「けれど、あなたは別だよカラミティ・メアリ。魔法少女の姿を解いて、端末を渡して」
「――ッ!」
カラミティ・メアリはいちゃもんを付けようとした瞬間に言葉を差し込まれて機先を制されてしまい、二の句を継げなくなってしまった。
「あなたは犯罪者。魔法少女の力を持たせておけない」
「ふざけんなよ。この力がなくなりゃ、あたしだって身の破滅だ。――ねえ、だいたい、あんた知らないってのかい?」
「”カラミティ・メアリを怒らせる”な。ね。くだらない。自分の気持ちをコントロールできないの? ……あなた、親に社会のルールを教えてもらえなかった?」
「スノーブラッドォォ!」
二丁拳銃を引き抜き、スノーブラッドへ向ける。だが、すでにスノーブラッドは踏み込んでいた。
いや、今さら近づいたわけではない。トップスピードと話している間、全員に取り囲まれた状況下で少しずつ位置を調整していた。彼女の魔法のことなら知っている。
「怒って魔法を振り回すだけ。クラムベリーにも、他の犯罪魔法少女にも遠く及ばない素人だね」
「――くっ!」
引き抜いた二丁拳銃は、槍の一閃で長さが半分になった。それを捨て、新しい武器を取り出そうとしたがその前に首元に槍を突き付けられてしまった。
「降伏して。武器を手から離して」
「チ――わかったわか……くっ……!」
ピッと、頬に裂傷が走って血がほとばしる。目にもとまらぬ槍さばきだ。
「私の魔法は言ったよね? 何かをしようとしても、わかるよ」
「くそ、女の顔に、傷をつけやがって」
「その傷なら痕は残らない。安心して」
「……ビッチ。何を安心しろってんだ」
「でも、これ以上抵抗するなら腕を落とす。そうすれば変身は強制的に解除される。ねえ、痛い思いはしたくないでしょう?」
「くそがよ。てめェら、何をやってる⁉ あたしを助けろ! こんなやつ、信用できるものかい!」
カラミティ・メアリが騒ぎ出す。とはいえ、至る所に火種をばらまいてきた彼女をこの場のメンバーが助けるはずもなく、目をそらされるばかりだった。
味方が居ないのは当然のことだったが、メアリーは裏切られたような顔をして舌打ちをするのだった。
「勝ち目はないよ。観念して」
「ぐぐぐぐ……!」
往生際悪く何かがないかと右を見て左を見る。……何も、意味はなかった。
「変身を解除して」
「――恨んでやる。お前のことを一生絶対に許さない……!」
カラミティ・メアリの身体が光る。光が収まると、くたびれた感のあるやさぐれた女がそこにいた。
「そう……端末を出して」
「……」
顔をそむけて、ぐいと携帯をつかんで押し付ける。スノーブラッドはそれを無視して槍を一閃した。
「――てめえッ!」
彼女が手にもったそれは魔法の端末とは似ても似つかないただのスマホだった。往生際が悪いにもほどがある。手の平の下にして隠そうと、隠れていないところだけで一目瞭然だ。
スノーブラッドの弱みを暴く魔法は、隠した物を暴くことにも真価を発揮する。服の下に隠された端末を、服の一部ごと切り裂いたのだった。
ボロボロと、破片が落ちる。逆上した彼女は、人間の姿のままつかみかかってくる。
「あなたが目を覚ますころには、何もかもが終わってるよ」
スノーブラッドは、殴ってくるその弱い拳を無視してメアリーの首をつかむ。きゅっと頸動脈を締めると、すぐに失神させてしまった。優しく彼女の身を地面に横たえ、再び皆を見渡すその動きが――止まる。
「ルーラの名のもとに命ずる、〈止まりなさい〉」
決着がついた、その瞬間に第三者から攻撃が来た。スノーブラッドは魔法をかけられて身動きができなくなってしまう。
視線を巡らせて、哄笑する彼女のことを見る。
「おーほっほっほっほ! 最強だかなんだか知らないけど、こうなってしまってはかたなしですわね! 私の魔法は私の言うことを聞かせる魔法。あなたのことを奴隷にしてやりますわ!」
「あなたは……」
「ルーラ⁉」
「な、なんでこんなことを――」
「何を言ってるのですか、スノーホワイト。あんなに強いのですもの、彼女の力があればなんだってできますわぁ!」
「そんな……」
そういってまたも高笑いする。世界征服でもした気分なのだろう。カラミティ・メアリをこともなげに下したその力は、ルーラにはこの世のすべてを手に入れられる切符に見えていた。
最強の手下を手に入れられれば思うがまま……なんて、今時小学生でもしない幼稚な発想だろうけど。
「やめるんだ、ルーラ。騎士として、その行為は見過ごせない」
「な、なんですの。ラ・ピュセル。正義ぶったところで、あなたじゃスノーブラッドには敵わな――ひっ!」
ラ・ピュセルが剣を掲げ、ルーラの目の前に剣先を突き付ける。
