぐえっとへんな声を出す。
「きみはそう言うと思っていたよ。」
インキュベーターは冷静に返した。
「ぼくらも前回、今回と円環の理を観測できた。その成果に基づいて話すけど、円環の理には、たしかに中枢となる人格は必要だ。けどそれは鹿目まどかでなくてもいい。」
「そう……なの?」
「そうだ。実際に暁美ほむらは、円環の理からその力を一部もぎ取って、世界を書き換えた。
力を使うものは、鹿目まどかでなくてもいい。」
「インキュベーター」
マルグリートが言った。口元には微笑みを浮かべているが、その視線は怖いものがあった。
「わたくしたちを救済したのは、システムではなく、鹿目まどかという少女です。」
「その理屈はわかる。でも実際に、この世界ではもう魔女は発生しない。ソウルジェムの浄化については、あたらしいシステムを、提案できる。円環の理はそれに必要なエネルギーを供給してくれればいい。円環の理が魔法少女を救済しなくても、もう魔法少女が浄化の間に合わなくなったソウルジェムを抱えて消えていくこともないんだ!」
「プリャ ヤッハ!」
「まあ、誰でもいい……というわけにはいかない。これから円環に求められるのは、宇宙の死を妨げるためのエネルギーの供給だ。それは感覚としては魔法に極めて近い。
だからその座につけるのは魔法少女に限られる。」
「なら、わたしが行くわ!」
ほむらが手を挙げる。
こんどはまどかがほむらにしがみついた。
「ダメだよ、ほむらちゃん!
あそこはすごく……とっても凄く寂しいとこなんだよ。」
「大丈夫。」
まったく大丈夫ではなさそうな表情でほむらは言った。
「あなたが覚えていてくれさえすれば……わたしは……どんな姿に成り果ててもきっと平気だわ。」
「セルマが行くよ!」
ツインテの少女が手を挙げた。
唇が震えている。
「こ、怖くはないよ。これって、キュゥべえの役にたつんだよね。宇宙が救われるんだよね?」
「ダメなのです。バカなセルマはこれからもわたしの隣で笑ってて欲しいのです。」
なぎさが、立ち上がった。
「わたしが行くのです。お供物にはチーズケーキを所望するのです。」
「なぎさが行っちゃったら、セルマはなぎさのとなりに居れない……」
ああ、そうか。
なぎさは憮然とした面持ちでまた、シートに腰を下ろした。
「あたしが行くよ!」
杏子は、周りを見渡しながら言った。
まどかやさやかには、家族がいるし、たぶんほむらにも。なぎさとマミも家族みたいなもんだ。
なら、一人ぼっちのあたししかあるまい。
「やめといて!」
さやかがキッパリと言った。
「あんたが居なくなったらわたしが悲しいから。」
さやかは、みんなを見回した。
「わたし、行くよ。恭介はいい彼女ができたし、バイオリンも弾ける。わたしはもう思い残すことなんてないんだ。」
「ダメだよ。さやかちゃん……」
まどかが震える声で言った。
「誰かの犠牲がないと叶えられない希望なんて……
それなら」
まどかは顔をあげた。
「わたしが……」
「わたくしがまいりましょう。」
静かに。
しかしそう、きっぱりと言ったのは、ワルプルギスの夜。マルグリートだった。
「マルグリートっ!
あなたもダメだよ。あそこは……」
「わたくしは、どうも記憶では修道院で育ったようなのです。」
マルグリートはすこし嬉しそうにさえ見えた。
「毎日、祈りをささげ、生きとし生けるものたちに感謝し、奉仕する。
意外にむいているかと思うのですが、いかがですか、キュゥべえ?」
大団円……かな?