スノーブラッドは、かつてスノーホワイトであった時に巻き込まれた始まりの事件を回想する。
森の音楽家クラムベリーが、魔法少女になれるすべての者を集めてデスゲームを開催した。何度も何度も開催された凄惨なデスゲーム、その最後の回――主催者が倒されたゲームの生き残りがスノーホワイトだった。
その経験から暴力でなければ世界は変わらないと決意し、悪を倒す正義を断行してきた。 そうしているうちにあれよあれよと偉い人の事情に巻き込まれ、魔法の国のシステムに関わるにまで至った。最後の動乱の中スノーホワイトは人間をやめてまで戦い、そして戦いが終わったころにはなぜかリップルと融合していた。
……一応、幸運だったのだろう。スノーホワイトも危なかったが、特にリップルは虫の息だったから。
二人だった彼女たちは、今や赤いスノーホワイトの姿になって生きている。元の名前に戻れなくなり、名前を【スノーブラッド】に変えて生きている――そして未だに悪と戦っている。
唯我独尊の極致であったグリムハート、友達と言い繕いながらもその実は奴隷扱いでしかなかったプク・ブック、そして――魔法の国のシステムを掌握しようとした変態のピティ・フレデリカといった巨悪達はすでにいない。
スノーホワイトの宿敵だった名立たる悪党達とは違う、小粒ばかりを相手にしている現状だ。しかも頭一つ抜けている強力なステータスで戦っているのだから、どうしてもチートじみた作業になってしまうのだけど。
――スノーホワイト、油断するなよ。今回は魔法使いが動いているという話だ。
「ん、わかってる。大丈夫だよ」
リップルの声はスノーホワイトにしか聞こえない。だから、スノーブラッドの返答する声は独り言だ。しかし、それに応える声があった。
「何が大丈夫ってんだよ。調子に乗るなよ、『魔法少女狩り』」
何かの儀式の準備をしていると聞いて調査に向かったスノーブラッドを待ち受けていたのは、臨戦態勢の魔法少女だった。
針のようなアンテナを左手に握りしめた、黒系ゴシックの魔法少女。魔法少女の中でも珍しいほどひらひらした服装の、華美な魔法少女が敵愾心もあらわににらみつけていた。
(このアンテナを、やつに刺さなければ――)
スノーブラッドは二つの魔法を持っている。一つは投げたものを追尾させるリップルの魔法。そしてもう一つ、困りごとを聞ける優しい魔法が、弱みを暴く魔法になってしまったそれ。
発動条件があるタイプの魔法少女、アンテナ自体には攻撃力はないのかなと見て取った。ご親切に魔法の中身までは説明してくれない。
――それ以外にも攻撃手段があるかもしれない。不用意に近づくなよ。
分かってる、と心の内でリップルに返した。
「私の名前を知ってるのなら、降参してくれると嬉しいけど。痛い目は見たくないでしょ?」
「ふふん、『魔法少女狩り』がなんだってんだ。アンタを倒して名を売れば、どこからだって三顧の礼で誘いが来るってもんだぜ」
降伏勧告はすげなく断られてしまった。
だからスノーブラッドは手に提げていた魔法の槍【ルーラ】を真正面に構える。思えば、これがずっと相棒だ。最初の事件を思い出して懐かしくなってしまう。あの時は、これの名前のもとになった魔法少女・ルーラに良いようにされてしまった苦い経験があったけど。
「なに――」
敵の魔法少女はバネのように飛び出してきた。刺せば終わりなのだから、高速の一撃で勝負を決めるのが定石。いや――
(相手は歴戦、直線では対処されるフェイントを――)
弱みを暴く魔法が、敵の作戦を教えてくれる。強く握りしめた左拳は、本命を隠すための囮だ。
「――」
スノーブラッドは目を細め、槍で迎撃の姿勢をとっている。
すべてわかっていた。よく見れば、左手に持ったアンテナを交換する一瞬前に右手に持ち替える準備をしていることまでわかる。左腕を犠牲にして、右手でアンテナを刺す作戦なのだ。
(今ッ!)
「……ッ!?」
待ち構えた瞬間、敵は斬撃が来ないことに驚いた。それなら髪でもつかんで強引に隙を作りだしてやるまでだが――
「驚いちゃったね?」
動作を切り替える一瞬を指摘されて動揺した。さらに、中途半端に開いた左手に頭突きされ、手が痺れる。
「ぐ――」
どうすべきかと悩んだ一瞬の隙を突かれて、槍の穂先でアンテナを弾かれてしまう。それは飛んで行って遠くの地面に突き刺さった。
これでは取りに行くことなど、できるはずもない。
「今度こそ、降参してね?」
ちくしょう、と思った矢先にはチェックメイトをかけられていた。穂先をのど元にあてられ、この魔法少女はスノーブラッドの顔をにらみつけることしかできなくなってしまった。
……まさに役者が違う、大人と子供の戦いだった。
「くは、は――。なるほど。さすがにお強いんだな。魔法の国の歴史を終わらせた魔法少女狩り様は」
「……私が終わらせたわけじゃないよ。私なんて大したものじゃない。あの時だって、ただ、翻弄されていただけ」
「だが、だからこそ――アンタを倒して最強になる!」
「――ッ!!」
――スノーホワイト!
