「準備は良い?」
スノーブラッドは仲間を集めた。
過去にクラムベリーの試験を受けた者の記憶は封じられている。だが、記憶をいじろうともその恐怖と絶望は体に染みついているのだ、ただのたわごとと流すことなどできはしない。
――封じられてもなお憎しみが溢れて狂ってしまった剣士でなくとも。クラムベリーは生きていてはならないと、身体の細胞が覚えている。
「ふふ、仲間を集めましたか。下手に数を頼るのは下策ですが、考えがあるのでしょうね――」
しかしクラムベリーもまた準備していた。仲間など不要、言えば協力する信者は居るが邪魔なだけだ。この甘美な戦争は誰にも邪魔はさせないと、少し離れた山で一人待っていた。
万全とはいえないが、治療もした。十分に動ける。ここで決着をつけるのだと、修羅の笑みを浮かべていた。
「行こう」
「ああ」
クランテイルとともに足を踏み出す。彼女は下半身を動物に変える魔法をもつ。表情が暗く口数が少なくて誤解されやすいが、人の死を悲しむことのできる良い子だ。
「おおっ!」
彼女は下半身をゾウの姿へと変える。口から気合の声を吐いて、その力で木をへし折りスノーブラッドへと渡した。
「っふ!」
そして、それが投げられる。
「――また、このような小細工を」
それは隠れたクラムベリーへと一直線に飛んでいく、一本だけではない、連続して何本も。戦闘系ではない魔法少女ならそれで詰みだが。
「目くらまし……いえ」
クラムベリーは木々に仕込まれたそれを目ざとく見破る。スノーブラッドの虎の子の「魔法の手りゅう弾」だが、そういう手が使われることを予想していれば看破はたやすい。
木と鉄では反響の音が違う、耳が良いクラムベリーには聞き分けることなど朝飯前なのだから。
「まだまだ……」
「そろそろですか――」
手りゅう弾が起爆するのだが、音の衝撃波があっけなく押し返した。予想の範囲内ならば対処はたやすい、クラムベリーはずっと戦ってきた――その経験がある。相手は素人ばかりではない、過去の魔王塾時代を思い出した彼女は正真正銘最強クラスの魔法少女だ。
「さて、遠距離攻撃では埒が明かないとわからないあなたではないでしょう。どうぞ、歓迎しますよスノーブラッド……」
待てよ、それだけかと思う。確かにスノーブラッド側も罠を警戒していただろう。そして木を投げてさらに手りゅう弾で更地にすれば丸ごと消し飛ばせる。
……そうすれば踏み込んでも安全、それはそうだ。決定打にならずとも、その策を一つ潰せるのならやらない理由はない。
だが、視線が通るのが重要な魔法を、どこぞの復讐者が持っていたと思い立った瞬間にクラムベリーはジャンプする。
「ちっ」
一筋の血が流れた。皮一枚裂かれただけだが、一瞬でも遅れていたらそのまま首が落ちていた。
それは魔法の手りゅう弾に隠した本命の策、気づかず爆破されれば致命傷だが衝撃を防いでも視界が開けた瞬間にその魔法が飛んでくる。スノーブラッドがこうもあからさまに姿を見せたのは、伏兵から注意を逸らすためだった。この三段構えの策、油断していれば即死だった。
「音楽家ぁぁ~~~!!」
遠く離れていても聞こえてくる憎しみの声。それは、①視線が通り、②刀を振るう、ということを条件に物体を切断する魔法だ。
シンプルで強力だが、対処はたやすい――その魔法を知っていればなおさらに。さすがに覚えているとも、数あるゲームでも優勝者の魔法くらいは。それに、度を過ぎて”つまらなかった”ゲームは記憶に残るものだ。
「なるほど。オールスター……という割には、寂しい人数ですがね」
音の衝撃波を地面に打ち込み、煙幕とする。それだけでこの魔法は攻略できる。
そしてこの“遠距離に強い”魔法少女は、踏み込まれると脆い。なにせ精神病棟の患者だ、魔法少女の戦場のなんたるかを知るはずがない。剣道少女ではあったはずだが、スポーツマンでは生きられない鉄火場では素人同然である。
「仇。家族の、仇――!」
