昼休み。
私と凜ちゃんは、一年生の教室があるフロアのラウンジで昼食をとっていた。
ラウンジでは、弁当やサンドイッチといった軽食のほか、ケーキやクッキーなどのデザートも販売されている。
私はサバの味噌煮弁当、凜ちゃんはサンドイッチを購入した。
私はさっさと食べ終え、追加でイチゴのショートケーキを買い、食後のデザートを堪能しているところだ。
「そ、そういえば、ひ、光ちゃんは、白雪先輩に、憧れてるんだよね?」
「え? なんで私がしず――じゃなかった、白雪先輩に憧れてるって凜ちゃんが知ってるの? 私、どこかで言ったっけ?」
記憶を振り返れど、私が凜ちゃんに喋ったことに実感がない。
「あ、ううん。ひ、光ちゃんから直接聞いたわけじゃないよ」
と、凜ちゃんは首を振り否定する。
「け、今朝の、あ、嵐山さんと別れの挨拶の時に、あ、嵐山さんの口から『憧れの人だから仕方ない』って言ってたから」
「あ~なんだ、そう言うことかあ。よく覚えてたねそんなこと」
「あ、う、うん」
今朝のことは、いろいろと出来事が交錯していたため、あまり心に余裕がなく、細かい内容のことはあやふやだった。
凜ちゃんからその言葉を言われなかったら、私は思い出しすらしなかっただろう。
よく覚えていたなと思う。
凜ちゃんだって色々あって、心に余裕がなかったはずなのに。
「そ、それで、ひ、光ちゃんはやっぱり、パートナー選抜に出場するの?」
「うん。そのつもりだよ。こんなチャンス二度とないかもしれないから」
私は今朝のパートナー選抜の内容を思い出す。
雫さんのパートナー選抜は、今週の日曜日、朝九時に訓練所にて、雫さん直々に一対一の模擬戦が行われる。
ゴースト討伐の任務は、二人一組が義務付けられている。
パートナーを組む際の制限はなく、学年問わず好きな人と組んでも良い。
当然、凜ちゃんとパートナーになることも、一つ上の学年の雫さんと組むのだって可能だ。
もっとも、すでに誰かと組んでいる場合は別で、その時はきちんと解消の手続きを踏んでからではないと組めないけど。
因みにパートナーを組むことに意欲が無い生徒は、毎回の任務時に、学院側が指定する人と疑似的なパートナーを組むことを強要される。
これがきっかけで、意気投合してそのままパートナーを継続することもあるのだとか。
先も言った通り、任務の際は二人一組で取り組む義務が定められている。
だが、
学院に「一人で十分だ」と判断されるだけの実力が認められれば、単独で任務に赴くことも可能だ。
その立場にある生徒のことを、”特別生”と呼ばれ、現時点でその称号を得られているのは雫さん含め二人しかいない。
特別生は誰でもなれる資格はあるが、相当な実力者でないと全然認めてもらえないという。
それこそ、雫さんに匹敵するほどの実力が必要だとか。
ただ学院は単独での任務遂行に本意的ではない。
その証拠に、特別生となったからと言って、月の給金が増えるわけでもなく、何か免除されるわけでもない。
一般生徒と変わらない扱いで、言うなれば、特別生と大層な名前だけで、その中身は一般生徒と同義。つまるところハリボテのようなものだ。
話を戻すと、雫さんと模擬戦をするのだが、実を言うと雫さんとパートナーになる条件は張り紙の内容に予め記載されていた。
それは……
"傷を一つでも付けること"
これだけだ。
一見すると容易と思うのだが、半年前の戦いをまじかで見た私は分かる。
相当無理難題なことを。
正直、勝算は限りなく低い、というか、無いに等しい。
ただ
それに、雫さんにどれだけ近づいたかを確かめるいい機会でもある。
もし、万が一雫さんとパートナーになることが出来れば、憧れに大きく前進する。
だって、誰よりも一番まじかで、そして、誰よりも多く、戦いを拝めるのだから。
もしかしたら、マンツーマンで私を鍛えてくれる可能性だって。その過程で、雫さんともっと仲良くなったり……
「うへへへ」
「ひ、光ちゃん……」