彼女から毒々しい色の爪が伸びていた。魔法を二つ持つなど、本来であればありえない。常識の裏を突くありえない魔法だった。
だがたとえば魔王塾の連中であれば、ためらいもなく槍を突き刺して殺していた。魔法少女の戦いで「想定外」なんてものは、想定しておくべきものだからだ。
が、この魔法少女は喉元を貫かれても爪を差す一瞬まで踏みとどまるとスノーブラッドには分かっていた。それは相打ちで倒す、決死の戦術だ。
「そこ」
そして、スノーブラッドはあくまで冷静で間違えない。くるりと槍を回し、柄で上から敵の魔法少女の背中を打った。
「――がはっ!」
「ぎゃんっ!」
地面に沈められた敵の姿。聞こえてくる肉声は“二つ”あった。二つの意識で一人のスノーブラッドとは違い、敵は最初から二人だった。そう、アンテナは二本あった。
手のひらサイズのロボットのような魔法少女が、彼女が操る爪の魔法少女の背中に隠れていたのだ。決死の一撃は、その実操られていただけだった。
しかし恐ろしい戦術には変わりない。そもそも背中に隠れられるほど小さな魔法少女は、ともすれば動物が魔法少女になるよりもレアケースなのだから。
簡単に見抜いたのは、心を読んで聞こえてきた声の発生源が爪の魔法少女からわずかにずれていたことが原因だが……恐ろしいほどの戦闘経験がなければこんな小さな違和感には気づけない。
結果から見るほど侮れる暗殺者ではなかった。なんせ文字通り命がけの相打ち狙いなど魔王塾の連中にすらできないだろうから。
――スノーホワイト、まだ居るぞ。
「うん、あなたは――」
そう、ここは敵の本拠地。怪しい儀式をやっていると聞いてど真ん中に突っ込んできたのだ。
手練れはまだ残っている。ただ戦闘に介入する間もなく終わらされてしまっただけ。
「……てめえが【クラムベリーの子供たち】かァ!」
叫び声、そして、その声そのものが物質化して襲い掛かってくる。破壊力、規模ともに申し分ない大量破壊を得意とする魔法少女だ。スノーホワイトであったならば一度逃げて隙を窺うしかないが。
「そうだね、私もクラムベリーの子供達の一員だよ。でも、違う人だって居るんだ」
――スノーブラッドは真正面からその物質化した声を叩き壊す。いくら魔法であろうと、物質化したなら腕力で破壊できる。
それに、そうしなければ倒した魔法少女二人は声に押しつぶされて形も残らなかっただろう。すでに魔法少女の姿は解除されて人間に戻っている、当たればひとたまりもない。
「黙れ! てめえらのせいでうちは商売あがったりだ 〈音〉なんかを使う魔法少女はなあ、関係ねえのに疎まれてんだよ! だが、うちはこんなんで終わったりしねえんだ! ここでお前を倒して一発逆転してやるのさ! くたばれや、魔法少女狩り!」
さらに声が襲い掛かってくるが、スノーブラッドはこともなげにその声を破壊し続ける。
「――それはあなたを見逃す理由にはならない。あなたはクラムベリーと同じ、〈悪〉。人に暴力を振るうことを楽しむ魔法少女。……だから、ここで捕まえる」
「けれどアタシの魔法は最強だ! 魔法少女狩り! アンタは他人の弱みを握る魔法を使うらしいが、うちにはそんなのねえ! 声を出せる限り、魔法は無限に出せるんだ。この圧倒的な暴力を耐え抜いたやつは、これまで一人だっていねえのさ!」
「……そう」
スノーブラッドはさりげなく気絶した二人を蹴り飛ばしておく。さらに反対方向へと走る。
これは声の魔法少女の戦闘経験が逆に災いした。敵を守る馬鹿が居ないのは当然だけど。傭兵とかになると平気で味方すら見捨てるくらいなのだから、敵ならばなおさらだ。基本的に魔法少女の戦いにおいては「人質を取る」ことは一手無駄にするだけの愚策でしかない。だから、ここでも人質戦法は眼中になかった。
「回り込む気か? あたしはそんな浅知恵の馬鹿を何人だって叩き潰してきたんだぜ」
「私は違うよ」
声の魔法少女は思う。
確かに違う、とんでもなく早えと。身体能力で言えば間違いなくトップ、だが彼女は魔法でスピードアップする相手をも下してきたのだ。その程度で攻略できるほど、くぐった修羅場は甘くない。
「ほざけぇェェエエエエエッ!」
「ふっ……!」
相手の速さなどもう把握した。圧倒的な一撃で必殺を狙う。その巨大なエの字を放つ敵を前に、対するスノーブラッドは観念するかのように姿勢を低くして這うように突進する。
「阿呆がっ! この攻撃は地面をも削る一撃だ!」
「別に威力を殺すためじゃない」
スノーブラッドはエの字に向かって槍を一閃する。その一撃で叩き壊し、そこからジャンプして一直線に向かう。姿勢を低くしたのは相手の攻撃への対処ではなく、何度も音波攻撃を叩き壊すのが面倒だったから加速しやすくしただけの理由だ。
「なっ……!」
「何度もやらせないよ」
超加速したスノーブラッドに新たな攻撃を放つ余裕もなく、敵の魔法少女は首をつかまれてしまった。
その身体能力はすでに見た。何をしようともその前に首を握りつぶされてしまうだろう。にらみつけるくらいしか、できることがない。
「くそっ。うちを殺すつもりか……?」
「そこまでするほどあなたは罪を重ねたわけじゃない」
「が……ッ!」
腹にパンチ。敵はひざまずいて昏倒し、魔法少女の姿から人間に戻り――地面に倒れた。
――スノーホワイト。儀式に突入だ。ただ、その前に。
「わかってる。門番が居るね」
スノーブラッドは、そいつと目を合わせた。
本編後の日常? のシーン。ここで出てくる魔法少女はオリジナルです。