幾多の戦いを乗り越えたスノーブラッドは、未だに湧き出る悪党どもと戦っていた。そして死者蘇生の儀式の情報を掴み、現地に到着してそこを守る魔法少女たちとの戦闘に入ったのだった。
「待ち望んでいたぞ。いや、哀れな彼女たちの処理はお見事だった。あれほど手早く済ませられる者は、魔王パムの他にはいないだろう」
「あなたは……」
待っていたのは騎士のような恰好の魔法少女。以前のことを思い出したためか、ラ・ピュセルのことを連想してしまう。
同系統で豊満な胸も同じだが、鎧の面積が大きくイカつい印象を与える目の前の彼女を見間違えるはずはない。
「私は【武神アーサー】だ。そして、あなたもご存じの通り魔王塾の敗残兵だ」
「魔王塾、でも魔王パムがいなくなってもまだその名は響いているよ」
「かもな、だが違うのだ。魔法の国は変わりつつある。もはや、武力がものを言う時代ではない」
「――。殺し合いでものごとを決めるのは間違っていると思う」
「ふふふ。だが、だがそういう時代があったことも事実だろう。魔法の国だけではなく、いや現代社会の方が変化は早かったがな。それは貴様も私も、生まれる前の話でしかない。そうさな――私はただ、取り残されてしまっただけだ」
むしろ清々しささえ漂う彼女の立ち居振る舞い、真剣を前にしたような緊張感こそあれど、そこに悪といえるような雰囲気はない。
「あなたの目的は?」
「スノーブラッド、私と真剣で立ち会え。ここが、最後に残った戦場だ。私が生きられる戦場なのだ」
「……模擬戦なら後でいくらでも付き合うから、今はどいてほしい」
「くどい。いくらあなたとて私の後ろを通りたければ殺すしかないぞ。そうだ――ここ以外に、命を賭ける場所などないのだから」
彼女は剣を構える。
礼儀はある、ルールを守る気高さだって備えている。……ただ、戦場でなくては生きられないだけなのだ。現代社会の一種“ちゃらんぽらん”で平和な雰囲気は抗いようもなく魔法の国まで届いている。だが、彼女が生きる世界は荒涼とした戦場の中にしかないのだ。
多くの強力な魔法少女がシステムを巡る戦乱の中で死亡した。真剣勝負、たったそれだけの簡単な願いが今は遠い。時代が悪いとも言える。
「死なないと止まれないんだね」
「いざ、尋常に――死合ッ!」
踏み込んでくる。倒した3人の魔法少女とは違う。彼女たちに戦術はあったが、人生を賭けるほどの鍛錬はしていなかった。“遊ぶ金欲しさ”というやつだ、だが――目の前の相手はただ命を刈ることのみを突き詰めた一本の剣だ。レベルが違う、と言い換えてもいい。
「行きます」
説得は無理と悟ったスノーブラッドも踏み出す。わずかな躊躇が命取りとなる、それだけの相手と覚悟した。
一瞬で彼我の距離が詰まり、西洋剣と槍がつばぜり合う。バチバチと、剣から雷がほとばしる。その魔法に、スノーブラッドはかつて魔法少女学級のクラスメイトを思い出す。魔王塾生で、プリンセス・ライトニングの相方であった彼女を。
「雷? アーデルハルト、の」
「ふん。別に直接の師匠というわけでもないのだがな。しかし、よく練習には付き合ってやっていたよ」
どおん、と雷が落ちた先からスノーブラッドは消えている。心を読み、撃ちだすタイミングを測った。
「……強い」
「あのような、魔法に頼る若輩者と一緒にしないでもらおうかっ!」
武神は強い。剣にまとわせた雷は、油断すれば手が痺れて武器を手放してしまう。しかも随所に大技を挟んでくるのもあるが、なによりも地力が高い。
数多くの魔法少女を倒してきた経験値、なによりも素体の能力の高さをフルに発揮してもスノーブラッドはついていくのが精いっぱいだった。そもそも魔王塾生ならば、魔法少女としてのステータスがトップレベルなのは当然だ。
剣と槍が衝突する音が何十合も響くが、隙を見いだせない。
「ふははっ! これだ、この緊張感だ! わずかとて油断すれば首が落ちるこの緊張感が、何よりも私に生を実感させてくれる!」
「……私は。私は、戦いなんてキライだ――ッ!」
誰も見ていないのがもったいないほどの超高レベルの仕合。いや、死合であるからには誰にも見せられないだろうが。
槍と剣が舞う。血の一滴も流れない舞うような流麗な剣劇は、しかしぎりぎりの緊張感の上で成り立っていた。技術とステータスの暴力だ、ある者が見ればこの血沸き肉躍る決闘こそ魔王塾などと言うかもしれないが。
「クハハハハッ!」
「この……!」
誰かが見ていれば、スノーブラッドが落ちるのは時間の問題などと賢しらに語るのだろうが。服が雷で焦げているのだ、素人判断なら劣勢は明らかなのだから。
しかし、槍は手放していない。それは重要な箇所だけは守り切っているということだ。スノーブラッドとて、外から見えないだけで心を読む魔法はフルに使っている。