「はっ!?」
我に返り、凜ちゃんの方を見ると、怯えた瞳でこちらを伺っており、つまるところ、ドン引いていた。
「そ、それにしても、びっくりだよね。しず……白雪先輩がパートナーを募集してるなんて」
「う、うん。わ、わたし、SNSで、し、白雪先輩がゴーストと戦う映像を何度か見たことあるけど、そ、そのどれも、ゴーストを圧倒してた、よ」
中学生の頃の私は携帯機器を持っていなかったため知らなかったのだが、雫さんはSNS上で有名人だったらしい。
雫さんの活躍する姿が映像や写真など数多く投稿され、
最終的に雫さんのことを『天使』と形容し、それがネットで拡散され、いつの間にか『天使』という呼び名が雫さんの代名詞になっていた。
高校になった私はスマホデビューを果たし、買った瞬間からSNSで雫さんのゴースト討伐の映像や写真を漁っていた。
多くは雫さんが単独でゴーストを討伐する姿が投稿されているが、ごく一部、パートナーと一緒に組んで戦う映像や写真が散見された。
去年の七月辺りまでとっかえひっかえでパートナーと共に任務を遂行していたのは、SNSでわかった。
しかし、私と出会う、八月ごろにはパートナーの姿は一切見当たらなかった。
おそらく、そこで特別生として学院に認められたのだろうと思う。
実際、雫さんは一人でも十分すぎるほど強い。それは、私もこの目で見ている。
だからこそ――不思議だった。
どうして、雫さんは今になってパートナーを必要としているのか。
身体的機能に何か異常がきたしたのかもしれない。
――しかし。
入学式のあの日、雫さんと実際に鉢合わせたとき、彼女の体には何か異常をきたしているような感じに見えなかった。
まあ、ジャージを着ていて露出した肌面積は少なかったので、詳細は分からないが。
あるいは、
単独で任務を続けている内に、パートナーの必要性を感じたのか。
それだったらまあ、分からなくもない。が、どうにも腑に落ちないというか……
「ま、いっか。理由はどうであれ、私はやることをやるだけだし」
それ以上の考えは放棄して、私は選抜の日までの生活の仕方を考えながら、甘味に身を委ねる。
一口、一口、ケーキを口に運ぶたびに考え事はクリームのように甘くとろけていき、舌だけなく、脳みそまでも甘味に支配されていた。
気づけば、残りはケーキのてっぺんに乗っていた大きなイチゴのみ。
そのイチゴの真っ赤な色は、私の情熱を表しているようで、見ているだけで私の中の魂が燃え滾ってくる。
――パートナーの権利に少しでも手が届くように鍛錬がんばるぞ!
その熱い想いを胸に最後のイチゴをパクリと食べ、ショートケーキを完食。
その後すぐに凜ちゃんもサンドイッチを食べ終え、私たちはラウンジを後にして訓練所へと赴いた。
*
「太刀筋がぶれてます! 真っ直ぐに振り下ろす意識を!」
「はい!」
「背筋が曲がってます! 伸ばして!」
「はい!」
夕食後、私は訓練所にて、師匠の声に追われながら、ひたすら刀を振り続けていた。
「今の一振り、腰が逃げてます!」
「はい!」
言われた通り修正する。
「また、太刀筋がぶれてます!」
「は、はい!」
意識を一つに向けると、もう一方がおろそかになるという負のジレンマにより、師匠の指摘が滞りなく飛んでくる。
「今日はここまでにしておきましょう」
「は、はい……! はあ、はあ、はあ」
師匠から終わりを告げられた私は、
それと引き換えに、流れ込んできた冷たい空気が火照った身体を静かに撫でていく。
中の白い体操服は、大量の汗を吸い取り、水を浴びたあとのようにびしょびしょになっていた。
それを認識した途端に、急激な喉の渇きがうずく。
そのうずきに抗うこともできず、私はすぐそばに置いていた水筒へと手を伸ばし、思いのままに水をがぶ飲みし、身体の渇きを解消する。
「神崎さんは日曜日のパートナー選抜はやっぱり出場を?」
凜ちゃん同様に師匠も私が出場するのか聞いてくる。
