魔法少女まどか☆マギカ 廻天の残響 作:ATARU 2025
結界をはった“キトリ”は敵ではないのだとキュウべえは言う。それでも、その結界に踏み込んでいくのはかなり勇気がいった。
空気が重くなる。
瘴気が粘っこく、肌にまとわりつくのがわかる。
敵が分かってぶっとはずのは杏子は得意だったが、“調査”なんてのは苦手だった。
「さやか、大丈夫か。」
声をかけるとさやかは振り向いた。
「結界のなかが、ってことでしょ?
わりと平気。」
「そうか」
「やっぱりわたし魔女だったことがあるのかなあ。なんか懐かしい感じがするよ。」
いつもの笑顔になにか、非人間的なものを感じて、杏子はちょっとひいた。
非常灯だけがつく通路は薄暗い。
すぐにそれは、あたりまえの廃墟ではなく、異空間へと姿を変えていた。
水槽はすべて水がない。
そこに刺繍の魚がふわふわと浮いている。かわいいものではなく、縫い目も雑なその姿はどこか哀れでおぞましさを感じるものだった。
通路はところどころ、崩落し、そこもまたパッチワークで修復されている。
「キトリは針の魔女なんだ!」
動かない自販機の陰から姿を表したキュウべえが、そう言った。
どこか自慢そうでもある。
かつての敵であった魔女を、自ら作り出し、使役できるようになったのが、うれしいのだろうか。
とすれば、ここ数回の魔女との戦いにおいて、杏子たちは、その性能テストに付き合わされていたことになる。
“トカゲさんはそれを知ってやがったのか?”
杏子は心のなかでだけ、そう思った。
きいてもこいつは答えないだろう。
それどこかこちらを惑わすようか回答を、わざと投げてくるかもしれない。
いちばん奥はアクアリウムになっている。
ほぼ、360度が水槽になっていた。
杏子自身は来たことはなかったが、見滝原中のクラスメイトたちは、小さい頃に遠足や、あるいは家族で行った思い出のスポットだったらしく、なんどか話はきいたことがあった。
ここだけは、いまも水がはられていた。
ときどき気泡が立ち上る。
水はすこし濁ったいて、気泡と一緒に魚の骨が浮かんだり、沈んだりしていた。
その真ん中に。
「なによ、あれ? か、鹿目さん!?」
身の丈は3メートルはあるだろう。
魔法少女のぬいぐるみが浮かんでいた。
「ほむら……にも見える。」
さやかもこの光景には驚いたようで、呆然としながら言った。
たしかに全体のコスチュームは、すその広がったフリルの多いドレスだが、長い黒髪と剣呑な目つきは、暁美ほむらを思い出させた。
リアルな作りではない。
型紙を雑にとり、乱暴に縫い合わせ、なかに綿をぎゅぎゅっとつめた―――ぬいぐるみだ。
いとでぐるぐる巻きにされて、水槽の中程をゆっくりとただよっている。
「まあ! かわいい!」
喜んだのはマミひとりだった。
「わたしもほしいわっ! もう少し小さいのがあれば!」
そういえば、こいつはお人形の趣味が悪かった。
と、杏子は周りを見回しながら、嘆息した。
マミはときどき、リビングに“べベ”と名付けた人形をおいていたが、杏子からみるとぜんぜんかわいくない。
「ようこそ!」
パッとスポットライトが、壊れかけたベンチのひとつを照らした。
可愛らしい少女だ。たぶん年齢は、杏子たちと同じくらいかすこし下。
髪は明るいオレンジのツインテール。毛先がドリルのようにくるんと巻いてた。
表情はわらっているが、どこか胡散臭く、杏子には感じられた。
衣装は、白いモコモコのファーがついた小さなケープ。黄色とピンクのストライプの布でできてる。
スカートはもこもことしていて、クッションのようにみえた。
きょとんとしている彼女たちを見回して、少女は首を傾げて、どうしたの、と聞いた。
「あなたは?」
マミが代表して質問した。
「セルマだよ!」
その聞き方が気に入らなかったのか、少女……セルマの頬が膨れる。
「まあ、いいや。セルマの結界にようこそ。見滝原の魔法少女さん。」
「あんたが、針の魔女?」
さやかがひきつった声で尋ねた。
「セルマはセルマだよ! わからないかなあ。あなたたちと同じ魔法少女。でもキュゥべえのおかげでね。新しい力を使えるようになったの!」
キュウべえが走りよってその肩に乗った。
「キュウべえはね! ほんとに偉くて、かしこくて、役に立つんだよ!
