魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
目を開けると、夜だった。
一瞬。また宇宙にいるのかと暁美ほむらは、錯覚したのだが、そこは丘の上にある公園だった。
夜風が心地よい。
ほむらは膝枕されていた。
「よく寝てたから、なんだか起こしにくくて。」
鹿目まどかが微笑む。
ほむらが見たかった。
すっとずっと見たかった笑顔だ。
それが、自分に向けられている。
「みんなは先に帰ったよ。
同人誌作るっていって、合宿させてもらってたんだけどさすがにもう帰らなくちゃ。」
「インキュベーターは!!
グレーダーは!?」
「あの子たちなら、消えちゃったよ。
ねえ、ほむらちゃん」
ほむらは、まどかの手を取った。そうしないと彼女がどこかに行ってしまうような気がして。
「どこにも行かないよ。大丈夫。
円環の理は、わたしじゃなくてもちゃんと動いてる。
ねえ、ほむらちゃん。わたしたち凄いことをしたんただよね?」
ほむらは身を起こした。すこし目眩がしたが、まどかが支えてくれる。
「わたしってさ。平凡でなんにも取り柄がなくって、すごくふつうの人生をあゆむんだろうと思ってたけど、なんだか、すごいことができた!
ほむらちゃんには感謝だよ!」
「わたしは」
「明日から、お昼一緒にたべようよ?
パパに頼んで、おべんとう、ほむらちゃんの分も作ってもらうよ。
あ、そうだ。これからうちにこない?
夕飯一緒に食べよう。パパに連絡しとくから。
ほら、ほむらちゃんって、タツヤと仲良くしてくれたてじゃない。きっとタツヤも喜ぶよ!」
うわあ。
ほむらはこころのなかで叫んだ。
“けっこうぐいぐいいかれるっ!!”
********
まどかのうちの夕食は、シチューだった。
煮込んだどろっとした白い液体に、ぷかぷかと具材が浮かんでいる。
なんとなく、ほむらは“トランジット因果砲”に撃たれたグレーダーの母艦を思い出したのだが、食べたらふつうに美味しかった。
「そうなんだ。
ご両親とも出張中なんだね。」
「ええ。いまは食事もついた女子寮にいます。
本当は18歳以上が対象の寮なんですけど……特別に置いてもらってます。
どうしても両親が海外転勤しないといけなくて。」
「それは大変だったね。一緒についていかなかったの?」
「わたし、心臓の手術をしたばかりで」
ひとこともウソは言っていないのに、なんだか別人のことを話しているような気がする。
「主治医が見滝原にいるんです。長距離を移動したりするのも止められてて。」
「そうなんだ……悪いこと聞いてしまったかな。」
「いいえ、とんでもありません!」
「いまは元気だよね、ほむらちゃん。」
まどかが言った。
「まえの体育で走り高跳びやったとき、すごいくかっこよかった。こう……背面跳びで」
まどかの弟のタツヤは、自分でスプーンをもって。ほむらを真似て懸命にシチューを口に運んでいる。
口の周りについたシチューをほむらが拭ってやった。
「タツヤは家族以外には、人見知りなんだけど、すっかり懐いてしまったね。」
紅茶をごちそうになって、まどかの家を出たのは、そう遅い時間ではない。
街路を少し歩いてから、ほむらは立ち止まった。
いつかのように街灯の光の輪の中に、そいつはいた。
「やあ、暁美ほむら。」
「……インキュベーター!」
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「なにはともあれ、終わったよ。」
インキュベーターに感情がない、というのは、嘘だ。
そう、ほむらはこのところ思い始めている。
「マルグリートは、こちらの観測からは完全に消滅した。つまり完全なる“円環の理”が完成したということだ。」
「でも忘れられたわけじゃないわ。」
ほむらは言った。
「わたしもまどかも…巴マミも佐倉杏子も美樹さやかも、彼女を覚えている。」
「そう。いつか彼女がいまの任務に飽きたときに、きみたちの誰かが代わってやれる可能性を残しているんだ。」
白い小動物は、尻尾をバサリバサリと振った。
「魔女も魔獣も発生しない。
魔法少女は、おのれを必要とされなくなった時、自分で魔法少女を続けたくなくなった時に『上がる』ことができる。ソウルジェムを魂に還元する方法はまだ解析できていないけど、浄化だけなら半永久的に行うことができる。」
「最大の問題があっさり片付くのね。」
ほむらの言葉には棘があったが、インキュベーターはそれに気がつくほどには人情に通じていなかったようだ。
「エネルギーだよ!
なにしろいまの宇宙には無限のエネルギーがあるのだからね!」
「あなた方が勝手に使えるエネルギーではないでしょ?」
ほむらは釘をさした。
「円環の理のエレルギーは、円環の理の意思のもの。具体的にはマルグリートのものだわ。」
「いずれにしても魔法少女をあらたに誕生させる必要もなくなった。」
感慨深げにキュゥべえは言った。
「我々はきみたちを正式に、銀河文明に招待するよ。近日…とはいっても何十年かあとになるだろうが、ぼくらの使者が人類を訪れるだろう。
きみたちの抱える問題を一挙に消滅ささせる技術をもってね。」
「あらそう。」
無関心にほむらは言った。
そこは建築中の高層ビルの最上階。
なんどかこの生き物とこうして話をした。
「関心が薄いみたいだね?」
「わたしはまどかのために、この世界をやり直してきたのよ。」
長い髪を夜風が撫でる。
「ほかのことにあまり関心はないのよ、インキュベーター。」
「いずれにせよ。」
奇妙なことに、この異星の生物のほうがはるかに感慨深げであった。
「すべてが上手くいった。円環の理は、マルグリートという人格を得て安定した。宇宙は熱的平衡死をとげる心配はなくなった。」
「へえ、そう。」
「ぼくという個体にも、この業績に応じて行賞を与えられた。」
「ふうん。」
ほむらは頬杖をついて、夜風の感触を楽しんだ。
「課長さんとか……にでも、なったの?」
「いや、任務解除だ。」
ほむらは流石に眉をひそめた。
「え?……クビってこと?」
「ああ……なるほど、地球の多くの地域でのシステムだとそうなるのか。
逆だよね。決まった仕事や地域に縛られなくなったってことさ。これはぼくらにとっては最高の名誉なんだよ。」
インキュベーターは、ほむらの肩に乗った。
「時間軸を動いたせいで、あれからどのくらい……って表現することもできないのだけれど」
キュゥべえは言った。
「あのとき……まどかを喪って泣いていた女の子に声をかけたのが、今日に繋がっているとはね。」
ほむらは黙った。決してこの動物に感銘をうけたためではないが、そうする必要性を感じたのだ。
「なぜ、ぼくらが、エネルギーの抽出に思春期の少女を選んだのか話したことはあったかな。」
「……聞いたわ。思春期の女の子の希望と絶望。その相転移がもっとも多くのエネルギーを抽出できる。」
「我ながらくだらないいいわけだよ!
感情のエネルギーは絶望だけではないし、たしかに思春期の女の子が効率がいいからって、全人類の人口に比べれば極わずか、だ。」
「なにが言いたいの、インキュベーター?」
「ぼくらの先史時代。ぼくらの、もとに訪れた神様の話をしたのを覚えているかい?」
「ああ……」
ほむらはすこし考えた。
「そうね。あなた方に『もっと賢く、もっと多く、もっと強いなりなさい』って言ってくれた生命体のことでしょ?」
「そうなんだ!」
キュゥべえの瞳が輝いていた。
「彼女の姿はねえ────実にきみたちによく似ていたよ!」
もうちょっとだけ続けさせて!