対処方法を取られたことさえ認識できているのかどうか。めちゃくちゃに刀を振り回しつつ近づいてくるが、当然クラムベリーにダメージを与えることなど不可能だ。剣道の構えで、クラムベリーに対峙する。
「アカネでしたか。その狂気、隙だらけですね」
「貴様だけは殺すぅ!」
刀が振り上げられたが、クラムベリーはその殺傷圏内に踏み込んだ。自身の拳が目の前の魔法少女の心臓を貫き、死の一瞬の悪あがきすら許さないと確信していた。それだけの実力差が、余裕がある。
それだけに、横からの攻撃に気づけた。
「――」
「……ッ! スノーブラッド!」
攻撃は中断。刀を回避し、横から突き出された槍もよける。
「動かないで。――降参して」
その先で、馬の蹄が上から迫った。
「クランテイルですか……!」
だが、わずかな隙を見出して降ってくる足をよける。
「音楽家、そこかっ!」
刀の魔法少女、アカネにためらいはない。そもそもそれは斬撃を飛ばす魔法ではない。条件のクリアと引き換えに対象を害するという意味では、むしろ呪いに近い。視線さえ通れば物体を切断する魔法は、巻き添えを考慮する必要がない援護攻撃だ。
「くっ……!」
だが、最強に類する魔王塾の魔法少女がその程度で詰まされるわけがない。とんでもない身のこなしで、肩を浅く切られるのみにダメージを抑えて撤退。密集する木々の後ろに隠れた。
この状況、おびき出されたのはクラムベリーの方だ。アカネの対処のために引きずり出されてしまった。が――ここはまだクラムベリーの潜伏した山だ。どちらにとっても、罠を仕込める場所ではない。
ある種フェアな状況。もっとも、3対1がフェアであるはずもないけれど。
「さて――この二人があなたの切り札ですか? 少し、肩透かし――」
言い終わらないうちにアカネが木々をやたらめったら切りまくる。
「アカネ、そんなことをしてもクラムベリーは」
「ううん。相手は音を好きに操れる。隠れる場所から消していくのは間違ってない。それよりも、集中して――どこから来るかわからない」
「……スノーブラッド。了解した」
記憶を消去されてもなお燃え上がる憎悪に突き動かされるアカネとは違って、クランテイルはいまだに半信半疑だ。
彼女はむしろ、復讐で失われる命があってはならないと、誰かを守れるのならとこの戦いに参加した。もっとも忘れた記憶、身体に刻まれた思いが守るべき対象からクラムベリーを外していたけれど。
アカネへの攻撃を、防ぐために身構える。
「残念ですね。あなたは戦士ではない、そのように心が弱くては自分さえも守り切れませんよ……!」
狙われたのはクランテイル。闇に乗じた襲撃だが、アカネを守る意識が先に立ち自分への警戒が薄くなった。クラムベリーはそれを見逃さない。
頭蓋を砕く必殺の一撃を与えようと、木々の影から奇襲する。
「これは……?」
だが、空ぶった。変身解除ではない、下半身を変える魔法が解除されても頭が下がる道理はない。どういうことだと見張った目に飛び込んできたのは、色鮮やかな“青”の魔法少女。
「かかったっすね、悪者」
そこは唇が触れそうなほどの超至近距離、クランテイルすら気づかないうちに入れ替わった。そういう魔法だと頭が動く前に、クラムベリーは拳を繰り出す。
「――あなたは」
「正義の魔法少女が、アンタを止めるっすよ。――クラムベリー!」
ラピス・ラズリーヌが“位置を入れ替える”魔法でクランテイルと変わった。合図を送ったのはスノーブラッドだ。
そして、彼女は正義を胸に悪を叩きのめそうと握った拳を振るう。必殺を空振りさせて体勢を崩したクラムベリーとラピス・ラズリーヌ、有利なのはもちろんラピス・ラズリーヌである。
「ふふふっ、高名なあなたと拳を交えられるとは、面白い!」
「別に模擬戦くらいならいつでも受けて立ったっすよ!」
しかし――互角。超至近距離であるがゆえにかわすスペースがない、拳が当たる。だが、スピードが乗り切らないために必殺にはならず魔法少女とはかけ離れた血みどろの殴り合いとなる。
