出会ってしまったスノーブラッドとクラムベリー。スノーブラッドは意味不明な状況の中で、復讐心を燃やして戦いを挑む。
「「――ッ!」」
槍が、拳がひらめく。
しかし当たらない、達人同士の戦いは血の一滴も流さない静謐な舞踏さながらに踊っていく。一手ごとにキレを増す二人の殺し合いは、今や周囲の魔法少女には理解不能の領域にまで達している。
まるで、才なき者では戦いの場に上がることすらできないのだと責め立てるように。
「しぃっ!」
「せやっ!」
ぐるりぐるりと立ち位置を変えて、無数の攻撃をかわしていく。まるで何時間も戦っていたような緊張感、だが実際には5分も経っていない。
それほどの密度の戦闘の最中、ついにクラムベリーはスノーブラッドを触ることに成功する。それは、ただ太ももを撫でるだけの軽いタッチ。
ただ打ち払われて終わるだけのフェザータッチが、魔法少女の戦いでは決着を左右する。
「
「――そこっ」
“魔法を使う”その意識の間隙にスノーブラッドは返し技を差し込んだ。足で敵の足を組み、引き寄せる。クラムベリーの上半身は上方へと流れて必殺技は不発、そればかりかそのまま地面へと引き倒されて――
「これは……まずいっ!」
「終わらせる……!」
目まぐるしく戦局が移る。わずか一瞬、誰にも悟られることのない必殺技がスカされ、結果としてスノーブラッドが馬乗りになった。何でもありの格闘技では決着とされるところのこの体勢。
「この――ッ!」
下からクラムベリーが殴りつける。なりふり構わない、魔法の防御も投げ捨てた無我夢中の一撃だ。
これはまずいと自覚していた。格闘技であれば降参できたが、これは決闘ですらないただの殺し合いなのだから、死ぬまで止めてもらえない。
「死ね……!」
スノーブラッドは口の端が切れて血を流しながらも上から重々しい拳を振るう。
今や誰でも見てとれる、クラムベリーの反撃は苦し紛れで、もはや詰みだ。一撃ごとにクラムベリーの端正な顔が崩れていく。
「がっ。ぐう――……!」
それでもクラムベリーは拳を返す。防御は意味がない、頭を腕でかばったところでスノーブラッドは拳が砕けても殴り続けるだけだ。
攻撃は最大の防御ともいうが、己の腹にまたがるスノーブラッドに何かしようとすればすぐに頭を殴られてしまう。何かを考える前に、ただ拳を返すことだけがクラムベリーにできることだ。
「おお! うおおっ!」
なにか似合わない気もするスノーブラッドの雄叫び。だが、上から下に向かってしたたかに殴りつける湿ったような肉を叩く音は現実だ。反撃でスノーブラッドの顔も血に染まる、さらには顔という固いものを殴る拳だってボロボロだ。
「うおおおおっ!」
だが、クラムベリーの方はもっと深刻だ。射殺すような殺気、けれどぐちゃぐちゃになっていく顔面。必死の反撃も、ダメージを抑えるだけで逆転の隙は一向に見つからない。
その中で殺意だけが高まっていく。痛みと憎しみが、彼女の穏やかだった顔とは似ても似つかないそれへと変貌していく。
べちゃ、だの。ぐぎ、だのと言った魔法少女のふわふわした雰囲気とは真逆の音が、静かな森の中に響き渡る。
「ひう……!」
スノーホワイトが、見てられないと顔を覆った。その瞬間に、彼女の端末から影が飛び出した。
〈危ないぽん! スノーホワイトッ!〉
「……ええっ⁉」
今まで沈黙していたファヴが、高らかに叫ぶ。しかし、当の本人はどういうことかと疑問符を浮かべている。
「――チッ!」
スノーブラッドが舌打ちをする。思わず視線を送ってしまった。過去の自分には複雑な思いがあるが、しかしスノーホワイトに危険が及ぶならラ・ピュセルにも同様だろう。
置いて逃げる人じゃないと知っている。
そして、心を読む魔法の限界。ここにきて、実は電子妖精とは相性が悪いと思い知った。投影はワープのようなものだから、現れるまで心が読めない。それに、今のだって企みがバレたらまずいというくらいで、1から10まで教えてくれるような親切な魔法じゃない。特に戦場だと、そこまで聞いている暇がないのだ。
目で確認するのは一瞬だが、「聞く」には時間がかかる。意図せずその隙を突かれてしまった格好だ。
「――」
かくして、クラムベリーの狙い澄ました反撃がスノーブラッドを抉る。バネのように起き上がったクラムベリーの最大の一撃が、正確にその心臓を叩いたのだ。
「がはっ!」
地面に垂直に飛んだスノーブラッドの身体が地面に2、3度バウンドして止まる。