キュウべえがいなかったら、宇宙なんてとっくに無くなっちゃってたんだから!」
インキュベーターのやり方も考え方も理解している杏子たちにはその言葉は、頭が沸いているとか思えない。
「それともかく……」
マミが一歩、セルマに近づいた。
「なぎさはここにいるの?」
「あの子は“円環”とここでやり合ってたの!!」
セルマは、はきはきと答えた。ウソを言っているようではない。
「セルマが助けようとしたら、シャルロッテは逃げちゃって、残った円環をセルマが閉じ込めたって、わけ!」
「そう……なぎさは無事なのね……」
マミがふうっと息を吐く。
仲間思い……というより、仲間のことは全責任が自分にあると、そう思い込んでいるのだ。
そりゃあ、肩の荷も重くなるだろう、そんな立派なもんもぶら下げてることだし。
杏子の思考はストレートで、いささか品がない。
「無事かどうかはわからないよ!」
セルマは、意地悪そうに笑った。
「セルマが封じた円環の力なんて、そのごく一部に過ぎない。戻ってないなら円環に捕まった可能性が高いよ。そもそもなんでなぎさが円環と接触したのかも分からないままなんだ。」
「キュウべえ。」
マミはインキュベーターを睨んだ。
「約束通り、わたしたちはここに来たわ。
今度はそっちの番よ。なぜ、なぎさは円環の理と接触しようとしたの? あなたはなぜそれがわかったの?」
インキュベーターの感情を表さない目が点滅した。
助けを求めるように、そのしっぽがくるりとセルマの首を巻いた。
「ぼくらはいつだって、きみたちの動向には気を使ってる。なぎさが、『トカゲさん電話』で話すのをみたんだよ。」
「それがいったい―――」
「わからないかなあ。やっぱり理解力にかけるところがあるね、マミは!」
杏子は、ハッと気づいた。
さやかもだ。
「おい、てめえっ!」
杏子は槍を構えた。
「まさかトカゲさんっていうのは」
「そうだよ。あれが“円環の理”。」
キュゥべえの目が光る。
「必要なものを、回収しきれず、いらないものを取り込んでしまった“歪んだ円環”の成れの果て、だよ。」
ボコリ。
水槽の中の巨大な人形が、気泡を吐き出した。まるで嘲笑うかのように、ブクブクと。
「ちえっ!」
セルマが舌打ちをした。
「くだらない会話を延々としてるから!」
プチプチ!
プチッ!
人形を絡めていた糸が、弾けるようにちぎれる。セルマが縫い止めていた赤い糸が、一本、また一本。
「セルマの施した封印がほどけちゃったじゃない!」
その瞬間、アクアリウムのガラスが内側から砕けた。
ドガシャアッ!
360度の水槽が一斉に割れ、濁った水と魚の骨と、あの3メートルの着ぐるみが、三人の上に降ってきた。
「伏せて!」
マミの叫びと同時に、黄色いリボンが天井まで伸びた。割れた水槽の縁に何本も打ち込まれ、ドーム状の屋根になる。濁った水とガラスと、魚の骨と、刺繍の魚が、バラバラとリボンの上に落ちる。
「マミさん、ありがと……って、うわっ」
さやかが顔を上げる。リボンの隙間から、巨大な影が覗いていた。
着ぐるみだ。3メートルのぬいぐるみが、水の中で立っている。さっきまで糸で縫い止められていたのに、今は自分の糸で立っている。足元から何本もの赤い糸が床に伸びて、まるで操り人形みたいに自分自身を支えている。
「鹿目さん……? いえ暁美さん。
わたしたちは敵じゃないわ。
なぎさを探してるだけなの! あの子がどこに行ったのか、しらない?」
人形の口元が笑った。正確には、笑いの形に裂けた。縫い目がビリッと破れて、中から黒い糸が覗く。
「わたしの望みはすべての魔法少女を救うこと」
それは歪んで割れてはいたが、たしかに魔法少女たちがよく知っている友人の声に聞こえた。
「怖がらなくってもいいんだよ。恨みも呪いも……孤独も失恋も……ぜんぶわたしが受け止めてあげるから」
差し伸べられた巨大な手を、杏子のやりが払い除けた。
「そんなのは、もうこっちで足りてるんだ!」
杏子は叫んだ。
「あたしもマミももう一人ぼっちじゃねえ!
恨みも呪いも、もう通り過ぎたよ! 人間ってのはなあ! 変われるんだ!」
「でも……恋はちょっとしたいかも……」
「さやか! おまえは黙ってろ!」
まどほむ人形vs魔法少女トリオ!
はたしてマミさんはティロ・フィナーレを撃てるのか(平気で撃つような気がする……)