「くっ!」
そして、スノーブラッドが背後から槍を振るう。
「ふふ――」
クラムベリーはそれをあっさりと避けて、また森の暗がりへと消えていく。
「やれやれ、自信なくなるっすね。隙を突いて、その上背後から槍で狙われた状態で――それでやっと互角だなんて」
「うん、クラムベリーは強い」
「……無事か?」
入れ替えで離れていたクランテイルが戻ってきた。ラピス・ラズリーヌで援軍は打ち止めだ。
それ以上連れてくるなら遠距離から魔法のつるべ打ちでもした方がマシだ。相手は手練れで、足手まといが居ればそこから突き崩されてしまうのだから。
一流レベルが足切りラインという恐ろしい戦場である。まあ、何人死んでもいいならまた別の戦術があるけれどスノーブラッドはその手を選ばない。
「また来るっすかね」
「クラムベリーにも後はない。彼女も、ここで決着をつけなければならない。……決して、逃げはしない」
「ーーアカネは」
「まだ、木を切ってる」
「さて、どうするっすかね……」
「警戒を続けて。攻撃を受け止めて、隙を突けば――ッ⁉ ラピス・ラズリーヌ!」
「了解っす!」
「やはり大技は筒抜けですね……ですが、その程度で勝った気になるのはまだ早い」
アカネ狙いで飛び出してきたクラムベリー。それを転移で逃げさせて、スノーブラッドとラピス・ラズリーヌが左右から襲い掛かる。だが――
「この……!」
「卒業生ってのも、伊達じゃないっすね」
しのがれる。2対1だというのに互角の戦いだ。そこに遠方からアカネが狙っても、わずかな血を流させるので精一杯。動き回るクラムベリーをまったくとらえられない。
アカネの魔法は味方への誤射をしないという意味では、ある種最上位の援護射撃であるはずなのに。
しかし、クラムベリーも攻め切れない。周囲一帯を大技で吹き飛ばしても、スノーブラッドに気づかれてラピス・ラズリーヌの転移のコンボでかわされてしまう。
「ほんのわずかな隙でもあれば……!」
「前衛は荒事にも慣れた二人組っすよ。これでやられちゃ師匠に大目玉っすからね……!」
「ふふふ。なんと血沸き肉躍る戦いですか! ああーーこの戦いこそ、私が追い求めていたもの。この窮地を挽回する悦楽こそが、私のーー」
クラムベリーはさらに集中していく。必殺技は隙ができる。魔法を使うために気を取られれば命取りであると自覚していた。ならば、魔法と武術を一体にーー今この場で究極へと至るのだと気炎を燃やす。
「ーーッ!」
「これが、極めた者の見る風景……!」
ついに、クラムベリーが心眼を開く。ラピス・ラズリーヌの拳を防御すると同時に衝撃波で破壊する。
カウンター技などと、身構えていてはスカされる。明鏡止水の極致、思考より先に魔法を使う。武術では、殴る蹴ると一々気取っていては遅すぎる。反射の域にまで高めることこそ、達人としての証なのだから。
クラムベリーは、体術のみならず魔法までも練り上げその二つを呼吸のように使う。――そう、“至った”。
「がっ……!」
ラピス・ラズリーヌがへし折れた腕に構わず、蹴りを繰り出す。躊躇してはやられるのが戦場の掟だが、極致にたどり着いたクラムベリーの前にその攻撃は不用意だった。
「ラピス・ラズリーヌ!」
後ろでチャンスをうかがっていたクランテイルが、助けるために虎に変身して襲い掛かる。だがーー
「もはや、その程度ではどうにもなりませんよ」
その爪を簡単に逸らし、本体ごと地面にたたきつける。
「クラムベリー!」
横から突き出された槍を、軽くかわし――後ろに跳ぶ。
「……なるほど、そういうことですか。中々、こざかしいことを考えるものです。ですが、場にそぐわぬ半端者には退場してもらいましょう」
「やめなさい……クラムベリー!」
「叫んでも、もう遅いですよスノーブラッド。『
森ごと吹き飛ばすような、極大の衝撃波をたたきつけた。