「――ッ!」
観客たちが息を呑んだ。
状況は明らかだ。ファヴがクラムベリーの味方をして、スノーブラッドを騙した。その好機を見逃さず、クラムベリーが殺した。
「うふ、ふふふふふっ」
ゆらりと立ち上がった彼女は修羅のごとき凶悪な笑みを浮かべている。確実に心臓を止めた手ごたえがあった。
昔の、ゲームなどではなく最強を求めて鎬を削っていたころに立ち戻っていた。魔王塾とは、そういうところだった。
「うぐぐ……!」
しかし、スノーブラッドは動き出す。なぜかぼろぼろのミトンを手にはめて、拳を天へと上げる。
「……?」
クラムベリーは一瞬戸惑った。
あれほどのダメージを受けて魔法少女化が解除されないなどありえない、なにかしらの実験の効果なのだろうかと訝しんで。
そして、なによりあのミトンには見覚えがある。のだが――それは「持ったものを握りつぶす」魔法のミトンでこの場に出しても何の意味もないはずだし、そもそも彼女と関係があるはずがない。その二つの疑問が頭の中で絡み合い、足が止まった。
「が、ぐうっ、ぐっ!」
スノーブラッドは地面に転がったまま、自分の胸を叩き始める。心臓マッサージ、だった。
「――ッ!」
クラムベリーは復活する前にとどめを、と一歩を踏み出したがふらついて二の足を踏んでしまった。馬乗りで殴られた頭のダメージは軽くない。むしろ、並の魔法少女であれば脳みそを撒き散らしているところだった。それだけの威力と恨みが籠められていた。
「がはっ! ぐぅぅ……!」
そしてとうとう、スノーブラッドは大量の血を吐きながらも復活した。ゆらりと立ち上がって、ゆらゆら揺れながらもまっすぐにクラムベリーをにらみつける。
「ふふふ……」
「――はぁぁ」
両者、満身創痍ながらも殺気だけは衰えるどころか増していく。空間がゆがむような殺気が交錯する。
「くく」
まず一歩距離を詰めたのはクラムベリー。ダメージが低いのは彼女の方で、それもわかっていた。なにせクラムベリーは魔法少女化が解けていない、スノーブラッドはそもそも解ける機能がないだけの重体なのだ。
「――このままだと負ける。なら」
しかしスノーブラッドとて、百戦錬磨。死にそうになっても、なんとか光明を見つけ出してきた。腕力ではなく、周りの環境や他人を利用して。
「ふっ!」
ダン、と凄まじい勢いで明後日の方向へ走っていく。そのままリップルの眼前に現れて、パ、と手をかざす。
「……ひっ!」
それに反応したリップルは恐怖で反射的に顔をかばった。なにも来ない――と思いきや。
「リップルのクナイを利用しますか。――ですがッ!」
スノーブラッドはリップルの衣装、無限に生成されるクナイを手馴れた様子で盗んでは投げていく。何十本と投げられたそれは。
「今更そんな苦し紛れが通用するとでも……?」
軽くかわされ、いなされていく。たかが飛び道具、満身創痍とはいえ歴戦の魔法少女を倒せはしない。
「がっ!」
だが、ありえないことにクナイはクラムベリーの背中に当たった。動いていたから急所には刺さらなかったが、深々と突き刺さったそこからどくどくと血が流れていく。
「ちぃっ! ――何が……ぐっ!」
その謎に気をとられる余裕もない。ざくざくとクラムベリーの手足をクナイが裂いていく。外れるはずのクナイの軌道が曲がるのだ、急所狙いの単純な攻撃ならともかく、出血を目的とした魔法の飛び道具の対処は困難を極める。
「ありえない。リップルの魔法は、魔法の道具ではないのに……!」
読み違えた。というのはクラムベリーがかわいそうだろう。落ち度があった訳ではない。リップルの魔法を他人が使うのは不可能だと思うのは正しい。いくらクナイを盗んでも、召喚者であるリップルが投げなければ成立しない。ただ、スノーブラッドが未来でリップルと融合した存在だったというだけ。
しかも、対応はおよそ最善だ。最初の一発以外、深い傷は一つもない。魔法少女との死合いの経験など、売るほど持っているのだ。
「くっ! ですが、血が止まらない」
ギリ、と唇をかみしめる。手当てが必要だった。戦い続ければ失血死しかねないし、スノーブラッドはその弱みを見逃していない。
「ここは勝負を預けます。また会いましょう、スノーブラッド!」
身をひるがえし、森の奥へと消えていく。マシンガンのように発射されるクナイがそれを追いかけるけれど、遠くに離れた頃を見計らってそれもやんだ。