武神の方は戦況が互角であるのはわかっている。魔法少女だからこそ、決着は一瞬とわきまえている。
「まだだッ! 私はこのまま一昼夜とて戦い抜けるッ!」
「うぐっ……!」
魂を削るような接戦を演じるが、いまだ両者に大きな手傷はない。だが、スノーブラッドは下がった。
「――策、か?」
「うん、カウンター狙い」
そして、スノーブラッドは構えをとる。
「馬鹿な、その構えは……」
「そうだね、あの人のカウンターだよ」
武神は瞠目する。見間違えるはずのないその構え、雷将アーデルハルトの“魔法を吸収して”跳ね返すその技そのものだが。
「それはあいつの魔法があってこその構えだぞ。いくら魔法少女狩りでも、使えるはずがない」
「試してみたら?」
武神はわずかに混乱する。まさか精神力で耐え抜く気か、と。それともこちらを挑発しているのか――しかし、罠ならば踏み抜くのみと覚悟を決める。
「――ッ! よかろう、ならば我が最大の奥義にて葬ってくれる!」
「……」
武神からすさまじい雷がほとばしる。
「【メッツシュランガー】! 吸収もできぬその身では何もできまい!!」
渦のような雷がスノーブラッドを取り囲んで責めさいなむ。それは必殺技の前段階、敵が動けないように封じる蜘蛛の巣だ。そして、すかさず最大の一撃を叩きこもうと剣を振り上げる。
「これでトドメだ。【シュバルツァ・フィナー……ッ!】」
「そう、私には彼女の真似はできない。そもそも教えてもらっても、いないのだもの。――これはただ、あなたを動揺させるためだけの」
一瞬後、武神の胸に槍が突き刺さっていた。必殺技の華々しい勝負は、しかしスノーブラッドが後の先を取ることで静かに幕が下りた。
「がはっ。ぐ――なぜ……? 私は、油断していなかったはず」
武神が大量の血を吐く。スノーブラッドは、静かにしかし油断せず彼女を見る。
「だけど普通とは違う私の身体が、魔法への耐性を持っていたことは知らなかった」
「だが、油断はなかったはず。直線軌道を見逃した覚えは、ないのだがな」
「ううん。横に投げたよ。魔法で当てたの」
「魔法……? ――なるほど、2つ目の魔法。そもそも、その体の耐久性は文字通りに特別性だったな。……貴様がスノーブラッドとなった日から、人間の姿を目にした者はいないと聞いていたが」
深々と突き刺さった槍を押さえて血を抑える武神だが、とめどなく血が溢れていて間違いなく致命傷だった。しかし、己の敗因に納得がいったのかかすかに笑った。
「うん。もう戻れないの」
「くはは、完敗だ。私の屍を越えていけ、それが勝者の義務だ」
「そういう血なまぐさいことは遠慮したいんだけど」
「そう冷たいことを言うな。遺言だぞ」
「……」
彼女は倒れて事切れ、人間の姿に戻った。彼女のところまで歩いて行ったスノーブラッドは短く手を合わせて黙とうする。
――スノーホワイト。もう。
「うん、行こう」
再び槍を携え、扉を開ける。その中では、魔法使いたちが右往左往していた。
「監査部嘱託のスノーブラッドです。投降すれば手荒なことはしません」
恐れ、慌てふためく者たちをしり目に、怒りを燃やして目を見開いた老人が進み出た。
魔法使いではこと戦闘においては魔法少女に敵うはずがないことは分かっている。だが、それでも抑えられない憎しみがある。
王国を、魔法の国を終わらせた――彼女への筋違いの憎悪。
「ぐぐぐ……来たか、魔法少女狩りよ。貴様が、我らの神を殺したのか。3賢人なくして、魔法の国が存続できるはずはないのに。――この、大罪人めがッ!」
「投降してください」
しかし、スノーブラッドが今更頓着するはずもない。これでも、権力にしがみつく老人を民衆という暴力の前に引きずり出したこともある。年が上なだけの犯罪者に、躊躇することはないのだから。
「黙れ! 貴様の過ちを我々の手で取り戻す。3賢人を復活させるのだ」
「魔法の力の衰退はそのシステムのせいなのに、なにを馬鹿なことを――」
「本来ならば起動するはずもないが、仕方ない! これは聖戦だ! 3賢人のご加護よあれ!」
そいつはぼろぼろの機械のような何かのスイッチを入れる。それは見たことないのに見覚えがある不思議な装置だった。それからは遺跡に共通した雰囲気のようなものを感じるのだ。
それは間違いなく、現代の魔法使いなどにはとても扱いきれない“古代の魔法の道具”だった。だからこそ、勘が危険だと叫んでいる。
――ためだ、逃げろ。スノーホワイト!
「――ッ!」
リップルの声を無視して特攻する。
そもそも魔法使いにとって遺跡というだけでも制御できないのに、そこに無理やり起動したのだから望む結果など得られるはずもない。めちゃくちゃになるだろう。大抵は爆発オチで終わるはずだ。
だが、ここで逃げる彼女ではなかった。
「止める……!」
装置を破壊しようと穂先を装置に叩きつける。その瞬間に、光が、満ちた。