それだけではない、スノーブラッドが己の唇の端を噛み切って血を流す。わずかに動けるようになったその瞬間に足元の土を蹴り飛ばす。
「ぎゃんっ」
手で庇うことすらできずに目つぶしを喰らったルーラは汚い悲鳴を上げて、悶絶する。
そもそも戦闘経験すらない魔法少女だ。ヤクザじみたメアリーの前に膝を屈したことなど、それは戦いのうちには入らないのだから。どこまでも向いておらず、そして適応することもできない――小市民だ。
実は彼女の魔法はポーズをとることも発動条件の一つ、それが崩れ去った今やスノーブラッドは自由に動ける。
自らの魔法耐性を頼りに唇を噛み切り、そのダメージで自由を取り戻す。条件を知らなくとも、敵の視線を切って武器の矛先を逸らさせれば大抵は何とかなる。スノーブラッドと戦えると思ったことが間違いなのだ、戦闘経験が違いすぎる。
「――ふっ」
そして、変な方向へと向けられたルーラの杖を蹴った。
凄まじい勢いで飛んだそれは、木の一本に深々と突き刺さってしまう。それは戦闘系の魔法少女でなければ容易には掘り出せない深さで、ルーラもその部下も力技で引っこ抜くなどできないのであった。
「あ、ああああ――」
「ルーラ」
「いやですわ。せっかく手に入れた魔法少女の力を失ってなるものですか! わ、私は絶対に変身の解除などしませんからねッ!」
尻もちをつき、涙を流し、いやいやするように泣き叫んで地面の上でわめく。魔法少女の姿ならかわいらしくても、中身が違うのは先ほどカラミティ・メアリが示した通りだ。
あまりにも情けない姿に、部下の天使二人も呆れてしまうほどである。タマは、一人で奥の方で怯えている。助けはない。
「お、おまえたち、リーダーを守りなさい! なんのために今日まで世話してやったのだと――」
「そうだね、その方がいい」
スノーブラッドは興味をなくしたようにそっぽを向く。そこでスイムスイムが口を開いた。
「なぜ?」
スノーブラッドは、心の中の反応しかけたリップルを黙殺する。彼女はまだ何もしていない、魔法少女の力を奪う理由はないのだから。
「クラムベリーが生きている間は、変身を解除しない方がいい。人間と魔法少女じゃ反応速度がまったく違う。魔王塾では、戦場では解除するなど口をすっぱくして教えてる」
「ひぃぃっ」
静かに不吉なことを告げるスノーブラッドを恐れ、ルーラは泣きべそをかいて四つん這いの状態であわあわと下がっていく。
「ほかに、文句のある人は居る?」
不敵にあたりを見渡すスノーブラッドに、もはや誰も何も言えない。というか、ここで何かを言うのは無駄どころか、デメリットばかりだろう。
さんざんあくどいことをしていたメアリーに選択肢はなくとも、他の者はお天道様に顔向けできなくなるようなことはしていなかったのだから。
「あの……」
ただ、スノーホワイトだけはスノーブラッドのことを心配している。意味が分からないほど強いのは分かっていても、ふらついているし怪我人には変わりない。
できれば横になっていてほしいくらいだ。
「――」
だが、そんなスノーホワイトに向かってスノーブラッドはずいと手を差し出す。
「えと、なに? あ、絆創膏なら持ってるよ……」
「それは要らない。端末を貸しなさい」
「まあ、うん――」
「ちょっと待って、スノー……ああ、もう」
何の疑いも持たずに差し出してしまったスノーホワイトに、ラ・ピュセルは頭を抱えてしまう。そして、スノーブラッドは端末で通話を始める。
〈私が音楽家を殺す。取られたくないなら、N市の山に来て〉
覚悟を決めたぞっとするような熱量を秘めた厳かな声だ。そしてそれに返ってくる声は。
〈音楽家? 音楽家! 音楽家ぁぁぁああ~~〉
それは聞いているだけで胸を痛めるほど悲痛な声だった。
前にクラムベリーの犯罪の証拠を聞いたが、これだけで疑う余地もなくなるほどの――心から血を流す、悲鳴。通話越し、しかも直接通話しているわけでもないのに一歩下がってしまうほどの――憎悪がそこにあった。
〈させない、私が殺す。殺す! こ――〉
憎悪の声は端末を突き破らんばかりに聞こえてくる。
〈競争だね〉
スノーブラッドは通話を切ると、さらに電話をかけはじめた。ダメージなどないかのようにふるまって、何人もの魔法少女と話す。
クラムベリー抹殺のための包囲網が、着々とできあがりつつある。
「……やれやれ。あたしらは、どうなっちまうのかね――」
トップスピードが気楽につぶやいた。すぐ横にいるリップルには、それが強がりでしかないと見抜かれていたが。
どうしようもないのはリップルだけではない。誰もが情報量に差がありすぎて流されるままになっているだけだ。それでも、ただ間抜け面をさらすだけの者はいない。
皆そろって事情通のような顔をしてむっつりと黙り込むのだった。