それに対し、私は逡巡することなく首を縦に振る。
「はい、もちろんです」
「……そうですか。まあ、頑張ってください。では、戻りましょうか」
師匠は簡単な
「あ、私はもう少しだけ、鍛錬をするので先に寮に戻っていてください」
疲労は蓄積して
「これ以上は、身体に負担がかかります。明日も通常通り授業がありますし、ここで切り上げた方がいいです」
師匠は私の身体を労わって、ここで鍛錬を切り上げるように促す。
師匠の言い分があまりにも正論すぎて、ぐうの音も出ない。だけど、それでも雫さんとパートナーになれるかもしれないという微かな可能性に触れてしまった以上、私は全力でその可能性に手を伸ばしたかった。
「私はパートナー選抜まで少しでも強くなっておきたいんです。大丈夫です。そこまで遅く鍛錬をするつもりはありませんから」
私の主張に師匠は呆れたようにため息を一つ。
「頑張ることは美点ですが、頑張りすぎは欠点に値します。いいですか」
師匠は人差し指を立てながら、私を諭し始める。
「身体は資本です。故障すればそれは、そのまま強さを失うことに繋がります。身体を労わることもまた、強さの一つです。パートナー選抜で気持ちが昂るのも分かりますが、いくら気力があれど身体が応えてくれるとは限りません。身体は繊細です。だからこそ、ちゃんと真摯に向き合ってあげてください。分かりましたか?」
嵐山さんの理路整然とした言葉に私の頭はすんなりと納得してしまう。
納得してしまうけど、私の心の方はどうにも頷くことが出来ない。
「で、でも……」
「いいんですか? 頑張りすぎてパートナー選抜の時に身体の故障が原因で、全力を出すことが出来なくても。憧れの人とパートナーになれる可能性を、チャンスを、少しでもものにしたいんでしょ?」
「う、うう……」
痛いところを付かれてしまった私はうねり声を上げる。
確かに、頑張りすぎて身体が故障などしてパートナー選抜に挑めば、絶対的な敗北が確約される。可能性を掴むのであれば、万全の態勢に臨むのが絶対条件。
「わかり、ました。鍛錬は切り上げ、ます」
気力があるだけに、鍛錬が出来ない矛盾に
「神崎さんのそういう素直なところ、好きですよ?」
師匠は私の素直さを褒め称えながら満足げな笑みを浮かべる。それを見送った後、私は刀身を鞘に納めようと動かす――
「? どうしました、神崎さん。固まってないで、さっさと戻りますよ」
「あ、えっと、師匠……」
「なんです?」
「あ、あと、三十分だけ、鍛錬を……」
「ダメです」
「あ、じゃ、じゃあ、ニ十分でいいので……」
「ダメです」
「じゃあ、十分」
「ダメです」
「じゃ――」
「ダメです」
「まだ、何も言ってませんよ!?」
「今の流れで分かります」
「ど、どうしても、だめ、ですか?」
「そんな上目遣いで甘えた声を出してもダメなものは、ダメです……はあ、四季のあの誉め言葉を返してください」
師匠は額に右手を当て、頭痛がしたときのような仕草を示す。
「……五分」
師匠の落胆する様子も無視して、私は食い下がり続ける。
たった一分でも、鍛錬が出来るなら御の字だと思い、何度も何度も交渉し、それこそ師匠の心が折れるまで粘ろうとする私。
「……四季は堪忍袋の緒が切れました」
師匠は、酷く冷めた表情をしながら、こちらに近づくと私の左耳をぎゅっと引っ張る。
「い、痛い! 痛いです、師匠! わ、分かりました! もう粘ろうとしませんから、離してください! このままだと、耳がち、ちぎれちゃう……!」
「大丈夫です。人間の身体って意外と丈夫なんですよ。ちょっとやそっと、どうってことありません」
「師匠、さっき、身体は繊細って――ぎゃっ!?」
「何か言いました? 口を動かしてる暇があるなら足を動かしてください」
揚げ足を取ろうとする前に、私の左耳に走る強烈な痛みにより、強制的に言葉を切り上げられてしまう。
「ふ、ふえ~ん。ごめんなさい師匠~」
私は虚しい悲痛を訓練所内に垂れ流すのであった。